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2014年5月14日 (水)

鼻血・少し、冷静に、謙虚に

水俣でも、土呂久でも、わずかな例外を除いて「専門家」は、既存の知識をもって、現象を調べずに決めつけ、後に誤りであることが明らかになるという失敗を繰り返しています。原田正純氏は、それについて次のように述べています。

「一般的に定説と言われるものは、多くは仮説である。ある時期までの研究によって得られた結果でしかない。それは常に、新しい事実によって変革され、書き直されるべきものである。

しかし、しばしばその定説が権威をもつと、それを守ろうとする権威者が出てくる。そうした発想は、権威を守ることに執着するだけでなく、新しい事実や発想に蓋をしてしまう作用をすることになる。何の疑いもなく権威を守り、新しい事実に目をつぶること、それは真の権威あ(p. 27)る者、医学(科学)するものの態度とは言えない。

とくに、近年発生する公害事件は、水俣病と同様に人類が初めて経験することが多い。たとえば、原子爆弾による被害がそれであり、カネミ油症事件、枯葉剤汚染事件すなわちダイオキシン汚染事件、超音波の影響による被害、アスベスト汚染などがいずれもそうである。人類がはじめて経験する事件であるということは、もともとどの教科書・研究書にも実験データも経過の記録もないということを意味する。

したがって、こうした事態にはじめから対処しうる専門家などはいないはずなのである。新しく学ぶとすれば、それは被害者自身からでしかない。教科書は現場にしかない。いや、それができなければ専門家【引用者注:本書の言葉では「科学者」】ではない。問題は人類初の経験であるという謙虚さを、専門家がもっているかどうかである。事実を知らないいわゆる専門家が謙虚さを失った時、どれほど社会に弊害を残すことだろうか。」

さて、今回の鼻血の話ですが、


では、わからない状況で、どう対応すべきか。一つ指針はあります。これまでの公害
事件は言うに及ばず、原発事故後、行政もメディアの多くも、少なからぬ専門家も、
事態を調べもせずに矮小化してきた、ということです。

「原発は安全」 -> 爆発
「メルトダウンではない」 -> メルトダウンだった
「柏が汚染されているというチェーンメールによるデマ」 -> ホットスポットだった
「海の魚にはヨウ素はたまらない」 -> コウナゴから高濃度のヨウ素検出
「飯舘村は避難するレベルではない」 -> 1月後に避難指示

枚挙に暇がありません。チェルノブイリ甲状腺がんも、最初は、デマだあり得ない
といった否定が累々たる専門家から出てきた歴史があります。
http://togetter.com/li/578876

土呂久でも、素人の教師たちの調査に対して、医師が否定してかかったという苦い
歴史があります。
http://toroku-museum.com/part1/93/

未知の事態でわからないことが報告されたときに、それを、これまでは十分に観察
も研究もされていなかったから専門的な知識に組み込まれていなかったことを利用
して「専門的な知識」によればそんなことはありえない、と決めつけたことにより
繰り返された誤りとそれによる被害の拡大がとても多いことを歴史は示しています。

私達は、少し、冷静に、謙虚になりませんか? 

益岡

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