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2014年6月10日 (火)

ノルマンジー上陸作戦まで

益々傍若無人化するウソ

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-2a32.html
Paul Craig Roberts
2014年6月6日
「マスコミに載らない海外記事」より抜粋

欧米“指導者連中”が自分のウソで作り上げたおとぎ話の架空世界に暮らしていることに関し、もし多少の疑念があったとすれば、G-7会合とノルマンジー上陸作戦70周年祝典が疑念を一掃してくれた。

この機会にぶちまけられた馬鹿げたウソは、抱腹絶倒に値する。オバマと、そのポチ、キャメロンは、1944年6月6日のノルマンジー上陸作戦を“世界が知っている最大の解放軍”だと語り、ヒトラー打倒のあらゆる功績をアメリカとイギリスだけのものとした。ノルマンジー上陸作戦までの三年間、ドイツ国防軍と戦い、打ち破ったソ連と赤軍への言及は皆無だ。

1942年8月23日から1943年2月2日まで戦われ、22人の将軍を含め強力なドイツ第6軍の大半の残滓が降伏したスターリングラードの戦いでドイツは第二次世界大戦に破れたのだ。

地球上に終結した、これまで最大の侵略軍が、一千マイルもの戦線で、19カ月間ロシアに侵攻した。300万人の優秀なドイツ軍兵士。7,500の砲兵部隊、3,000輌の戦車を有する19のパンサー師団と、2,500機の飛行機が、ロシア中に、14ヶ月間進撃した。

三年後の1944年6月、この軍隊の極僅かしか残っていなかった。赤軍がこてんぱんに潰したのだ。いわゆる“連合軍”(どうやらロシアは除くものの様に見える言葉)がフランスに上陸した際、彼等に抵抗するものはほとんど皆無だった。ヒトラーに残された最良の軍隊はロシア戦線にあり、赤軍がベルリンに接近するにつれ、日々崩壊していた。

赤軍がドイツとの戦争に勝ったのだ。アメリカとイギリスは、ドイツ国防軍が消耗しボロボロになり、ほとんど抵抗もできなくなってから登場した。ワシントンとロンドンは、ロシアにドイツ打倒の重荷を負わせたまま、最後の瞬間まで戦争を避けていたとヨシフ・スターリンは信じていた。

ハリウッドや人気作家達は、もちろん真実を隠蔽した。アメリカには『遠すぎた橋』等のいかに英雄的であるにせよ、とるに足らない出来事を戦争の転換点であるかのごとく描き出す、あらゆる類の映画がある。それでも、事実は明らかだ。戦争はロシアによって、東部戦線で勝利したのだ。ハリウッド映画は面白いが、たわごとだ。

ウクライナ強奪と、クリミア黒海艦隊基地からのロシア追放という、オバマの計画が挫折したがゆえに、ロシアは“世界コミュニティー”からまたもや仲間外れとなった。アメリカの歴史ほどの長期間に亘り、ロシアの一部だったのだ。ウクライナ人のフルシチョフが、ロシアとウクライナが、同じ国家の一部だった時代の1954年に、クリミアを、ウクライナ社会主義共和国に組み込んだ。

ワシントンが押しつけたキエフ傀儡政府が最近、ロシア語の使用を廃止し、ロシアの二重国籍を持つウクライナ人を逮捕すると宣言し、ウクライナのナチスからの解放に捧げられたロシアの戦争記念碑を破壊し始めた際、クリミア住民は投票箱を利用し、最初に独立を投票で決め、次に母国との再統一に投票して、ワシントン傀儡のキエフ政府から自らを切り離した。

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