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2014年4月23日 (水)

「限定的行使」というまやかし

集団的自衛権の「限定的行使」というまやかし

http://www.asuno-jiyuu.com/2014/04/blog-post_21.html
「明日の自由を守る若手弁護士の会」より抜粋

 これまで、あすわかでは、憲法は権力者を縛るためのものだということで、立憲主義というものの大切さをお知らせしてきました。

 立憲主義がなければどうなるかということは、お隣の中国を見ればよく分かります。中国では、憲法の上に共産党があると理解されていて、憲法や法律は国や国民を統治するための手段に過ぎないのです。憲法は、権力者が国民を縛る道具になっているということですね。


 ところが日本で、「憲法は最高規範じゃない」と言いだした人がいたのでびっくりしました。
平成26年4月21日付けの東京新聞と中日新聞に掲載されたインタビューによると、この方の結論は、①憲法の上に道徳律や自然法がある、②憲法だけでは何もできず、重要なのは行政法であり、憲法学は不要だという議論もある、③憲法などを重視しすぎてやるべきことが達成できなくては困るということでした。

 わお。
あんまり自信満々におっしゃるので、思わず憲法を見返しました。憲法98条には、「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部または一部はその効力を有しない。」良かった、良かった。最高法規だった。


 ただ、この発言をした人の肩書を見て、二度びっくりしました。安保法制懇座長代理の北岡伸一さんじゃないですか。

中略

 北岡さんは、集団的自衛権を限定的に行使すると言っていますが、憲法すら無視しようという人たちですから、何の歯止めにもならないことははっきりしましたね。自民党の中にも、限定すべきではないと言っていた人もいましたし。
 日本の安全に密接にかかわる場合に限定するんだと言っているようですが、特定秘密保護法のおかげで、どう安全にかかわるのかを「秘密」にする準備はできています。そうすると、たとえ地球の裏側でも「安全にかかわるんだ」と言ってしまえば、そうなってしまいかねません。限定的集団的自衛権というのは、まやかしだということがはっきりしました。


 日本は法治国家ですから、日本の政治や行政は、法律に基づいてしなければなりません。
ですから、何か政策を進めるときには、必要性だけでなく、憲法や法律に基づいているかどうかという許容性も十分に考えなければなりません。
北岡さんは、法律を作るからいいんだと主張しているようですが、その法律が憲法に違反していたら意味はありません。無効な法律を根拠にした行政は、法治主義の名に値しないのです。


「集団的自衛権の限定的行使なら、まあいいかな」と思っていた皆さん。
「限定的」というのはまやかしですよ。

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