« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月30日 (金)

パレスチナ・ヘブロン

パレスチナ・ヘブロンで活動しているCPT(Christian Peacemaker Teams) メンバーからのメッセージです。
ヘブロン旧市街は、ほぼ一平方キロ四方に兵士常駐の検問所が十数か所、さらに数十ヵ所のロードブロックバリアーがいたるところに張りめぐらされている異常地帯です。

シュロモー・サンド、ヤコブ・ラブキン両氏のシオニズム爆撃論によってイスラエル国家の存在理由という「大きな物語」が根底から揺らいでいますが、どうじに、イスラエルが日々実践しているこうした「細部の狂気」についても、その一方の現われとして注視し続けなければならないと思います。
松元@さっぽろ

=========
25 Insanities of the Israeli Occupation in Palestine
http://groups.yahoo.com/group/cpthebron/message/1349

■イスラエル占領のばかげた25章

    26 April 2010
ポーレット・シュローダー(Paulette Schroeder)

「ばかげてる!」と、パレスチナの友人たちが彼らの生活の中で出くわすたくさんの制限について私はしばしばこう表現している。以下のリストは、私たちが「聖なる」と呼ぶこの地で、パレスチナの友人たちがいつも決まりきったように押し付けられている制限のいくつかをあげたものである。

1、毎朝ベツレヘムの労働者たちが東エルサレムに行くためには検問所に別のパレスチナ人労働者専用の検問があるので、 予定より2~3時間早くギロの検問所に着いて待っていなければならないこと。

2、ヘブロン旧市街でたった一つの石を投げて訴えた近所の15歳の少年は、いま刑務所の中で刑の宣告に服している。
  彼の人生は、この記憶を持ちつづけて生きるだろうこと。

3、ヘブロン男子学校の12人の先生たちの初日は、通学途中で一時間待たされること。

4、回転ゲートと警告音のついた検問所を通過する一群のなかに、アダムという年配の盲目のパレスチナ人男性がいた。
  最後に彼が警報機を通過するとき、強制的にポケットの中のものすべてを取り出されて検査をうけるということ。

5、ひとりの障がい者の男性が車いすをたたんで回転式ゲートを通過するとき、自分と車いすの双方を通り抜けさせるために格闘しなければならないこと。

6、米国政府は、パレスチナ人の上にのしかかる過酷で圧制的なシステムを援助するためイスラエルに一日1100万ドル(約1億1千万円)を支出している。と同時に米国は、イスラエルは不法入植地の建設を中止せよと要求していること。

7、8メートルの「セキュリティ・ウォール」は、パレスチナの大地に320キロ以上も張りめぐらされている。
  その上部先端には剃刀の刃が付いている鉄条網が覆われている。それはまた「メイドインUSA」と理解されているのだ。

8、クリーブランド、オハイオ出身の若いイスラエル兵が、さきのガザ攻撃で300人以上の子どもたちが殺されたことを「付随的被害」と名づけていること。

9、彼らの前庭で剃刀の刃が付いている鉄条網から布を切り離すためにのんびりと鋏を使っているあいだ、CPTメンバーが武器をもっている兵士に検問され続けていること。

10、毎週土曜日の午前8時から12時、1929年以前にユダヤ人が住んでいた家々を見るためにヘブロン旧市街のあちこちを見学する一団をイスラエル兵が先導する。パレスチナ人は彼らの再訪をけっして許してはいないというのに。

11、パレスチナのちいさな子どもたちが毎日学校へ通うとき、武器のある検問所で彼らのカバンの中を検査されていること。

12、時間を引き延ばすための検問所で多くの若いパレスチナ人男性が引き留められている。これがイスラエル兵のいう「イスラエルの安全の前進」だということ。

13、ひとりの若いロシア人イスラエル兵は、ジャイルへ行こうとしていたパレスチナ人の少年とその父を救う機会をえた。
  しかし彼は、同僚とおしゃべりをするため二人の通行を拒否したこと。

14、新しいイスラエルの旅団は彼らの実践的訓練の一部として、しばしば若いパレスチナ人男性を壁に押し付けて彼らを乱暴に扱い身体検査をして抑圧していること。

15、CPTの近所の人は食料を運ぶために、まずはしごをよじ登り、屋根の入り口を越え、彼女の家の中に降りてから、自分の家に入らねばならない。彼女は自宅の玄関を使えない多くのパレスチナ人のひとりである。
  なぜなら彼女たち(彼ら)の玄関はいま、入植者専用道路に面しているからである。

16、ひとりのパレスチナ人の母親が、入植者たちが彼女の家に石を投げていることを兵士の一群に知らせた。
  その兵士たちは、尋問のためと称して彼女の13歳の娘を逮捕することで応えた。

17、ベツレヘムからエルサレムへ行く途中の大検問所のイスラエル軍側の壁にある標語には、「平和はあなたがたとともにある」と書かれていること。

18、私の友人が最近パレスチナ人とともに一時間半も待たされた悪名高いギロの検問所の内側には、「神の栄光を感じる」と読めるイスラエルのポスターがあること。

19、古いパレスチナ人羊飼いの村には、1980年代から近くに大きなユダヤ人入植地が見られた。
 イスラエル軍と入植者たちは、不法入植地の入植者たちに安全を提供するためパレスチナ人の道路を横切り4ヵ所に異なるロードブロックと障害物を据えつけたこと。

20、赤ん坊を抱きかかえている入植者には、自動小銃M-16の楽しみがあるという光景。

21、ヘブロンに住んでいるイデオロギー的な入植者たちは、私たちのパレスチナの隣人に対する彼らの暴力行為の正当化の
  ために宗教や神を使っていること。

22、パレスチナの大部分にある「安全」のための8メートルの分離壁の周囲は、何十万本という古いオリーブの樹々に取って代わられたものであること。

23、兵士たちが、軍用ゲートの後ろから石を投げて遊んでいた子どもを目隠しして連れて行き、その少年の首元で息をするくらい近くで犬をけしかけること。

24、パレスチナ人が、不法入植地は作物のために水を盗んでいると訴えた。真実は、これら不法入植地がつい1980年に建設されたものであること。

25、イスラエル軍は、むしろ入植者たちから多くの軍令を引き出していること。

p.s.これらのばかげたことは、このCPTメンバーの感じているばかげたことでもある。…私の送信によっていま数時間も経たずしてあなたも観察できるように。

: www.humanitarianinfo.org/opt/docs/UN/OCHA/ochaHU0705_En.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月29日 (木)

政府手法を市民批判

「公約違反」怒り発火 辺野古くい打ち案 政府手法を市民批判
前政権より悪い■島ぐるみ闘争になる
社会  2010年4月29日 09時50分      

(12時間28分前に更新)

 「事実とすれば言語道断」―。米軍普天間飛行場の移設問題で「最低でも県外」と訴え、政権を発足させた鳩山由紀夫首相への期待が失望と怒りに変わろうとしている。移設問題をめぐり二分されてきた名護市民らから、十数年も前に消えたシュワブ沖のくい打ち桟橋方式が突然浮上したことに「島ぐるみ闘争になる」と警告する声があがった。

 移設反対を訴えるピース・キャンドルを続ける二見以北10区の会の渡具知智佳子共同代表は「万一、辺野古になれば、今まで以上の激しい反対運動が起こる。不可能だということは首相は理解できないのか」と首をかしげた。「わたしたちは怒っている。来沖するなら直接抗議する」と話した。

 ヘリ基地反対協の安次富浩共同代表は「世論調査で県民の9割が県外・国外を求め県民大会に9万人が参加した。事実とすれば明らかに公約違反で言語道断。前政権よりたちが悪い」と批判。「県民目線を捨て、米国に都合のいい案ばかり模索している」と語った。

 現行案(V字案)を条件付きで容認し、1月の市長選で敗れた島袋吉和前名護市長は「現行案の沖合修正は13年間積み重ねてきた苦渋の結論だ。それすら実現に至っていない非常に困難な移設問題を数カ月で解決しようなんて無理な話」と、鳩山政権の移設先選定作業のあり方を批判した。

 荻堂盛秀市商工会長は「市民を分断した年月は何だったのか。〝腹案〟がそうだったなら最初からそう言えばいい」と怒り心頭。くい打ち桟橋方式には、「現行案と違い、ほとんどが本土ゼネコンの工事となり地元業者の出る幕が少ないのではないか」との見方を示した。

 普天間爆音訴訟原告団の島田善次団長は「県民大会で示された県民の意思を踏みにじるもので、あまりにもふざけた話。島ぐるみ闘争になる」と猛烈に批判した。普天間移設問題と併せて鳥島・久米島射爆撃場の返還も米側に提案したとの報道に、久米島町の平良朝幸町長は「普天間とバーターにするのはとんでもない。返してもらうのはありがたいが、正直困惑している」と声を荒らげた。

「9万人の声軽視か」
憤る大会共同代表
知事の拒否 求める声

 米軍普天間飛行場の移設問題で、キャンプ・シュワブ沖合浅瀬への代替施設建設を検討していることが明らかになったことについて、同飛行場の国外・県外移設を求める県民大会の共同代表らは一様に怒りの声を上げた。

 高嶺善伸県議会議長は「大会決議を受け、政府への要請をした際には、具体的な移設案は固まっていないということだった。要請団は軽くあしらわれたのか」と憤った。その上で「仮にくい打ち案ならば絶対に許せない。早急に知事と面会し、県内移設案を受け入れないように求めたい。県議会と知事が一体となって反対していきたい」とした。

 翁長雄志那覇市長は「県民に対しての思いがなく、全く基地問題に対して哲学が欠如している」と指摘。「くい打ち桟橋(QIP)方式は、金もかかるし、利権の話、環境問題も含めて13年も14年も前に消えた話。何の前進も感じられない」と断じた。

 連合沖縄の仲村信正会長は「政治家は自分の発言にきちんと責任を持つべきであり、撤回すれば政治不信を招く。鳩山総理は約束した県外・国外移設を最後まで検討するべきだ。知事は会うべきではない。会談するならば即座に修正案を拒否するべきだ」と訴えた。

 大城節子県婦人連合会長は「全国の女性からも大会に連帯する声が寄せられた。知事は全国各地で思いを一つにしたことを考え、普天間の撤去を強く訴えてほしい」と期待を込めた。

 宮古地区大会の星野勉共同代表は「政治は国民の意思を反映するものなのに今は真逆」と鳩山政権を批判。「国家という組織を守るために国民を犠牲にして権力を行使することは絶対許さない」と語気を強めた。

 八重山大会の仲山忠享実行委員長は「工法が変わろうと基地の存在自体は変わらず、危険性がなくなるわけではない」と批判した。

「生態系をかく乱」
日本自然保護協が警鐘

 日本自然保護協会は28日、「くい打ち桟橋方式」について、太陽光の遮断や減少で光合成が阻害され、海草藻場が消失する上、海流の変化で藻場の分布面積が減るなど、同方式の問題点を発表した。「サンゴ礁生態系の一つの攪乱(かくらん)が、辺野古・大浦湾の全体へも影響を与える」と警鐘を鳴らしている。

 コメントでは藻場や砂地を利用する貝類や甲殻類の生息にも影響を及ぼすと指摘し、「現行案と位置・規模および工法が異なるのであれば、明らかな事業の見直しであり、環境アセスメントを方法書からやり直すことは必須」としている。

 また「『埋め立て方式より影響が少ない』、『環境に配慮している』と単純に評価できるものではない」と強調した。

 同会保護プロジェクト部の大野正人部長は「生物多様性豊かな海域で大規模な米軍飛行場をつくること自体が問題であり、首相が言う『埋め立ては自然への冒〓(ぼうとく)』と何ら違いはない」と訴えた。

※(注=〓は「さんずい」に「売」の旧字)

「沖縄タイムス」より転載

**********

怒り爆発。沖縄のみならず、ヤマトの国民も思いは同じだ。これほどまでに、辺野古にしがみつく政府は、いったい何を考えているのか。9万人集会の重みさえも理解できていない。次は、国会包囲10万人デモでもやるしかないか。もっとも、それでもまだ、ひとつの民意だと言い捨てるかもしれない。鳩山政権につける薬はないのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普天間 米大手ネット新聞

「日本が追従する時代は終焉」 米大手ネット新聞で論評
2010年4月29日
       
 米大手インターネット新聞「ハフィントン・ポスト」は27日、米軍普天間飛行場をめぐり、県内移設反対を訴える県民大会に主催者発表で9万人が参加したことを踏まえ、オバマ政権へ地元の民意を踏まえるよう促す記事を掲載した。ネットワークフォア沖縄のジョン・フェファー代表が寄稿した。

 ハフィントン・ポストは、移設候補地である名護市辺野古への新基地建設は、ジュゴンなど生態系へ深刻な被害を及ぼすと指摘。最も重要なことは、多くの米軍基地を抱える沖縄でこれほどの県民が大会に参加し、新基地建設反対という意思を明確に示したことだとしている。

 県民大会直前に米ワシントン・ポスト紙が掲載した「岡田克也外相が現行計画の修正を大筋で受け入れ」との記事は、大会の行方を注視する雰囲気の中で日米両国に悪影響を与えたとし、情報源の信憑(しんぴょう)性に疑問を呈している。
 オバマ政権が対北朝鮮外交では柔軟な姿勢で対応しているのに比べ、同盟国である日本への接し方には温度差があるとも指摘。日本が負担している在日米軍基地の維持費を見直そうとする鳩山政権は反米主義ではなく、国益重視ととらえるべきであり、「日本が初めて米国の政策に異を唱えた姿勢を評価するべきだ。日本が米国に追従する時代は終(しゅう)焉(えん)した」と説いている。

 「ハフィントン」は著名人の意見を集める政治ブログとして2005年に創設。オバマ大統領やクリントン国務長官ほかジョン・ケリー上院議員、映画監督のマイケル・ムーア氏などの著名人が寄稿しており、米大手新聞社サイトを上回る人気と影響力を持つ。
 メディア分析調査大手の米ニールセンの利用動向調査では「新聞」カテゴリーに分類されており、今年3月の訪問者数は約1300万に達する。(平安名純代ロサンゼルス通信員)

「琉球新報」より転載

*********

ワシントン・ポスト紙は、「普天間基地県内移設反対」の前面広告を載せている。普天間問題は、沖縄のみならず、アメリカ国内にも広がり始めている。日本政府がなおも、移設にしがみ続けるなら、良識ある世界の人々からも批判を受けることになるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

政府が普天間最終案

政府が普天間最終案、杭打ち桟橋・徳之島にも分散
基地移設

 政府は28日、沖縄県の米軍普天間飛行場移設に関する政府の最終案を大筋まとめ、米国や移設先と大詰めの調整に入った。

 政府案は、〈1〉日米が2006年に合意した同県名護市辺野古に普天間飛行場を移設する現行計画を基本に、異なる工法に修正〈2〉鹿児島県・徳之島へのヘリコプター部隊の分散移転――の2案を組み合わせたものが柱だ。

 鳩山首相は5月4日に、沖縄県を自ら訪問し、仲井真弘多知事らに移設に向けた協力を求める方針だ。しかし、修正案として浮上した工法は、過去の日米協議で運用上の問題点などから却下されているうえ、沖縄県内での移設が主軸となるため、「県外移設」を最大限求めるとしてきた首相が厳しい批判を受けるのは避けられない情勢だ。

 鳩山首相は28日午後に岡田外相、北沢防衛相ら関係閣僚を集めて協議し、政府案について大筋了承を得たい考えだ。

 修正案は、海底に数千本の杭(くい)を打ち込んで桟橋を建設し、そのうえに滑走路を建設する「杭打ち桟橋(QIP)」方式が最有力となっている。鳩山首相がサンゴ礁の破壊など環境面への影響を懸念し、海面埋め立てに反対しているため、環境への影響が比較的少ないとの見方がある同工法が浮上した。

 ヘリ部隊の移転では、沖縄の負担軽減の観点から、徳之島が最有力の移転先となっているが、地元の合意を得られない場合、沖縄県内の普天間飛行場以外の基地も選択肢としている。

 首相は28日午前、首相官邸で北沢防衛相と会談した。防衛相は、現行計画の修正案について、QIP方式と他の工法を含む複数の案を提示したうえで、QIP方式が最善だとの考えを伝えた。これに先立ち、防衛相は27日、ルース駐日米大使と会談し、移設案の概要を伝えた。防衛相は大使との協議内容についても首相に報告したとみられる。

 首相は5月4日に沖縄入りした際、知事との会談を求めるほか、住民との対話集会の開催も検討している。首相の沖縄県入りが実現すれば、昨年9月の政権発足以降初めてとなる。

 一方、外務省の梅本和義北米局長、防衛省の高見沢将林防衛政策局長は28日午前、外務省でキャンベル米国務次官補と会談し、政府案の概要を説明した。

 普天間移設をめぐっては、米側は日米合意に基づく現行計画が最善だとの立場を崩していない。

(2010年4月28日14時37分  読売新聞)

***************

ひどい話だ。沖縄に基地はいらないという9万人集会直後の話である。辺野古の海の埋め立ては自然への冒涜だが、海へ数千本の杭を打ち込むことはよいという。埋め立てでなければいいだろうという浅薄極まりない考えである。いったい、鳩山首相の自然破壊への認識の程度を疑う。もっとも、二酸化炭素削減のためには原発が必要と考える頭の程度だから、これもありということか。

この工事が行われるとして、いったいどれだけの税金が使われるのだろう。ある日突然、強盗に襲われて母屋をのっとられた住人が、我が家をお返しください、つきましては、新しい家を建ててさしあげますから、どうぞそちらへお移りくださいませ、などというバカな話があるだろうか。

それにしても、沖縄の民意がひとつになったこの時期に、鳩山首相が沖縄入りをして、何を話すというのか。沖縄の人々の心を、選挙でもてあそび、最後はこの最終案をもってして、息の根を止めようというのか。沖縄県民の意思よりも米軍基地が大事というのなら、もはや、日本国政府の名に値しない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月28日 (水)

気候変動世界民衆会議

気候変動にたいする世界民衆会議、コチャバンバで開催(4月23日)

4月19日から22日までの4日間、ボリビアのコチャバンバ近郊のティキパジャにおいて、第1回気候変動と母なる大地の権利に関する世界民衆会議が開催された。これには5大陸、142カ国から35,000人が参加した。主催国、ボリビアのエボ・モラーレス大統領が中心となり、4月22日の最終日には、ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領も出席した。

気候変動と母なる大地の権利に関する世界民衆会議は、地球と人間を救うためには、資本主義的生産システムを変更することこそが求められていることを明らかにした。4月22日、「コチャバンバ合意」を採択し4日間の世界会議は終了した。

コチャバンバ合意(骨子)

・国連のもとに気候変動と環境にかんする国際裁判所を創設する。裁判所は取り決められた協定を守らない国、多国籍企業などを裁判にかけ、制裁を科する権限を持つ。

・来年の母なる大地の日、2011年4月22日に、世界中で住民投票をおこなう。この投票行動を通じて、先進工業国にたいして、資本主義的システムの変更を要求する。住民投票は5つの質問によりおこなわれる。それらは大量生産大量消費のシステムの変更、軍事予算を母なる大地を守るための費用に切り替えることについてなど。

・母なる大地のための世界民衆同盟(AMPMT)の結成。これは民衆会議で決定したことを実現するために活動する。京都議定書を改定し、先進資本主義国が1990年から50%の二酸化炭素排出削減を義務づける。

・工業国にはエコロジー負債を支払わせる。基金を創設させ、貧困の撲滅などのために使用する。過度に自動車を使用しないように努める。

・干ばつ、洪水など気候変動による難民にかんする国際条約を策定する。難民の人権に関する宣言をおこなう。

・テクノロジーの移転に関する基金、移民を法制化するためのメカニズムをつくる。

・人類と母なる大地が共存するための新しいシステムをつくる。人権と自然が尊重されることが追求されなければならない。いかなる形態の植民地主義も帝国主義も排除され、過度の成長路線も追求されてはならない。(0667)
http://ameblo.jp/guevaristajapones/entry-10517080483.html

■コチャバンバ会議の最新情報は以下のサイト参照
開発と権利のための行動センター
気候変動民衆会議・合意文書 全訳
http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2010/04/post-c4fb.html
気候変動と母なる大地:モラレス大統領
http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2010/04/post-e989.html
?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月27日 (火)

閣僚の言葉が軽くないか

県民大会要請 閣僚の言葉が軽くないか

2010年4月27日

       
 4・25県民大会の代表団が決議文を携え、上京した。その要請に対し、北沢俊美防衛相は「鳩山由紀夫首相が最低でも県外と言ったことを踏まえ、県外を目指して頑張っている」と述べた。
 言外に「首相が県外と言っているから、仕方なく頑張る」と言っているように聞こえる。まるでひとごとのようだ。

 平野博文官房長官も「県外を目指して頑張っている」と述べたが、現行案回帰だの、くい打ち桟橋だのが政府案だと漏れ伝わる現状をみると、真剣な発言とは思えない。
 言葉が軽すぎはしないか。沖縄の歴史を踏まえ、重い決意を秘めた大会の意思表示は、口先だけの対応で済まされるものではない。
 「県外」にこだわる首相に対し、閣僚たちは「県内」で包囲網を敷いている図式に見える。首相は孤立無援のようだ。

 だが、住民の一致した民意に背いて移設を強行するのなら、それはもはや民主主義の国ではない。その意味で首相は正しい。敵意に囲まれては基地の建設はできず、結局は徒労に終わることを、閣僚たちは知るべきだ。

 「フェンスの中に閉じこめられているのは、基地ではなくわたしたち」。4・25県民大会で、最も印象に残ったのは高校生代表の言葉だった。島袋純琉球大教授が述べるように、「沖縄の本質的問題を指摘してくれた」からだ。
 米軍機は夜明け前だろうとお構いなしに飛び、沖縄の人々は睡眠さえまともに取れない。米兵ならひき逃げをしても事情聴取すらできず、基地に逃げ込めば家宅捜索すらできない。損害賠償も支払わずに本国に逃げ帰ればよい。
 彼らに許されているのは限りない「自由」であり、沖縄の人は自分の島に住みながら、人として最低限の尊厳すら守られない。こんな状態を沖縄に強制できる権利はだれにもない。県民大会でわたしたちが確認したのはそのことだ。

 県民大会に対し、鳩山首相は「民意のひとつの表れ」と述べた。より正確に言うと、「民意が一つであることの表れ」だろう。沖縄がこれ以上本土の犠牲に供されるのは許されない。その一点に、県内の民意が収れんしたことを示している。
 代表団は27日、国会議員会館前で座り込みもする。県議会議長や首長がそこまですることの意味を閣僚たちはかみしめてもらいたい。

「琉球新報」より転載

********

27日、実行委員会メンバーや宜野湾市長、名護市長などが、議員会館前に座り込んだ。かつて、自治体の首長自らが座り込みをするなど、あっただろうか。沖縄の決意のほどを知らなくてならない。沖縄の尊厳を取り戻すために、闘いののろしが上げられたのだ。

今こそ、沖縄の人々に連帯しなくては、私たち日本人一人ひとりの民主主義が問われるのではないか。沖縄の意思が、実現されなくてはならない。これほどまでに、沖縄の民意がひとつになっているのに、なおも沖縄へ新基地をつくることをあきらめない政府であれば、もはや、国民の民主的投票で選らばれた政府とはいえない。国民をだまして、ただ権力の座を得たかっただけである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

記者室の完全開放を

記者会見・記者室の完全開放を求めるアピール

日本で今、記者会見の開放が大きな問題となっています。「報道の自由」「知る権利」の観点から考えれば、記者会見は本来、新聞社やテレビ局に所属する記者だけでなく、雑誌社やインターネットメディアに所属する記者、フリーランスなど、幅広い記者が参加し、自由に質問できる公の場であるはずです。しかし、実際は「記者クラブ」の加盟社・者が会見への参加を事実上独占しており、「記者クラブ」の非加盟社・者は長い間、会見への自由な出席、自由な質問が認められてきませんでした。

日本では首相官邸から国会、司法・捜査当局、各省庁、経済団体などに、網の目のように「記者クラブ」が配置されています。また、都道府県庁や主要都市にも同様の「記者クラブ」があり、その数は全国合計で800超に上ると言われていますが、「記者クラブ」に所属できるのは、事実上、新聞協会加盟の新聞社、民間放送連盟加盟の放送局などに所属する記者に限られています。

日本新聞協会などによると、「記者クラブ」は報道関係者が連携し、当局に対して情報開示を迫る等の役割を果たしてきたとされています。長い歴史の中は、確かにそういった場面はあったでしょう。その一方、設立当初の趣旨や表
向きの説明はどうであれ、「記者クラブ」が長い間、大手の新聞社やテレビ局などによる「取材カルテル」として機能してきたことも事実です。記者会見への参加だけでなく、記者室の使用も事実上、「記者クラブ」加盟社の記者に限定されてきました。そうした実態は「取材・報道の自由」を阻害するとして、国内外から強い批判を浴びています。

時代は大きく変わってきました。インターネットの発達などによって情報の流通経路や情報に対する価値観は劇的に変化しつつあります。「報道」を担う組織や人々もますます多様化しています。もはや、「記者クラブ」が情報を独占する時代ではありません。実際、昨年9月に政権交代が実現してからは、外務大臣の記者会見が「記者クラブ」加盟社以外にも開放されるなど、改善へ向けた動きも始まりました。

しかしながら、こうした動きはまだ、ごく一部にとどまっています。「記者ラブに加盟していない」という理由だけで、外国メディアや雑誌社、インター
ネットメディア、フリーランスの記者、非営利で情報発信を行っている団体・個人などは、依然、記者会見への参加や自由な質問が困難な状況に置かれています。さらに記者室の自由利用や報道資料の提供、裁判取材における記者席確保、各種の「懇談」など、数々の取材機会も手にすることができないままです。日本新聞協会も2006年に公表した「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」において、記者会見と記者室は、クラブ員以外に広く開放すべきとの見解を示していますが、実行されているとは言い難いのが現状です。

私たちは、大手新聞社やテレビ局などの既存メディアと外国メディア、雑誌社、インターネットメディア、フリーランスの記者、非営利で情報発信を行っている団体・個人などが、平等な立場で自由に取材・報道を繰り広げ、切磋琢磨を続けることこそが、「知る権利」「報道の自由」の真の意味での実践であり、日本の報道の質を高め、言論の自由と民主主義社会の発展につながると確信しています。

そこで私たちは、以下のことを新聞・テレビ各社、日本新聞協会、日本民間放送連盟、各記者クラブ、政府・自治体および関係各組織などに求めます。

(1)記者会見への参加について、報道目的・情報発信目的を持つ団体・個人に広く開放すること。この実現に際しては、記者会見での質問制限など差別的・排他的条件をいっさい設けないこと。
(2)記者室の利用について、報道目的・情報発信目的を持つ団体・個人に広く開放すること。
(3)取材資料の提供、種々のレクや懇談、裁判取材における記者席確保など、「記者クラブ」加盟社・者が享受している種々の取材機会について、報道目的を持つ団体・個人に同等の機会を保障すること。

上記の目的を実現させるには、種々の立場を超えた多くの方々の協力が必要
です。一人でも多くの方に賛同をいただき、一刻も早くこれらの事項を実現さ
せたいと考えています。どうぞよろしくお願い致します。

2010年4月
記者会見・記者室の完全開放を求める会(会見開放を求める会)
呼び掛け人一同
代表世話人 野中章弘

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤコフ・ラブキン氏 

ユダヤ教徒のヤコブ・ラブキンさんが近著『トーラーの名において』(平凡社)の日本版刊行記念で3度目の来日を果たし東京、大阪で講演しています。著書を読むと、私たちの「ユダヤ人」意識がユダヤ教の真髄を知らずに、いかにシオニストやイスラエルの宣伝するイメージに毒されているかがわかります。またユダヤ教を民族的な政治闘争に転換して暴力的人種主義的なシオニスト国家を建設しているイスラエルが、いかにユダヤ教に反するものであるかが手に取るように解明されています。

僭越ながら周知していただきたく、昨年中国新聞http://www.yakov.rabkin.ca:80/?page_id=1188と朝日新聞GLOBEhttp://globe.asahi.com/meetsjapan/091019/01_01.htmlに掲載されたラブキンさんのメッセージを二回にわたって紹介させていただきます。(すでにご存知の方には重複の失礼を堪忍していただきとう存じます。)松元@さっぽろ

===========
■ヒロシマと世界:悲劇は特権を与えない
http://www.yakov.rabkin.ca:80/?page_id=1188
(中国新聞09年5月25日)

ヤコフ・ラブキン氏 モントリオール大学歴史学教授(カナダ)

ラブキン氏 プロフィル
1945年9月、旧ソ連レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード大学卒業。1972年、モスクワのソ連科学アカデミー歴史学研究所で博士号(歴史学)を取得。1973年にカナダへ移住後、宗教研究所でユダヤ教を研究。このほか、モントリオール、ボルティモア(米)、パリ(仏)、エ ルサレム(イスラエル)で、ユダヤ教指導者のラ
ビによる個人指導を受ける。科学と政治、科学と全体主義、科学と宗教に関する著作が多い。中東紛争を含む国際問題について、紙面やウェブサイトで論評記事などを多数発表している。近著『トーラーの名において―ユダヤ教内部からのシオニズムに対する抵抗の歴史』はフランス語、アラビア語などに翻訳され、英語版では2006年にカナダ総督省を受賞。

悲劇は特権を与えない

都市の大量破壊や住民の大量殺りくは、第二次世界大戦から始まった。私が子ども時代に住んでいた建物の半分は、レニングラード包囲による爆撃で破壊されていた。子どもだった私たちは、その廃虚で遊んだ。子どもにとって、すべてが遊び道具に変わった。

こうした子ども時代の思い出が後日、ベルギーで私の子どもたちと一緒に自転車に乗っていたときによみがえってきた。広大な空間が、何十万という兵士たちの墓で覆われていたのだ。これらの墓は、フランスやドイツ、カナダ、インド、その他多くの国の政府から第一次世界大戦に送り出され、戦死 した兵士たちのものであった。「何のために戦ったの?」
と末息子が尋ねた。「答えるのは難しいね」というのが私の答えであった。実際、私たちはどのように戦闘が行われたかについては詳細を知っているが、なぜ始まったのか、何の目的で何百万人もの命が失われたのかについては知らないのである。

昨年の夏、私は末娘をベラルーシのボブルイスクへ連れて行った。そこは1941年、進攻してきたドイツ軍が私の父の祖父母をはじめ、ユダヤ人の住民全員を銃殺した場所である。父にはドイツ人を悪魔のように思う十分な理由があった。が、決してそうはしなかった。レニングラードでの900 日に及ぶ包囲戦を耐え抜いたにもかかわらず、戦争を賛美
することもなかった。宗教教育の機会を奪われたソ連市民ではあったが、父はユダヤ教の伝統を守り続けた。私は伝統的ユダヤ教が戦争とどのようにかかわっているかについて学び始めたとき、このことに気付いたのである。

武力の行使

ヘブライ語聖書が暴力的イメージであふれているという事実にもかかわらず、ユダヤ教の伝統は非暴力的である。ユダヤ教の伝統は戦争賛美とはほど遠く、聖書で説かれた勝利とは、軍事的武勇をたてることではなく、神への忠誠こそが重要な要素だとされている。その主たるメッセージは、「人間は 武力により栄えるにあらず」(サムエル記上2章9節)で
ある。破壊や悲劇は軍事的脆弱(ぜいじゃく)さの表れではなく、むしろユダヤ人が犯した罪への天罰だと考えられている。敵を許すというわけではないが、この伝統は報復よりも内省を、他者への非難より己の向上を強調している。

19世紀以降、ヨーロッパのユダヤ人の間で、民族としてのアイデンティティーを考えるうえで重大な変化が起こった。伝統を重んじる者もいたが、ほかの人たちは宗教的慣習を捨て去り、シオニズム(ユダヤ人国家建設を目的とする運動)を信奉した。このシオニズムは、ヨーロッパのナショナリ ズムに誘発された政治運動であり、20世紀への変わり目
に明確な形をとることになった。ユダヤ教の伝統への明らかな反逆であるシオニズムは、土地に根ざし、その土地のために戦う筋骨たくましい、自己主張の強い、感傷的でない人間をつくりだそうとした。

これは伝統的なユダヤ教的価値観からの劇的な逸脱であった。シオニズムは、当時ユダヤ人への暴力が頻発していた中央、東ヨーロッパで多くの支持を得た。一方で大多数のユダヤ人知識階層とユダヤ教の指導者であるラビは、その当時シオニズムをにべもなく拒絶した。中には、パレスチナにユダ ヤ人のための国家を建国すれば、新たな悲劇を生み出すだけ
だと忠告する者もいた。

しかし、そうした声に耳を傾けるユダヤ人の数は次第に少なくなっていった。とりわけヨーロッパでナチスによるユダヤ人の大虐殺が行われた後はそうであった。欧米列国は、ユダヤ人大虐殺に加担した国も、無関心であった国も、ヨーロッパのユダヤ人たちがパレスチナへと旅立ったことに安堵 (あんど)し、そこにもともと住んでいた人々や周辺国の反
対にもかかわらず、シオニストたちが別の国家を建設するのを支持した。

哲学者のハナ・アーレント、神学者のマーティン・ブーバー、哲学者のアーネスト・サイモン、物理学者のアルバート・アインシュタインら少なからぬ著名なユダヤ人たちが、シオニズム運動が信奉する排他的な民族国家主義の危険に警鐘を鳴らした。それゆえ、第二次世界大戦後、これらの人々 は、パレスチナに住むアラブ人もユダヤ人も含めたすべての
人々のための共通国家構想を支持したのである。

不断の紛争

しかし、シオニズム運動を支配する人々は異なる教訓を引き出した。ナチスによる大量虐殺は、ユダヤ人の軍事力が脆弱(ぜいじゃく)であったがゆえに起きたというものであった。彼らは軍事キャンペーンを大々的に繰り広げ、パレスチナに住む約80万人ものアラブ系住民を難民にすることで、 平和へのすべての希望を打ち砕いてしまった。こうして新国
家イスラエルは、不断の紛争を抱えるに至ったのである。

このような結果になることは予測されていた。1948年の第一次中東戦争が終わる前に、アーレントは慢性的に軍事力に依存する民族支配体制を打ち立てることの危険を予見していた。

「仮にユダヤ人がこの戦争に勝利したとしても、…『勝利した』ユダヤ人は、強い敵意に満ちたアラブ人たちに囲まれて生活し、永遠の脅威にさらされるであろう国境の中に引きこもり、自己防衛に没頭することになるであろう。…そして、どれほど多くの移民を受け入れることができようとも、どこまで国境を広げていこうとも、この国は敵意に満ちた近隣諸国に数の上で比較すべくもない少数派として生き続ける運命を背負うことになるのだ」

これらの言葉が持つ真実性はかけらも失われていない。現実にイスラエルの圧倒的な軍事力は、今も平和をもたらしてはいない。核兵器は自爆テロからバスの乗客を守れず、占領下のパレスチナ人を取り締まるうえでほとんど役に立たない。核兵器が近隣のアラブ諸国に対して使用されることも想像 し難い。

近隣諸国はイスラエルに脅威を与えようという意思も、そうするに足るだけの通常兵器による軍事力も持ち合わせていない。しかし、イスラエル人は自国の振る舞いが中東全域、そしてイスラム世界に引き起こしている侮辱の念に気付いているがために、存亡の危機を常に感じ続けているのだ。そし て現在の脅威はイランである。

イランの脅威

イランの指導者たちは核兵器を開発する意図はないと言い続けている。しかし、多くのイスラエル人はイランの核攻撃を恐れ、こうした現在の苦境をホロコーストにたとえる人々さえいる。イスラエルの核兵器は「使用不可能」だとして退けながら、イランがイスラエルの中心部に向けてミサイル攻撃 を仕掛けることに恐怖心を抱き、死傷者数はナチスのユダヤ
人大量虐殺の犠牲者数に匹敵するだろうと予測している。

イランは約300年にわたり他国を攻撃したことはなく、地政学的な見地からの議論ではこうした脅威は信じ難い。それゆえ、2006年に現イラン大統領を新たなヒトラーのように描き出す大規模な宣伝キャンペーンが始まったのだ。このキャンペーンを繰り広げているのは、ベンジャミン・ネタ ニヤフ(現首相)、アビグドル・リーバーマンらイスラエ
ルの右派政治家たちである。彼らは欧米の国々に存在するイスラエル支持の圧力団体から援助を得ている。こうした圧力団体は、キリスト教とユダヤ教のシオニストからなる連合体である。

イランに隣接するイスラム国家のパキスタンは、イスラエルと同じように核拡散防止条約(NPT)に加盟していない。そのパキスタンは現実の核兵器保有国であり、政権は極めて不安定である。

アーレントが予見したように、イスラエルが今までの姿勢を変えず、1948年以来パレスチナ人に対して行ってきた不当な行為を正そうとしないのであれば、存亡の危機がなくなることはないであろう。

ところが、歴代のイスラエルの指導者たちは、この基本的な不当行為に対処し、紛争が政治的性格を持つものであると認める代わりに、パレスチナ人たちの抵抗は、彼らの文化や宗教に根ざしていると非難してきた。これは世界中の右派政権が信奉する「文明の衝突」の議論を補強するものだ。このよ うな政府が、世界中で無条件にイスラエルを支持する基盤
を形成していても不思議はない。しかし、こうした政府の態度が、これらの国の市民によって共有されているわけではない。

明らかにホロコーストに対する集団的罪悪感を政治的に利用することには、もはや以前ほどの効力はない。世論調査によれば、世界中の人々は軍事力を行使したり、軍事増強を追い求めたりすることを特徴とする国々を否定的な目で見る傾向がある。日本やドイツがより肯定的に見られる一方で、習 慣的に軍事力を使うイスラエルや米国は否定的な目で見られ
る国々に含まれているのだ。

私が子ども時代に遊び場とした廃虚も、そして広島の廃虚も、人間がいかに誤りやすい存在であるかを証明している。それはアメリカ人でもドイツ人でもなく、すべての人類に共通して言えることである。また、悲劇はその犠牲者たちに正しい行為をとらせるわけでもない。ホロコーストの遺産を受 け継ぐ者たちであり、ユダヤ人を代表する集合体だと主張す
るイスラエルが慢性的に犯す暴力行為は、このことを疑問の余地なく証明している。

中東に平和をもたらすには、イスラエルをナチスの大量虐殺の集団的犠牲者であり、ユダヤ人の歴史の悲劇的結果として扱うことをやめなければならない。そしてイスラエルを独自の歴史、利害、価値を持った国として見るべきである。

(2009年5月25日朝刊掲載)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未来に誓った約束

県民大会決議 基地なき島へ新たな始動/未来に誓った約束の重み2010年4月26日         
 

「民主主義は与えられるものではなく、奪い勝ち取るもの」。日本の教科書にはないが、そんな歴史を沖縄県民は先人から学んだ。

 その教えと教訓が25日、読谷村で開催された「普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外に移設を求める県民大会」で発揮された。
 初の超党派の大会には出席が危ぶまれた仲井真弘多知事も登壇し、思想信条を超え、県民が心を一つに危険な基地の早期撤去と県内移設反対を日米両政府に突き付けた。会場には10万人近い県民が押し寄せ、戦後65年間、復帰後38年間も変わらぬ基地の過重負担に強い異議を唱えた。

政府の揺さぶり

 「最低でも県外」と県民に公約した鳩山由紀夫首相は、もはや後戻りはできまい。新たな基地の県内建設という野望を捨て、危険な基地の撤去を急ぐべきだ。
 県民大会で県民が口にしたのは、未来への約束、子どもたちへの誓いだ。それは「基地のない平和な沖縄の実現」だ。
 次代の子どもたちに米軍基地の被害と負担を残さないこと。私たちの世代で基地被害や基地依存から脱却し、明るい未来を描く真っ白なキャンバスを残すこと。それが、県民大会に参加した人々の共通する願いであり、誓いだ。

 仲井真知事は、大会直前まで参加をためらった。参加見送りを促す政府の圧力に悩んだか。
 政府に盾を突くことで2年後に更新期を迎える政府の沖縄振興計画や振興策に悪影響が出ないか。財政依存度が全国に比べ突出する県経済だ。「ムチ」の痛みはどれほどか。
 新基地建設容認と引き換えに自治体に支払われる基地交付金、基地建設に伴う大型の公共事業は、建設業の比重の高い沖縄にとって、手を伸ばしたくなるアメだ。
 しかし、知事は大会出席を選択した。「日米同盟を肯定する」という知事でさえ「沖縄の負担は応分をはるかに超えている」と壇上で訴え、「普天間の危険性の早期除去」「過重な基地負担の軽減」の二つを政府に要求した。
 同時に沖縄の次期振興計画の柱となる「沖縄21世紀ビジョン」の基本が「基地のない平和な沖縄」と強調した。
 2030年までの長期ビジョンだが、知事は次代の子どもたちに「米軍基地の撤去」を誓った。

 稲嶺進名護市長は、県民大会のうねりを「国民の民主主義を取り戻し、県民の人権を取り戻す闘い」と表現した。
 ことし1月の市長選で普天間の辺野古移設現行案反対を訴え当選した稲嶺市長は、「オール沖縄で反対する原動力となり、先導役を担った名護市民を誇りに思う」と語り、政府内で再浮上する「辺野古回帰」の動きにくぎを刺した。
 沖縄には在日米軍専用施設の74%が集中する。日米再編で合意された普天間など嘉手納基地より南の5基地が返還されても、占有率は70%を超える。

政府は「矛盾」解消を

 「過重負担に耐え続ける県民に、世界一危険な基地一つ撤去できない政府」(伊波洋一宜野湾市長)への不信感が会場を包んだ。
 高嶺善伸県議会議長は、「歓迎しないところに基地は置かない」と語った米元国防長官の言葉を引き合いに、「受け入れを歓迎、決議したテニアン、北マリアナになぜ移設しないのか」と矛盾を突いた。

 「4・28」(1952年)は、サンフランシスコ講和条約が発効した戦後日本の「独立記念日」だ。だが、沖縄にとってその日は日本政府が沖縄を切り捨て、米軍統治に委ねた「屈辱の日」だ。
 米軍統治下で沖縄住民は「銃剣とブルドーザー」で土地を収奪され、犯罪の限りを尽くす米兵らの被害に耐え、命を自衛し、「自治は神話」とさえ豪語する米支配者の圧政をはねのけ、自らの手で自治を奪い民主主義を勝ち取った。

 政府が米国に委ねた施政権を返還させたのも、祖国復帰への心を一つにした住民運動だった。
 痛めつけられてもくじけず、過重な負担に耐え、侵害された人権や奪われた権利、脅かされた生活を、常に県民は自らの手で取り戻し、勝ち取ってきた。

 政府は5月末までに移設先を決断するという。大会決議をいかに実現するか。闘いはこれからだ。
 4・25県民大会を、将来の基地撤去に向け県民の新たな挑戦が始まった日として胸に刻みたい。

「琉球新報」より転載

*********

沖縄の心と闘いへの誇りを端的に語っていて、読む者の心を熱くする。誇りあるウチナーンチュの闘いに学び、私たちヤマトの人間も自らの足元を固め、共に連帯していこうではないか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月26日 (月)

桟橋方式否定せず

首相、桟橋方式否定せず 普天間移設問題
2010年4月26日 21時15分

 鳩山由紀夫首相は26日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)に、くい打ち桟橋(QIP)方式で代替施設を建設する政府内の検討について否定しなかった。官邸で記者団が「QIP方式を含む修正案での辺野古移設すべてを否定するのか」と質問したのに対し「一つ一つに『イエス、ノー』でコメントしない。ご容赦ください」と答えた。

 現行計画はシュワブ沿岸部を埋め立てることになっており、首相は24日「自然への冒涜」と厳しい口調で、その推進を否定していた。

 米国との交渉については「普天間の危険性除去と沖縄の負担軽減の2点に集中して検討している。米国がどうこうではなく、われわれの立場は一貫している」と述べるにとどめた。

(共同)

*******

埋め立ては自然への冒涜だが、桟橋方式ならよいというのか。目くそが鼻くそを笑う、話である。沖縄に新基地はつくらない、とは絶対に明言しないわけだ。9万人集会も、鳩山の目には、それもひとつの意思、ぐらいにしか映らないらしい。基地推進派は、水面下にもぐっているとでも確信しているのか。たとえ、居たとしても、それらが浮上してくる余地は、もうどこにもないということが分からないのか。

アメリカに忠誠を尽くしたはよいが、日本の中の自分の足元が崩れるということになりかねないのだ。日本のどこにも米軍基地はいらないのだと言っているのに、どこまでも、移設、新基地にしがみつくのであれば、事は、普天間のみならず、米軍基地の存在そのものを問う運動となっていくだろう。小事にこだわるあまり、大事を見逃していくことになるかもしれない。もっとも、これもまた、よいことであるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

米海兵隊は撤収を

米海兵隊は撤収を ――普天間基地問題についての第二の声明――

下記声明に賛同される方は最下段に署名をお願いします。
なお、この賛同署名は総数公表とし、個々のお名前は公開しないものと致します。
------(2010年5月20日 第一次集約)---------------

 米海兵隊普天間飛行場は、住宅密集地の中にある世界でもっとも危険な基地として、すみやかな閉鎖、撤去が求められてきた。旧自民党政権は、普天間の移設先として、北部名護市の辺野古(キャンプ・シュワブ沿岸部)に代替基地を建設することを米国との間で「合意」したが、それは、沖縄の中に新たな巨大基地を建設することに他ならず、沖縄県民はあらゆる機会にそれに反対する意思を表明してきた。

 2009年秋の政権交代と、民主党の「国外、最低でも県外(移設)」という選挙での訴えが、沖縄県民に希望を与え、状況を大きく変えた。2010年1月の名護市長選挙では、辺野古への移設に反対する稲嶺進候補が勝利した。2月には、これまで移設を容認してきた自民党、公明党を含め、沖縄県議会が全会一致で「普天間基地の県外移設」を求める意見書を採択した。また県内41市町村長全員が県外・国外を主張している。保守が擁立した仲井真弘多県知事も「県内(移設)は厳しい」と語り始めた。沖縄は、いまや“オール沖縄”で「県内移設」反対を明確にしたのである。

 しかし、2010年5月まで「決断」を先送りした鳩山政権は、県外移設の可能性を真剣に追求することなく、キャンプ・シュワブ陸上案や勝連半島沖埋め立て案など、「県内」を軸に決着することを図り、動き始めている。
 私たちはこの政権の動きを深く憂慮し、以下のように声明する。(呼びかけ人のうち18人は、2010年1月に発表した本土の学者・知識人声明の呼びかけ人である。沖縄でもすでに学者・知識人による海兵隊撤収要求の共同声明が出されており、その意味でこれは合同での第二の声明ということになる)

(1) 私たちは、辺野古陸上案(キャンプ・シュワブ内)、勝連半島沖案はもちろん、すべての沖縄県内移設に反対する。これ以上沖縄に過重な負担をかけてはならない。沖縄の意思を無視してはならない。沖縄の環境を破壊してはならない。

(2) 民主党は、衆議院選挙で「国外、最低でも県外」を訴えた。また名護市長選では、辺野古移設反対を主張する稲嶺進候補を推薦し、勝利させた。鳩山政権が、県内移設で決着させるならば、それは明確な公約違反であり、国民・県民への裏切りといわなければならない。鳩山政権は、仮に現在の日米安保体制を前提にするとしても、まず県外移設の可能性を徹底して追求すべきである。

(3) 県外でも県内でも移設を受け入れる地域がなかった場合、現在の普天間飛行場をそのまま継続使用するという案が出ているが、それは許されない。周辺住民の生命と暮らしを脅かしているこの危険な基地は、すみやかに閉鎖されなければならない。

(4) 県外移設を追求した結果、どの地域も受け入れないということならば、日本国民には海兵隊の基地を受け入れる意思がないということを意味する。必然的に米海兵隊は日本から全面的に撤収する以外にない。日本国民には、米海兵隊の存在なしに、東アジア地域の平和と安定を構築する積極的な役割を果たす意思があるということである。米国は、日本国民の意思を尊重しなければならない。

(5) そもそも政権が奔走し、メディアが関心を集中させたのは、「基地用地」探しばかりであった。いま考えるべきことは、本当にそのようなことなのだろうか。むしろ冷戦時代の思考法である「抑止力」とか「敵」とか「同盟」といった発想そのものを疑い、その呪縛から逃れることが必要なのではないか。国際社会に「共通の安全保障」や「人間の安全保障」といった考え方が現れ、冷戦の敵対構造を解体していく大きな力になった。私たちは、米軍基地の代替地をタライ回しのように探すのでなく、米軍基地を沖縄・本土に存在させ、米軍に勝手気ままに使用させている構造こそを問わなければならない。日米安保条約は、冷戦時代の遺物であり、いまこそ、日米地位協定、ガイドライン(日米防衛協力の指針)などを含めて、日米安保体制を根幹から見直していく最大のチャンスである。その作業を開始することを、日本政府、そして日本国民に訴える。

〈呼びかけ人〉
宇沢弘文(東京大学名誉教授) 遠藤誠治(成蹊大学教授) 岡本厚(岩波書店「世界」編集長) 加茂利男(立命館大学教授) 川瀬光義(京都府立大学教授) 古関彰一(獨協大学教授) 小林正弥(千葉大学教授) 小森陽一(東京大学教授) 千葉眞(国際基督教大学教授) 寺西俊一(一橋大学教授) 西川潤(早稲田大学名誉教授) 西谷修(東京外国語大学教授) 原科幸彦(東京工業大学教授) 前田哲男(評論家) 水島朝穂(早稲田大学教授) 宮本憲一(大阪市立大学・滋賀大学名誉教授) 山口二郎(北海道大学教授) 和田春樹(東京大学名誉教授) 新崎盛暉(沖縄大学名誉教授) 大城立裕(作家) 大田昌秀(元沖縄県知事) 我部政明(琉球大学教授) 桜井国俊(沖縄大学教授) 島袋純(琉球大学教授) 新城郁夫(琉球大学教授) 高里鈴代(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会) 高良鉄美(琉球大学教授) 高良勉(詩人、批評家) 照屋寛之(沖縄国際大学教授) 富川盛武(沖縄国際大学教授) 仲里効(メディア工作者) 仲地博(沖縄大学教授) 比屋根照夫(琉球大学名誉教授) 三木健(ジャーナリスト) 宮里昭也(ジャーナリスト) 宮里政玄(沖縄対外問題研究会代表) 山城紀子(ジャーナリスト) 由井晶子(ジャーナリスト)


一般署名

http://form1.fc2.com/form/?id=501657

英語署名

http://form1.fc2.com/form/?id=539738

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月25日 (日)

宿命論と決別するとき

[歴史の節目に]宿命論と決別するときだ
政治  2010年4月25日 09時55分      

(13時間22分前に更新)

 圧倒的な基地負担が沖縄の宿命であるはずがない。

 国による不合理な押し付けを拒否し、きょう、県内各地から多くの住民が県民大会に集う。

 米兵暴行事件に抗議して開かれた1995年の10・21県民大会以来の島ぐるみ運動だ。仲井真弘多知事をはじめ41市町村の全首長(2人代理)、政党、各種団体、市民が一丸となって米軍普天間飛行場の県内移設に反対の意思を表明する。

 「県外・国外移設」の可能性を十分に追求しない政府の不誠実な対応に抗議し、党派を超え世代を超えて「県内移設ノー」の意思を示すのは初めてである。その波紋は大きく広がるだろう。基地沖縄の宿命論に終止符を打つときだ。

 米兵暴行事件への対応策として、橋本龍太郎首相は「米軍の兵力構成について継続的に米側と協議する」との総理談話を発表したが、実現しなかった。小泉純一郎首相は2004年10月、普天間について「県外、国外の両方を考えていい」と発言したが、その8カ月後、「自分の所にはきてくれるなという地域ばかりだ」とあっさり撤回した。

 鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と公言したことで県民の期待はかつてなく高まった。

 普天間問題を考える上で最も重要な要素は、政権交代によって生じた住民意識の変化である。急浮上した辺野古修正案であれ勝連沖埋め立て案であれ、県内移設はもはや不可能だ。歴史の歯車を後戻りさせるようなことがあってはならない。

 政府はこれまで沖縄の「地理的優位性」を強調し、米軍基地の必要性を主張してきた。台湾海峡に近く、北朝鮮から適度な距離にある、と政府関係者はいう。

 しかしその論に具体性は乏しい。沖縄駐留の海兵隊は約2000人の遠征隊を動かす編成で、任務は紛争地での自国民救出など限定的だ。

 海兵隊を運ぶ艦船は長崎県佐世保に配備されている。朝鮮半島情勢が悪化したとき、船は佐世保からいったん南下して沖縄で隊員や物資を載せ、再び北上する。北朝鮮を警戒するのなら九州中北部に海兵隊を集約させたほうがよっぽど合理的だ。

 海兵隊はアジア太平洋で広範に活動しており、絶えず日本をガードしてくれていると考えるのは都合のいい思いこみだ。「日米同盟=基地提供=沖縄」という固定観念は事実を直視しないために起きる幻想にすぎない。

 戦後日本は経済復興を優先した。安全保障については米国に多くを委ね、米軍駐留をすべての前提としてきた。それが外交・防衛の原則となり、「同盟管理」さえ間違えなければ日本は安心だと信じ込んできた。

 米軍がらみの事件事故で地位協定の問題が浮上し、それが主権にかかわる内容をはらんでいても、同盟が傷つかないよう沖縄だけの出来事として切り捨てられる。成熟した民主主義社会で、このような負担の不公平を放置し続けることは許されない。

 「アメとムチ」によって基地移設を押し付けられる地域は、住民同士の対立感情が深まり、崩壊の危機にさらされる。環境汚染が指摘されても地元自治体に基地内立ち入り調査の権限はない。

 基地問題は沖縄問題という地域限定の問題なのではない。この国のあり方が問われているのだ。

「沖縄タイムス」より転載

*********

歴史の節目となるであろう、9万人集会であった。同日、八重山諸島でも、4000人近い人々が集まっている。目標どおり、10万人集会といってよい。

超党派、老若男女、沖縄のすべての人が、米軍基地にNO!を突きつけたのだ。人権も民主主義も無視した、やりたい放題の、米軍基地からの解放を一致団結して求めたのだ。これ以上の沖縄の民意があるだろうか。

さすがの平野官房長官も「真摯に受け止める」と言わざるを得なかった。しかし、ここに至っても、政府は、沖縄に新基地は作らないとは言わないのだ。まさか、金を片手に誠意を持って話をすれば、理解してもらえると思っているのでもなかろうが。それとも、最後は、国家権力をふりかざして、強制執行とでも?国民の声よりも、アメリカの方が怖いと?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

9万人が参加 読谷

「普天間」は国外・県外へ  4・25県民大会、9万人が参加
2010年4月25日         

 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」(実行委員会主催)が25日午後3時すぎ、読谷村運動広場で行われた。普天間飛行場の県内移設の反対を訴える超党派の大会は初めて。大会実行委は、渋滞で会場に到着できなかった人(1万人試算)を含め9万人が参加したと発表した。 県議会が2月に全会一致で可決した意見書に基づき、日米両政府に県内移設の断念を求める大会決議を採択した。


 大会であいさつに立った仲井真弘多知事は「政府は1日も早く普天間の危険性を除去してほしい。ネバーギブアップで、公約に沿った形でしっかりやってほしい」と述べ、先の衆院選で鳩山由紀夫首相が約束した県外・国外移設の履行を求めた。さらに「普天間問題は沖縄だけの問題ではなない。過重な基地負担の軽減に手を差し伸べてほしい」と呼び掛け、日米安保をめぐる本質的な議論を深めるよう全国に向けて訴えた。


 県内移設の反対を県民の総意として訴えた大会は、5月末の決着を目指した政府の移設先見直し作業に大きな影響を及ぼす。参加者は大会のシンボルカラーである「黄色」のTシャツや小物、ステッカーを身に付け、県内移設に傾く政府に「イエローカード」の意思表示を発信した。。【琉球新報電子版】

▽大会決議文
 普天間飛行場の返還は平成8年日米特別行動委員会(SACO)合意から13年経過した今なお実現を見ることはなく、その危険性は放置されたままです。


 しかも、平成16年(2004年)8月13日に発生した沖縄国際大学構内への米軍海兵隊所属CH53D大型輸送機ヘリコプターの墜落事故は、市街地に位置し、住宅や学校等が密集する普天間飛行場の危険極まりない現実を明らかにしました。一歩間違えば大惨事を引き起こしかねず「世界一危険な飛行場」の存在を改めて内外に明らかにしています。しかも、平成18年(2006年)の在日米軍再編協議では同飛行場の全面返還を合意しており、県民や宜野湾市民は、最も危険な普天間飛行場を早期に全面返還し、政府の責任において跡地利用等課題解決を求めているのです。


 私たち沖縄県民は、去る大戦の悲惨な教訓から戦後一貫して「命どぅ宝」、基地のない平和で安全な沖縄を希求してきました。にも関わらずSACO合意の「普天間飛行場条件つき返還」は新たな基地の県内移設に他なりません。


 県民の意思はこれまで行われた住民投票や県民大会、各種世論調査などで明確に示され、移設先とされた名護市辺野古沿岸域は国の天然記念物で、国際保護獣のジュゴンをはじめとする希少生物をはぐくむ貴重な海域であり、また新たなサンゴ群落が見つかるなど世界にも類をみない美しい海域であることが確認されています。


 名護市長は、辺野古の海上及び陸上への基地建設に反対しています。また、勝連半島沖埋め立て案についてはうるま市長・市議会ともに反対を表明しています。
 よって、私たち沖縄県民は、県民の生命・財産・生活環境を守る立場から、日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還するとともに、県内移設を断念し、国外・県外に移設されるよう強く求めるものです。
 以上決議する。
 
▽大会スローガン

 日米地位協定の抜本的改定を求める。


 返還後の跡地利用を促進するため、国の責任で、環境浄化、経済対策などを求める。


 返還に伴う、地権者補償、基地従業員の雇用確保を国の責任で行うよう求める。
     2010年4月25日
     4・25県民大会

「琉球新報」より転載

********

琉球新報がネットで、読谷の10万人集会を生中継した。那覇市長が、アメリカからの日本の独立がなければ、基地の問題は解決しないと言っていた。沖縄から日本を見ると、日本政府はとても独立国とはいえないということがよく分かる。いたるところ、米軍基地や施設に突き当たる、沖縄の地に立つと怒りと共に、日本は今なおアメリカの占領下にあることを実感し愕然とする。

宜野湾市の高校生の発言にもはっとさせられた。入学したときには、時を選ばずの騒音のものすごさに怒っていたのに、やがて、これもしかたないこととあきらめ何も考えなくなくなっていることに気づいたというのだ。思考停止に陥ってはいけないのだと、みんなで考えていこうと訴えていた。私たち日本の国民こそ、思考停止になっているのではないか。沖縄には米軍基地があってもしかたない、まるで、ずっと以前の昔からそこにあったのだとでも思っていまいそうな感覚に陥っていたのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月24日 (土)

沖縄知事 県民大会参加

普天間移設:沖縄知事、県民大会参加を正式表明

 沖縄県の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事は23日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の国外・県外移設を求める25日の県民大会に参加すると表明した。普天間飛行場の移設を巡る超党派の県民大会は初めてで、知事が参加するのも初。仲井真知事はキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)に移設する現行案を条件付きで容認してきた経緯があるが、大会参加によって県内移設への反対姿勢を明確にすることになり、政府が県内移設への地元同意を得るのは極めて困難な情勢となった。

 普天間問題を巡っては、鳩山由紀夫首相が昨夏の衆院選で「最低でも県外」と公言したが、政府の検討過程で県内のキャンプ・シュワブ陸上部やホワイトビーチ(うるま市)沖合に移設する案が浮上。県議会が超党派の県民大会を計画し知事に参加を求めていた。

 知事は23日の記者会見で「自分の考えを県内外に伝えるいい機会だと判断した。鳩山政権には『県外』という公約に沿ってまとめてほしい。普天間の固定化だけは絶対に容認できない」と述べた。

 政府は県外移設候補地として検討してきた鹿児島県・徳之島の3町長に平野博文官房長官との会談を拒否されたのに続き、沖縄県知事からも「ノー」を突き付けられた格好。平野長官は23日午前の記者会見で「知事のご判断だから私がどうのこうの言う立場にない。政府としてはいろんな声があることを承知しながら、5月末に向けて考え方を決定する」とコメントした。

 社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は「社民党は沖縄県内はダメだと思っている。沖縄県民大会をとても重要視している」と述べた。【井本義親、横田愛】

「毎日JP」より転載

********

事、ここに至ってようやく沖縄県知事が県民大会への参加を表明した。あまりにも遅すぎる決断ではないか。本来ならば、県民の先頭に立って、集会への呼びかけを行う立場にあるはずではないか。県民の意思を受けて、沖縄の総意を実現していかなくてはならないはずである。それでも、参加しないよりはましとでも言うべきか。

それにしても、鳩山首相や平野官房長官は、この事態になってもまだ、ひとつの民意だとか、いろいろな声がある、などと言ってまるで、数ある意見の中のひとつだとでも言いたげである。おかしくないか。

知事にしても政府高官にしても、目の前の現実が見えないのか、それとも国民を愚弄しているのか、どこまでもアメリカに媚びへつらいたいのか。民主主義の根幹さえも理解していないではないか。沖縄は普天間を返せと言い、日本の国民はどこも米軍基地お断りといっているのだ。国民は、かつてなく沖縄から日本を見るようになり、在日米軍基地から、日米関係のあり方を考え始めている。国民の声を無視し、移設先が必要だと言えば言うほど、米軍基地NO!の声は広がっていくだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月23日 (金)

トーラーの名において

みなさまへ (転送歓迎)松元@さっぽろ
敬虔なユダヤ教徒であるヤコブ・ラブキン教授が来日して、パレスチナ問題がにわかに脚光を浴びています。NHKBS1で放映された氏のインタビューと日本記者クラブでの記者会見をお届けします。

●NHKBS1アジアクロスロ-ド「中東最新情勢」4月22日(ほくと未来ネットワークブログより)
http://mirainet.exblog.jp/

●日本記者クラブ記者会見5月15日
http://www.youtube.com/watch?v=bD-us9ahys4

パレスチナ問題は「宗教紛争でむずかしい」とか「報復の連鎖」であるとか、「どっちもどっち」「双方仲良く」といったこれまでの受けとめ方が吹き飛んでしまったようです。世界中に衝撃を与えている、ともにユダヤ人であるシュロモー・サンド『ユダヤ人の起源』(講談社)とラブキン『トーラーの名において』(平凡社)の二冊がこの春日本でも刊行されたからです。

イスラエルは「2000年前、ローマ帝国によってエルサレムの神殿を破壊され世界に離散したユダヤ人が、神が約束した土地に戻って再建した国である」と主張してきました。

しかし19世紀シオニズムがつくりあげた(発明した)この神話が、いま崩れつつあるのです。2000年前、3000年前からの「歴史」「民族」「宗教」のどれをとっても現在のイスラエル国家にその正当性と継続性はないというのです。

広河隆一さんの映画『NAKBA』でイスラエル建国の正当性が問われましたが、今日ほどユダヤ人国家イスラエルの正当性が疑われているときはないと思います。

イスラエルが入植地を放棄し占領地から撤退しない限り「二国家共存」などありえないというラブキン教授は、次のようにいいます。「すべての問題は1948年にはじまりました。少数のシオニストが多数のパレスチナ人を土地から追い出したことが原因です。多くの住民の意思を無視したイスラエル建国を国連が決議したことで周辺国は暴力の渦に巻き込まれました。パレスチナ人に対し、極めて不当な扱いをしたことを率直に認めるべきです。」

そしてユダヤ教の立場から、「ユダヤ人国家を名乗るイスラエルが、パレスチナを占領し抑圧し、他者への同情、調和、親切心といったユダヤ教本来の教えに根本的に反してきたところに問題があるのだ」と断言します。

「ホロコーストの悲劇を政治宣伝に利用しているシオニズムとユダヤ教とは、まったく異なるものです」というラブキン教授は、「ホロコーストにもイスラエル建国にも関わっていない日本こそ独自な関わりができるはず」と提言しています。

------------------------------------
パレスチナ連帯・札幌 代表 松元保昭
〒004-0841  札幌市清田区清田1-3-3-19
TEL/FAX : 011-882-0705
E-Mail : y_matsu29@ybb.ne.jp
振込み口座:郵便振替 02700-8-75538 
------------------------------------

| | コメント (0) | トラックバック (0)

代替施設なしの返還不可能

首相、代替施設なしの返還不可能 普天間移設で
2010年4月23日 00時01分

 鳩山由紀夫首相は22日の衆院本会議で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり「代替施設なき返還は現実的に不可能だ」と述べ、地元負担の軽減に向けた海兵隊ヘリコプター部隊の一部訓練移転などにとどまらず、あくまでも代替施設の確保を目指す考えを表明した。

 同時に、キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)を埋め立てる現行計画について「県民だけでなく多くの国民が懸念を表明していた。強行していたら、結果としてうまく話が進まなかった」と述べ、見直しに重ねて理解を求めた。米側は現行計画かその修正が望ましいとの姿勢を崩していない。

 首相は22日夕、検討中の鹿児島県・徳之島案などをめぐり、北沢俊美防衛相と会談した。官邸筋によると、大型連休中に首相が沖縄に入り、平野博文官房長官は徳之島を訪れる案が浮上している。

 衆院本会議で首相は、自ら設定した期限の5月末までに移設問題を決着できなかった場合の政治責任について「当然覚悟を持って取り組んでいる。それ以上申し上げる必要はない」と述べるにとどめた。

(共同)

*******

代替地なしの普天間基地返還が、不可能か否か、、まずはアメリカ政府と交渉してから判断することだろう。それを、外交交渉の努力もなにもしないでいて、初めから不可能だということは、交渉しようという気持ちさえ、ないということか。それとも、日本国民の意思よりも、アメリカの利益を最優先するということか。どこの国の政府なのか分からないような、こんな弱腰政府では、国民の負託によってできた日本国政府の名に値しない。

海兵隊の多くがグアムへ移転することはすでに決定している。グアムにとっては、迷惑なことである。アメリカが辺野古沖合いを主張し続ける、具体的な理由はまったくといっていいほど説明がなく、ただ既定事項だというばかりである。移設地の候補先ばかりが検討され、なぜ、普天間代替地が必要なのか、仮に今から新基地の工事に取り掛かっても、使用できるのは、10年以上も先のことなのに、その必要性については、十分な検討がされないのである。

今からでも遅くはない。鳩山首相は、日本のどこにも新基地をつくることはできない、と言わねばならない。外交カードとして、日本が保有しているアメリカ国債30兆円をちらつかせてもよい。思いやり予算の削減も可能である。新たに米軍基地をつくるよりも、代替地NO!を突きつけ、交渉決裂となって無条件返還を要求し続ける方がまだよい。鳩山首相が、覚悟をもつべきは、アメリカに対してではなく、基地はいらないという日本国民に対して、責任を負うことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月22日 (木)

沖縄紀行(3)下司孝之

沖縄紀行(3)珊瑚の環礁で 
                 下司孝之

再び辺野古の海で

大潮で海は遠く退いています。

座り込みテント村がある、2メートルほどの高さの階段状護岸の付け根にまで込み潮になれば海水が満ちます。干満の差は1メートル余りでしょうか。

砂浜に建つ階段護岸は人の背より高いぐらいですから、台風が来ればテントは激しい潮の襲来に晒されるでしょう。

テントの後背地は高くもないコンクリ護岸でわずかの植え込みがあり、すぐ下の道路向かいは遊休地が広がっています。

シュワブに、ヘリ基地を持ってこさせない座り込みテント村は、漁協敷地の入口脇に設置された運動会のテントを二つ並べたような小ささです。

でも、侮ってはなりません。

ここでの座り込みがあったからこそ、1月の名護市の市長選挙の勝利にも繋がったのですし、対米弱腰の民主党連立政権に常に揺さぶりをかけることも出来たわけです。

実際にテントを訪れた人は述べ7万人にのぼっています。私達が到着する前にも自由法曹団がバス二台を連ねて全国から来ていました。

諸外国からも30数カ国から訪問があり、中でもひと際多いのが韓国で、昨年だけでも300人を超える人々が来られています。また、韓国へも数百人が出かけているそうです。

韓国の人たちの沖縄に寄せる心情と強い連帯感は、本土の私たちへの想いとは異質なものがあるのではないでしょうか。

日本による沖縄処分と朝鮮統治は100年前、同じ時期になされたからだと承知しています。

沖に向かうボート

幸い引き潮にもかかわらず堤防を乗り越え、隣りの漁港内からボートに乗ることができました。

平和丸と書かれた救命胴衣を着けて、素足で岩場から砂地に足を下ろすとふかふかの砂の感触が伝わってきます。

切っ先を砂浜につけたボートには、舵を取る船長と女性の案内人Aさんが乗り込んでいます。

ボートは後退しながらぐるっと向きを変えて白波が立つ沖の環礁に向かいます。

イラク戦争でお馴染みの剃刀を付けた鉄条網が海にまで伸びている境界線を越えて、ボートは米軍キャンプ・シュワブの敷地沿いに北上します。

すでにV字型のヘリ飛行場が海上に出来ることを期待して、大きな海兵隊寄宿舎が左手の丘の上に建っているのが見えます。

聞けば、初期訓練を終えた海兵隊員を住まわす場所だといいます。

沖縄防衛の部隊などではなく、いわゆる殴りこみの海兵隊ですから、兵役が終わればアメリカ公民権が取れるとか、大学に行かせてやるとか、で集められた19歳ぐらいの紅顔の少年兵もいるのだと、海に何時でも入れる服を着た案内人のAさん。

新兵はここでたっぷりと殺人の技を教わる中で、イランやアフガンで住民に銃を突きつけるマシーンとなっていくのだと説明します。

日本を守る為に居るのだ、という日米政府の説明は穴が開いているバケツのようなもので説得性がないのです。彼等もまた、日本を守りにいくとか聴かされてもいないだろうし、そのような意識の持ち合わせもないでしょう。

沖合いに強襲揚陸艦が現れると船首が割れて水陸両用戦車が出てきてサンゴ礁の上をガリガリと進み、キャンプ・シュワブのある陸との間を行ったり来たりして帰っていくのだといいます。

戦車の装甲は意外に薄いもので、サンゴ礁の上にのっかかる形で進む為に、10種類ほど生えている海草を痛めてしまうといいます。

北限とされている辺野古に生息しているジュゴンの食む海草はわずかですが、兵員搬送戦車の痛めつける自然破壊は大きなものがあるとのことです。

海の底を水中眼鏡のガラス越しで覗きますと、あまり長くない海草が直ぐそこに見えています。

漁師にとってありがたくない存在

米軍は辺野古の豊かな海にやってきた当初、爆薬で魚を取ったり、山まで接収した広大な土地に基地を作って演習を繰り返し、自然を破壊しています。

辺野古へのヘリ基地に対する反対運動が盛んになりますと海上保安庁が海上の危険に備えると米軍基地内にボートを配備して住民に敵対してきます。何をしに来たか分からないと若い保安庁の職員がぼやいているそうです。

常駐ための道を基地内に造り、ボートを基地内の丘に隠しています。

辺野古へ基地を新設させない闘いは、測量をしようと陸路から来た人たちの前に座り込んで阻止すると一旦は中止をしておいて、支援者が職場に帰る頃に引き上げた測量班が急に現れたりするので、生活を抱えながらの困難な闘いをやり抜いてきたといいます。

海上でも測量やぐらに這い登り、突き落とされても這い上がって徹夜でしがみついている闘いだったと言います。自身もあばら骨を折ったと説明の男性も話です。眠っていてしがみついているやぐらから落ちたこともたびたびあるのだといいます。

海の中では、羽交い絞めにされ、酸素マスクを外されたりと相当危険なめにもあっています。それでも非暴力で立ち向かっていく、それも米軍ではなく日本の役所や、金で動員された沖縄の人々を相手にするのですから、なんと辛いことでしょう。

漁民も舟を提供すると一日に数万円を手にすることが出来るということなので、不漁続きに、おもわず協力した方もいたようです。

これが直球一直線の物語なら、アメリカを追い出せばいいのです。なんと楽なことでしょうか、でもそうとなれば一端は職を失う基地で働いている全軍労や歓楽街の人たちがいます。

かつて全軍労が大規模なストを打ったとき、外出禁止令でアメリカ兵が店に来てくれなくなると歓楽街の従業員が全軍労のデモ隊に殴りこんだこともあったのだといいます。そうだからこそ基地経済に依存しない沖縄の自立的な経済を造り上げていかねばならないと反対運動の人々は考えています。ヘリ基地はどこかに持ってゆけばいい基地ではなく、どこにも要らない、ただちに軍事基地を撤廃することが沖縄では一番大事なことなのです。

戦時国際法違反で住民の土地を不法占拠しているのがアメリカですから、合法的に基地撤廃をしろとの要求を沖縄の人たちはできるのです。

やがて平和丸は辺野古崎を過ぎ大浦湾に入ります。

長島、平島というさんご礁で出来た島が辺野古岬の沖にあって、人が入らないので海鳥の繁殖地になっている様子です。

舳先をテント村のほうに向け、キャンプ・シュワブの沖を帰り始めたところへ測量船が一艘、波を蹴立てて向かってきたので、彼等と顔見知りの船頭が手を振ったのでした。

特攻艇で高知から2時間

高知から沖縄までベニア板の特攻艇に飛行機のエンジンを積んで出撃をすると2時間で沖縄と聞いたことがあります。辺野古は東海岸ですから高知とは向き合っていますが実際には沖縄への出撃はありませんでした。

高知の海岸線一帯にこうした特攻艇を隠す洞窟が掘られ、高知市長浜の御畳瀬にもこのような基地がありました。

沖縄から来た中村さん(故人)も隊員の一人で、「ひもじくて山向こうにある精華園(現在の海辺の杜ホスピタル)の野菜畑に食料を調達に行った」と言われていました。

精華園は戦時中に高知県でかろうじて継続運営されていた唯一の精神病院でしたが、閉鎖病棟に拘禁されているので食料調達もままならず、職員が折角の農園の野菜も持ち帰るので沢山の餓死者を出しています。精華園の記録には栄養失調と書かれていますが、青竹を持った職員や日本軍に食料を奪われ実質は餓死といっていいと思います。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

意見広告ワシントンポスト

米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する日米の市民団体がJUCO(JAPAN-US Citizens for OKINAWA) ネットワークを発足させ、アメリカの大手紙に意見広告を載せるせる取り組みを始めことは以前お伝えしましたが、
http://www.jelf-justice.org/jucocampaing-ad.htm
掲載紙はワシントンポストに決まったそうです。

まだ広告代金が600万円に達していないので再度のカンパを募っています。
よろしくご協力をお願いいたします。

4/25にワシントンでも沖縄連帯集会
ワシントンD.C.でも沖縄に連帯して日本大使館前で25日午後2時(現地時間)からデモ集会を開くそうです。

ワシントンで県民大会連帯集会 25日に北米組織が(沖縄タイムス)これ以上沖縄に基地はいらない
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-04-18_5821/
 【ワシントン・賀数章子通信員】米軍普天間飛行場の閉鎖と新たな県内基地建設反対を訴えようと、北米を拠点に活動する連帯組織「NO(Network for Okinawa)」が、ワシントンDCの
日本大使館前で25日午後2時(現地時間)からデモ集会を開く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄・緊急意見広告運動

●参加のおねがい

 ご承知のように、数々の決議でもって、沖縄県民の「普天間閉鎖・返還、辺野古新基地建設断念」「県内移設反対」の総意は示されております。にもかかわらず、辺野古のキャンプ・シュワブ陸上・勝連沖「移設」案と一部機能の徳之島移設案など、沖縄の民意を踏みにじる露骨な政治的動きが強まっています。このまま行けば鳩山政府の「5月決着」の内容が、普天間米軍基地の「県内移設」という最悪の《基地のたらい回し》に集約されるのではと、わたしたちは憤りとともに危機感を募らせています。わたしたちはそうした選択を許さぬように、今こそ、「沖縄の痛みを全国民の痛み」としてみんなで受けとめ、国内紙に「意見広告」と言う形で共同の意思を表明しようと、呼びかけます。
 この問題は沖縄だけの問題でなく、日本に暮らすすべての人びとがその苦しみ・痛みをみんなで受けとめ、真剣に考え、解決していくべき問題です。
----------------------------------------------------------------
1.普天間米軍基地の即時閉鎖・返還を求め、「県内移設」に反対します。

2.辺野古・シュワブ陸上・勝連沖案などの断念を求めます。

3.もう、安保はやめましょう。
  東アジアの一員として平和に生きるために、みんなで海兵隊の存在、
 日米安保条約を見直し、軍事力によらない平和を構想しましょう。
----------------------------------------------------------------
 わたしたちは、日本全体の0.6%の面積しかない沖縄に米軍基地の75%を押し付けてきたことを深く反省し、岩国・厚木・佐世保・横須賀・横田など本土各地の基地に苦しむ人びとの痛みも沖縄の人びとと同様であると考え、沖縄県内はいうに及ばず、「徳之島」など「移設先」探しでなく「米軍基地はアメリカに持って帰れ」と声を挙げようではありませんか。

1広告の掲載紙、時期、賛同金の目標
 5月(5・16普天間包囲を目処)に国内紙と沖縄地元紙へ掲載。
 目標額は1200万円。
2賛同金(5月連休までにお願いします)
 個人1口1000円で一口以上。団体は、1口5000円で一口以上。
3ネット上でも賛同を受け付けます。
4広告掲載の時期予定原稿及び予定紙はホームペイジにてお知らせいたします。

■発起人

安次富 浩 名護・ヘリ基地反対協議会共同代表
上原 成信 沖縄・一坪反戦地主
大野 和興 脱WTO/FTA草の根キャンペーン事務局長、日刊ベリタ代表
尾形  憲 法政大学名誉教授
武  建一 連帯労組生コン支部委員長、中小企業組合総合研究所代表
本山 美彦 京都大学名誉教授、「変革のアソシエ」共同代表
山内 徳信 参議院議員

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三線演奏と知花昌一講演会

三線演奏と知花昌一講演会

「ウチナンチュが語る基地と沖縄、ガマの悲しみ」

日 時: 4月24日(土)
       午後 1時30 分  三線演奏
       午後 2時  講演
場 所: 人権啓発センター (高知市 本町)
参加費: 1000 円  高校生以下無料

主催: サロン金曜日@高知 E-mail saron.kinyoubi@ymail.plala.or.jp

知花 昌一 さんの略歴

 1948 年生まれ。沖縄大学中退。在学中から沖縄復帰運動を指導。楚辺通信所内への立ち入り運動やガマの調査、米軍基地返還の取り組みなど、平和運動家として活躍中。
現在 沖縄県読谷村・村会議員。

著書 『焼きすてられた日の丸 基地の島・沖縄読谷から』
     『我肝(ワチム)沖縄 ワチム(わが心の)オキナワ』など

 ウチナンチュとは、沖縄の方言で南の島の人、という意味で沖縄の人のことであり、対する日本人はヤマトンチュといわれます。

 知花昌一さんは、平和憲法を掲げた日本への憧れを強く抱いて、学生時代から沖縄復帰運動を指導してきました。しかし日本政府は、復帰後も米軍基地をそのまま残し、沖縄の現状を改善しようとはしませんでした。思いは怒りと失望へと変わり、1987 年沖縄国少年ソフトボール開会式では、メインポールに掲げようとする日の丸を焼いて、抗議の意を示しました。

 1996 年には、楚辺通信所(象のオリ)内の自分の土地の返還を求めて、立ち入り運を起こし、これがきっかけとなって、施設は移転しました。その他、読谷村では、さまざまな合法的な方法でもって、ユニークな米軍基地返還運動を行なってきました。

 また、集団自決があったチビチリガマを調査し、慰霊の像も建立しました。その後、ガマの前に立ち、沖縄戦の悲惨な住民の姿を伝え続けています。そして、戦争とは、軍隊とは、ヤマトのなかの沖縄とは、いったい何なのかを私たちに問いかけています。

 講演の前には、三線(さんしん)を手に、平和への思いをこめて沖縄の心を奏でます。 1 時からは、沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会作成の映画 「沖縄戦の証言」 も上映します。ぜひおいでください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オバマ足元のウラン鉱汚染

オバマの核なき世界:足元のウラン鉱汚染/中 隠されていた事実

 未舗装の生活道路をそれ、四輪駆動車で荒れ地の上をしばらく走らせただけで、ウラン坑跡にたどりついた。立て札もフェンスもない。米アリゾナ州の先住民ナバホ族居留地に住むミルトン・ヤジーさん(52)は近くの貯水池を指し「ウラン濃度が基準値の9倍ある。汚染を知らない遠くの農家の家畜が、毎日飲みに来る」と話す。

 ミルトンさんは約17年前、羊を放牧していた時、連邦政府の職員が水のサンプルを持ち帰るのを見て疑問を抱いた。何が分かったのかを質問しても、答えは返ってこない。

 1年後、「水を飲むな」とは言われたが、理由は説明されなかった。食い下がるミルトンさんに連邦環境保護局の職員は「何も質問するな」とはねつけた。

 現地を訪れた民間の研究者から、一般にウラン鉱石に含まれるヒ素やウランにより地下水が汚染されている可能性を聞き、地域の住民に水を飲むのをやめようと訴え始めた。

 しかし、「8年前に集会で水の危険を聞いた」というジェリー・ハスコンさん(68)、フロアベル・パドックさん(78)夫婦は、「人が飲むには安全ではない」と英語の標識が井戸に張られた約2年前まで、高濃度のウランとヒ素が検出された水を飲み続けていた。「ミルトンさんの話はうわさだと思っていた」と話す。飲料水はボトル入りに変えたが、食器洗いや洗濯に使う生活用水、家畜の飲み水は汚染された井戸水を使い続けるしかない。


ウラン坑跡近くの貯水池で、水の毒性を説明するミルトン・ヤジーさん=米アリゾナ州北東部のナバホ族居留地で2010年3月2日、吉富裕倫撮影 95年にはミルトンさんの妻の姉と父が、96年には長兄が腎臓がんや腎不全で死亡した。

 井戸水は家畜用とされ、水質規制の対象外だった。ナバホ自治政府が水質の詳細なデータを公表したのは07年になってからだ。

 同環境保護局は今年、ミルトンさんたちの集落近くで新たな井戸の試掘を決めた。「94年に調査を開始し、これまでに5億ドル(約459億円)をかけ2万世帯以上に安全な水を供給してきた」と述べ、ウラン坑跡地の広大さや複雑な管轄など対策の困難さを挙げる。

 ジェリーさん、フロアベルさん夫婦は英語の読み書きも学べず育った。フロアベルさんは言う。「私たちがナバホの先住民だからこんなに対策が遅れたのよ」【ナバホ族居留地(米アリゾナ州北東部)で吉富裕倫】

「毎日JP」より転載

*********

ウラン鉱の採掘で、いったいどれだけのアメリカの先住民が苦しみ続けているのだろう。核兵器や原発に使うためのウランの被害が置き去りにされているのだ。アメリカの政府や企業は、汚染の実態を知らせることもなく、核爆弾の製造と原発の運転に邁進してきたのだ。これは、国家の犯罪ではないか。

オバマの言っている、核兵器縮小は、核の廃絶ではない。自国の核は保有し続け、核のテロなどによる核拡散を防ぎたいのである。どこまでも、アメリカの優位を保つための、自国の利益のためである。被爆国の日本こそ、核兵器の恐ろしさと核につながっている諸々の被害を、世界に発信していかなくてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月21日 (水)

国民投票法

社説

国民投票法 このまま施行でよいか(4月18日) このまま施行してよいのだろうか。そうした懸念がぬぐい切れない。

 2007年5月に成立した国民投票法のことだ。

 同法は公布から3年が経過し、1カ月後の5月18日には施行期日を迎える。

 憲法改正の手続きを定めた同法の施行により、法律上は国会による改憲の発議が可能になる。

 もとより、直ちに改憲が現実の政治日程に上るという状況にはない。鳩山由紀夫首相は改憲論者だが、政権の優先課題としていま取り組む意向はないようだ。国会で与野党が正面から論じあう場面もない。

 だがそうであればこそ、立ち止まって考える必要がありはしないか。現状のまま施行するには、この法律はあまりに疑問が多いのだ。

 3年前のことを思い出したい。

 当時の安倍晋三政権は「任期中の改憲」を掲げ、国民投票法をその重要な一歩と位置づけていた。安倍氏の号令の下、自民、公明両党は野党側の反対を押し切って強引に採決に持ち込み成立させた。

 憲法改正手続きという国の大本にかかわる事柄は与野党の合意が大前提であるべきだ。それを欠いた同法の成立過程そのものが問題だ。

 次に内容である。同法は18歳以上に投票権を与えているが、付則で施行までに行うとしていた関連の法改正は全く手付かずだ。

 民法の成人年齢の引き下げや、公職選挙法の18歳投票権などの実現が必要となるのに、その見通しすら立っていない。

 さらに、成立時に参院の特別委が行った18項目にもわたる付帯決議はその後どう扱われたのか。

 国民投票の対象範囲や最低投票率の設定、公務員や教員の運動に対する規制のあり方など、どれも民主主義の基本設計にかかわるテーマだ。だからこそ決議は「十分な検討」と「適切な措置」を求めた。

 にもかかわらず国会では、論議らしい論議は交わされていない。

 そもそも国民投票法には法曹界から「欠陥法」との指摘があった。成立の経緯に加え、条文の問題点も解消されていないためだ。この法律は3年の経過を待たず、廃止して全面的にやり直すのが筋だった。

 そうした取り組みをしないまま、時間を空費した国会は怠慢のそしりを免れないだろう。

 道内を含めて各地の市民団体などが、国民投票法の凍結を求める署名を呼び掛けている。日本弁護士連合会も宇都宮健児会長の声明で「施行延期」を求めた。

 国会は与野党協議の場を設け、同法の扱いを論議すべきだ。それが国民代表の最低限の責務である。

「北海道新聞」より転載

**********

国民投票法は、すでに多くの国民が忘れているのではないか。しかし、憲法という国の根幹に係わるものである。もっとたくさんの論議と慎重さ、そして時間が必要である。国民全体にこの法案自体が理解されていない。

安倍政権の異様なナショナリズムの中で、数に威を借りて、強引に作られたものである。目的は、9条を削除し自衛隊を合法化して、アメリカとともに世界のどこにでも日本軍を送り出すことができるようにすることに他ならない。

この間、国民はかつてなく、9条についての学習を深めつつある。国民投票法の施行を急ぐ必要はない。延期してしかるべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

基地はいらない広がる連帯 

普天間飛行場移設問題 沖縄に基地いらない
 国内外 広がる連帯
2010年4月20日         

 【東京】25日の県民大会に呼応して全国的に集会などを開催する動きが活発化、国内外に連帯が広がっている。「沖縄に基地はいらない」全国同時アクション(呼び掛け人・宮本憲一大阪市立大名誉教授ら)の19日までの集計では、北海道から九州まで9都道府県で集会などが計画されている。

 19日に衆院第1議員会館で会見した同アクションのメンバーで「女たちの戦争と平和資料館」の渡辺美奈さんらは、普天間飛行場の移設先に県内案が浮上していることを踏まえ「県内移設は選択肢としてあり得ない。強いメッセージを全国から発信したい」と話した。

 集会などは25日から27日にかけ予定されており、都内をはじめ、札幌、長野、名古屋、京都、大阪、広島、大分、福岡で開催される。いずれの場所でもビラ配布やデモ行進、講演などを行う。米国ワシントンでも連帯集会が開催されるという。
 この日会見した「WORLDPEACENOW」の高田健さんは「本土にも基地、海兵隊をなくしたいと考える人がいることを伝えたい」。世界自然保護基金(WWF)ジャパンの花輪伸一さんは「沖縄の資源である環境を、新たな米軍基地で壊すのはもはや許されない」と発言した。

 23日には、参院議員会館でノーベル賞作家の大江健三郎さんらを含む学者や知識人が第2声明を発表する予定で、「海兵隊の撤退」などにも言及する。第2の声明では、県内の学者・知識人も参加しており、同日に県庁で会見するという。

「琉球新報」より転載

*********

読谷の10万人集会に連動しての動きは、これ以外にもたくさんあるだろう。ここ高知市でも、26日、午後6時、市役所前で集会が開かれる。ワシントンでも、25日午後2時(現地時間)日本大使館前で集会が行われる。沖縄に連帯した動きは、世界に広がりつつあるのだ。

海兵隊は、米軍の陸軍にも海軍にも属していない、貧しい若者を金で釣った殴りこみ部隊である。その海兵隊に、日本を守ってもらおうなどと、本気で思っている政府高官たちである。だから、普天間は、どうしても移設しなければならないと考えているのだ。これが、日米同盟だというのである。沖縄も徳之島も反対しているのに、それも「ひとつの民意」だと敢て言って、受け流そうとしているのだ。普天間に代わる新基地はいらないと、日本全国の国民が言っている、この国民の意思表示を実現できないのであれば、新政権に民主主義は存在しない。民が主(あるじ)と書いてある、民主党の名前も変更願いたい。

ともあれ、普天間で右往左往する、民主党政権のおかげで、かつてなく、沖縄と在日米軍の問題が国民的課題となり、全国同時多発集会が開かれるまでになったのだ。国民はこれまで以上に、米軍基地を問い続け、その先に日米安保条約の存在を考えていくことになるだろう。だとすれば、これは鳩山首相の功罪の、功というべきか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月20日 (火)

憲法改正手続法 日弁連会長

憲法改正手続法の施行延期を求める会長声明

憲法改正手続法は、2007年5月18日に公布され、2010年5月18日施行予定とされており、施行期日が目前に迫っている。

同法は、附則3条において、投票年齢の問題に関し、「この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」とし、附則11条において、公務員の政治的行為に対する制限に関し、「この法律が施行されるまでの間に、公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法、地方公務員法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」としている。しかし、選挙権を有する者の年齢、成年年齢、公務員の政治的行為に対する制限のいずれについても、いまだ必要な措置が講じられていない。

また、同法の成立に際し、参議院日本国憲法に関する調査特別委員会では、18項目にわたる附帯決議がなされた。特に、「成年年齢」、「最低投票率」、「テレビ・ラジオの有料広告規制」の3点については、「本法施行までに必要な検討を加えること」とされている。しかしながら、これらの重要な問題点を含めて、附帯決議がなされた項目について、ほとんど検討がなされていない。

当連合会も、同法成立に至る過程で法案の問題点を指摘する意見書を3度発表し、同法成立後には2009年11月18日付けで、8項目に亘って同法の見直しを求める意見書を採択して、同法の問題点を改めて指摘した。

そもそも、国の基本法たる憲法の改正手続を定める憲法改正手続法は、国民主権原理から、憲法改正に国民の意思が正確に反映されるよう、極めて慎重な配慮が要請される。同法に含まれるこれらの問題点について、附則及び附帯決議が求めている検討がほとんどなされておらず、必要な法制上の措置が講じられていない現状では、同法の施行は延期されるべきである。

2010年(平成22年)4月14日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月19日 (月)

原発を14基以上増設

経産省案、原発を14基以上増設 最終年の30年までに
2010年4月19日 20時06分

 経済産業省は19日、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)に、国のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しに向けた経産省案を提示した。計画の最終年である2030年に向けて「少なくとも14基以上」の原子力発電所を増設することが柱。20年までの増設目標も、前回示した8基から9基に上積みした。

 原発の稼働率を現在の60%台半ばから、米国や韓国などと同水準の約90%へ引き上げる目標を掲げるなど、原発推進を強く打ち出した。

 同省は一般からの意見公募や、関係省庁などと調整した上で、6月上旬にも新しいエネルギー基本計画をまとめる。

 太陽光や水力といった再生可能エネルギーの導入を進める一方で、エネルギーの安定供給のために石油などの化石燃料の確保にも力を入れる。石油と天然ガスを合わせた自主開発比率を40%以上、石炭は60%以上とし、化石燃料全体の自主開発比率について輸入量の50%超(現在は約26%)を目指す。

 家庭では、省エネ効果の高い家電製品や、ハイブリッド車や電気自動車などの次世代自動車の利用により、暮らしの中で発生する二酸化炭素(CO2)を半減する。

(共同)

******

狂気の沙汰ではないか。すでに50基余りの原発を稼動させ、この上まだ14基以上も作るなど、どう考えても異常である。小さな島国、地震列島の日本である。プルトニウムはたまり続け、高レベル廃棄物の処分さえ確立されずにいる。見切り発車で、MOX燃料を使い始めたが、その後の燃料棒の行方も明らかにされていない。

原発は老朽化し、それでも当初の倍の60年を想定して使い続けるというのだ。自然災害であれ人為的であれ、いつ、どのような事故が起こっても不思議ではない状況である。ウランはやがて枯渇して、原発が運転できなくなっても、膨大なプルトニウムと高レベル放射性廃棄物が残される。2,30年たたないうちに、廃炉となる原発をどうするのかも、検討されないままである。すべての問題を、ただただ先送りしたまま、増設だけを唱える政府高官の浅薄な頭の中を嘆く。

彼らにも子や孫はいるだろうに、未来の若者に解決しきれない負の遺産を押し付け、その責任を問われるころには、すでに生きてはおらず、現世代の自分たちは、その利益だけを享受しようとしているのだ。これが、経済界の要求ならば、きっぱりと経済成長を拒否して、閉じられた系のなかの地球に生き続けるために、成長ではなく、循環しつづける生産のありようを目指さなくてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拷問メモ チョムスキー(10)終

また、ブッシュは「テロとの戦い」を宣言したのではなく、単にそれを宣言しなおしたに過ぎないということも思い出すべきである。それより20年前、レーガン政権はその外交政策の柱が、テロとの戦い、当時の熱に浮かされた弁舌の例を挙げれば「現代の疫病」そして「我々の時代における未開状態への回帰」との戦いである、と宣言して着任した。その頃のテロとの戦いもまた歴史の意識から抹消されてしまったが、その理由は、その結末が簡単に教理に組み入れられないものだからだ。中央アメリカの破壊された国々で何十万人もが殺され、その他の場所でもさらに多くの人たちが殺された。その中には、レーガンごひいきの同盟国、アパルトヘイト時代の南アフリカが近隣国で支援したテロ戦争で殺された約150万人がいた。当時南アフリカが自らを守らなければならなかった相手は、 1988
年に米政府が世界の「特に悪名高いテロリスト・グループ」と指定した中の一つに数えられていた、ネルソン・マンデラのアフリカ民族会議(ANC)だった。公平に言って、20年後に米議会がANCをテロリスト組織のリストから外すことを可決したため、マンデラは今ようやく、政府から適用免除証書を取得せずに、米国に入国することができるようになったことを付け加えておく必要があるだろう。<16>

この支配的教義は時に「アメリカ例外主義」と呼ばれている。これは例外的なものではまったくない。多分帝国主義的権力の間ではほとんど普遍的なものだろう。フランスは、陸軍大臣がアルジェリアの「原住民の根絶」を要求しているときに、自国の「文明化の使命」を謳いあげていた。英国の高潔さは「世界でも稀有である」とジョン・スチュワート・ミルは宣言したが、一方で彼はこの天使の力がインド解放の完了をこれ以上遅延させないようにと嘆願していた。人道的介入に関するこの古典的な評論は、1857年のインドの叛乱を抑圧するために英国が行った恐ろしい蛮行が公に明らかにされた直後に書かれたものである。インドの残りの地域を征服することは、歴史上で群を抜いて最大規模だった英国の巨大な麻薬密輸事業のためにアヘンの独占を獲得しようとする試みであり、主に中国に英国の製造商品を受け入れることを強いるために考えられたことであった。

同様に、日本の軍国主義者たちが南京での強姦を実行しながら、穏便な日本の保護のもとに「地上の楽園」を中国にもたらそうと本気で思っていたことを疑う理由はない。歴史は似たような輝かしいエピソードで満ち溢れている。

このような「例外主義」的理念が強固に根付いている限り、時折「歴史の悪用」の暴露が逆効果を生み出し、恐ろしい犯罪が目立たなくなってしまう。ソンミ村の大量虐殺は、テト攻勢後の平定計画のもっと大規模な残虐さの単なる脚注でしかないのだが、この単一の犯罪に対して憤りが集中することで、もっと膨大な残虐さの方は無視されてしまった。ウォーターゲート事件は、疑いなく犯罪的だったが、それに対する熱狂的な騒乱によって、比較にならないほどもっと悪質な国内や国外の犯罪がかき消されることになった。悪名高いCOINTELPROによる弾圧の一部としてFBIが組織した、黒人運動組織者フレッド・トンプソンの暗殺やカンボジア爆撃はその二つの言語道断な例である。拷問は十分に忌まわしいが、イラク侵略はそれよりずっと悪質な犯罪だ。選択的な残虐行為にこのような働きがあることは、非常に多い。

歴史的記憶喪失は危険な現象であり、それは単に倫理的および知的な誠実さを侵
蝕するからというだけではなく、将来起こる数々の犯罪のための地ならしをする
ことになるからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月18日 (日)

下地厚さんのハンスト

◆全国のみなさんへの緊急支援のお願いです◆

 いよいよ明日(19日、月)正午から始まります。下地厚さんのハンストを支え、応援してください!!
                    沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック

  鳩山首相は「最低でも県外」の公約を自ら踏みにじり、普天間基地を沖縄県内に移設しようとしています。沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの下地厚(しもじ・あつし)さん(石垣島出身)が、「県内移設」、「基地の県内たらい回し」を絶対に許さない強い決意を込めて、鳩山政権に対する抗議の72時間ハンガーストライキを行ないます。下記の「決意表明」をお読み下さい。

 4月6日から9日までの4日間、国会のそばで、知花昌一さん、金城実さん、安里英子さんたちが鳩山首相に公約の実現を求めて座り込みを行ないましたが、下地さんのハンストはそれに続くウチナーンチュの直接行動です。

 私たち沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックは下地厚さんの思いを共有し全力で支えます。ぜひ多くの方々が共に座る、激励に駆けつけるなどして、下地厚さんを応援してくださることを呼びかけます。

 ● 日時   4月19日(月)12:00~22日(木)12:00 
 ● 場所   衆議院第二議員会館前
      ※ 交通アクセス 地下鉄:有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅」下車
            地下鉄:千代田線・丸ノ内線「国会議事堂前駅」下車
 
 ●連絡先 沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック(090-3910-4140)
     URL:http://www.jca.apc.org/HHK/

◆下地厚さんの決意表明◆

 私は、東京に住む一人の沖縄の人間として、普天間基地問題での鳩山政権の約束反故の態度に抗議し、4月19日正午からの72時間連続ハンガーストライキを決行することで、抗議の意思を明らかにします。

鳩山政権は、普天間基地問題でキャンプシュワーブ陸上案とうるま市沖案にすりかえ、これまで以上に軍事基地の負担を沖縄へ押し付けようと画策しています。これは明確な沖縄差別であり、絶対に許すことはできません。 1945年の米軍占領以降65年間、沖縄に住む人々の人権は蹂躙されてきました。常に「平和世」を願う沖縄の人々の願いとは真逆の方向で、軍事基地はますます強化され、米軍による事件・事故、軍事基地が存在する為の被害は後を絶ちません。普天間基地問題が大きな問題となって以降今日まで、沖縄の民意は特にはっきりとし、それは「普天間基地の即時閉鎖・返還」であり、「新たな軍事基地は、県内に作らせない」なのです。

 昨年8月の総選挙時に公約した「最低でも県外へ」の発言や、「沖縄県民の負担軽減の観点から米軍再編や在日米軍基地の在り方について見直しの方向で進む」とした3党の連立合意はどこへいったのですか?「復帰」38年目にして、沖縄に強大な軍事基地を造ろうというのですか? 鳩山政権は沖縄の人々に、これまで以上の負担を強いるのですか ?
 私は高校卒業後、東京に出てきてから30年余り、故郷としての沖縄をこの地から見続けてきました。もう今回ばかりは我慢なりません。
 以上の理由から、私は、72時間のハンガーストライキを決行し、私の抗議の意思を明らかにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

徳之島、1万5千人

徳之島で反対集会、1万5千人 普天間移設問題
2010年4月18日 13時17分

 
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地に挙がっている鹿児島県の徳之島で18日、島内3町の住民らによる大規模な移設反対集会が開かれた。主催者発表によると、約1万5千人が参加。

 会場は亀津新漁港の広場。開会あいさつで、高岡秀規・徳之島町長は「数日前の報道では米側も反対しており、地元も反対している。徳之島への移設案はあり得ない。最後の最後まで反対の輪を広げよう」と強調した。

 政府は徳之島への移設を軸に対米交渉に臨む構えだが、島民は反発を強めており、3月28日にも約4200人の反対集会があった。政府の移設方針について米側は地元同意の取り付けを強く求めており、鳩山由紀夫首相の「腹案」とされる徳之島移設の実現は極めて困難な情勢だ。

 今回の集会は1万人規模を目標に計画。「島民の集会疲れ」を理由に、いったん5月に延期されたが、3町は「島全体に危機感が生まれており、早期に開くべきだ」として18日開催を決めた。

(共同)

*********

島の人口、27000人の半数以上が参加している。これ以上の明確な意思表示があるだろうか。

日本のどこでも、移設先として名が上がれば即、米軍基地お断り、となるだろう。住民との合意などあり得ないのだ。それでも、政府が強行して普天間を移設するのであれば、国家権力の乱用である。国民の意思を行動に移していくのが、政府の果たすべき役割でありながら、これではアメリカおよび米軍の手先に成り下がっているではないか。

国民は、普天間の移設ができなかったら、鳩山首相にやめてくれなどとは言っていない。怒っているのは、普天間基地が閉鎖、返還されないことである。これほど、米軍基地のことで政府が迷走し、沖縄の人々が振り回される、その根幹には日米安保条約があるのだということに、少なからずの国民が気づき始めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月17日 (土)

上関原発

上関原発安全柵設置 また中止
2010年4月17日(土)掲載

砂浜に寝転んで抗議する祝島島民一人一人に移動を呼び掛ける中電社員ら=16日午前9時20分ごろ、上関町長島田ノ浦


上関町で上関原発計画を進める中国電力は16日、同町長島田ノ浦海岸で、敷地造成や海面埋め立て工事用の資機材を搬入する仮桟橋安全柵設置作業の着手を15日に続いて試みた。しかし、反原発派の同町祝島島民らが仮桟橋周辺に座り込んで作業を阻んだため、中電は昼すぎ、同日の作業を中止した。作業中止はこれで4回目。

午前8時すぎ、中電の社員60人、作業員10人、警備員50人の計120人が予定地に到着。祝島島民や反原発支援者ら約70人は同5時前に田ノ浦の砂浜に上陸し、仮桟橋周辺に座り込んだ。

中電社員らは午前9時すぎ、「作業を行います。その場から移動してください」と呼び掛けたあと、砂浜に座り込んだり、寝転んでいる島民ら一人一人に移動を訴えた。島民らは「地元の理解を得てから始めてください」「海を守っているだけ」と応じなかった。

中電が同町から得た占有許可で作業区域外への移動を要請していることに関し、反原発支援者が「砂浜は占用許可より、だれもが使える自由使用が優先する」と主張。これに対し中電は「占用許可は海岸法による海岸保全区域で、排他的に利用する権限を有している」との見解を示した。

作業区域は仮桟橋の両脇4メートル。安全柵は仮桟橋を囲うように高さ2.5メートルの鉄製柵を長さ12メートル設置する計画。反対派は仮桟橋の下やそばにテント、土のうを設営して昼夜、抗議活動を展開している。

中電は午前11時ごろ、仮桟橋の手すりに占用許可区域を示す看板12枚を設置した。しかし、「安全に作業ができる状況にない」として午後0時15分ごろ、この日の作業中止を決めた。

上関原発を建てさせない祝島島民の会の山戸貞夫代表は「中電は口で言うお願いと態度が逆で、真摯(しんし)さが見られない。これまでやってきたように妥協はしない」と反発している。

中電上関原発準備事務所の松蔭茂男副所長は「これ以上交渉を続けると危険な状況になると判断し中止を決めた。一日も早くこの作業を実施してほしいという多くの町民の声もある。これまで祝島の方々から聞いた声を集約、分析し、今後、作業を安全にどう進めていくか検討したい」と話した。


「山口新聞」より転載

***********

体を張った祝島の人々である。応援をしていかなくてはならないと思う。

砂浜は、誰もが自由に使えるはずだ。合法的行動である。しかし、誰もいない深夜の設置作業もあるかもしれない。話は飛ぶが、辺野古の闘いでは、海の中の柵に24時間しがみついて抗議、ついに工事の杭1本打たせなかったという。慣れれば、しがみついたままでも眠れた、時に海に落ちることもあったが、という熾烈な闘いをしてきたヤマさんの話を思い出している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「移設」ではなく「返還」

デフラグメンテーション

書かなきゃ(考えなきゃ)いけないものがあるのだが、なにも手がつけられず時間だけが過ぎてゆく。現状について思っている断片だけ記しておく。

•問題は「移設」ではなく「返還」である。「移設」を問題にしているのは政府でありマスコミである。移設論で民衆は翻弄され分断されるが、とまれ、我々が問題にすべきは「返還」である。沖縄の基地問題の根幹にある土地問題は根深く層を成している。「普天間」は米軍が沖縄の民衆を収容所に隔離しているあいだに、土地を取り上げ作った基地である。問われるべきは「返還」以外にない。

•1995年、沖縄の自治体首長が「等しく負担を」と全国に向けて叫ぶ姿は構造を揺るがす強度であった。2010年、沖縄選出の国会議員が「等しく負担を」と移設先を探して全国を奔走する姿は構造を補完する強度である。「等しく負担を」というレトリックは日米安保に対する評価を留保しているが、前者は留保することで問題の根幹にある「海兵隊」の存在を異化するが、後者は「海兵隊」の存在をみえなくする。

•総選挙において結果を出し、首長選挙において結果を出し、県議会において全会一致の決議を成し、それ以上に民意の表出を求められるのはなぜか。求めているのはだれか。県民大会もいいが、県議会議員は全員、議会閉会中は国会前座り込みをしてくるべきである。それが税金で飯を食っている代表者たちの最大の仕事だろう。何度も県民大会を開催し集められる民衆の気持ちを考えれば、それぐらい前代未聞の政治行動を成すべきである。

•シュワブ陸上なら米軍が事業主体でアセス短縮などと馬鹿げた説が、防衛副大臣によって国会答弁されている(タイムス4.13)。在日米軍のJEGS(日本環境管理基準)など無いかの如くである。いずれにしてもかかる事態になれば、『沖縄論』における砂川かおり氏(沖縄国際大学)の研究成果と知見をはじめ、民衆の側に戦う知のストックはある。ましてや、名護市の条件付賛成をしていた諸団体や個人ですらが反対している。地域では総力をあげた反対闘争が起こるであろう。そんなことが実現可能だと考えているのは、永田町や霞ヶ関あたりでおしゃべりしている連中だけである。

•政府ができるのは、今年度で終わる沖縄振興計画のポスト沖振計を餌にした、飴と鞭のセオリーぐらいだろう。しかし、それもこの10年間でずいぶん色褪せた。シャブ中患者のごとき様態であった名護市ですらが、そこから脱しようと動き始めている。沖縄の自治体は苦しい中で、民衆の意思に後押しされ自律する方向を探し始めている。島袋純氏(琉球大学)が標榜する「新たなる民衆の連帯(ネットワーク)の再生」は希求され、創造され続ける。1999年に沖縄は留まり続けてはいない。

•海兵隊は日米安全保障条約第六条に位置づけられた、アメリカ合衆国の「陸軍、空軍及び海軍」ですらない。在沖米軍には4軍調整官(海兵隊司令官が兼務)がおり、明らかに条約で位置づけられた3軍とは別の存在である。政府は「抑止力」のために海兵隊の駐留は必要と言っているが、まともに議論、検証された形跡は無い。専門家からも疑問視する意見が出始めている。

•5月は来る。まちがいなく来る。相手が自社さ政権だろうと、自公政権だろうと、民社国政権だろうと、アウトソーシングできない地点で沖縄の民衆は踏ん張っている。これを踏み潰す民主主義は民主主義ではない。政党政治の根幹どころではない民主主義の根幹のところで、沖縄の民衆は踏ん張っている。国会における多数決の原理ではない、民主主義のもっとも深いところに沖縄は足をかけて堪えている。5月よ、来い。

「なごなぐ日記」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京の空に5000人

東京の空に 「普天間基地即時無条件撤去!」の声

2010-04-16 17:35:41 | Weblog 4月14日(水)。日比谷野外音楽堂。

 『沖縄県民と連帯し、普天間基地の即時・無条件撤去を求める4.14中央集会』です。
 開会にはまだ30分もあるというのに、はやくも満員状態。早めに出かけたのが正解でしたねえ。開会時には参加者が場外にあふれていました。5000人を超えたといいます。
 「マスコミ九条の会」の幟旗の下には広告、映画、民放、印刷、新聞の面々が集まった。夜になると冷え込むという予報でしたが、寒さは感じない。会場の熱気のせいでしょうね。

 集会実行委員会の主催なのですが、政党の参加は日本共産党だけでしたね。普通なら社民党の福島さんあたりも挨拶するところでしょうが、姿はありませんでしたね。「与党」という立場に気兼ねしたのでしょうかね。
 挨拶に立った日本共産党の志位和夫さんは、「『移設先』探しそのものが間違っている。日本のどこでも(米軍基地は)歓迎されない。政府は無条件撤去を求めてアメリカと交渉すべきだ。基地のない日本、独立・平和の日本への道を切り開こう」と訴えました。
 沖縄から駆けつけた代表、徳之島からきた女性、岩国、神奈川、横田から・・・発言がつづきました。

 集会アピールの最後だけ紹介しましょう。
 「沖縄県民が島ぐるみで”基地のたらい回し反対!”と声をあげているとき、全国が連帯してたたかうならば基地を動かすことができます。全国津々浦々から”沖縄に新基地をつくらせるな””普天間基地を無条件撤去せよ”の声をあげ、”基地のない沖縄””基地のない日本”をつくりだそうではありませんか。巨大なうねりで、あたらしい歴史の1ページを切ひらきましょう」
 大拍手で採択されました。
 参加者全員が、青地に白抜きで『基地 NO!』と書いた紙をかかげて「普天間基地を無条件撤去せよ!」のシュプレヒコールです。東京の空にこだましていきましたよ。

 国会に向けてデモ行進に移りますが、5000人を超えたとなると出発に時間がかかる。待つ間に、久しぶりに『沖縄を返せ』を歌いましたよ。「おォきィなわを返せぇ おきなぁわを返せえ」。参加者から声があって 歌は何度も繰り返されましたねえ。
 取材ヘリらしきものが、上空を二度三度通過しましたが、その日の放送は、翌日の新聞は報じたのでしょうかね。わたしのところはいま朝日新聞ですが、書いていませんでしたね。大手メディアには興味がないんでしょうか。

 4月9日におこなわれた『東京のテレビが伝えない普天間問題の真実』(日本ジャーナリスト会議放送部会、放送を語る会共催)で緊急報告した琉球朝日放送のニュースキャスター三上智恵さんの 「中央メディアの関心は(新党騒ぎなどの)政局。(普天間問題などの)問題解決のためにやっているわけではない」という言葉を思い出しましたよ。

 ついでに、彼女の発言をちょっと報告しておきましょう。
 慎重な言い回しでしたが鋭いものでした。「日本にジャーナリズムはないと思ったら、沖縄にあった」といわれたそうです。たしかに沖縄の新聞・放送と東京の報道は雲泥の差です。その「温度差」は違いすぎる。彼女も基地問題を扱っていくつもの賞をもらっていますが、全国放送されたとしても深夜。多くの人に見られる時間帯ではありません。
 「基地反対」に拘り続けていることに対して、「いいかげんにしてほしい」と言われるのだそうです。どうやらネットワークの会議でのようですね。「温度差」の根源の一つが見えましたね。

 彼女は 「敵は誰なのだろう」と自問します。そして、「安保」だと自答します。
 ズバリとは言いませんが、発言のウラに 「その国の政治のレベルは、その国の国民の政治的レベルで決まる」という思いが脈打っていましたね。
 彼女の「気概」を支えたいものですねえ。そのためには何をすればいいか・・・・。一工夫も二工夫もしなければなりません。
 マスコミ九条の会や 日本ジャーナリスト会議はしっかりしなければなりません。
 大手メディアも、「アメリカへの気兼ね」から脱却してほしいのですがねえ。
 18日には徳之島で一万人集会が、25日には沖縄で十万人集会が予定されています。25日には、たしか東京でもあると聞いています。大事な季節になりましたね。

「テレビ」と「平和」と「憲法」のブログより転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月15日 (木)

上関原発予定地速報

、田ノ浦からのです。

今朝9時から「仮桟橋の安全確保の為の安全柵設置」の為、合わせて100人を超えるであろうかという、中国電力の社員、工事作業員、警備員が、一斉に田ノ浦の浜に降りました。
始めは「お願いします」といっていましたが、そのうち強行的にテントなどの撤去を始めました。
地元の理解を得なければ、作業をしないで欲しいと、抗議の意を示しましたが、土嚢を崩し、テントの支柱を切り落とされました。
責任者は出てこず、話し合いを申し出ても出てこないような状況です。中国電力は一方的に拡声器で退去を呼びかけるのみです。
現場は寒さの中、緊迫した状況です。
理解を得ないで作業をしようとする中国電力と、その行為を黙認する山口県に抗議の声をお願いします。

現地からの速報は以上です。

今後、現地から送られてきた速報は、twitter
http://twitter.com/takafumitomita)に流していきます。

以下は、中国新聞の速報記事(4月15日)です。
【速報】中電、柵設置へ120人態勢 上関、反対派抗議続く
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201004150183.html
山口県上関町への原発建設計画で、中国電力は15日午前、建設予定地の海岸に社員や作業員、警備員計約120人を動員し、仮桟橋を囲む安全柵の設置を試みている。約4キロ西の祝島の反対派島民が現地で抗議を続け、作業に入れない状態が続いている。
中電は5、6日も柵設置を試みたが反対派に阻止された。作業着手を目指し、大勢の人員を派遣したとみられる。

以下は、中国電力の連絡先です。
TEL 082-241-0211
FAX 082-523-6185

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月14日 (水)

イスラエル国防軍「新たなる軍令」

パレスチナで個人的に平和活動しているめぐみさんから昨日、4月13日からイスラエル国防軍が「新たなる軍令」を発効させ、「パレスチナ人追放」に 本格的な段階に突入した! との緊急メールが届きました。

それに寄れば、
  「イスラエル軍の滞在許可証を持たずに
     パレスチナ・エリアにいる者は、
     其れがイスラエル人でも
     パレスチナで生まれ、育った者でも、
     NGOのボランティアであろうとも
 例外なく、逮捕し、3年から7年間牢屋にぶち込む」とある。

 さらに、今後一切、「イスラエル軍は滞在許可証は発行しない」
 そんな「軍令:1650号」を執行し、取締りをはじめた。

現地のパレスチナの人々の人権が強制的に破壊されています。

友人・めぐみからのメールを転送します。
転送・転載、歓迎。寺尾訳。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
I
この国(=イスラエル)について言えることはたくさんあります。
良いこと、悪いこと、多くのことを同時にです。
ほかのどんな国とも同じように。
ですが、とても、とても深刻で重要なことが今起こりつつあります。
イスラエル人の隣人-パレスチナ人についてのことです。

大変信頼のおけるイスラエル人ジャーナリスト、
アミラ・ハスの論説を貴方に送ります

http://www.haaretz.com/hasen/spages/1162075.html

.
イスラエル軍はパレスチナ領内に滞在する許可を停止する命令を今出しています。
この新しい法律が正確に何を意味するのか-現実にそれが意味すること、それを理解することは困難です、
イスラエル軍からパレスチナ領に滞在する許可を得ていないものは全て、捕えられ、3年から7年獄に入れられる可能性があります。
で、問題は≪誰も≫この許可を得ていないことです。

とらわれる可能性のある人たちは:
NGOで働く外国籍ボランティア。
間違ってパレスチナ領を通り過ぎようとするイスラエル人。
それから、パレスチナ領で生まれ育ったパレスチナ人さえも。

今までのところイスラエルは許可を出したことはないので、軍は誰でも捕えることができます。

とんでもない話です。。。サイエンス・フィクションみたいな。
でもホントの話です、
適用は2010年4月13日からです

全ての皆さんへのお願いです
注目し、必要となればいつでも行動する心構えをしていましょう

peace to all
megumi
全ての皆さんに平和を
めぐみ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月13日 (火)

琉球王国とは?

唐ぬ世から大和ぬ世、
大和ぬ世からアメリカ世、
アメリカ世からまた大和ぬ世、
いちぬ世になりば琉球ぬ世。

琉球王国とは?

1429年に尚巴志の三山統一により成立した沖縄本島を中心に存在した王国でそこで生活している人々は奄美諸島から宮古諸島、八重山諸島、与那国まで及び、さらには海洋民族として活動範囲はアジア各国に及んでいた。薩摩の侵攻で王国が幕藩体制に組み込まれると、薩摩藩や江戸幕府の規制を受けるようになった。1871年の廃藩置県で鹿児島県に編入され、1872年には琉球藩に、そして1879年には沖縄県となり王国は瓦解した。

薩摩の侵略とは?

かって沖縄県は琉球王国と呼ばれる独立国であったが琉球の進貢貿易などによる利益を奪うため薩摩は江戸幕府の許可を得て1609年3月7日琉球王国に侵攻し5月15日尚寧王を拉致した。琉球王は2年半の間、日本中を引き回され、薩摩に服属し法外な年貢を納める誓約書に調印させられた。これを拒否した三司官の謝名親方は断首された。薩摩は奄美諸島を割譲せよと言いがかりを付け、琉球に断られると、それを口実におよそ3000人の兵で琉球王国を侵略し表向きは独立を認めた。

しかし貿易利益の搾取は勿論、琉球の人々に重労働をさせ黒砂糖利益などを収奪した。その莫大な利益は薩摩藩を立て直すだけでなく、明治維新で長州と共に日本(ヤマト)の天下を乗っ取る財力になったのである。当時、日本と琉球は全く別の国であり、とても日本国内の統一とか平定などと呼べるものではなかった。

琉球処分とは?

明治維新で日本政府の中心となった薩摩は琉球王国の冊封、進貢貿易からの中間搾取を続けるよりは、アジア侵略の処点として琉球王国を日本の植民地にすることがヤマト(日本)にとって利益があるということで600人余の兵を琉球に上陸させ解体し1879年に沖縄県を設置し尚泰王を首里城から拉致し、東京九段に幽閉した。これらを「第一次琉球処分」とも言う。

昭和になり帝国日本が太平洋戦争に突入し、地獄の沖縄戦を経た後、こんどは日本の繁栄と引き換えに日本政府や昭和天皇の意向により沖縄・琉球が切り捨てられた。米軍は当初、琉球の独立を支援するかのようにも思われたが、朝鮮戦争が始まったことも有り、すぐに冷戦の拠点としての軍事基地を建設し沖縄を全面占領し続けた。これらを「第二次琉球処分」とも言う。

しかし反戦反基地反安保の「日本復帰」運動の高揚の中、在沖米軍基地の維持費を日本政府に負担させることを「密約」し、アメリカは沖縄の施政権を沖縄・琉球人に「返還」するのではなく1972年5月15日に日本(ヤマト)に返還した。これで日本はアメリカに奪われた植民地(沖縄)を「再併合」することができた。これらを「第三次琉球処分」とも言う。

「薩摩の琉球支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会」より転載   
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画 『密約』

『密約 ─― 外務省機密漏洩事件』 公式ウェブサイト
http://www.mitsuyaku.jp/

 上記の映画 『密約』 のページを見ました。
 そうそうたる俳優さんたちがえらい若いなあと思ったら、二十年以上も前に作られた 映画なのですね。こんな映画があったなんて知りませんでした。
 映画館で広く興行されなかったり、限られた地域に一回だけしかテレビ放映されなかったりしたのは権力者どもの圧力があったからでしょう。
 原作者の澤地 久枝さんがこのページの 「レビュー」 というところに書いておられる
ものの一部を抜粋します。(田口)

●『密約―外務省機密漏洩事件』 という1冊の本に、わたしは日本の民主主義の悲しい貧困、不毛の精神土壌への怒りをこめました。
責任を問われ、裁かれるべきであったのは、沖縄返還交渉において米国政府と密約を結び、国会においても欺瞞に終始した佐藤栄作内閣と外務省首脳であったはずです。しかし、検察側の起訴状に「ひそかに情を通じ」「しつように申し迫ったうえ」 云々と書かれた新聞記者と女性 事務官の個人的問題にすりかえられ、「密約」 はついに不問に付されたまま現在にいたっています。すりかえを許したわたしたちの側の弱さに、わたしは歯がみする思いでした。

●テレビドラマの 「密約」 は、ドキュメンタリータッチの爽やかな志高い作品でした。
明るい美しい画面が印象的でした。心のこりは、系列局の関係で沖縄では放映されなかったことです。このテーマがすこしも古くはならず、今日的な意味をもちつづけて いることに、わたしの痛恨があります。

●西山・蓮見両氏が身柄を拘束されたあと、昭和46年4月14日の「毎日新聞」夕刊に、
大島渚氏が書いています。
「言論の自由というような抽象的な問題に立戻ってはいけない。佐藤首相の人間的反応にふりまわされてはいけない。問題は、あくまで佐藤内閣が私たちに何をしたかだ。

知る権利などというのは自明のことだ。極秘資料のスッパ抜きに次ぐスッパ抜きを!今こそ日本中を、スッパ抜きした極秘資料でもってあふれかえさせること。……」このとき、わたしはまだ大島さんと面識はありませんでしたが、心から共感しました。

大島さんはまだ30代。事態の本質を適確に見抜いています。

●朝日新聞支局襲撃、記者の殺傷という事件に象徴されるように、政治が右旋回するときに標的となるのは「言論」です。半歩でも後退すれば、テロリストたちの意図は達成されます。問題の本質はなんであるのか、確認し直視しつづける姿勢をいまほど求められていることがあったろうかと思います。そのよきテキストとしての映画 「密約」 を一人でも多くの人々に見ていただきたいと思います。
(抜粋おわり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月12日 (月)

イラク戦争なんだったの

イラク戦争なんだったの!?―イラク戦争の検証を求めるネットワーク事務局長の志葉玲です。

 4月に入ってから、大きな動きが二つありました。

 まず、この間ロビイング代行アクションなど、国会議員への働きかけを続けてきましたが、今月9日、ついに鳩山首相に対し100人の議員がイラク戦争検証を要請しました。

 イラク戦争の検証のため第三者機関の設立を求める議員署名(斉藤勁、犬塚直史、今野東、服部良一議員が呼びかけ)に、呼びかけ議員を含め、民主党(76名)の他、社民党(10名)、共産党(5名)、無所属(1名)、みんなの党(1名)、匿名希望(7名)と100人の議員が署名。閣僚では、福島みずほ消費者・少子化対策担当大臣が署名しました。
*匿名を除き、署名した議員リストはHPにて公開しております。
http://isnn.tumblr.com/post/513273024
 この署名を、斉藤議員・今野議員が9日の午前中、鳩山首相に直接、手渡しました。この時、首相は、「イラク戦争は重要な課題。岡田外相とも相談していきたい」と話したそうです。

 今回の署名提出は、イラク戦争検証の実現に向けての大きな一歩だと言えるでしょう。この動きをさらに確かなものとするため、引き続き、ロビイング代行キャンペーンは続行します。詳しくは、後記をご参照下さいませ。

 もう一つは海外からのスペシャル・ゲスト2人の緊急招聘です。一人目は、国連の大量破壊兵器査察委員会(UNMOVIC)の元委員長、ハンス・ブリクス氏。イラク開戦前の緊迫した情勢の中で、正にキーマン中のキーマンだった同氏に、今月21日・参議員会館にて講演してもらい、あらめてイラク開戦の歪められたプロセスを問い直します。国会議員だけでなく、一般市民やメディアにも開放致しますので、是非ご参加下さい!

 海外ゲスト二人目は、イラク戦争でも、米軍による最悪の虐殺=ファルージャ総攻撃の生還者のワセック・ジャシム氏。今月15日から29日の日程で緊急来日します。メディアが詳細を報じなかった中、一体何が起こっていたのか、その後ファルージャはどうなっているのか。ワセック氏の証言は、イラク戦争を検証する上で、極めて重要なものとなるでしょう。

 ブリクス氏、ワセック氏の講演については、後記のイベントお知らせをご参照の上、ご参加よろしくお願い致します!

 
--------------------------------------------------
1)イベントにご参加を!
 イラク戦争何だったの!?では、3.20イラク開戦7年に続き、4.17自衛隊イラク派遣違憲判決2周年を節目に、世論喚起のためのイベントを全国各地で企画・協力しています。友人・知人の方をお誘いの上、ぜひご参加いただければ幸いです。
♪下記イベントの詳細は
http://isnn.tumblr.com/post/500099752/4-17-23
イベント情報は全て、転載・転送大歓迎です。告知協力、よろしくお願いいたします。

【東京】
★「元国連査察団委員長ハンス・ブリクス氏が語るイラク開戦の真実」
4月21日17時~19時、参議院議員会館第一会議室にて。

【名古屋】
★どうする安保 平和的生存権を活かす
4・17 イラク訴訟違憲判決2周年集会
4/17(土)13:30~16:30@ウインクあいち
主催・連絡先:自衛隊イラク派兵差止訴訟の会
TEL:052-781-0165 FAX:052-781-4334
e-mail:info@haheisashidome.jp
詳細↓
http://isnn.tumblr.com/post/500099752/4-17-23

【ワセック・ジャシム氏証言ツアー】
 緊急来日のため、詳細が決まり次第、HP、お知らせ
メール等で告知していきます。

【名古屋】「自衛隊イラク派兵違憲判決2周年記念企画」
4/17(土)13:30~16:30
愛知県産業労働センター(ういんく愛知)

【広島】「イラク戦争なんだったの!? inヒロシマ」
日時/4月19日(月)18:30~20:30
場所/広島平和記念資料館(原爆資料館)地下会議室
問い合わせ/NO DU ヒロシマ・プロジェクト
http://www.nodu-hiroshima.org/contact

【東京】「国会へ行こう!」(予定)
4/20~22 詳細はHPにて後日告知!

※21日はハンス・ブリクス氏の集会に参加(予定)
【大阪】「イラク戦争何だったの!?市民検証集会」
4/23(金)18:30~20:30
エルおおさか6階大会議室
詳細↓
http://civil-society-forum.com/?p=17

【沖縄】「オキナワからファルージャの声を発信」(予定)
4/24~26 詳細はHPにて後日告知!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拷問メモ チョムスキー(9)

さらに、チェイニー/ラムズフェルドの拷問がテロリストを生んだことをますます明らかにする証拠もある。入念に調査されたケースのひとつは、「北部同盟との銃撃戦に二回または三回参加していた」という罪でグアンタナモに監禁されていたアブドゥッラー・アル=アジュミーの場合だ。彼はロシアの侵略と戦うためのチェチェン入りに失敗した後アフガニスタンにたどりついた。4年間にわたるグアンタナモでの残酷な扱いの後、彼はクウェートに返された。その後彼はイラクへ行く術を見出し、2008年3月に爆弾を山積みしたトラックをイラク軍基地に乗り込ませ、自身と共に13人の兵士を殺した。ワシントンポスト紙は「元グアンタナモの収容者によって行われた単一かつ最も忌まわしい暴力」と報告しており、彼のワシントンの弁護士は「虐待的監禁の直接的結果である」と結論づけている。<15>

分別のある人物なら予想がつく、まったくもって当たり前のことだ。

拷問に対するもう一つの標準的な弁解は、「邪悪で恐ろしい残忍さ」で実行された「人類に対する犯罪」とロバート・フィスクが報告した9/11の後に、ブッシュが宣言した「テロとの戦い」という文脈である。あの犯罪は従来の国際法を「古風」で「時代遅れ」にしたのだと、ブッシュは、後に司法長官に任命されたアルベルト・ゴンザレスから法律的な助言を受けた。この教義は、評論から分析に至る色々な形で広く繰り返されてきた。

9/11の攻撃は疑う余地なく多くの面で類のないものである。ひとつは攻撃がどこに向けられたかということで、普通とは逆向きである。実際、あれは 1814年に英国がワシントンを焼き払って以来、国家の領土に対して何らかの影響を及ぼした最初の攻撃だった。もう一つの他に類を見ない特徴は、国家ではない行為者による恐怖の規模である。

しかし、おぞましい出来事であったことには違いないが、もっと悪いことになっていたかもしれない。犯人たちがホワイトハウスに爆弾を落として大統領を殺し、5万人から10万人にもおよぶ人々の殺戮や70万人もの人々の拷問を実行する凶暴な軍事独裁制を確立し、暗殺を実践する巨大な国際テロセンターを設置し、あちこちに似たような軍事独裁政治を押し付ける支援を行い、あまりにも過激な経済理論を実践して経済が破壊されたために二、三年後には国家が実質的にそれを引き受けなければならなくなったと想像してみたらどうだろう。それは2001年の9/11よりずっと悪いことだろう。

そしてそれは南アメリカが「最初の9/11」と呼んでいる出来事で、1973年に実際に起きたことなのだ。数値は実際に犯罪の重大さを測る手段として人口規模に合わせて換えてある。責任は直接ワシントンにつながっている。こうして、二つの出来事の類似性――非常に妥当な――は意識の外に消え、事実は、単純な人間たちが歴史と呼ぶ「現実の悪用」なのだと片付けられることになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普天間 徳之島に「密使」 

在日米軍再編:普天間移設 官邸、鹿児島・徳之島に「密使」 移設先、最有力案に浮上
 <追跡>

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先として、政府が鹿児島県徳之島を最有力候補地に挙げ調整していることが明らかになった。突然浮上したように思える「徳之島案」。だが、首相官邸は昨年から「密使」を介し地元有力者らに働きかけを繰り返してきた。(3面に「転換期の安保2010」)

 ◇「条件を出してくれ」
 「6条件に政府が応えてくれれば、誘致に動きますよ」。徳之島3町で唯一の空港、徳之島空港がある天城町。前田英忠・元町議長は7日、鳩山由紀夫首相に近い牧野聖修衆院議員(民主)に電話でささやいた。

 前田氏は受け入れ賛成派のリーダー。同じ賛成派と「条件」をまとめ、牧野氏に口頭で伝えていた。

 (1)割高な奄美群島の航路・航空運賃を沖縄並みに抑える

 (2)沖縄県が対象の黒糖製造工場への交付金を鹿児島県にも適用する

 (3)医療・福祉・経済特区の新設(健康保険税の免除)

 (4)ガソリンなど燃料価格を本土や沖縄並みに引き下げる

 (5)徳之島3町合計で約250億円の借金(公債)の棒引き

 (6)奄美群島振興開発特別措置法の所管省庁を国土交通省から内閣府へ移す

 静岡県選出の牧野氏だが、かつて徳之島出身の徳田虎雄・元衆院議員が設立した「自由連合」に所属。今も奄美に強い影響力を持つ徳田氏に近い。昨年11月と12月、今年1月と少なくとも3回、徳之島を訪れた。

 「首相から『普天間の移設先として県外はないか調査してほしい』と依頼された。徳之島陸上部に3000メートル級の滑走路を造りたい」(12月2日、伊仙町役場で大久保明町長に対し)

 「滑走路は1800メートルでもいい。3町長はぜひ上京し、平野博文官房長官と会ってほしい」(1月25日、天城町役場で3町長に対し)。この時は首相の外交ブレーン、須川清司・内閣官房専門調査員も同席していた。

 賛成派の観光協会幹部は明かす。「牧野さんは『首相の意を受けて来た』と説明していた。『条件を出してくれ。政府に持っていくから』と」

 徳之島は鹿児島県本土から約400キロ、沖縄本島から約200キロの離島。人口は約2万6000人で、奄美群島で2番目に大きい。本土との所得格差や高失業率など奄美と沖縄は共通する。だが、本土復帰後、人口が増加した沖縄とは対照的に、奄美は本土復帰時(1953年)の約半分、12万人に減少した。前田氏は「海兵隊受け入れは千載一遇のチャンス」と建設業、観光業の声を代弁する。

 しかし「受け入れ賛成」と態度を明確にした住民はわずか。地域振興への期待を背に牧野氏は8日午前、首相官邸を訪れた。牧野氏は鳩山首相と面会を求めたが、松野頼久官房副長官が対応し「政府の窓口は一本化する。今後は動かないでほしい」と通告したとみられる。下工作が表ざたになり、地元の反発が強まったことによる政府方針の修正だった。

 伊仙町の大久保町長はあきれ顔で言う。「国のトップは方向性を明確に示さないと。みんなが振り回される悪循環を繰り返す」

 徳之島はかつて「政争の島」として知られた。町長が言う「悪循環」とは「保徳戦争」を思い起こしてのことだ。保岡興治・元法相と徳田氏が83年から衆院奄美群島区(当時、1人区)で激しい戦いを繰り広げ、系列の首長・議員に至る代理戦争で島は二分された。保岡氏は別の選挙区へ移ったものの、対立は続いた。徳田氏の後継で次男の衆院議員、毅氏が自民党入りし「戦争」が終わったのは06年になってからだ。

 牧野氏が「交渉役」を退いた8日夕。かつて鹿児島県庁に出向した総務省幹部が大久保町長に電話を入れた。防衛省の井上源三地方協力局長のメッセージとして「会いたい」と伝えた。「普天間移設の話だ」。そう直感した町長は拒否した。徳之島3町は18日、動員数では過去に例を見ない1万人規模で基地受け入れ反対全島集会を開く。【「安保」取材班】

「毎日JP」より転載

********

鳩山首相の腹案とは、これか。お粗末きわまりない。島の住人ひとり二人と話しを進めても、事は、運ばない。住民の反対の意思は強い。自民党政権時代と同じ手法で、経済振興みたいな旗を振っても、金には代えられない自然とともに生きている島の人たちは、米軍基地などお断りと言うだろう。

日本全国どこにも、基地を喜ぶところなどないことは、政府も承知のことである。いいかげんに、普天間基地の移設先は、どこにもないとアメリカに伝えたらどうか。そこからが、外交の手腕を問われるところだろう。いつまでも、アメリカの言いなりになって、普天間をよそに移すから、基地を返してください、では、話はすすまない。これでは、米軍基地の返還どころか、新基地の増設ではないか。

国民は、移設先が決まらないから、鳩山に政権を降りてくれなどとは、言っていない。そんなことを叫んでいるのは、アメリカのご機嫌取りか、基地建設にからんだゼネコンのひも付き議員でしかない。米軍の現実も見極められず、ノウテンキに、アメリカ軍は日本を守ってくれると信じている政府高官もいるが。マスコミは、在日米軍の実態を追求することもなく、なにも考えず、「日米同盟」の馬鹿踊りをやって、国民を欺いているのだから、その責任は大きい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年4月11日 (日)

拷問メモ チョムスキー(8)

もちろん、ひとつの反応として、我々のテロリズムは、例えそれが確かにテロリズムであったとしても、山の上にある町に由来するからには、無害である、という意見がある。多分この論旨の最も流麗な解説は、人望の高い「左派」のスポークスマンであるニューリパブリック誌の編集者マイケル・キンズレーによって表明されている。
CIAによるニカラグア空域の掌握とコントラへの洗練された通信システムの提供によって可能になっていたわけだが、ニカラグア軍を避けて「ソフト・ターゲット」つまり無防備の民間人ターゲットを攻撃せよ、という公式命令を米政府のテロ部隊に出した、と国務省が認めたことに対して、アメリカズ・ウォッチ(人権団体ヒューマンライツウォッチ)は抗議をしていた。それに応えて、キンズレーは実際的な基準を満たすのであれば、民間人ターゲットに対する米国テロリストの攻撃は正当化されると説明した。その基準とは、「分別ある方針が、費用対効果分析」すなわち「流し込まれる血および苦痛の量と結果的に民主主義<13>が生まれる可能性」の分析という「検証に耐えれば」満たされる。
「民主主義」の定義は米国エリート層が決めるのだ。彼の思考への批評は、私の知る限り、まったくなかったし、どうやら許される内容だと判断されたらしい。ということは、米国の指導者たちや彼らの代行者たちは、そのような分別のある方針を誠実に行うことについて責められるべきところはないということになるようだ。時には、判断を誤ることがあるかもしれないとしてもだ。

流行している倫理的規範に従うなら、ブッシュ政権の拷問はアメリカ人の命が犠牲になっているということが発覚すれば、責められるべきところが出てくるのであろう。特派員パトリック・コバーンによれば、「米軍がイラクのアル=カーイダの長、アブー・ムスアブ・アル=ザルカーウィーを探し出すことを可能にした情報」を引き出した、イラクで最も経験豊かな尋問官の一人、米国のマシュー・アレクサンダー少佐(仮名)が、アメリカ人の犠牲についてまさにそう結論を出している。
アレクサンダーは残忍な尋問方法に対しては侮蔑しか示さない。彼は「米国による拷問の使用は、有益な情報を引き出さないということばかりでなく、あまりにも非生産的なので、9/11で殺された民間人の数と同じだけの米国兵士の死を招いたかもしれない」と考えている。何百件もの尋問から、アレクサンダーは、外国の戦士たちがグアンタナモやアブー・グレイブでの虐待に対する反発からイラクに来たこと、また彼らの国内の同盟者たちが自殺爆弾やその他のテロリスト行為に走ったのも同じ理由だったことを発見した。<14>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新型労組 平等

メールの転載

観念論者です。本当のところは知らないけれど川田さんが変節したとか、立ち枯れ政治屋どもの茶番劇とか、暗い話題ばかりのこの惑星ですが、ひとつよい話をみつけました。ヘドロの中に蓮華を一輪 見る思いです。 下に貼り付けます。

 7日、都内で行われた新型労組平等の花見であいさつした世話人の田中昭は、政治団体 平等党 を立ち上げる構想を発表した。
 田中がまず訴えたのは歳費平均年収制の実施。議員の歳費を選挙民の平均年収に等しくするという制度だが、田中によれば 「これは政策以前の問題で、いわば議員としての資質、姿勢を示すもの。一人でも実行できるので、仮に私が当選した場合は平均年収と現行歳費との差額は返納する」 という。 「そのような議員を平等党から多数輩出することによって、法律化を含めて歳費平均年収制を一般化していきたい」 という。

 田中は 「選挙民の平均年収が300万とか400万とか言われている時に、議員の歳費が2000万、3000万というのでは、議員になること自体が自己目的化するのは当然。そこには民主主義に立脚した選挙民のための政策提言などありえない。本当に議員が選挙民のための政策を提言するには、議員自身が真の意味で選挙民の代表になる必要があり、その証(あかし)として議員報酬を選挙民の平均年収に等しくする。選挙民と議員が=で結ばれた時、初めて代議制民主主義は成り立つ。議員と選挙民の間に上下関係があってはならない。あるのは役割の違いだけ」 と強調した。
 また 「その理屈では、すべての人が同じ給料でなければならないということになってしまわないか」 という問いに対しては 「議員歳費が選挙民の平均年収に等しくなければならないというのは、選挙民の代表たる議員の特殊性を表徴するものである」 として議員という “職業” と、その歳費の特異な性格を明確に指摘した。

 ただ、「歳費平均年収を実現するのに障害があるとすれば、むしろ選挙民の意識かもしれない」 と懸念も表明。 「議員は偉いもの、高給を取るのは当たり前という意識がまだ一般的だ。無意識のうちにも上下関係の中に身を置いてしまう
《内なる天皇制》 の壁が人々の心の中にあるからだ。しかし、自民や民主、さらには 他の小政党を含めて現在の “選挙民より高給を貰って当然” と考える議員たちの体たらくをこれだけ見せつけられれば、歳費平均年収制の正しさが理解されるのにそれほどの時間は要らないだろう」 と述べた。

 次に田中は本来的政策として「新・農地解放」の実施を訴えた。これは、戦後すぐにGHQによって断行された農地開放にならったもので、「現在急激に増えている耕作放棄地を、これを必要とする人々に無償で与え、農作物の自給を個人レベルで促しつつ、まずもって生物学的見地から命を支える施策が早急に基本政策に据えられるべきだ」 という。
 さらに 「土地を与えられる人々としてたとえば都会のホームレスなどがまず念頭にあるが、それに限らず、希望するすべての人々に与えられるべきだ」として、この施策が人口の地方分散化と地域社会の活性化を促すと主張している。

 さらに田中は現在、新型労組平等の施策である 「社長公選制」 を平等党の基本政策にするという。
 この政策は、企業を単なる資本家の私的財産と見るのではなく、公共財として捉えるなかで企業のリーダーである社長を従業員が選挙で選ぶというもの。この場合、社長の報酬は議員の場合と同じく従業員の平均給与額に等しくする。「社長を従業員が選ぶというのは労働運動の究極のあるべき姿である。そこから目をそらして、資本家や世襲経営者にすりよって資本のおこぼれにあずかりつつ、アリバイ的に労働運動を展開して 『専従』 のうまみに浸っているのが今の労働組合だ。労働運動は本来、無報酬で行われるべきであり、インターネットが発達した現状をみれば、労働運動のもっとも重要な役割である情報の共有はたやすく、組合費を徴収する必要はない」 という。
 またこの施策は産業の地方分散、地域密着化にも欠かせないという。(転載歓迎)
------
●新型労組 平等
世話人 田中昭
事務所
〒175-0082
東京都板橋区高島平5-5-10 A-107
03-6915-6471(FAX兼)
info@byodo.jp
http://byodo.jp

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年4月10日 (土)

【国際署名】ヤスニを救え!

署名サイト
http://www.thepetitionsite.com/1/save-yasuni
で、▼はクリックして選択するところ。上から
Name(姓名) [Mrなど称号を選択(任意)]
□Don't display my name(匿名にする) 匿名にしたければ
                   チェックを入れる
Email(メールアドレス)
Country(国を選択)
Address(区、町以下の住所)
City(市)
State(州-アメリカ合州国の州しかないので放置)
Zip code(郵便番号)
右側:Increase your signature's impact by personalize your
      letter
   (自分の意見を書き込んで署名のインパクトを強めてください)
   (囲いの中に意見を書き込めます)
Sign >(サインする)をクリックして署名終わり。

転送・転載歓迎。

~~~~~~~~~~~~ 以下転送 ~~~~~~~~~~~~

件名: [緑] 【国際署名】ヤスニを救え!-ヤスニを生き続けさせる
ために私たちを支援してください(日本語訳全文)
差出人: Utitomi
送信日時: 2010/04/09
宛先: g-party@yahoogroups.jp

エクアドル政府が提案している画期的な温暖化対策プロジェク「ヤスニITTプロジェクト」の存続を求める国際署名「ヤスニを救え」の全文(原文フランス語)をTUP(Translators United for Peace 平和をめざす翻訳者たち)の寺尾光身さんが日本語に翻訳して下さいました。本文中に「大統領ラファエル・コレアにより、交渉成立かさもなくば保護区の開発か6月中に決める、との最後通告がなされている」とあるように6月末までが勝負です。
ぜひ、署名にご協力をお願いします!

翻訳者である寺尾光身さん本人の了解を得て日本語訳全文をジュビリー関西ネットワークのブログにアップいたしました。本文を読めば緊迫した情勢が伝わってきますが、フランス語の国際署名のためか、3月以来の署名者数がごく少数です。ぜひ、署名を!

【国際署名】ヤスニを救え!-ヤスニを生き続けさせるために
私たちを支援してください
http://d.hatena.ne.jp/Jubilee_Kansai/20100409/1270806137
ヤスニ、それは

地球上生物多様性の最も豊かな手付かずの熱帯雨林982,000ヘクタール

自らの意思で隔絶して生きている人びとがいる先住10民族

埋蔵石油8億5000万バレル

潜在的利益70億ドル

石油開発を行わないことへの補償17億ドル

CO2排出回避4億700万トン

を意味する、もし交渉が成功すれば。

ヤスニ・プロジェクトとは、エクアドルの政策提案で、石油8億5000万バレルの開発を棄することと引き換えに逸失利益の二分の一相当の国際的経済補償を約束する、というもである。

この提案の目的は、科学的に地球上生物多様性が最も豊富であるとされ、ユネスコによて世界の生物圏保護区に分類されているこの地域の破壊を回避すること、そして、この地隔絶されて生きている先住民を保護することである。

この金融メカニズムは、開発を行わない約束の対価であって、埋蔵石油を無期限に手付ずに置くことを可能にするものであり、エクアドルでの適切な技術プロジェクトの財源とることを目的とする投資基金を通して行われる。

この小国は、南米で最も貧しく、経済的基盤を主に石油に置いている。その石油資源の2%に相当する油田の開発を放棄しつつ、この国は炭素排出を市場に載せて埋め合わせるよりも、発生源で回避するために、責任を引き受けるとともに具体的で、決然たる未来指向の勇気ある政策提案を行ったのだ。

ややユートピア的なこの政策が国際的に肯定的な反響を呼んだ。コペンハーゲン後、PNUED(Programme des Nations Unies pour leDe'veloppement、国連開発計画)[訳注:英語ではUNDP(United NationsDevelopment Programme)]とヤスニ・プロジェクトの代表者たちが、ドイツ、スペイン、フランスによる総額13億ドルに達する提供資金を受け入れる基金創設のための枠組みの合意に至った。

その他、この拠出金の見返りとして、これら諸国はこの領地に国際的な監視を課すことを望んだが、国家主権の問題が発生することになった。この政治的緊張が、石油ロビーの強い圧力とあいまって、プロジェクトに責任を持つ複数の閣僚の同時辞任につながり、その中に外務大臣が含まれている。大統領ラファエル・コレアにより、交渉成立かさもなくば保護区の開発か6月中に決める、との最後通告がなされている。

翻訳:寺尾光身

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジャマルさん イラン送還の危機

自由と生存のメーデーでも発言頂いたことのあるジャマル・サーベリさんが入管に収容され送還の危機にあります。フリーター全般労働組合では以下の声明をあげました。みなさん注視と法務省へのよびかけを願います
----

                          2010年4月7日

法務大臣 千葉景子 殿

    新宿区西新宿4-16-13MKビル2F
  フリーター全般労働組合 印
   共同代表 園  良太
田野 新一
布施 えり子

      申し入れ

私たちの友人であるジャマル・サーベリさんは、現在法務省入国管理局によって収容され、イランへと送り返される危機に直面しています。

彼の国籍国であるイランでは、政府への批判そのものが重罰に問われ、ジャマルさんは死刑に処される可能性もあります。1979年に成立したイスラム神権体制のもと、これまでも学生や労働者、人権活動家や社会運動家などへの弾圧が繰り返されてきました。

とりわけ2009年6月の大統領選挙への抗議活動では、「超法規的殺害、強かんと拷問」が繰り返され、この「9カ月間で数千件に及ぶ恣意的逮捕」が行われています(Human Rights Watch 調べ)。これまで自身がイラン労働者共産党の活動家であることを公然化してイランの民主化と人権の確保のために活動してきたジャマルさんがそのさなかに送還されれば、彼の身の安全は誰も保障することができません。

日本は難民認定条約の締約国です。締約国は「政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがある」者を保護する義務があります。私たちは法務省がジャマルさんをイランに送還するという愚を犯すことなく、ただちに釈放し難民として保護することを求めます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄密約訴訟勝訴

沖縄密約訴訟で元記者ら勝訴 司法も認定、文書の開示命令
2010年4月9日 18時53分


 日米4密約問題のうち、沖縄返還(1972年)をめぐる密約の文書開示請求訴訟で、東京地裁は9日、密約の存在を認定、国に関連文書の全面開示を命じた。併せて「国民の知る権利をないがしろにする外務省の対応は不誠実で違法」として、請求通り原告1人当たり10万円の賠償も認め、原告側全面勝訴とした。

 審理の対象となったのは、(1)米軍用地の原状回復費肩代わり(2)米短波放送中継局の国外移転費負担(3)返還協定記載額を上回る財政負担―の3項目。

 外務省有識者委員会や財務省は既に「広義の密約」とほぼ認定。司法の場では密約の存在を一層明確に認めた形になった。

 岡田克也外相は控訴の可能性を示唆した。

 原告は元毎日新聞記者西山太吉さん(78)や作家沢地久枝さん(79)ら25人。

 杉原則彦裁判長は米国立公文書館で発見された米側公文書や吉野文六・元外務省アメリカ局長(91)の法廷証言などを基に、3項目の文書をいずれも「国民に知らせない内容として米国側と合意していたことを示す」として密約と認定。「わが国の外交史上特筆すべき女性との不倫関係に摩り替えられ、もので、なお未解決の領土問題についても今後の交渉に生かす高い価値を持つ」と位置付けた。

「東京新聞」より転載

*********

密約などということは、国家の国民に対する重大な背任行為である。このようなことが、許されてよいはずがない。当時の政府高官の個人的責任は、問われないのであろうか。岡田外相は、まだ控訴するかもしれないという。民主党政権は、密約の存在を調査して、国民の前に明らかにするといったにもかかわらずである。

西山記者は、重大な事実関係を発表したにもかわらず、女性問題に摩り替えられ、密約は隠された上に、社会的地位さえも失ったのである。このときのマスコミの報道責任は大きい。もっとも、背後に有形無形のアメリカの力が、働いたであろうことは、容易に想像できることではあるが。

日本は、政治もマスコミも軍事も経済さえも、戦後ずっと、アメリカに牛耳られ続けているのだ。普天間基地ひとつさえ、奪還できず、まだその代替地と新基地を作ろうと右往左往しているのである。国民の命の糧を奪ってでもである。おまけに、それに、政治生命を賭けるかの如くわめいているのである。これが、政治といえる代物か。茶番劇にも等しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 8日 (木)

グアム、米軍が「水」支配

転換期の安保2010:オキナワの苦難、ここにも グアム、米軍が「水」支配

 「沖縄が抱える重荷を分かち合いたいと思う。でも長い間、米軍基地を受け入れてきた私たちは疲れ果ててしまった」。グアムに暮らす女性、デビー・キナータさんがいう。1898年に米西戦争で米国の植民地となった島は、第二次大戦では旧日本軍による占領と米軍の奪還を経験した。今では島の3割を米軍用地が占め、アジア太平洋の軍事拠点となっている。

 米領ながら「準州」扱いのグアム。連邦下院に地元から送られる代表には議決権はない。米大統領選挙では、住民に投票権もない。マリアナ諸島に暮らす先住民族チャモロ人の血を受け継ぐキナータさんは「自分の人生を決める選択肢がない。島に生きる人々のとても悲しい物語です」という。

 沖縄もまた薩摩藩侵攻を経て日本に組み込まれ、大戦中は陸上戦を経験、戦後は在日米軍基地の約7割が集中する。グアム大のベベクアル教授(グアム史)は「今も植民地のような状態が続いている。沖縄とグアムは似ている」と指摘する。

 グアムでしばしば語られる「米国による支配」の象徴が「水」。島の飲料水の水源は北部の地下水と南部の湖。うち湖は米軍用地の敷地内にあり、グアム州政府は米軍から水を購入している。乾期に水不足に陥ると米軍は軍用の給水を優先し、住民への給水を止めてしまうという。

 グアムの人々の米国本土に対する思いは複雑だ。ベベクアル教授によると、第二次大戦後、グアムの人々は、自由と繁栄を象徴する「アメリカ人になりたい」と英語の習得に取り組んだ。結果、伝統的なチャモロ語を話す人々の数は激減した。「アメリカ人化」し、土地を提供しながらも、「なぜ虐げられるのか」という疑念も尽きることはない。

 一方で、莫大(ばくだい)な投資による基地経済に期待する声があるのも事実。グアム商工会議所軍事委員会のピーソン委員長は「大統領を選べない代わりに、徴収した所得税や法人税をワシントンに送らなくても良い。受け入れれば、さらに税収だけでも相当な額になる。壊れたままになっている水道管も修理できる」と語る。グアムもまた基地受け入れをめぐって揺れている。

 アプラ港米海軍基地が近くにある中心部ハガニアの砂浜で、漁師のビロリアさんが仲間と漁の準備をしていた。空母受け入れのための海底しゅんせつで、希少な魚も絶滅の危機にあるという。「多くの利点もあるだろう。何も基地が悪いというんじゃない。ただ、チャモロ人が受け継いできた美しい海を守りたいだけだ」

「毎日JP]より抜粋して転載

********

グアムの人々のものである水源地を奪い、あろうことか、それをグアムの人に売りつけるなど、盗人猛々しい、とはこのことである。

有史以来、強い軍隊を持った者によって、弱小の民は平和に暮らしていても、大国の勝手な都合で、自国の領土を侵略され命さえも奪われて、理不尽な振る舞いの前にも、黙って従うことを余儀なくされてきた。強い兵器と兵隊を使って、他国を支配する構造は、今もって連綿と続いているのだ。大国が主張する民主主義とは、何ぞや。一人ひとりの人間に、本当の民主主義が実現される日がくるのは、この世界からすべての武器と軍隊が無くなってからだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

米軍幹部こっそり叙勲

米軍幹部こっそり叙勲 日本政府、24人に積極的に公表せず
四軍調整官、知事と同等勲位 暴行・ヘリ墜落時のトップも
政治  2010年4月8日 10時07分      

 国内外の功労者に政府が勲章を贈る「叙勲」の季節となったが、在日米軍幹部に贈られていることは、あまり知られていない。一般の叙勲と異なり“非公表”が慣例化しているためだ。沖縄関係では1978年以降、在日米軍沖縄地区調整官(四軍調整官)ら24人に授与され、県知事経験者と同等の「旭日重光章」も贈られている。6段階ある勲位の評価は「授与基準」に基づくとされるが、明確な基準は実はあいまいのようだ。(儀間多美子)

 内閣府賞勲局によると、対象者は春秋の年2回、まとめて公表する。だが離任時に授与される駐日大使や在日米軍人の叙勲は、不定期なため「積極的に公表していない」(同局)とし、事実上非公表。

 米軍人への叙勲は「わが国の防衛に顕著な功績があった者」を理由に、防衛省が推薦。勲位は「授与基準」に基づくとするが、基準の中に“米軍人”の文言はなく、基本的事項に「国際社会の安定および発展に寄与した者」とあるだけだ。

 賞勲局は米軍人の勲位を「前例に従っているだけ。最初にどう決めたか分からない。当時の功績、軍隊のレベルによるものだろう」とし、明確な基準はあいまいだ。過去に自衛隊幹部より米軍司令官が高いケースもあったが、同局は「特に理由はない」とする。

 米兵暴行事件が起きた1995年当時のウェイン・ローリングス、2001年「県知事は腰抜け」とのメールが騒動となったアール・ヘイルストン、04年の沖国大への米軍ヘリ墜落当時のロバート・ブラックマンら各四軍調整官も勲章を受けている。

 沖縄大学の仲地博教授(行政法)は「国は儀礼的なのだろうが、県民感情にそぐわない。外国人への叙勲は国と国とのお付き合いと考えれば、軍隊への叙勲の意図は何か。日米安保を支える仕組みが、こんな見えないところにも及んでいる」と指摘した。

「沖縄タイムス」より転載

*********

開いた口が塞がらないニュースである。日本国政府は、どこまでも、アメリカ軍に媚びへつらうのだ。こんなことにまで、国民の税金が使われていたのだ。米軍に関連して、いったいどれだけのお金が、流れていっているのだろう。日本の自主独立など、見果てぬ夢かと思ってしまう。日本の大臣や役人には、自らの自尊心も誇りもない。日の丸に頭を下げ、君が代を歌って、愛国を叫んでも、やってることがこれでは、いったいどこの国を愛しているのか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 7日 (水)

拷問メモ チョムスキー(7)

拷問が情報を引き出すために有効だったかどうかについては数多の議論があり、その前提はどうやら、もし有効ならばそれは正当化されるだろうということらしい。

同じ議論に従えば、1986年にニカラグアがレーガンのコントラ軍への援助を配達した飛行機を撃ち落して米国パイロット、ユージン・ハセンファスを逮捕したとき、彼を裁判にかけ、有罪とし、その後彼を米国に送り返すべきではなかっただろうけれども、ニカラグアはそうした。そうする代わりに、彼らは CIAの拷問パラダイムを適用して、ワシントンで計画され実行されている他のテロリスト残虐行為について情報を引き出そうとするべきだった。世界的超大国によるテロリスト攻撃を受けている小さな貧しい国にとっては小さからぬ事である。またニカラグアは、首謀テロ工作者のジョン・ネグロポンテを逮捕することができたなら、間違いなく同様に対処すべきだった。ネグロポンテは、当時ホンジュラスの大使で、後に、誰からも何も言われないまま反テロ責任者に任命された。キューバもケネディ兄弟に手をかけることができたのなら、同じことをするべきだっだろう。
キッシンジャー、レーガン、その他代表的なテロリスト指揮官に対して、被害者たちが何をすべきだったか取り上げる必要もない。彼らは、アル=カーイダすらはるかに引き離すような手柄を誇り、その後の「時限爆弾」を予防することができたはずの十分な情報を間違いなく持っていた。

そのような考慮すべき事柄はたくさんあるが、決して公共の話し合いの話題に上ってこないようだ。それで私たちは価値ある情報というような弁解を即座に評価できるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拷問メモ チョムスキー(6)

ラスール対ラムズフェルドの訴訟も似たような軌跡をたどっているように見える。原告らは彼らがウズベク人の軍閥の長ラシード・ドストゥムによって逮捕されたあと連れて行かれたグアンタナモでの拷問に対して、ラムズフェルドおよびその他高官に責任があると告発している。ドストゥムは、当時アフガニスタンの北部同盟を率いていた指導者の一人であった、悪名高い凶悪犯だ。北部同盟はロシア、イラン、インド、トルコ、そして中央アジア各国の支援を受けていた党派で、2001年10月のアフガニスタン攻撃時に米国も支援に加わった。ドストゥムはその後彼らを米国に引き渡した。報償金と引き換えだったと言われている。原告はアフガニスタンには人道援助を提供するために行ったと主張している。ブッシュ政権はこの訴訟を却下させようとした。オバマ政権下の司法省は、拘束者たちが享受する権利について法廷はまだ何も確立していないので、政府高官はこの訴訟における拷問やその他の正当な手続違反に対する責任を負わないとするブッシュの立場を支持する準備書面を提出した。<11>

オバマはさらにブッシュ時代に行われたもっと深刻な法規違反のひとつ、軍事委員会を復活させようとしていると報告されている。それには理由がある。「グアンタナモ問題に関わっている高官は、政権の弁護士たちが、連邦裁判所での複数のテロ容疑者の審理にあたって大きな障害に直面するのではないかと懸念を抱き始めていると発言している。残酷な扱いを受けた拘束者たちを起訴すること、また諜報機関によって収集されたうわさの証拠を検察側が使うことを裁判官たちは困難にするかもしれない」。<12> 刑事司法制度の深刻な欠陥のようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 6日 (火)

もんじゅ

緊急声明
「もんじゅ」の運転再開に反対する

事故後14 年以上停止していた高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)が、3月中にも運転再開されようとしている。これほど長期の停止後に運転再開した原発は世界にもほとんど例がなく、高速増殖炉では皆無である。

「もんじゅ」の事業者である日本原子力研究開発機構は運転再開の準備が整ったとし、国の原子力安全委員会もそれを了承した。しかし、冷却系等配管の点検、蒸気発生器伝熱管の未貫通の亀裂や穴あきの探傷、炉心燃料集合体の健全性調査はほとんど行われず、いかなる欠陥が潜んでいるかわからない。

一連の運転再開準備も、数百個にのぼる接触型ナトリウム検知器の点検漏れが「誤警報」によって偶然発覚したり、排気ダクトの腐食損傷が放置されていたなどずさんな実態が明らかになり、運転再開は四度も延期された。この先、未発見の重要な点検漏れがないとする保証はない。トラブルの対応においても、連絡遅れ等の頻発など組織の体質が改善されたとは思われない。経験者の多くが去り、人材面も問題である。このような状態で運転を再開することは危険であり、再び事故を起こす恐れが大きいと私たちは考える。

一方、「もんじゅ」の建設費が軽水炉の約5 倍と高いことから、実用化像としては、「もんじゅ」とまったく異なる構想に描き直されている。したがって、「もんじゅ」は、もはや実用化に向けた原型炉ではない。運転目的の「発電プラントとしての信頼性の実証」は、実用化像と大きくかけ離れていては実益に乏しく、「ナトリウム取扱技術の習得」に「もんじゅ」が不可欠なはずもない。「燃料や材料の照射試験」用にはすでに実験炉「常陽」がある。高速増殖炉推進の観点に立っても、「もんじゅ」の運転再開には意味がない。

しかし、最も根本的な問題は、そもそも高速増殖炉自体実用になる見込みがないうえに、高速増殖炉を運転すると核兵器に最も適した超核兵器級プルトニウムが容易に生産・取り出せることだ。
高速増殖炉は、プルトニウムの増殖により圧倒的な電力用資源が得られるとの期待から、他の原発に先立ち開発が始められた。しかし、開発は困難を極め、半世紀以上かけても実用に到らなかった。先行した米国、英国、フランス、ドイツ各国は、いずれも約20年前までにすべて高速増殖炉開発から撤退した。理由は、① 軽水炉に比べても格段に危険であり、② 経済的に成り立つ見通しが無く、③ 核兵器の製造に容易に結びつく恐れがあるからであった。ロシア、中国の炉は増殖炉とは無縁の濃縮ウランを燃料とする高速炉であり、フランスの新計画は放射性廃棄物対策の一環であって増殖炉とは関係ない。

資源または軍用目的で残った国は日本とインドのみとなった。数十年先といえども、日本一国で未知の技術開発のかたまりである実用化を実現できるとは思われない。日本は、目下、厳しい国家財政の中で、多くの社会問題の解決を急がれている。無意味な「もんじゅ」運転に、危険を冒してまで毎年巨額の税金を投入し続けることは到底許されない。
以上の理由から、私たちは「もんじゅ」の運転再開に強く反対する

2010年3月31日
「もんじゅ」運転再開に反対する学者有志一同

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グアムの海

【島人の目】月のため息2010年4月5日
       
 「グアムの海の底にはたくさんの涙が沈んでいる。人間が繰り返す過ちを一体いつまで見届ければいいのだろう。そんな月のため息が聞こえてくるようだ」。米軍基地拡張建設が進むグアムの様子を知らせてきた友人がこうつぶやいた。

 美しい自然と島の人々が共に歩んできた歴史を刻むたくさんの美しい伝説を持つグアムの島では今、武器を運ぶ道を造るために木が切り倒され、島を駆け抜ける風は潮のにおいの代わりによどんだ空気を運んでくるのだという。
 「目先の豊かさに心を奪われた人々と、島の誇りを守り抜こうという人々で島は分断している」と語る友人は、遠い沖縄へ思いをはせながら「僕らが声を上げても、遠く離れた米国本土にある中央政府には届かない。イエスかノーかという意思表示さえできない。少なくとも政府が耳を傾けてくれる沖縄はグアムよりも恵まれている」と複雑な心境を吐露した。

 スペインの支配下から米西戦争でアメリカの領土となったグアムでは、先住民のチャモロ人はチャモロ語を話すと体罰が加えられたりしたという差別的体験を持つという。「グアムは米領だけどアメリカの民主主義はもたらされなかった。心の底では誰も米軍基地の増強なんて望んでいないんだよ」。友人はそう説明しながら、軍需産業による経済的発展を願う大人たちに対し、祖先が残してくれた自然を守り抜こうと反対運動を展開する若者たちの間で島の歴史を学び直す動きが活発化していると話してくれた。

 戦争で島の自然が破壊されていく日々を見守ってきた星たちに願いをささげながら、進むべき道を模索し続けるグアムの人々。そんな島を見守る月は、今夜もため息をつきながら人々の足元を優しく照らし続けている。
(平安名純代ロサンゼルス通信員)

「東京新聞」より転載

*********

かつて、日本軍やアメリカ軍が勝手にやってきて、島の人たちやその自然を破壊してきた歴史を、私たちはどれだけ知っているだろう。観光地として、平和な時間が流れているその横で、今もさび付いた軍用車の下で、無名の民衆のおびただしい遺骨が残されているのではないか。そこにまた、巨大な軍事基地をつくるなど、許せることではない。

よみがえれ 死者たちよ 

語ってよいのだ 望みもしない 理不尽な死を迫られたその意味を 諸々の夢と希望を 未来への時間を あらがうことのできない力で 断ち切られた 怒りと哀しみを 

問うてよいのだ 国家とは 軍隊とは 戦争とはいったい何なのかと 

望郷の念を抱いた故郷の地 わが子を亡くした母の 嘆きの涙を測るものはない

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 5日 (月)

拷問メモ チョムスキー(5)

CIAの「拷問パラダイム」の実施は1984年に採択された拷問等禁止条約に違反していないとする議論もあり、少なくともワシントンによる解釈ではそうだ。アルフレッド・マッコイは、高度に洗練されたCIAパラダイムは、「KGBの最も破壊的な拷問テクニック」に基づいており、人々を植物化させて服従させるには効果が低いと考えられている稚拙な肉体的拷問ではなく、主に精神的拷問に集中していることを指摘している。レーガン政権は「条約の26枚の印刷ページの中でたった一つの言葉に注目し、四項目の詳細な外交的『保留条項』をつけて」、国際的な拷問禁止条約に入念な改訂を行ったとマッコイは書いている

「精神的」という言葉である。「複雑難解に構築されたこれらの外交的保留条項は、米国が解釈する限り、拷問の定義を変更し、CIAが多大な労力を払って洗練してきたテクニックそのものである感覚遮断や自虐的苦痛を除外することになった」。クリントンが1994年に国連の条約の批准を求めて議会にそれを送った時、彼はレーガンの保留事項を含め入れた。つまり、大統領および議会はCIA拷問パラダイムの中核を拷問禁止条約の米国解釈から外した。「これらの保留条項は国連条約に法的効力を与えるために制定された国内法で、一字一句変えることなく再現された」と、マッコイは述べている。これは「政治的な地雷」であり、アブー・グレイブのスキャンダルおよび2006年に超党派的支持を得て通過した恥ずべき軍事委員会法において「驚異的な威力で爆発した」。それゆえ、米政府が拷問を用いていたことが最初に暴露された後、憲法学教授サンフォード・レビンソンは、レーガンおよびクリントンが国際人権法を改訂して採用した「拷問に寛容な」拷問の定義の見地から見ると、この拷問はおそらく正当化される可能性があると述べている。<9>

ブッシュはもちろん、国際法の自明なる違反を認可したことでは前任者を凌ぎ、彼によるいくつかの過激な新措置は法廷によって無効とされた。オバマは、ブッシュと同様に国際法を遵守する我が国の揺るぎない姿勢を雄弁に表明しつつ、過激派ブッシュの措置を実質的に回復させようとしているようだ。重要な訴訟である2008年ブーメディエン対ブッシュでは、グアンタナモの囚人たちは人身保護法(ハベアス・コルプス)の権利がないとするブッシュ政権の主張を、最高裁は憲法違反であるとして却下した。

グレン・グリーンワルドはその後の展開を追っている。「世界中から人々を誘拐し」正当な手続きを経ずに収監する「権力を保持する」ことを求めて、ブッシュ政権は彼らをバグラムへ移送することに決め、「我が国の最も基本的な憲法による保証に基づいているブーメディエン裁定をまるでなにかふざけたゲームであるかのように扱ったのである。つまり、誘拐した囚人たちグアンタナモに飛ばせた場合は、彼らには憲法上の権利があるが、代わりにバグラムに飛ばせた場合は彼らは司法的な手続なしに永遠に姿を消されてしまうのだ」。オバマは「二句で、この問題に関する最も過激なブッシュの理論を受け入れることを宣言する準備書面を連邦裁判所に提出して」、ブッシュの立場を採用した。この準備書面ではタイやUAEで拐されたイエメン人やチュニジア人たちを問題にしているが、世界のどこからであろうとバグラムに飛ばされた囚人は、「グアンタナモでなくてバグラムに収容されている限りどような権利も一切なく無期限に収監される」と主張している。

3月に、ブッシュが任命した連邦裁判官は「ブッシュ/オバマの立場を却下し、ブーメディエンの理論的解釈は、グアンタナモに適用されるのとまったく同様にすべてバグラムにも適用されると裁定した」。オバマ政権は、この裁定に控訴すると発表したため、オバマの司法省は「行政権や正当な手続のない拘束の問題について、極度に保守的で行政権擁護を主張し、43代目ブッシュが任命した裁判官よりも右側に」正々堂々と位置づけられることになり、オバマの選挙公約や早期の立場を徹底的に裏切ることになった。<10>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拷問メモ チョムスキー(4)

歴史家アルフレッド・マッコイによると、過去60年間、世界中の被害者たちは年間10億ドルにも及ぶ費用で開発されたCIAの「拷問パラダイム」をも耐え忍んできたのであり、彼は、この方法がほとんど変わらずにアブー・グレイブで表面化したことを示している。ジェニファー・ハーベリーが米国拷問記録の洞察鋭い調査を「真実、拷問、アメリカ流儀」と題したことに誇張はない。ブッシュ一味のドブ底への転落を調査追及する人間たちが「テロリズムとの戦争を戦ってアメリカはその道を見失った」<6> などと嘆くのは、少なくとも非常に誤解を招く言い方である。

ブッシュ-チェイニー-ラムズフェルドの連中は、実は重要な革新を導入したのである。普通、拷問は下請け組織に請け負わせ、政府が設立した拷問室で直接アメリカ人によって実行されることはない。最も啓発的で勇気ある拷問の調査の一つを行ったアラン・ネルンは「オバマ(の拷問禁止)が鳴り物入りで排除したのは、現在アメリカ人によって行われているごく一部の拷問でしかなく、米国の後ろ盾で外国人によって行われている制度的拷問の大量部分は残したままだ。オバマは拷問を行う外国軍の支援を中止することができるのに、それをしないことを選んでいる」と指摘している。

オバマは拷問を行うのを禁止したのではなく、「単にその位置づけを変えただけだ」とネルンは見ている。典型的手法に戻したのだ。被害者にとってはどちらにせよ大した違いはない。ベトナム戦争以来、米国は主に外国人に報酬を支払い、武装させ、訓練をし、指導して、自国の拷問を代理人にやらせてきたが、普通はアメリカ人を少なくとも一歩は下がって控えさせるように注意してきた。オバマの禁止令は「『軍事的衝突』の環境の外ならアメリカ人による直接的拷問さえも禁止しないのであり、多くの抑圧的政権は軍事的衝突状態にないので、実際のところそのような場所でこそほとんどの拷問が発生するのである … オバマ政権は、フォードからクリントンへ続いたかつての拷問政権の状況への回帰である。この時代には、毎年、米国に支援されたもっと多くの苛烈な苦悶が、ブッシュ-チェイニー時代よりも多く生まれたのだった」<7>

時には拷問への関与はもっと間接的だ。南米専門家ラース・シュルツの1980年のある調査によると、米国の援助は「みずからの市民を拷問する南米の政府へ、…南半球でむしろ悪名高い基本的人権侵害者たちへと不均等に流れる傾向がある」ことが明らかになった。これには軍事援助が含まれており、必要性とは無関係に、カーター時代を通して行われている。エドワード・ハーマンによるもっと広範な研究で同じ相関関係が見つかっており、さらにある説明が示唆されている。驚くことではないが、米国の援助は、事業営業にとって有利な環境と相関しており、これは労働運動および農民運動の組織者や人権活動家の殺害、またはその他の同種の行動によって改善されるのが通常であり、結果として援助と言語道断な人権侵害との間の二次的相関関係が生まれている。<8>

これらの研究は、相関関係があまりにも明白だったのでこのトピックを研究する価値がなかったレーガン時代以前に行われたものである。そしてこの傾向は現在まで続いている。

過去を振り返るのではなく未来を見つめろと、懲らしめの棍棒を握る側にとって都合の良い教理で大統領が勧告するのは不思議ではない。だがそれで叩かれた側の人間たちは違った見方で世界を見る傾向があり、我々としては具合が悪いわけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊達判決

【コラム】筆洗
2010年4月4日

 <米軍の駐留は憲法九条に違反する>

半世紀前、歴史に残る判断が示された。憲法の教科書で必ず紹介される「伊達判決」である。

▼東京都北多摩郡砂川町(現立川市)の米軍の飛行場に不法侵入したとして、旧日米安保条約に基づく刑事特別法違反罪で起訴された被告に、東京地裁の故伊達秋雄裁判長は一九五九年三月三十日、無罪を言い渡した。

▼墨筆で書いた辞表を懐に判決に臨んだ裁判長の覚悟に慌てたのは、当時のマッカーサー駐日大使だった。判決翌日、藤山愛一郎外相と会談、東京高裁を飛び越えて最高裁への上告を促した。田中耕太郎最高裁長官とも密談している。

▼裁判は大使の思惑通りに進んだ。検察は最高裁に跳躍上告。最高裁は地裁に審理を差し戻し後に有罪判決が確定する。露骨な内政干渉の事実が明らかになったのは二年前、米公文書が機密指定を解除されたためだ。

▼外務省は元被告の情報公開請求に「記録がない」としてきた姿勢を最近やっと見直した。大使と外相が会談した事実を認め、速記録を元被告に開示したのだ。政権交代の大きな果実だ。

▼飛行場は七七年に返還され、昭和記念公園になった。百八十ヘクタールの敷地には三十一種類千五百本の桜があり、ソメイヨシノが満開だったきのうは二万人が訪れた。沖縄の米普天間飛行場の跡地に季節の花が咲き、市民を楽しませてくれる日も必ず来る。

「東京新聞」より転載

*********

事実をまっすぐに見つめ、自らの良心に基づいて判断し、権力に媚びることのない裁判官は、今の日本の司法には皆無かもしれない。

戦後の占領体制から今に至るまで、アメリカの内政干渉はずっと続いている。事態は、内政干渉などという生易しいものではなく、一貫してアメリカに隷属状態である。国民の目は、物の豊かさを求めて経済成長へと向けられ、米軍が駐留し続けていることからも、肥大化し続ける自衛隊からも、極力、目をそらさせるように仕向けられてきたのだ。よしんば、異を唱えても、安保のフタをかぶせられ、国民的な論議が巻き起こることはなかった。物質的豊かさの向上で、身の回りのしあわせを感じ、そこに安住し続けていけるような錯覚に陥ってきたのだ。

しかし、普天間基地移設が、再び、国民にアメリカと日本の関係を考えさせることとなった。米軍基地とは何ぞやと、問わなければならなくなったのだ。日本のどこに基地が要るというのだ。どこも要らないと言っているではないか。国民の意思は明白である。自分の郷土を提供してまで、米軍に駐留してほしいとは思っていないのだ。米軍は、日本の国民にとって、どこまでも厄介者だと思われているのだ。

すべての軍備をすて、紛争の解決に武力を行使しないと明言した平和憲法を、日本国の最高法規として、わたしたちは国民の手に取り戻さなくてはならない。アメリカという国から、米軍の基地からである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 4日 (日)

拷問メモ チョムスキー(3)

もちろん、これにはもっと都合のよいありきたりな表現があり、植民地入植者たちが「常に尊敬の念を抱いていた」にも関わらず先住民が「秋の枯葉」のように消えたのは「神の摂理」の働きだったと思い巡らしたジョセフ・ストーリー最高裁判事が、その一例である。<3>

西部の征服と移住は、確かに個人主義と事業的進取の気性を見せた。最も残虐な帝国主義の形である移住者- 植民地入植者の事業は一般的にその傾向がある。尊敬され影響力のあったヘンリー・カボット=ロッジ上院議員は1898年にその成果を歓迎した。キューバでの干渉を要求しながら、ロッジは「19世紀のどのような国民たちにも比類ない征服、植民地化、領土拡大」をしたわが国の記録を褒め称え、キューバ人もまた我々に来てもらい助けてほしいと懇願しているのだから、「今それを抑制すべきでない」と訴えた。<4> 彼らの懇願はかなえられた。米国は軍隊を送り、キューバがスペインから解放されることを妨げ、事実上植民地に変えてしまったのであり、それは1959年まで続いた。

「アメリカの理念」は、キューバの然るべき地位の回復のためほぼ同時に開始された驚くべき作戦行動によって、さらに明らかにされた。それは、反抗的な政府の打倒を促すようにその国民に制裁を加えるという、明白に組織された目的を持つ経済的戦争、侵略、「地上の恐怖(この任務を最高優先事項の一つとして担ったロバート・ケネディの伝記における歴史家アーサー・シュレジンジャーの言葉)」をキューバにもたらすためのケネディ兄弟の献身、そして全世界のほぼ一致した意見を公然と無視して、現在まで続いているその他の犯罪である。

キューバに民主主義をもたらす努力が失敗したので、「彼らのもとに来て助ける」別の方法を取るべきだと主張する自信満々の批判者たちがいるはずだ。このような批判者たちは、どうして目的が民主主義をもたらすことだったことを知っているのだろうか。証拠はある。我が指導者たちがそう主張したということだ。一方で反証もある。機密解除された内部記録だ。だがそれは単なる「歴史の誤用」として簡単に忘れ去ることができる。

アメリカ帝国主義の由来は1898年のキューバ、プエルトリコ、ハワイの支配権奪取にたどられることが多い。しかしそうすることは帝国主義の歴史家バーナード・ポーターが「塩水の欺瞞」と呼ぶ、つまり塩水を超えたときにのみ征服が帝国主義になるという考えに屈服することになる。というわけで、ミシシッピー河がアイルランド海に似ていたならば、西部への進出は帝国主義だったはずだ。ワシントンからロッジに至るまで、その冒険的事業に取り組んだ人々はもっとはっきりした理解を持っていた。

1898年にキューバの人道的介入に成功した後、神の摂理によって託された任務の次のステップは、フィリピンの「救出されたすべての人々に自由と文明の恩恵」を授与すること(ロッジの共和党の政綱の言葉)であり、その人々とは、残忍な虐殺とそれに伴う大規模な拷問やその他の残虐行為をかろうじて生き延びた人々であった。これらの幸運な人間たちは、新たに考えられた植民地主義的支配モデルに沿って米国が設立したフィリピンの警察隊に生殺与奪の権を握られることになった。この警察は、洗練された監視、威嚇そして暴力形態に対して訓練され装備された秘密警察隊に依存していた。<5> 似たようなモデルは、残忍な民兵組織やその他の傭兵隊を米国によって押し付けられた多くの地域で採用されており、その結果はよく知れ渡っているはずだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 3日 (土)

拷問メモ チョムスキー(2)

では「現実そのもの」、アメリカのごく初期の頃からの「理念」に目をむけてみよう。

「山の上にある町」という霊感あふれる語句は、1630年にジョン・ウィンスロップが考え出した文句で、福音書から借用され、「神が定めた」新しい国家の輝かしい未来を明らかにしている。その1年前に、彼のマサチューセッツ湾植民地領はその「国章」を確立した。それには、口からひとつの巻物を繰り出している一人のインディアンが描かれている。その巻物には「ここへ来て我らを助けたまえ」という言葉が見える。英国の植民者はそれゆえ善意ある人道主義者たちであり、異教徒の苦しい運命から救われたいという、みじめな原住民たちの嘆願に応えたというのである。

この「国章」は誕生の時からの「アメリカの理念」を視覚的に表わすものである。それは意識の深みから掘り起こし、あらゆる教室の壁に貼り出すべきである。また実際は在任中にもっと身の毛もよだつような犯罪のいくつかを画策し、忌まわしい遺産を残しながら、自分のことを「山の上にある輝かしい町」のリーダーであると満足げに説明した、残酷な殺人者そして拷問者ロナルド・レーガンに対する金日成(キム・イルソン)的なすべての崇拝の背景に、必ず現れているはずだ。

現在流行している言い回しを借りれば、この初期の「人道的介入」宣言はその後のこうした介入と結局のところ非常によく似たもので、実行者たちはそのことを自覚していた。初代の陸軍省長官ヘンリー・ノックス将軍は「北部諸州連合の最も人口の多い部分にいるすべてのインディアンたちの完全なる根絶」が「原住民のインディアンたちにとって、メキシコやペルーの征服者たちの行動よりももっと破壊的な」手段によって行われたと説明した。ジョン・クインシー・アダムズは、自分自身が経緯に重大な役割を果たしてからかなり時が経った後で「いつか神がそれに対する審判を行うと信じているが、この国の忌まわしい数々の罪の中でも…この残酷で不誠実な残忍性をもって我々が皆殺しにしている憐れな先住アメリカ人種」の運命を嘆き悲しんだ。残酷で不誠実な残忍性は「西部を勝ち取
る」まで続いた。神の審判の代わりに、この忌まわしい罪はアメリカの「理念」の実現に対する賞賛のみをもたらしている。<2>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 2日 (金)

拷問メモ チョムスキー(1)

◎ 拷問より悪いことが起きている:目をそらすな

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
オバマ政権に「チェンジ」を求めて投票した多くのアメリカ人は、戦争の正当性を擁護するオバマのノーベル平和賞受賞の演説を聞きながら、暗澹としたことだろう。反戦を謳った公約はどうなったのか。「Yes, we can !」に託された真の民主国家への可能性は、結局はまた裏切られたのではないか。帝国主義国家の構造と歴史を根底から分析し、「正義と自由」という大義名分の虚偽と欺瞞を暴露してきたノーム・チョムスキーは、オバマ当選直後から新政権の方向性について冷徹な分析と批判を提出してきた。彼の予想どおり、この 14日、最高裁はグアンタナモにおける拷問に対するラムズフェルドの責任を追及する「ラスール対ラムズフェルド」の訴訟を却下した。アメリカが自国の歴史を忘れている限り何も変わらない、とチョムスキーはこれまでに何度も訴えてきた。今年5月に掲載された「拷問メモ」に関する彼の洞察もまた、時間が経つにつれ、予言にも近い趣を増してきている。
(前書と翻訳:宮前 ゆかり、協力:藤谷 英男/TUP)
------------------------------------------------------------------
※凡例: 【訳注】、<著者脚注番号>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

拷問メモ
ノーム・チョムスキー
http://www.chomsky.info/articles/20090524.htm
2009年5月24日掲載

ホワイトハウスが公表した拷問メモは衝撃と憤慨と驚愕を呼んだ。衝撃と憤慨は当然のことであり、チェイニーとラムズフェルドがイラクとアル=カーイダのつながりを見付けようと躍起になっていたことを報告した上院軍事委員会の証言はとりわけそうだ。二人は後に、事実にはおかまいなく、そのつながりをイラク侵攻の口実にでっち上げた。陸軍の精神科軍医チャールズ・バーニー少佐は次のように証言している。「その期間のほとんど、私たちはアル=カーイダとイラクの間のつながりを確立することに専念していました。このつながりを確立できないことへの苛立ちが深まるにつれ、...手っ取り早い結果を出せるかもしれない手段への圧力がいっそう高まっていきました」。

すなわち拷問である。マクラッチー新聞社【訳注:米国の大手新聞社】の報道によると、尋問問題に詳しい元上級情報局員はさらに次のように付け加えた。「ブッシュ政権は、アル=カーイダと故サダム・フセインの独裁政権の間の協力関係の証拠を見付けるためにも収容者に手荒い手段を用いるよう尋問官たちに厳しく圧力を掛けた... [チェイニーとラムズフェルドは]アル=カーイダとイラクの協力関係の証拠を見つけるように要求した... 『情報局および尋問官に対し、収容者、なかでも私たちが確保していた一部の価値の高い人物から、その情報を得るために必要ないかなる手段でも用いよとの不断の圧力があり、その成果を得られないことが続くと、チェイニーやラムズフェルドの部下たちからもっと激しく責めるように求められた』」<1>

これらは、ほとんど報じられることがなかった最も重要な暴露だった。

政権の不道徳さや欺瞞についてのこのような証言は確かに衝撃的に違いないが、それにしても今回暴露された全体像に対する驚き方は意外だ。調査するまでもなく、グアンタナモが拷問部屋だったことは想像に難くないのがその直接の理由の一つだ。拷問の目的以外に、どうしてわざわざ囚人を法のおよばない所に、それも偶然にも、米国が武力でキューバに強制したある条約に違反して使用している場所に送るだろうか。安全保障上の理由が言われているが、真に受けることは難しい。秘密監獄や秘密引渡しも同様に推測され、その通りだった。

もっと大きな理由としては、拷問は全米の国土を平定した初期以来の日常的な慣行であり、ジョージ・ワシントンが「生まれたての帝国」と呼んだ新生共和国が帝国主義的事業を進めるにつれ、フィリピン、ハイチその他にまで広げられたものだからである。さらに、拷問は、他の列強の場合と同様に、米国の歴史を汚してきた侵略、恐怖政治、外国政府転覆、経済的扼殺などの幾多の犯罪の中では最も軽微のものである。従って、ブッシュの悪行に対する最も雄弁で鋭い批判者の一部でさえ、次のような反応を示したことは意外だ。例えば、我々はかつて「倫理的理想の国」だったのであり、ブッシュ以前には「我われ国民が体現するあらゆる価値をこれほど見事に裏切った指導者はなかった(ポール・クルーグマン)」といった言説である。ごく控えめに言っても、そのような一般の見方は相当歪曲した歴史観を反映している。

我々の「大義名分」と「行為」の不一致は時おり正面から取り上げられてきた。この作業に取り組んだ著名な学者の一人は、現実主義的国際関係論の創始者ハンス・モーゲンソーである。キャメロット【訳注:「神話的アメリカ民主主義」を体現するケネディ大統領黄金時代】の昂揚の中で書かれた古典的研究において、モーゲンソーは、米国には「超越的目的」があるとする標準的見解を展開した。その目的とは、国内で、そして「米国が目的を擁護し推進すべき活動領域は全世界に広がったのであるから」、あらゆる場所で、平和と自由を打ち立てることである。しかし良心的な学者として、彼は歴史の実録はアメリカの「超越的目的」と激しく対立することを認識していた。

しかし我々はこの矛盾に幻惑されてはならない、とモーゲンソーは忠告する。彼の言葉によると「現実の悪用と現実そのものとを混同」してはならない。真の現実とは、未だ達成されていない「国家目的」であり、それは「我々の心が映し出す歴史の証拠」によって明かされる。実際に起こったことは「現実の悪用」に過ぎない。現実の悪用を真の現実と混同することは、「同様の根拠で宗教の正当性を否定する無神論の誤り」と似ている。うまい譬えだ。

拷問メモが開示されたことで、他の人々がこの問題を認識することになった。ニューヨークタイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンは、米国のことを「大きいが、不完全な大国の一つに過ぎない」と結論づけた英国のジャーナリスト、ジェフリー・ホジソンの著書について書評を書いた。コーエンはホジソンの判断を支える根拠があることを認めながら、基本的にはそれは誤りであるとしている。その理由は、「アメリカは理念として誕生したのであるから、その理念を進展させていかなければならない」ということをホジソンが理解できていないからである。アメリカの理念は、「米国人の意識に深く」根づいている「霊的観
念」である「山の上にある町」としてアメリカが誕生したこと、そして西部開拓に示される「アメリカ的な個人主義と進取の気性という独自の精神」によって表される。ホジソンの誤りは「過去数十年におけるアメリカの理念の歪曲」、すなわち近年の「現実の悪用」に固執していることである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 1日 (木)

愛媛県に60億円  伊方プルサーマル

3月19日の愛媛県2月県議会最終日に阿部悦子議員が2010年度予算に反対討論を
した原稿を送ってくれましたので、ご紹介します。

   ******
プルサーマルと引き換えに愛媛県が受け取る60億円をめぐって

(核燃料地域交付金は県民の命を売り渡すもの)
 まず、定第40号議案、「愛媛県核燃料サイクル地域振興基金条例」に反対いたします。当基金は、MOX燃料の使用を前提に、県が作成する地域振興計画に基づいて交付されるもので、去る2月26日、経済産業大臣が承認し、60億円料が装荷されたことから、県に60億円が、交付されることになったものです。
 つまり、当基金はプルサーマルを始めたことで得たものであり、県民の命を売り渡すものに他なりません。

(疑惑が解消されないまま始まったプルサーマルの危険)
これまでも指摘したように、MOX燃料は核兵器の材料となるプルトニウムを混ぜたものである事、その燃料ペレットは、関西電力が問題ありとして、製造したメロックス社に突き返した同じ品質のものであること、そのMOX燃料と被覆官をもろくするといわれる高燃焼度燃料の併用は日本初、そのレベルにおいては世界初であること。使用済みMOX燃料は行き場もなく、永久に伊方にとどまると懸念されること、四電は耐震安全性の過小評価を繰り返して、居直っていることなど、安全性に関する大きな疑問が残っています。しかも、3号炉では、理由の分からない燃料棒の穴あきによる放射能漏れなどの異常が相次ぎ、県民の不安は大きくなるばかりです。

(愛媛県民はプルサーマルで「実験台」に!)
去る3月1日、私はプルサーマルに反対する各地の住民や有識者と一緒に、国の原子力安全・保安院交渉に参加しました。そこで私は、さらに大きな不安を抱えることになりました。安全・保安院の職員は、MOX燃料ペレットから出る揮発性不純物に関しては国の安全基準がないことを認めたうえで、「なぜ安全基準を作らないのか」という問いに対して「まだ実績がないので」と答えました。これは玄海原発や伊方原発でやってみてから基準を作るということで、私たち愛媛県民がMOX燃料の安全性の実験台になっているという事ではありませんか。ちなみに県はたびたび「MOXペレットの安全性は国が保証している」と答えてきたのです。国頼みのプルサーマルがいかに危険か、「永田町で仕事をする人にとっては愛媛や現地の人の命の重さなど考えたくもないものなのだ」と私は実感しました。
 
(「核燃料地域振興交付金」は事故と被曝が前提)
 ところで当交付金を受けるに当たり、県が作った地域振興計画の内容は、「原子力災害による緊急被ばく医療の充実」や事故時に備えての「緊急避難道路」「消防施設」の整備などです。事故が起こり、人々が被曝することが前提です。本来原発がなければ、さらにプルサーマルなど導入しなければ、いらない事業です。また県は「地域振興計画」のテーマを、「住民の安心・安全」と掲げていますが、まるで冗談かブラックユーモアではありませんか。八西地区に住む人たちを愚弄しています。

(伊方町へのこれまでの金のばらまき)
 これまでも「地域振興」と称して多くの税金が、「電源立地対策交付金」の名前で伊方町に投入され、その総額は、昭和49年度から平成20年度までで、150億6727万円に上ります。これに家庭や企業の電気代への助成や各種補助金をいれると、もっと膨大になるでしょう。そして、このお金で地域は活性化したでしょうか。

(「活性策」で人口と小中学校が減少した伊方町)
それどころか、県内で人口の減少率が最も高いのが伊方町です。少子化も進んでいます。0から4歳児までの人口は、昭和40年に約2200人でしたが今や400人を割っています。また小中学校の生徒数も昭和45年の約5千人から昨年は約800人へと減り、それに伴って小中学校数は昭和45年の32校から現在の12校に激減しています。
これが、40年間の地域振興策の実態です。現地に住む友人は、「多くの人が伊方を出て行った。残ったのは弱者と老人ばかり」と言います。
 四電も県もこれまで「原発は安全で、町が活性化する」と喧伝し強引に原発政策を続けてきました。道路は良くなり多くの箱物が作られましたが、学校は相次いで閉校になり町は寂れて子どもたちの遊ぶ姿は消えていきました。これが「地域振興」の姿でしょうか。

(住民から希望を奪うプルサーマル)
 今回の「地域振興交付金」をもらって始める危険なプルサーマルは、伊方や八幡浜をさらに寂れさせ人々から未来への希望を奪うことになります。その時、誰がどんな責任を取るのでしょうか。人が被ばくするような事故が起これば、60億円くらいのお金では済まないはずです。このような交付金は即刻返上して、プルサーマルを止めてください。今後は、今ある原発を安全に廃炉にすることにこそ税金やエネルギーが使わるべきだと思います。

(少ない環境予算と政策)
次に定第1号議案「平成22年度愛媛県一般会計予算」に反対します。今予算案にも、問題は多くありますが、環境問題で申し上げます。去る3月16日に政府は「生物多様性国家戦略2010」を閣議決定し、本年10月に名古屋で開かれるCOP10の議長国としてリーダーシップを取ることを宣言しました。翻って愛媛県の今予算では、生物多様性保全対策費はたったの91万円で、やる気が見えません。また、温暖化対策についても2月に県は「温暖化防止実行計画」を策定、2012年までに07年度比13パーセント削減を打ち出しましたが、そのための実効性の上がる新施策は何もなく、空しささえ覚えます。
「環境先進県」にはふさわしくない、今予算案に反対いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »