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2015年3月17日 (火)

富岡町の今

永岡です、ラジオ大阪の、中井雅之のハッピーで行こう!火曜日の名物コーナー週刊!矢野新聞、新聞うずみ火代表でジャーナリストの矢野宏さんのお話がありました。原発関係のお話で、こちらにも流します。

 

 矢野さん、いわき市のスタディツアーに参加され、富岡町に行かれて、帰還できない、原発から20km、大熊町の隣、津波でやられ、翌日に原発事故で全町避難になり、警戒区域に入り、地震でやられた上に着の身着のままでの避難、ゴーストタウン。

 一昨年再編され、年間50ミリシーベルト以上(許容量の50倍)は閉鎖され、立ち入り禁止、人口の3割が住むところで、富岡町は津波被害もひどく、256名亡くなり、JR富岡町に21mの津波が襲い、2年前も訪ねたらコンクリートの枠組みのみ残り、震災前は住宅で海も見えなかったのに、家が破壊され見える。

 モニタリングポスト、大阪の5~6倍、20分しか滞在できず、若い女性はマスクが要求され、時間が震災より止まり、自動車が転がったゴーストタウン、人はおらず、不気味で、富岡町には第2原発があり、電源が津波でやられたものの、ヘリで9000mの予備電源をつなぎ助かり、もしこれが爆発していたら、関東も全滅でした。

 富岡町は住民帰還のための除染をしており、除染で出た土、廃物をフレコンバック(黒い袋)に詰めて、それを運ぶ車が走り、1000以上フレコンバック(重さ1~1.5トン)があちこちに野済み、黒いピラミッド、フレコンバックの耐用年数は3年、中で腐敗し、膨れて、仮置き場は福島に88000箇所、除染でさらに増えて、2200万立方メートル、東京ドーム18個分。

 地元紙の1面トップは、中間貯蔵施設への搬入が始まったことで、政府は今年1月からとしていたのに、2ヶ月遅れで、大熊町ほかに建設、地権者と合わず、ようやく押さえた3ヘクタールに建設。

 政府は、30年以内に、県外に最終処分場というものの、30年たったら約束した役人も死んでおり、最終処分場とされる。

 負の遺産を押し付けられるのは、沖縄と似ているのです。

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