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2017年3月29日 (水)

スノーデンの発言みっつ


印象的なスノーデンの発言みっつ


「言論の自由や信教の自由といった権利は、歴史的に少数者のものです。
もし多数派として現状に甘んじているならば権力との摩擦は生じず、法による保護を必要とすることもない。
基本的人権とは少数者が政府から身を守るための盾であり、これがなければ社会に存在する既存の力に対抗することはできません。
そして少数派が現状に抵抗できず、社会から多様な考え方が失われて、人々が物事を客観的に見られなくなれば、将来のためのよりよい政治的選択肢を失うことになります。
監視はどんな時代でも最終的に、権力に抗する声を押しつぶすために使われていきます。
そして反対の声を押しつぶすとき、僕たちは進歩をやめ、未来への扉を閉じるのです」
(156ページ)


「政府はよく監視について『隠すことがないなら恐れることはないだろう』と人々に向かって言います。
このフレーズはナチスのプロパガンダから来ています。
けれどプライバシーはなにかを隠すためにあるのではありません。
プライバシーはなにかを守るためにある。
それは個です。
プライバシーは個人が自分の考えをつくりだすために必要なのです。
人は自分の信じるところを決定して表現するまでに、他人の偏見や決めつけを逃れて、自分自身のために考える自由が必要です。
多くの人がまだそのことに気づいていませんが、だからプライバシーは個人の権利の源なのです。
プライバシーがなければ表現の自由は意味をなさない。
プライバシーがなければ、言いたいことを言い、あるがままの自分ではいられない。
プライバシーがなければ自分を個人とは主張できない。
それは全人格を集団に吸収されることです。
どこかで読んだことを話し、友だちの考えたことを繰り返すだけなら、
オウムと一緒です」
(173ページ)


「ですから『べつに監視されても構わない。
自分はなにも悪いことをしていないから』と言う人たちは、これが自分の行いがいいか悪いかとまったく関係ないことを理解していません。
この問題はそうではなくて、市民社会と最も特権と影響力を持つ役人たちとの間の力のバランスの問題なのです。
プライバシーがなくても構わないと主張する人は、表現の自由なんかなくても構わないと主張しているのと同じです。
自分には言うことがなにもないから、と」
(173ページ)

以上、「スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録」
小笠原みどり著より

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