2007年12月25日 (火)

パレスチナ人流浪の民に  天木直人

流浪の民にさせられようとしているパレスチナ人

 このブログに限っては公開情報を読み解くものではない。私のブログには珍しく、生の情報に基づいて書いている。
 21日、私は訪日中のレバノンの友人と食事をしながら話した。話題はもっぱら最近のレバノン情勢についてである。その中で友人は最新情報を提供してくれた。想像はしていたがここまで米国の中東政策が進んでいるとは思わなかった。彼が語ったあらましはおおよそ次のごとくである。

 米国はレバノンを完全に支配下に置こうとしている。その支配を旧宗主国のフランスを代理人として行おうとしている。フランスはレバノンのかつての宗主国だ。その形を保ちながら、実際は米国の意のままにレバノンを動かそうとしている。イラク攻撃の時米国に楯突いたシラク大統領はもはやいない。その寵児であったドビルパン外相はスキャンダルで失脚させられた。かわってユダヤ人でありイスラエル情報機関に属していた経歴のあるサルコジを大統領選挙で勝たせ、そのサルコジがレバノンの米国代理統治者の形をつくった。
 もはやブッシュ政権の残された唯一の関心事はイスラム原理主義の武装抵抗組織、アルカイダをイラクから排除し、イラクの治安を回復することだ。
その為にシリア、イランと取引を始めた。見せかけのパレスチナ和平実現のため、彼らの理解と協力を得ようとしている。
  パレスチナ問題はパレスチナ人のイスラエルからの追放という形で解決しようとし始めた。大方のパレスチナ人は平和な生活を望んでいる。そのようなパレスチナ人を米国はどんどんと国外に移住させようとし始めた。周辺諸国や欧州諸国に受け入れろと命じている。もちろん米国へも移住させる。かつてパレスチナ人に対しては厳しかった入国査証が今では一変して緩和された。
  移住に抵抗し、最後まで闘うと宣言するハマスの強硬派を徹底的に抹殺し、親米パレスチナ人の傀儡国家を樹立し、イスラエルとの共存を図る。それが中東和平の実現である。実質的なイスラエル国家の樹立である。
  レバノンのに対しては、隔離していたパレスチナ難民をレバノン国民として受け入れろと強烈な圧力をかけ始めた(註レバノンはアラブの中では唯一キリスト教が優勢な国で内戦の原因となったパレスチナ人は難民キャンプに隔離してレバノン国籍を与えない政策をとっている)。
 レバノンにデンマーク大使館が2ヶ月前に開設された。先日着任したばかりのデンマーク大使と話したが、新大使は自分の仕事はもっぱらレバノンのパレスチナ難民をデンマークに受け入れる事だと言っていた。レバノンに存在する40万人のパレスチナ難民のうち2万5千人の難民をデンマークは受け入れる事にした。
 米国とイランの間にどのような取引が為されたかはわからないがイランの指揮下にあるレバノンの反米武装抵抗組織ヒズボラは最近めだって大人しくなった・・・

  果たして米国の思惑通り事が運ぶのであろうか。もしそうだとしたらパレスチナ人はかつてのユダヤ人のごとくディアスポラ(国なき流浪の民)となるということだ。2000年もの間ディアスポラであったユダヤ人が、今パレスチナ人を追放し、自らの国を手に入れようとしている。歴史の残酷な皮肉である。

 

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2007年12月23日 (日)

ミサイル防衛NO ハワイから

核とミサイル防衛にNO!キャンペーン」へのハワイからの連帯あいさつ

 2007年12月11日

 日本の兄弟・姉妹の皆さんにあいさつを送ります!

 アメリカのいわゆる「ミサイル防衛」システムに日本が参加することに
反対する皆さんに熱いあいさつと連帯を送ります。
 
 私たちは「ミサイル防衛」が嘘であるということを知っています。「ミ
サイル防衛」の真の戦略的目的は米軍の攻撃能力を高めることにあります。
はるか上空から海底深くに到るまでの軍事的「全領域支配」を追求しよう
とするアメリカのあくなき姿勢は、平和と安全をもたらすものとは程遠く、
地球全体を脅かす危険で新たな軍拡競争を加速させています。

 米国は、太平洋地域における帝国拡大のために、独立国であったハワイ
に武力侵攻し占領しました。現在、帝国の情報技術前線の拡大に伴い、米
国のミサイル防衛プログラムは、ハワイの陸地や、海、空を侵しています。
「こんごう」が撃ち落とす予定のミサイルは、カウアイ島ノヒリにある聖
なる砂丘の上から発射されます。この場所は、ハワイの先住民族である「カ
ナカ・マオリ」(Kanaka Maoli)が伝統的に墓地にしてきた所なのです。

 米軍による侵犯は、帝国が自らの領域を監視するための電子的な目や耳
を設置しているハレアカラ山(マウイ島)やマウナケア山(ハワイ島)な
どの聖なる山々に広がり、強力なソナーがクジラたちを傷つけ殺している
かもしれない海中深くにまで及んでいるのです。

 さらに、米海軍は、「暫定作戦地域」を210万平方海里および空域に
広げることを計画しています。これはハワイ諸島全域を完全に包含するも
のです。

 私たちは、私たちの大切な土地や、海、空が戦争の出撃地になることを許
しませんし、戦争マシーンの工作者たちに場所を与えることも許しません!

 私たちは、ハワイ沖のミサイル防衛実験に日本が参加することに強く反
対し、米国のミサイル防衛計画への日本の関与を拒否する皆さんのアクシ
ョンに拍手を送ります。こうした戦争ゲームに日本が加担することは、そ
の平和憲法を裏切ることです。

 平和と正義と非核の世界に向けて、私たちの声と行動を結集しましょう!

 連帯のもとに

DMZ(非武装地帯)ハワイ(アロハ・アイナ)
アメリカフレンズ奉仕委員会ハワイ支部
オハナ・コア(非核独立太平洋)
カウアイ平和社会正義連合
マル・アイナ非暴力教育行動センター

 [翻訳協力]笠原光・山口響
      (アジア平和連合〈APA〉ジャパン)

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2007年12月 9日 (日)

すでに戦時下に 天木直人

この国はすでに戦時下にあるのではないか

  朝日新聞の土曜日ビジネス版に中国人ジャーナリスト、莫那富(モーバンフ)という人が連載で書いているコラムがある。その12月1日のコラムに、ー入管で感じた「戦時下」―と題して、11月20日から導入された外国人を対象にした新しい入国管理制度への所感が述べられていた。この新しい入管制度は、「テロリストの入国を水際で防ぐ」という理由で、来日した外国人に等しく指紋採取と顔写真の撮影を義務づけるという制度である。
  我々は外国人ではないからその異常さに気がつかない。この国のメディアの書き手も大部分は日本人だから気づいていないと見える。だから人権や個人の自由を規制するあらたな制度については書き立てるメディアも、外国人のみに適用されるこの新しい入管制度についてはあまり熱心に取り上げる事はない。
  しかし、この莫さんの記事を読んで、私はあらためてこの新外国人制度の異常さに気づいた。およそ先進国の中でここまで行う国は少ない。イスラエルや米国でもこれほどではないだろう。日本を訪れる外国人はさぞかし腹立たしい思いをしているに違いない。
  莫さんは決して激しい調子で批判しているのではない。しかしその穏やかな表現の下で、莫さんの怒りが沸騰している事がよくわかる。断片的にその言葉を以下に引用してみたい。

「・・・長年の居住実績を持ち、厳しい審査を経て永住資格を認められた外国人も例外ではない・・・指紋採取と顔写真を始めた直後に日本に戻ってきた私は、空港の空気の異常さに閉口した。入管職員が物々しく外国人を誘導する・・・
   指紋を採取され、顔写真を撮られながら私は理解に苦しんだ。平和憲法を掲げる国なのに、なぜ自国以外の国の人間すべてを敵と見てしまうほど警戒しなければならないのか・・・もしかしたら新幹線への乗車の際にも外国人はこうした待遇を受ける時代への心構えを今から持たなくてはならないかもしれない・・・
   成田空港の入管職員の襟に『ようこそジャパン』というバッジがあった。『ようこそ戦時下の日本へ』に書き直した方が正確ではないか・・・」

 最後のくだりは強烈な皮肉である。そういえば小泉元首相は観光客の誘致を始めた総務省(旧運輸省)の宣伝ビデオに嬉々として登場し「ようこそジャパン」と呼びかけていた。そのビデオが空港のいたるところで放映されていた。よほど自分の容姿に自信があるのか、あるいは手のよい動く選挙ポスターか、などと思って眺めていた事を私は思い出す。観光誘致をしておきながらまったく矛盾する政策を政府は取り始めたのだ。
  しかし私が「ハッと」驚いたのは、この国は戦時下にあるのではないか、という莫さんの指摘である。そして、それは実はその通りなのではないかと思った。これがこのブログの訴えたい事である。
  米国は「テロ」と戦っている国である。しかもその「テロとの戦い」を「最終的な、終わりのない戦い」であると米国みずからが世界に公言している。その戦いはこれからどんどんとエスカレートしていくに違いない。
  その米国との軍事同盟を強化し、米国と一体になって「テロ」と戦おうとしている日本は、間違いなく戦時下にある。そう思ってあらためて小泉政権下において急速に進められていったわが国の政策を冷静に振り返ってみると、今更ながらに「テロとの戦い」という名目の下で、我々の日常生活が規制され、不便な暮らしを強いられるようになってきた事に気づく。普通でない政策が、静かに、しかし広く、深くこの国を覆い始めている事に気づく。
  銀行の送金手続きが不必要に煩瑣になった。個人情報保護法の名の下にやたらに個人の行動が監視されるようになった。戦車が商店街を平気で通り、東京のど真ん中で迎撃ミサイルパトリオットの移動訓練が行われる。戦争帰りの米国空母が大手を振って日本の港に寄港する。国民生活にまわるはずの予算が米軍再編の協力のために使われ、米国の戦争への忠誠度に従って住民への予算配分が決められていく・・・
  数え出したらきりがない。そしてそれらの政策に反対しない大連立政権が早晩実現する雲行きになってきた。これはもう大政翼賛政治である。
  問題はこの異常さに本気になって警鐘をならすメディアがなくなったということである。従って国民の大部分が問題意識を持っていない事である。それもまさしく巧妙な政府の情報捜査、情報管理の結果であろう。
  この国は間違いなく戦時下に入りつつあると思う。

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2007年11月25日 (日)

レバノンの混迷  天木直人

アフガン給油、中東和平国際会議、レバノンの混迷

  アフガン給油に従事していた自衛隊の補給艦が日本に戻ってきた。それを防衛大臣や官房長官など政府要人がこぞって仰々しく出迎えた。テレビが一斉に放映し、国民の視覚に訴えた。24日の朝刊各紙もこれを取り上げた。おりしも国内政治はアフガン給油活動の継続をめぐって自民と民主が政権をかけて争っている。政府・自民党側からしてみれば、自衛艦を「誇らしく出迎える」ことにより、「熱波の中東で自衛隊は命を賭けて立派に国益を果たした」と、国民の感情に訴えたいのだろう。そうして給油継続への支持率を高めたいに違いない。
  しかし同じ24日の朝刊各紙は、世界の注目が27日に米国で行われる中東和平国際会議に集まっている事を報じた。同時に、任期が切れた大統領の後任者が決まらないレバノンの政治的空白が中東の混乱を招きかねないと危惧している。
  アフガン給油、中東和平会議、レバノンの混迷、この三つの報道を関連付けて解説する事が今日のブログの趣旨である。
  アフガン給油問題は、中東問題の中の実に瑣末な問題である。米国の、いや世界の最大の関心事は、危機に瀕した中東和平をいかに復元するかである。この事を私は繰り返して書いてきた。
  ブッシュ大統領の中東政策は、これまでのどの米国大統領以上にイスラエルに傾斜してしまった。そしてイスラエルのパレスチナ弾圧を放置してきた。その結果これまでに築き上げられた中東和平のかすかな希望まで粉砕してしまった。アラブの反米感情が高まり、アルカイダの9・11テロに繋がった。
  本来ならば、ここで米国は中東和平の実現に本腰を入れるべきであった。しかしイスラエル・ロビーに影響されたブッシュ大統領は、テロとの最終戦争を選んだ。アルカイダをかくまったアフガニスタンを攻撃し、反イスラエルの急先鋒であるサダム・フセインを排除し、レバノンの反米・イスラエル勢力であるヒズボラを攻撃した。いずれも失敗し、中東情勢は混迷した。その中で、米国は核武装を行おうとするイランの攻撃さえも視野に入れている。
  何故レバノンの大統領選挙が大問題なのか。レバノンは中東のクロスロードである。その地政学的重要性のゆえにレバノンと言う国は有史以来大国に征服され続けてきた。ギリシャ、ローマの支配から始まって長い間オスマントルコの支配下に置かれた。近代においてはフランスの植民地となり、そして戦後フランスから独立した後は、イスラエルとパレスチナの紛争の舞台となり続けた。イスラエルの北に国境を接するレバノンが、親米・イスラエルの国になるか、親イラン・シリアの国になるかは、中東和平の帰趨にとって極めて重要なのである。
  米国はシリアのレバノン支配を長らく許してきた。それはシリアが反米テロを押さえつける役割を果たしてきたからである。しかし9・11を契機に米国は中東全体を民主化しなければ真の安全は得られないと考え方を改めた。中東を親米政権に染め上げ、イスラエル・米国の安全保障を一気に高めようとした。
  それに危機感を感じたのがシリアだった。レバノンと言う経済的に魅力のある国を手放せばシリアはただの貧しい国となる。ましてや米国・イスラエルから攻撃されればシリアはひとたまりもない。危機感を抱いたシリアは、反米の雄であるイランと結びつき、レバノンを反米・イスラエルのテロの拠点として生き残りを図ろうとした。
  そのような中で、レバノンの新しい大統領が米国・イスラエルの言いなりになる大統領となるのか、それともイラン・シリアの傀儡大統領となるかは、もはや中東紛争の帰趨に直結する大問題となった。だからいつまでたっても大統領が決まらない。暗殺が続き、国民が分断された。残念ながらレバノンの混乱は当面は悪化の一途をたどるだろう。情勢如何ではイスラエル・米国の軍事介入もありえよう。
  そして中東和平である。任期が迫ったブッシュ政権にとって、もはやアフガンもイラクも安定化は望めない。せめて見せ掛けの中東和平を実現し、外交実績を残そうと思い始めたとしてもおかしくない。それが27日に行われる中東和平会議である。
  しかし、パレスチナの暴力放棄しか念頭になく、パレスチナ国家の成立を決して認めようとしないイスラエルと、それを容認するブッシュ大統領が主催する和平会議が成功する見通しはまったくない。
   ブッシュ大統領が中東和平実現を焦ってパレスチナに強硬姿勢をとるならば、中東和平は更に遠のく事になる。そうなれば、アフガンもイラクも混乱が放置され、レバノンが内戦になり、パレスチナではハマスが最後の抵抗を示す事になる。加えて、核開発に固執するイランを、イスラエルや米国が攻撃する事にでもなれば、まさに中東全体が燃え上がる。米国にとってもはやアフガン情勢どころではなくなる。そのアフガンに給油活動を行う日本は、完全にはしごを外されることになる。
   政府・自民党は中東情勢を真剣に考えたほうが良い。日米同盟への悪影響をおそれる、ただその一点でアフガン給油に固執する事が、中東情勢や国際政治から見て如何にぴんと外れであるかを、外務官僚の浅はかな入れ智恵に踊らされるのではなく、胸に手を当ててよく考えるべき時だ。何が本当の国益か。今こそ政治家は真剣に考えるべきである。

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2007年11月18日 (日)

近衛文麿と昭和天皇

近衛文麿と昭和天皇

沖縄戦直前の1945年2月14日、敗戦を視野に入れて、近衛文麿元首相は昭和天皇に上奏している。

「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候・・・

 敗戦は我国体の一瑕瑾たるべきも英米の輿論は今日までの所国体の変革とまでは進み居らず・・・随って敗戦だけならば国体上はさまで憂ふる要なしと存候・・・

国体護持の立場より最も憂ふべきは、敗戦よりも敗戦に伴ふて起こることあるべきは共産革命に候・・・

随って国体護持の立場よりすれば、1日も速やかに戦争終結の方途を講ずべきものなりと確信仕候・・・」細川日記(細川護貞)

                

日本の敗戦は必至だが、敗戦よりも共産革命による国体護持を心配しているのである。

これに対し、軍隊の大元帥である昭和天皇は言う。

「もう一度、戦果を挙げてからでないと、中々話は難しいと思う」

敗戦がわかっていても、なおも交渉を有利にするため、どこかで日本軍勝利の戦果を挙げてから、終戦の交渉につきたいと思っていたのである。6月の沖縄戦は、敗戦を前提としながらの、国体護持をかけた戦闘であったのだ。それは、本土決戦を引きのばし、決戦準備と終戦交渉の時間稼ぎのためのものであった。

この間8月15日の終戦までに、都市への空襲、広島・長崎への原爆投下、ソ連軍の参戦などなどで、どれだけの人々が命を失っていったことか。ただただ、天皇制支配の国体護持のためにである。お国のためにとは、まさに「国体護持」より他の何物でもなかったのだ。軍隊とは、決して、国民を守るためのものではないのだ。

参考資料「軍縮」12月号  mm記

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2007年11月14日 (水)

県民へのアピール  沖縄

県民へのアピール

砲弾の豪雨の中へ放り出され

自決せよと強いられ

死んでいった沖縄人(うちなーんちゅ)の魂は

怒りをもって再びこの島の上を

さまよっている

いまだ砲弾が埋まる沖縄の野山に

拾われない死者の骨が散らばる

泥にまみれて死んだ魂を

正義の戦争のために殉じたと

偽りをいうなかれ

歴史の真実をそのまま

次の世代へ伝えることが

日本を正しく歩ましめる

歪められた教科書は

再び戦争と破壊へと向かう

沖縄戦の死者の怒りの声が

聞こえないか

大和(やまと)の政治家・文化省には届かないか

届かなければ 聞こえなければ

生きている私たちが声を一つにして

押し上げ 訴えよう

9.29教科書検定意見撤回を求める県民大会実行委員会

*2007.9.29 宜野湾海浜公園で開催された県民大会には11万人が参加。

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2007年10月13日 (土)

給油新法「国益」の意味を問う

給油新法「国益」の意味とは?

毎年60億円の税金を使って、アメリカ軍に給油し続けることが、日本の国益だと福田首相は言う。給油の実態も給油した後の行方も、国民にはほとんど知らされないままであった。しかし、その先にアフガンやイラクへ出撃し、たくさんの市民が殺されていることは容易に察しがつく。日本はアメリカと共に戦争をしているのである。しかも、日本に対してなんの被害も及ぼしたことのない国に加害者として。

これが日本の国益というなら、いったい誰にとって何の利益をもたらすというのか?

今日、多国籍化する日本の企業の動きと連動したものであろう。大企業の多くは、外国資本が入っており、その実態はアメリカ資本である。日米関係の重要性とは、つまり日米の企業の重要性をさしている。日本の企業の看板を掲げていても、その中味はアメリカの利益が関係しているのである。

反米テロの脅威は、同時に日本の企業の利益を脅かすことになると考えているのだ。グローバル化した日米の企業活動を、軍事力で防衛してもらいたいと願っているのだ。できれば、憲法を変えて、邪魔になる「テロ組織」や「テロ国家」を先制攻撃でもなんでもして、壊滅させていきたいところだろうが、現在ではできない。そこで、日米軍事同盟などといって、アメリカ軍を援助していくしかないのである。

「国際貢献」は「アメリカ貢献」、「テロ対策」とは「大企業の利益対策」ということである。

世界的には富の偏在、国内的には労働者を極限にまで搾取するシステムをそのままにしておいて、「国益」などという発言を私は許さない。大企業が儲ければ儲かるほど、一般の国民は貧しくなるではないか。貧しさの先には、医療、年金も保障されず、命の存在さえも危うくなりつつあるではないか。給油新法は、決して、私たちの日常と無関係ではない。

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2007年9月24日 (月)

「集団自決」記述削除の撤回を

集団自決記述削除の撤回意見書可決

教科書検定で、沖縄戦における「集団自決」から旧日本軍の「強制」などの記述が削除されたことに対し、高知県の自治体が、検定意見の撤回を求める意見書を可決した。

香南市、土佐清水市、いの町である。高知市も可決の見通しとなっている。
沖縄県では、県議会と全41市町村で、同様の意見書が可決されている。

香南市の意見書は、「体験者による数多くの証言や歴史的事実を否定しようとするもの、悲惨な地上戦を体験し、筆舌に尽くしがたい犠牲を強いられてきた沖縄県民の心情を察すると、到底容認できるものではない」としている。

沖縄戦で亡くなった高知の人々も少なくない。決して、よその地の出来事ではないのだ。集団自決のあったところ、必ず日本軍がいたではないか!
八重山諸島の住民の強制移住も、日本軍が島の食料を得るためではなかったか?石垣島のマラリア惨禍の碑の前で、私は言葉を失っていた。

日本の各地で、撤回意見書が出されることを切望している。

mm記

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2007年9月11日 (火)

残留孤児 Sさん最終回

私は1949年に沈陽で結婚しました。息子1人、娘3人です。皆、日本に呼び寄せました。主人は平成3年に中国で亡くなりました。

文化大革命の時には、スパイと疑われて、夜中に戸籍調べに何回も来て、とても怖かったです。日本の親戚から送ってきた写真なども全部、持っていかれました。子供や主人にも迷惑をかけました。工場で働く時は、「日本鬼」と言われて、いじめられました。

終戦当時、私は生き地獄に突き落とされて、家族9人は混乱の中で死に別れ、生き別れとなり、九死に一生を得て、中国人の養母と娘さんに助けられて、生き残り、何十年も中国で生活してきました。

戦争のために、いろいろな困難と苦労と悲しみのなかで、何百万人の日本人が血を流して他国に骨を埋めたことでしょう。私の父母や3人の妹たちもその中のひとりです。敗戦当時の苦労に耐え、日本国民のみじめさを、この身を持って体験して、目撃してきました。終戦当時のつらい思い出は、生きている限り忘れることはできません。当時のことを思うと、平和がどんなに尊いか。

これからは、2度と戦争が起きないように、あの惨劇を繰り返さないよう、お互いに永遠の平和を願いたいと心から思い祈っています。皆様にこの歴史を伝えて、戦争の怖さを知っていただきたいと思います。

お世話になった養父母のご恩は忘れることなく感謝して、日中友好を守りたいと思います。私は祖国、日本へ帰れることを、一日千秋の思いで願っておりました。やっと、平成元年に、懐かしい故郷に帰ることができました。皆様、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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2007年9月 9日 (日)

残留孤児 Sさんその8

避難所に初めに帰ったときに、少し残っていた荷物と死んだ家族の爪と髪を持ってきたのです。祖父を親戚の家に置いてきた時、祖母が祖父の爪と髪を切って持っていたのです。2人の妹と父と祖母が亡くなった時も、母が皆の爪と髪を切り取っていたので、母が亡くなった時、私が母の爪と髪を取って全部それぞれ人の名前を書いてありました。

私は、いつか日本に帰れるようになったら、持って帰らなければならないと思って、ハンカチに包み大事に持っておりました。赤い小さな布をお母さんに貰って、袋を縫うてその爪と髪を包んだハンカチを袋に入れて大事にしていました。淑芹さんが、あの袋に何が入っているか見せてと言ったけど、私は見せなかったです。

私が一番大事にしていた家族の爪と髪を包んだハンカチと赤い布が、何時の間にやらなくなっていました。私が外へ出ていったときに、捨てたと思います。お母さんに、赤い袋を見なかったかと聞いたら、あれは死んだ人の物だろう、あんな物を家の中に置く人はいないから淑芹が何処かへ持って行って埋めたと言いました。場所を聞いたけど、教えてくれませんでした。

中国と日本は習慣が違います。中国人は、外で死んだ人は絶対に家の中へは入らせません。病院で死んだ人は家に帰りません。病院から火葬場へ行きます。日本人は、何処で死んでも家に連れて帰り通夜をしてから2日ぐらいおいて火葬場に行くでしょう。大地の子を見たと思います。もう死にそうになったら、オンドルの上から地面におろして、オンドルの上で死んだらいけないのです。自分の家で死んだ人は地面におろすのです。中国と日本は習慣が全然違います。

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