2007年11月19日 (月)

うつ病や過労死になる前に  天木直人

うつ病や過労死になる前に目覚めて欲しい

 11月14日の日経新聞「こころのサプリメント」という心理カウンセルの欄に、臨床心理士が興味ある臨床患者の話を書いている。
 建設関連の企業につとめる30歳代のAさんは、過重労働による疲労と仕事の業績が上がらないことへの自信喪失からうつ病を発症し、会社を休職中である。病院での治療に加え、カウンセリングに訪れている。その時の状況を書いているのだ。
 「部下をまとめられない」と落ちこむAさんは、大手企業B社からの過酷な要求に押しつぶされる毎日であった。とはいえ、B社は超大口の取引先。「理不尽な要求も黙って聞くしかなかった」と話すAさん。部下たちはそんな彼を見て次第にやる気をなくし、Aさんの指示を無視するようになってしまったという。
 カウンセラーの求めに応じ、Aさんは取引先や部下に対する鬱積した感情をポツリポツリと話し始める。やがて「リーダーとしての自分の役目は、取引先の言いなりになることではなく、交渉して部下が働きやすい環境をつくることだった」、「自分と言う人間が悪かったのではない。取引先と交渉しない自分の仕事の進め方が悪かった」と気付いたAさん。すべて話し終える頃には、それまでの落ち込んだ表情は消え、晴れやかな顔になっていたという。
 このエピソードを引用した後、その臨床心理士は次のように締めくくっている。

 「・・・相手の言いなりになる事を続けていると、自分を卑下するような発想になりがちだ。相手に気を使い・・・相手に合わせてばかりいると、潜在的な能力や可能性が発揮できず、何をしてもやりがいや充実感が得られなくなってしまう。
  これは仕事だけではなく、夫婦関係や人間関係でもあてはまる。他者との関係にストレスを感じる時は、相手の言いなりになるばかりで、交渉を避けていないか。もう一度振り返ってみよう・・・」

  私がこの記事を引用したのは他でもない。米国の不当な要求を呑まされ続けている外務官僚たちとこの患者がダブって見えたからだ。
  もっとも官僚はこの患者のように簡単には鬱病にはならない。自分を偽って平然としていられる図太さがあり、出世のためにはあらゆる事を耐え忍ぶ強烈な出世欲を持っているからだ。
  しかしその彼らも、矛盾に悩んでいる。知らないところで徐々に自己崩壊している。その姿を私はまじかに見てきた。仕事の質がどんどんと低下していき、国民の幸せのために正しい外交をしているという充実感はなく、国民に嘘をついてまで日米外交の重要性を唱えるという後ろ向きの仕事に奔走することになってしまっている。アリバイづくり、言い訳づくりの外交に追い込まれてしまっている。
  相手の要求をはねつける事は容易なことではない。その相手が強大であればあるほど断る事は難しい。しかし人生において一番大切な事は自立した自分を取り戻す事だ。勇気を持って正論を口に出すことだ。それは一時的には大変な勇気がいる事かもしれない。しかし勇気を振り絞って口に出してみれば、その後には無限の自由と心の開放が広がっているのだ。
 外務官僚たちよ。自らを解き放て。自己に忠実な外交を目指せ。さもなければ日本外交は本当に行き詰まる事になる。自らを鬱病に追い込む事になる。

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2007年11月11日 (日)

ティベッツ機長の言葉  天木直人

ティベッツ機長の言葉

 私もふくめて多くの者は戦争の当事者ではない。そのような者がいくら平和論を唱えても所詮は評論である、少なくとも私はそう思って自分を戒めている。
 かつて私が現役の外交官であった時、黒人差別と戦っていた南アフリカのネルソン・マンデラや、今や米国にとってオサマ・ビン・ラデンについで危険人物とされているレバノンの反米武装抵抗組織のナスラッラーと面談したことがある。その時に私は日本政府の建前論である「暴力は絶対に認められない」という言葉を投げかけたものだ。その時、マンデラは微笑んでうなずき、ナスラッラーはやはり笑いながら「われわれは日本の神風から学んだのさ」と答えた。
 当事者でない我々が、自らを安全なところに身を置いて、いかに偉そうに平和論をぶったところで、多くの人間の命を巻き込んだ政治闘争を重ねる歴史的責任者の前では所詮は机上の空論であり奇麗事に過ぎないのであろう。私は立場上そのような公式見解を当事者を前に口走りながら、内心は自らを恥じていたものだ。
 11月10日の朝日新聞に1日に92歳で死去したポール・ティベッツ氏の記事を見つけた。広島に原爆投下したB29[エノラ・ゲイ]の機長であった人物だ。医師になる事を望んだ厳格な父に背いて陸軍航空隊に入った時、母親だけが「大丈夫よ」と励ましてくれた。その思い出から原爆投下機に母親の名前をつけたという事を、私はこの記事ではじめて知った。
 そのティベッツ機長は、自分は決して原爆投下を後悔していないと言い続けて死んだ人物だ。とんでもない人物だと日本人なら思うかもしれない。確かに彼の発言を一つ一つ調べてみると驚くものが多い。
 しかし私は03年に米紙との会見で語ったという彼の次の言葉を見つけたとき、彼こそが本当の戦争の犠牲者ではなかったのか、少なくとも我々当事者ではない凡庸の平和論者などよりも、はるかに戦争の苦しさと平和の大切さを知っていたのではないのか、そう確信した。当事者の言葉は、それだけで極めて重いものがある。

 「・・・戦争に道徳なんてない。国家紛争の解決の手段としての戦争はなくす道を探すべきだ・・・」

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2007年11月10日 (土)

愛国心評価は合憲  名古屋地裁

愛国心評価は合憲

11月1日、名古屋地裁の田近年則裁判官は、小学校通知表に愛国心の評価項目があることに対し、違憲性はないとの判断をくだした。

愛知県の小学校教諭が、思想及び良心の自由を保障した憲法19条に違反するとして、国や市、地区小中学校長会などに10万円の支払いを求めた、損害賠償請求訴訟であったが、愛国心の評価に違憲性はないとして、請求を棄却した。

通知表の評価項目は「国を愛する心情を育てる」。判決理由は、「内容は国民としての自立と国際社会での平和的共生を実現するための自覚を図ろうとするもので、憲法への配慮も見られ、児童の心の内面を評価するものではなく、違憲性、違法性はない」

教育への不当な支配で、教育権を侵害されたとの主張には、「教諭は、愛国心の評価をする6年生の社会科担当ではなく、利益の侵害は受けてない」

心情が心の内面でなくて、なんであろう。6年生の社会科担当だけでなく、教師全員に課せられた「評価」ではないか。裁判官は、国語力がないか、訴えられたことの内容を審理する気もなく、思考を停止しているかである。司法は行政のチェック機関ではなく、国家権力を利用したヨイショ機関に成り下がっている。

国を愛する心は、100人いれば100人のそれぞれの心があり、すべてが尊重されなければならない。しかし、評価するとなると、何らかのものさしが必要となり、子どもたちは目に見えた形での自己表現を強いられるだろう。日本を愛しています、と言うだけではだめだろう。「日の丸の旗を描きましたか」「君が代を歌っていますか」「お国のために何をしますか」等々。ある目的のために人をまとめていく手段として、シンボル化されたものを踏み絵にし利用していくことは、世の常である。

国家が教育に介入することにより、個人の良心を封じ込め、侵略戦争さえも美化、正当化していって、たくさんの人々の命と財産が奪われたわが国の歴史を忘れてはならないと思う。

mm記

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2007年11月 7日 (水)

UNF PKF MNF

UNF(国連軍)

国際連合の下で、侵略の防止・鎮圧など軍事的強制措置のために、使用される国際的常設軍隊であるが、今日に至るまで、大国間の相互不信によりまだ一度も組織されたことがない。

PKF(国連平和維持軍)

PKO(国連平和維持活動)のための軍隊で、国連の直接の統轄下にある。

国連安保理の承認と受入国の同意を得て、紛争当事国の間に入って、停戦させたり、その国内の治安回復に努める。武器の使用は、自衛の場合のみである。

部隊への参加は、派遣国の自発的意思で、費用は国連が負担する。

指揮権は、国連事務総長が任命した、単一指揮官が全部隊を統帥する。

MNF(多国籍軍)

国連安保理の承認と受入国の同意が必要だが、国連の統制下にはない。

部隊参加への決定は、派遣国の自発的意思で、費用も派遣国が負担する。

指揮権は、最も多く兵力を派遣した国が指揮権をもつ。

多国籍軍は、湾岸戦争、東ティモール、アフガニスタン、イラクなどでもつくられた。

イラクでは日本の航空自衛隊が、今でも多国籍軍に参加している。

日本国憲法は、国際紛争を解決する手段としての武力行使を永久に放棄している。自衛隊が多国籍軍に参加することに対し、日本の司法は、思考停止状態となり判断することを放棄している。

mm記

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2007年11月 6日 (火)

無力ではないと

  無力ではないと

「冤罪事件進行中」

瀟洒な石造りの塀の向こう

はじめに出ている結論から遡る調書

足りない「証拠」はすぐ作れるから

秋葉祭りの山里に生きる人

善良な市民の真実の叫びが

無残に消されようとしているのだ

知ってしまった!

オロオロと

私にできること何かなにか

知人友人電話にパソコン

あれこれあがいてみても

だめだ

金も組織もない一市民の私など・・・

ヘタヘタとすわりこんで

だがだが 目は逸らさない

真実を知ったこの位置に

私は最後まで立ち続けていよう

小さな私の微かな力 それでも

決して無力ではないはずと信じて

mm記

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2007年11月 4日 (日)

ISAFとOEF

ISAFとOEF

2001年10月、自衛権の行使を理由に、アメリカはアフガニスタンに対し、米英両軍で、OEF(不朽の自由作戦)として、攻撃を開始する。

2001年12月、タリバン政権崩壊後、国連安保理は多国籍有志軍を創設し、ISAF(国際治安支援部隊)を派遣する。**国連軍ではない**

この時点で、OEFは撤収されるべきではなかったか。自衛権の行使は、国連が介入してくるまでの、一時的なものとされている。

しかし現実は、アフガニスタン政権の要請をうけているとして、今日に至るまで武力活動をし続けている。これによって、アフガンの一般市民の命と財産が多数、危険にさらされてきたのはいうまでもない。

OEF-MIO(海上阻止活動)に参加するため、日本はわざわざ「テロ特措法」をつくって、海上給油をおこなってきた。アメリカの「自衛権行使」のために、である。

これがOIF(イラクの自由作戦)にまで、転用されていたというのであれば、日本はりっぱな戦争国家である。

2003年8月、ISAFはNATOの指揮権に入り、これ以後、NATOの重要な加盟国であるアメリカは、ISAFの指揮権に関与できることとなる。ISAFは当初は、カブール周辺の治安維持であったが、現在はその活動域を広範囲にのばしている。

OEFとISAF,どちらが主になっているかいないのか、実態はよく見えてこない。いずれにしても、両方ともにアメリカが指揮権をもっているのであり、アフガニスタンの外国軍隊はアメリカ主導の部隊であることに間違いはない。

mm記

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2007年11月 2日 (金)

新テロ特措法と「隠蔽・追認」

隠蔽と追認

 さらに問題なのは、野中氏が引退して語り始めるまで、このときの「暴走」について政府が隠蔽してきたという点にあります。
 野中氏の話によれば、前述の艦船が帰港したのは3日後のことでしたので、結果的に政府は「暴走」を止めたことになりますが、「暴走」の責任者である指揮官がどのような処分を受けたのか、どのような再発防止策をとったのか、といった当然のことですら明らかにされていません。
 そればかりか、これを追認するかのように現行の「テロ特措法」を成立させ、「米軍のお手伝い」のために海自の艦船を次々とインド洋に送り出していったのです。
 加えて、現地で給油した米軍等の艦船がイラク攻撃を行っていたという「転用」疑惑が、次々と浮上しています。しかもその出所は米軍の記録や米軍関係者の発言などです。莫大な戦費に苦しむ米国にしてみれば、数億ドル分の燃料を「タダ」でくれる「戦争のスポンサー」を失いたくありませんので、火消しに躍起になっていますが、その度に新しい証拠や証言が出てきています。
 この「転用」疑惑については、実はイラク開戦直後から国会でも追及されてきました。対する政府の答弁は「各国には趣旨を説明する文書を出したので、転用はないと思う。」の一点張りでした。「監視したのか」という再質問に対しては、「信頼して大丈夫だと思う」と、ただ「希望的観測」を繰り返すのみでした。
 監視し、国会に「承認」を求める必要があったときでさえ、政府の監視体制はこのような有様でした。「承認」が「報告」だけで良いということになれば、一体どうなってしまうのか、分かったものではありません。

「恥ずかしい歴史教科書を作らせない会」より転載

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今日の福田・小沢党首会談では、憲法違反であると突っぱねているが、小沢党首はどこまでこれを堅持できるか・・・

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2007年10月31日 (水)

片岡さん 最高裁へ上告!

http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7

KSBニュース

片岡晴彦さんの訴えを、高松高裁は棄却。理由は

「白バイに責任を転嫁している」

即日、最高裁へ上告!

高松高裁は、警察が捏造した調書を鵜呑みにするだけで、いったい真実はどこにあるのか、確かめようともしなかった。裁判官の職務放棄ではないか!

正当な裁判を受ける権利も保障されない。これは、日本国憲法の否定ではないか。

ドライバーであれば、誰もが明日はわが身と思う事故である。警察と検察庁と裁判所の闇に、今、迫らなければ、私はハンドルを握るかぎり、怯え続けなければならない。

事の真実を多くの人に知ってもらい、片岡さんを支援し続けていきたいと思う。

今朝のスーパーモーニングの報道では、このような事態に対してこそ、マスコミが関わっていくことの重要性を語っていた。国家権力の側だけの、報道のタレナガシにならないマスコミが増えることを願っている。

mm記

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2007年10月28日 (日)

片岡さんを支援する会 その3

H19年10月4日に、高松高裁の第1回公判が開かれました。片岡さんは、新しい証拠や証人を用意して、公判に臨んだのでしたが、高松高裁の柴田裁判官は、これらの証拠や証人を下記の理由にて、全て却下しました。そして、即日、結審を言い渡しました。

「高知地裁で、審理は尽くされている」

これでは、2審の意味がないではありませんか。何のために、高等裁判所があるのでしょうか。

弁護側が準備した新証拠とは、交通事故鑑定人による、事故の形態やスリップ痕を物理的に解析した鑑定書や、衝突直前に生徒が撮影したバスの車内の様子が写っている写真です。そして、その事故鑑定人や写真を撮影した高校生本人が証言台に立つ予定でした。

このままでは、片岡さんは無実の罪で実刑となってしまう恐れがあります。また、冤罪事件としてこの事件が進んでいく中で、当時中学生でバスに乗っていた高校生達は、自分達の前で平気で証拠を捏造する警察や、それに対してなんら疑問を持たない法廷をどう思うでしょうか。

以上のことは、地元のマスコミではほとんど報道されていません。このような裁判の流れを知っている高知県民の方は極めて少ないと思います。唯一、朝日新聞の高知版がこの事故の疑問点を詳細に取り上げてくれています。

テレビでは、高松高裁での2審初公判前日と当日の2回にわたって、県外にもかかわらず、岡山県の瀬戸内海放送(KSB)が、この事件を取り上げて下さいました。内容は、私達が行ったスクールバスの走行実験や、生徒たちのインタビュー、目撃者の証言、そして高知県警のブレーキ痕捏造の動機など、今回の白バイとスクールバスの事故に関する疑問点をわかり易くまとめてくれています。

残念ながら、高知では放送されていません。そのときのKSB報道内容をDVDにしています。ぜひ一度ごらんください。

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10月28日付の高知新聞に、事故に関する記事を大きく載せている。

事故現場の写真も載せているが、バスのタイヤ跡はあるが、ブレーキ痕は見当たらないのはなぜ?

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2007年10月27日 (土)

片岡晴彦さんを支援する会 その2

高知地裁の公判にて、弁護側証人として、バスに乗っていた教師。バスの後ろから事故の

瞬間を目撃した品原仁淀中学校長。そして、白バイの高速運転を目撃したさん達3人が法廷に立ってくれました。交通事故裁判で目撃者が3人も立つということは大変珍しいことです。

しかし、証人達の「バスは停まっていた」という証言は、「スリップ痕写真という客観的証拠があるから、証人の証言は信憑性にかける」として採用されませんでした。

それに対し、弁護側はその写真は捏造されたものであるとして、次のような主張をしました。

1、            仮にバスが動いていたとしても、ABS装置車であるからブレーキ痕はつかない。

2、            仮に、ABSが作動しなくても、一旦停止後6.5メートル進んだ地点で急ブレーキを踏んでも1メートルものスリップ痕はつかない。

3、            スリップ痕自体の不自然さ。

4、            実際にバスを走行させての実地検証をするべき。

目撃者の品原校長は、証言のブレーキ痕について、事故から1週間後の現場を訪れたが、スリップ痕はなかったと証言しました。品原校長以外にも、事故現場を訪れた人でスリップ痕を見た人はいません。警察が撮影したブレーキ痕は、翌日には消えてしまったのです。

しかし、片多裁判官は、こういった疑問点や証言を「衆人監視の中でスリップ痕捏造はできない」として却下したのです。

事故当日、片岡さんは現場検証もしないままに、現場から引き離されて、土佐署の連れて行かれました。片岡さん不在の間に、警察関係者だけで現場検証が行われていたのです。

およそ1時間後に現場にもどった片岡さんは、車から降ろされることも無く、形だけの現場検証が行われましたが、この時に、片岡さんはスリップ痕を見ていないのです。

事故後半年以上たって、地検の事情聴取の際に「捏造されたブレーキ痕の写真」を見せられるまでは、片岡さんは相手が亡くなられているということを真摯に考え、事故の過失割合も争うつもりも無く、保険会社に対しても最大限の保険金支払いをお願いしたり、1年間の免許取り消しの行政処分にも、不服申し立てをすることはありませんでした。

しかし、片多裁判官は、被告の片岡さんに反省の色がないとして、これを理由に「禁固1年4ヶ月」の実刑判決を言い渡したのです。

片岡さんは、3人の目撃証言や捜査の違法性、ブレーキ痕の不自然さを根拠に、事実の解明を求めたのですが、それを、反省の色が無いと判断されたのです。片岡さんは、即日、控訴しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/zassou1954  雑草魂

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2007年10月25日 (木)

仙波さんと一緒に

仙波さんと一緒に

10月20日、高知市の自由民権記念館で、愛媛県警の裏金つくりを内部告発した、仙波敏郎さんと仙波さんを支える会の東怜治さんを迎えて、講演会を行いました。150名余りの参加者がありました。

捜査費を警察幹部のポケットマネーとするために、署員を使ってニセ領収書を書かせる警察の組織的犯罪の実態を話しました。仙波さんは、24歳で巡査部長に昇進した後、ニセ領収書を書くよう求められましたが、これを拒否し続け、以来、まる特警官としてマークされ昇進もストップのまま今日に至っています。

2年前、現職警官として初めて、実名で内部告発をしました。実に、警官25万人分の1人という存在です。告発4日後の報復人事に対し、9月11日、松山地裁は仙波さんの訴えを全面的に認める判決をくだしました。

この間、警察署員全員が組織的犯罪者であるという状況のなかで、仙波さんが受け続けた有形無形の圧力は、察して余りあるものだと思います。講演では仙波さんの誠実な人柄が伝わってきて、聞いている人の胸に静かな感動を呼び起こしていました。

しかし、警察の組織的犯罪はこれだけではなかったのです。ここ地元高知県警においても、善良な一市民を無実の罪に陥れる、調書の捏造が行われていたのです。ドライバーであれば、誰もが明日はわが身と思わなくてならないようなことです。

昨年3月、春野町で白バイとスクールバスの衝突事故がありました。当時の報道では、停止していたバスに白バイが突き当たってきたというものであったと、私は記憶していて白バイは止まれないほどのスピードを出していたのかと思ったことを覚えています。

それが、バスは動いており白バイを引きずって急ブレーキをかけた、というものになっていたのです。あるはずもないブレーキ痕が写真証拠として出されたのです。

警察の調書はおかしい点がたくさんあると、瀬戸内海放送が現地に来て、実際にバスを動かし検証したものが、ニュース特集として10月3・4日に放送されています。

DVDになっていますので、ぜひたくさんの方に見ていただきたいです。DVDはサロン金曜日の方にもありますので、連絡ください。

mm記

http://blogs.yahoo.co.jp/littlemonky737/MYBLOG/yblog.html

冤罪事件進行中

サロン金曜日 saron.kinyoubi@ymail.plala.or.jp

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2007年10月14日 (日)

公益内部告発者 仙波敏郎

公益内部告発者を守ろう

安倍首相が、自らその地位を放り出したとき、マスコミは、「KY」としてその行動を非難しました。「KY」というのは、「空気が読めない」という意味の若者言葉なのだそうです。今の若者が、「KY」と言うとき、それは「大勢に順応できない」というニュアンスをともなっているような気がします。しかし、大勢が間違っているときは、KYでいいのではないでしょうか。

9月11日、裏金問題を内部告発した現職警察官が、松山地裁で勝訴しました。彼は、愛媛県警の報復人事に対し、県を相手取って、訴訟を起こしていたのです。

「警察官だけは、法を曲げてはならない」と彼は言います。彼のこの主張は、当たり前のことのように思えます。しかし、全国的な広がりの予想される、警察の捜査費横領を内部告発したのは、現職では彼一人なのです。KYは、日本国に彼一人なのです。

2年前の告発記者会見の前夜、彼は上司にこう説得されたと言います。「告発されたら、愛媛県警は1年間立ち直れない」しかし、彼はこう反論したと言います。「今、告発しなければ、警察は一生立ち直れません」どちらが、警察を愛しているのでしょうか。

10月20日(土)午後2時、自由民権記念館で、仙波敏郎愛媛県警巡査部長の報告があります。


          成川 順 (なりかわ じゅん)

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2007年5月18日 (金)

前田康博講演会

前田康博 

元 毎日新聞ソウル支局長

現 大妻女子大教授

プロフィール

「国際問題」担当のジャーナリスト出身です。時にグローバルに、時に東アジアを軸に、国家、民族、社会、民衆など各レベルの諸関係を政治、外交、経済、文化、歴史など多面的に研究しています。

国際関係学と国際コミュニケーション学は深い関係にあります。「世界の中の日本」という自覚が深まれば、真の「グローバリゼーション」「インターナショナリゼーション」が必要となります。若い世代と「地球の未来」を語り合いたいと思っています。

研究内容

歴史研究に引かれながら、大学時代は、経済学部で労働経済を専攻、いつしか、国際政治・国際関係に移行。スタンスは、日本、朝鮮、中国、モンゴルなどを含む東アジア地域から外れたことはありません。21世紀に、いっそうの飛躍が期待される東アジアを基軸に、研究分野は学際的に拡大しています。

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2007年5月 5日 (土)

銃をかまえて

坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 ベルギーを訪問している久間章生防衛相は、5月4日、ブリュッセルの北大西
洋条約機構(NATO)本部で、アフガニスタンでの復興支援について、非政府組織
(NGO)参加者・資材の輸送など自衛隊としての貢献策を検討する意向を伝えま
した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070505-00000009-jij-int

 私はこれを、夕方6時30分ごろのテレビニュースで知りました。
 
 「冗談じゃないよ。アフガンで本当の意味での復興支援活動をしている中村哲
医師や、ペシャワール会http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/のメンバーを危
険にさらすつもりか。なにを考えているんだ」
 
と憤っていると、テレビの画像のテロップに驚きました。

 アフガンの首都カブールを、自動小銃を構えたNATO軍の兵士が歩いている
その映像を、
 
 「復興支援活動を行う兵士たち」

と表示したからです。

 銃を構えて「復興支援活動」?!
 

 私はその字幕をつけたそのニュース番組の担当者の感覚を疑いました。
 
 普通はそれを「警備活動」、または「軍事活動」と言います。
 銃を構えるのが、復興支援活動と言えるのでしょうか。
 
 ああ、平和ボケも極まったと思いました。
 そして、自衛隊をアフガンに派遣させるための情報操作が行われていると思い
ました。
 
 「これは軍事活動でも警備活動でもありません。復興支援活動です」
 
と、言って武装した自衛隊員をアフガンに送り込んで、「対テロ戦争」に参加さ
せようとしている、と私は思いました。

 ノーム・チョムスキーが言う「合意のねつ造(マニュファクチャリング・コン
セント)」が日本で行われています。

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2007年5月 4日 (金)

無言館

美術館の外で

もうすぐ20歳になる我子は

「僕は 今の時代に生まれてよかった

やりたいことをやれるから・・・」

もっと絵を

もっと音楽を

もっと本を

もっともっともっと・・・

やりたいことは たくさんあったのだ

彼らの声を聴くことはもうない

ガラスケースの中

使い古された絵の具箱を目にしたとき

ふいに 60年前の時空が立ち上がり

絵の具にのびる手 

絵筆をとりあげる手を

確かに見たのだ

「召集」 それは

問答無用 背中に突きつけられた

拳銃にも等しく

彼らは無言のままで・・・

国家にからめとられた青春

まわりにつながる人々への愛と夢

何の権利があって 人の未来を命を!

よみがれ 死者たちよ

今こそ 問うてよいのだ

国家とは?

戦争とは?

死の涙をつぐなう者は いったい誰なのだと

               mm記

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