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2013年11月22日 (金)

日本の病的な歴史認識

【社説】安重根義士を犯罪者扱いする日本の病的な歴史認識

朝鮮日報日本語版 11月21日(木)9時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131121-00000797-chosun-kr

 日本の菅義偉・官房長官は19日、朝鮮侵略の元凶だった伊藤博文を狙撃した安重根(アン・ジュングン)義士を「犯罪者」と呼び、これを「日本政府の立場」と明言した。韓国政府と中国政府がハルビン駅に安義士の記念碑を建立する方向で協議を行っていることへの論評だ。1982年に日本の歴史教科書は安義士を「壮士」と表現した。日本語の「壮士」にはヤクザやチンピラという意味合いがある。日本の極右勢力の主張が今や日本政府の公式見解になってしまったのだ。

 安重根義士は日本が朝鮮を強制併合する前年の1909年、中国のハルビン駅で伊藤を銃で狙撃し即死させた。伊藤は日本の初代総理大臣として、日本の帝国主義的膨張政策の道を切り開いた政治家だ。1905年に朝鮮にやって来て大臣らを脅迫し、朝鮮の外交権を剥奪する乙支(いつし)条約の締結を陣頭指揮した。日本は2009年に伊藤の死亡から100年を迎えたのを機に、伊藤を偉大な歴史的人物とする事業を大々的に行っている。安義士と伊藤について、韓国と日本でその評価と解釈が異なるのは当然考えられるだろう。

 安義士は伊藤を狙撃した直後、検察の取り調べで「伊藤を処断したのは大韓義軍参謀総長として行ったものであり、刺客としてやったことではない」と証言。さらに「他国を奪取し人の生命を奪う者がいるのに、これを傍観することはより大きな罪悪だ。そのためその罪悪を除去したにすぎない」とも述べた。安義士による伊藤の狙撃は「侵略の首魁(しゅかい、張本人)に対する処断」という次元を超え、東洋の平和を守るという歴史的・道徳的な大義があった。

 このように偉大な安義士を菅官房長官が「犯罪者」と呼んだ背景には、安義士が除去しようとした日本の犯罪的侵略行為を正当化したいという考えがある。しかし安義士が伊藤を狙撃した大義はその後の歴史でも証明されている。日本は伊藤が敷いたレールに乗って朝鮮侵略、満州事変、中日戦争、太平洋戦争へと突き進み、数十億のアジアの人たちを苦痛に追い込んだのだ。

 侵略国が新しい国として生まれ変わるには、歴史的人物に対する自分たちの評価に固執するのではなく、被害を受けた隣国に配慮する姿勢が必要だ。第2次大戦当時、フランスやポーランドを侵略したドイツの政治家や軍関係者の中で、今なお偉大な人物として尊敬されている人間がいるだろうか。伊藤は日本の国益を守った功績ある人物で、彼を殺害した安重根は犯罪者という認識は、加害者としての立場に基づく病的な歴史認識だ。

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安重根が収監され、獄中で彼の世話をした人の中に高知県出身の人がいる。その人の身内の家を訪れたことがある。

安重根に書いてもらったという、りっぱな書が残っていた。安の立ち振る舞い、言葉、その考えに深く感動し、尊敬の念をもって接した、と話していたという。

私は安の書の前に立ち、時空を超えて、すぐそこに安重根の存在を感じていた。祖国を思う安の気持ちに、深々と頭をさげた。そして、これ以後の朝鮮民族の苦しみに思いをめぐらし、同時に、日本の侵略の歴史を恥じたのだ。

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