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2014年12月26日 (金)

特定秘密保護法の施行

特定秘密保護法の施行を受けてこれまで考えてきたこと、今考えていること

http://johokokai.exblog.jp/23210004/
「クアリングハウス理事長日誌」より抜粋

 特定秘密保護法が施行され、そろそろ良いかなと思うので、この問題についてこの際、いろいろこれまで考えてきたことを整理しておこうと思う。

 特定秘密保護法によって、罰則強化問題は別にして、政府の持つ秘密に対して関心が向いたことは逆説的だがよかったと思っている。

秘密指定の仕組み自体は、秘密保護法制があろうがなかろうが日本にも存在してきている。情報公開法の検討過程でも、この秘密指定についても触れたところがある。しかし、当時の判断は、少なくとも私の理解する限り、とてもそういうことを冷静に議論できる土壌が社会にない、それは官にも市民社会にも双方に、というところだったと思う。

 結果的に、秘密指定制度に向き合わないまま、情報公開法制、公文書管理法制がなされ、秘密を民主的にコントロールすることも、それを秘密をそれとして記録管理をするという仕組みも不十分なままにきたし、今でもその問題が解決しているわけではない。実際には政府内には、内部ルールで秘密指定情報がたくさんある中で、特定秘密を特に保護する仕組みをつくろうというのが、特定秘密保護法だった。


 特定秘密保護法が施行されて、特定秘密が増えることを警戒する人も多い。しかし、私自身は、政府の秘密総体をどうコントロールしていくかを考えていかなければ、特定秘密だけを見ても「政府の持つ秘密」という大きな問題は何も見えてこないと思う。
それは、特定秘密は指定や指定期間の設定、一定の管理をしなければならず、報告義務の一定の範囲であり、まがいなりにも監視対象と認識されたものになったからだ。要は、行政的には面倒くさくわる目立ちする秘密になった。そうすると、どうしても特定秘密にしなければならない事情のあるもの以外は、特定秘密以外の内部ルールの秘密に指定しておいた方が、指定も管理も緩く扱い安いということもあり得る。要は、どっちにしておくことが「お得か」ということなのだ。特定秘密が裁量的に増え行くことも警戒をする必要があるが、こういう裁量が働きうる構造になっている。

 この特定秘密以外の内部ルールに基づく秘密指定については、統一ルールが現在検討されている。本当は、法施行までにできていなければならないはずだったものが、遅れている。こっちも見た上で、政府の秘密を総体として減らす、民主的にコントロールをする形にしないと、私たちは政府の秘密の何に向き合っているのかが分からなくなる。こうした議論の布石として、情報公開クリアリングハウスとして、現在の政府の秘密指定・秘密保護の内部ルールを調べてきた。次は、どういう仕組みが望ましいかということを形にしなければと思っている。

 情報公開が必要だとか、大事だとか、非公開はおかしいとか、秘密はおかしいとか言っていても、何も変わらない。特定秘密保護法だけ見ていても、政府の情報公開を拡大させたり、秘密を減らすことはできない。だから、特定秘密保護法の問題とともに、どんな社会を目指したいのかということも考え、そのために必要だと思うことを、一つ一つ積み上げていくことがとても大事だと思っている。それは、過去と今の類似性を指摘して危機感をあおるだけでなく、こういう積み重ねが、過去から学び、未来につなげるために必要なことは何かを考えることであるとも信じている。

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