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2014年4月14日 (月)

「戦死者を出す覚悟」?


「戦死者を出す覚悟」?――自らは決して「戦場」に赴くことのない政治家の勇ましさ 2014年4月14日

http://www.asaho.com/jpn/
「水島朝穂のホームページ」より抜粋

さて、集団的自衛権行使容認論では、他国から攻撃されたアメリカを「助けるため」とよくいわれるが、その他国からみれば、攻撃していない日本から「先制攻撃を受けた」ことになり、現実として日本はそのまま武力衝突の当事国になるのである。「助けるだけ」では済まず、他人の喧嘩の矢面に立つことになる。前掲『世界』5月号でも述べたが、米艦が攻撃され、自衛隊が攻撃国に対して反撃すれば、攻撃国からすれば先に攻撃をしてきたのは日本であるから、攻撃国は自衛隊に反撃し、その後は日本と攻撃国との間の武力衝突となるが、その先をどうするのか、容認論者は考えているだろうか。

昨年、石破茂自民党幹事長は、出動命令に従わない自衛隊員に対して現在の懲役7年では軽いから、「従わなければ、その国における最高刑に死刑がある国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役300年なら300年」と、国防軍にして死刑や無期懲役などの重い罰則で服従させるようにすべきだと語った。石破氏はこの間、一貫して自衛隊の「普通の軍隊」化に向けて驀進してきた人であるが、このところ、粘着質の口調で次々と本音を突出させている。

4月5日のテレビ東京の番組で石破氏はこうも述べた。「(集団的自衛権の行使を容認した際に自衛隊が)地球の裏側まで行くことは普通は考えられないが、日本に対して非常に重大な影響を与える事態と評価されれば、完全に排除はしない」(『東京新聞』4月6日付)と。この「地球の裏側」という言葉を聞くと、昨年9月19日、自民党の安保関係合同部会で、高見沢将林官房副長官補(防衛省防衛政策局長などを歴任)が、集団的自衛権行使が認められた場合の自衛隊の活動範囲について、「『絶対、地球の裏側に行きません』という性格のものではない」と語ったことが想起される(『朝日新聞』2013年9月20日付)。

また、石破氏はその番組のなかで、アフガン戦争で集団的自衛権を行使した国の軍隊が多数の死者を出したことから「日本にその覚悟があるか」と問われて、「自衛官は危険を顧みないという誓いをして任官している。危険だから(派遣を)やめるということはあってはならない。内閣が吹っ飛ぶからやめておこうというのは政治が取るべき態度ではない。政治の覚悟の問題だ」と明言した(『朝日』『東京』4月6日付)。

「政治の覚悟」とは何か?「内閣が吹き飛ぶ」ことか。それは自衛隊員の大切な命と天秤にかけられるものなのか。集団的自衛権行使について勇ましく語る政治家たちは、自らは決して「戦場」に赴くことはない。

いま、安倍政権は「国防軍」にするための明文の憲法改正の追求(4月12日のNHKニュースが報じた「改憲案の対話集会」)と同時に、来月にも集団的自衛権の行使を合憲とする閣議決定を行おうとしている。これは、自衛隊員を現在の服務宣誓のまま、「わが国」が攻撃されていない戦闘に参加させて生命の危険にさらすことを意味する。

精神教育の教範

自衛隊に入隊するとき、必ず服務の宣誓が行われる。自衛隊法施行規則39条はその服務の宣誓について定める。宣誓の言葉は次の通りである。

「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事・に・臨・ん・で・は・危・険・を・顧・み・ず・、・身・を・も・つ・て・責・務・の・完・遂・に・務・め・、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」

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