防衛利権の闇(中)】政界への「足場」構築
産経新聞 2007.11.10 01:14
政権交代のはざまで機種選定が揺れた航空自衛隊の多用途支援機「ガルフストリーム
IV」(自衛隊装備年鑑から)
政治家が国の防衛装備選定に介入する。普段は見えないその「奥の院」の動きがち
らりと垣間見えたのは、平成6年夏のことだった。
「さまざまな疑惑がある以上、防衛庁(現防衛省)の結論は承認できない」
新生党などの旧連立政権が瓦解し、自民党が政権に返り咲いた直後の同年8月、村
山内閣の自治相になった野中広務がこう発言し、防衛庁のUX(次期多用途支援機)
選定に待ったをかけた。
防衛庁が翌年度から9機調達を計画したUXは、総額400億円近い巨額商戦だっ
た。米ガルフストリーム社製など3機種が候補となり、旧連立政権下で進められた選
定でガルフ社製の調達が内定していたが、野中の一言で白紙に戻された。
野中は当時、取材にこう語っている。「防衛庁出身議員がすべて新進党に行った結
果、防衛庁の自民党に対する空気が一変し、防衛産業も右へならえした。UX選定に
は防衛庁出身議員の動きなど疑惑が多すぎる」
野中の言った「出身議員」とは、元空将で当時新進党参院議員だった田村秀昭のこ
とだ。
UXの選定が始まる直前の6年5月、田村はガルフ社製の同型機を格安の費用で
チャーターし、自衛隊の海外活動を視察していた。「あれは選定現場に対する露骨な
デモンストレーションだった」と同庁OBは言う。
政権交代のはざまで、巨額の「防衛利権」にたかる政治家の姿が見えた場面だっ
た。
「趣味・テニス、尊敬する人物・小沢一郎」
田村は報道機関のアンケートによくこう答えていた。
自民党旧竹下派から新生党→新進党→自由党→民主党と、長く小沢と行動を共にし
た田村は、実は初当選の前から防衛専門商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸と抜き差
しならぬ関係にあった。
現役空将だった昭和61~62年ごろ、田村は毎月のように、箱根のホテルへ1泊
2日でテニスに出かけていた。その予約から費用の支払いまでを、宮崎の指示で同社
が丸抱えしていた。
「宮崎さんから前日夜に『田村さんが明日テニスに行くから』と告げられ、担当者
が慌ててホテルの支配人宅に電話し、テニスコートの予約を取り付けたこともあった
そうです」と同社関係者は明かす。
田村が初当選した平成元年7月の参院選の数カ月前、退官したばかりだった田村
は、元自民党副総裁、金丸信(故人)の側近の事務所を訪ねた。
「比例名簿の私の順位は20位台の前半になるそうです。このままでは当選できな
い。なんとか金丸先生にお目通りを」
懇願された側近は、金丸の有力後援者に都内の料亭で田村を“面接”させた上で、
金丸との面会をセットした。メガネにかなった田村は、金丸の家にマージャンに招か
れる仲になった。
この時期、山田洋行の宮崎らは、田村の選挙資金を工面するため、借金までして2
億円を集めていた。資金が渡ったかは不明だが、田村の名簿順位は13位に上がり、
当選圏内に滑り込んだ。
山田洋行の「政治」への足場はこうして築かれた。同社は平成元年を境に空自機装
備などの大型商権を次々獲得し、急躍進を遂げる。
UX選定が頓挫していた6年8月、田村は前月に退官したばかりの元空将(現山田
洋行顧問)らを連れて訪米した。
米政府関係者らと会談した日程の合間に、ダグラス、ロッキードなど米国の主要な
軍需産業8社の副社長クラスを集めて会食していた。この会食をセットしたのは、日
米の政治家や防衛官僚、防衛産業に幅広い人脈を持っていたワシントン在住の弁護
士、ジョン・カーボ(昨年死去)だった。
同年暮れに来日したカーボは取材に応じ、新進党など日本の政治家との交友は認め
たが、防衛装備選定へのかかわりについては口を閉ざした。
その数年後に訪米した自民党の防衛庁長官経験者も、カーボがホスト役の米軍需産
業による歓迎食事会に招かれた。「誤解を招く」と出席は辞退したが、このときカー
ボのアシスタントとして窓口役をしていたのは、山田洋行の米現地法人の役員だった
という。
日本の政治家と米国の軍需産業をつなぐ点と線。その背後に、米国製装備の代理店
として業績を上げた山田洋行の影が見え隠れしている。(敬称・呼称略)
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