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2009年6月29日 (月)

コスタリカ会議

コスタリカ憲法「9条+12条」集会成功のための
カンパの呼びかけ

     日本国際法律家協会事務局長 弁護士 笹 本  潤

7月9日、10日に、コスタリカで日本の憲法9条と軍隊を廃止した憲法9条をテーマにした国際会議を開きます。
この会議は、日本の9条とコスタリカ12条の軍隊廃止の規定が現実政治に与えている影響を検証し、このような規範を各国が取り入れていくことが、世界的な平和や軍縮を促進するということをメインテーマにして、国連総会にそのような趣旨の決議案を提出することを目指します。

これは今まで取り組んできた「9条世界会議」やグローバル9条キャンペーンを現実政治に反映させるための重要な一歩になります。
6月に開かれた国際民主法律家協会(IADL)のハノイ大会でも確認されたように、今世界の平和を作っていく上で9条のような憲法を各国で取り入れるような働きかけを一層強めていく必要があります。

つきましては、今回は日本から法律家としては、笹本潤、梅田章二、杉浦ひとみが参加してきます。
海外からも、コスタリカ大統領、エクアドル副大統領、国際平和ビューロー、反核国際法律家協会、(軍隊を廃止している)パナマの法律家、コスタリカの法律家など多彩なメンバーが参加予定です。
これらの招聘費用や会場費に全部で100万円程度かかる予定です。
日本の法律家の方ではそのうち30万円ほどをカンパで補いたいので、
なにとぞカンパのご協力をよろしくお願いします。
                  2009年6月23日

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

平和憲法をいかして、地球の軍縮をすすめよう
憲法9条&12条会議 in コスタリカ

2009年7月9日(木)~10日(金)
プンタレナス、コスタリカ

日本国憲法第9条
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

コスタリカ憲法第12条
第12条 恒久制度としての軍隊は廃止する。公共秩序の監視と維持のために必要な警察力は保持する。
大陸間協定により又は国防のためにめみ、軍隊を組織することができる。いずれの場合も文民権力に常に従属し、単独又は共同して、審議することも声明又は宣言を出すこともできない。

会議の趣旨
 2008年5月の「9条世界会議」の成功から一年が経ちました。
この成果を引き継ぎ、発展させるための国際会議が、コスタリカのプンタレナス港に停泊するピースボート船上(オセアニック号)にて開催されます。
 「9条世界会議」で明らかになったように、日本国憲法の平和条項に盛り込まれた原則は国際平和メカニズムとして活かすことができるものであり、これを支持する国際運動は広がりをみせています。それは、紛争予防、軍縮、核兵器廃絶、開発、平和構築そして環境など、さまざまな地球規模の課題と関連しています。

 「憲法9条&12条会議in コスタリカ」は、昨年の「9条世界会議」の成果を踏まえながら、日本国憲法9条とコスタリカ憲法12条がもつ価値を、歴史的および現代的な視点、そして地域的文脈から明らかにします。日本国憲法9条は、東北アジアの安全保障の土台として考えられてきました。
コスタリカ憲法12条は、エクアドルやボリビアそして南米諸国連合(UNASUR)が憲法および憲法条約において平和条項をもつことを励まし、南米地域における平和への息吹をつくりだしました。日本とコスタリの平和憲法が、両国がその採択以来戦争に直接巻き込まれることを防いできたことにかんがみ、このような平和憲法をそれぞれの国において保持するとともに世界に広げていくための方法を議論したいと思います。
 さらに、現在の金融・経済危機とそれに伴う食料危機、また貧困と暴力紛争の世界的な拡大のなかで、「憲法9条&12条会議 in コスタリカ」は、両国の平和憲法と国連憲章第26条の関連についても着目します。国連憲章26条は、世界の平和と安全のために、軍備を規制し、世界の人的・経済的資源の軍備への転用を最小限にするためのシステムを作り上げることを求めています。
 軍隊を解体し軍事費を教育へと振り向けた実績をもつコスタリカは、2008年11月、国連安全保障理事会において集団的安全保障と軍備の規制に関する会合の開催を導きました。
 「憲法9条&12条会議 in コスタリカ」は、このようなコスタリカの取り組みを歓迎しつつ、その意義を検証します。そして、資源分配の優先順位を変えるために国家・地域・地球の各レベルにわたって取り組まれている努力をいかに発展させ、また相互に共鳴させることができるかについて、議論します。この会議は、軍事費を減らし、お金を、持続可能な開発と人間の安全保障のために回していくことを提唱します。そして会議の最後には宣言を採択し、地球規模の軍縮を促進するために平和憲法が果たす役割を認める国連決議を提案する予定です。

憲法9条・12条会議in コスタリカ
共催団体 ピースボート
      日本国際法律家協会
      日本反核法律家協会
      国際反核法律家協会ラテンアメリカ支部
  コスタリカ大学法学部
  グローバル9条キャンペーン
          
  (ほか調整中)

使用言語 英語(一部のみ日本語と西語の通訳あり)

問い合わせ先
ピースボート
Tel 03(3363)7561 Fax 03(3363)7562
pbglobal@peaceboat.gr.jp

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2009年6月28日 (日)

JVCブックレットシリーズ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
         NGOの現場が伝える世界の肉声。
        「JVCブックレットシリーズ」、刊行。
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■

日本国際ボランティアセンター(JVC)は来年で活動30周年を迎えます。これ
までの支援活動を通して、激動の時代を草の根の人々の視点から見つめてきまし
た。マスメディアを通しては伝わらない世界各地の問題をNGOの現場の視点か
ら伝え、多くの方々と一緒に考えていきたいと思います。
これらの記録の中に、21世紀の混迷を切り開くヒントが見えてくることを信じ
て、「JVCブックレットシリーズ」を刊行します。
JVC代表理事 谷山 博史

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●第1弾●
「イラクで私は泣いて笑う  ―NGOとして、ひとりの人間として―」
東京外国語大学大学院教授 酒井 啓子編著   966円(税込)
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イラク研究の第一人者である酒井氏が、NGOスタッフ、フリージャーナリスト
と対談。戦争で破壊された社会を生きる人々に、私たちは人間としてどう関わる
ことができるのか。混沌としたイラクの今を、生身の人間同士の付き合いから読
み解く一冊。
ISBN978-4-8396-0224-6

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●第2弾●
「ガザの八百屋は今日もからっぽ  ―封鎖と戦火の日々―」
JVCエルサレム事務所前代表 小林 和香子著   882円(税込)
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「昨日も夜中に突然子どもの名前を叫んで起きたの―」昨年末からイスラエルに
よる激しい軍事攻撃を受けたパレスチナ・ガザ地区。母親、子ども、現地NGO
スタッフ等の肉声を、支援の最前線から伝える。60年にわたって追い詰められて
きた人々の嘆きと願いを通して、パレスチナ問題の根源に迫る。
ISBN978-4-8396-0225-3

http://www.ngo-jvc.net/jp/notice/2009/notice20090618_booklet.html

■販売元:株式会社めこん

■ご注文・お問合せ:日本国際ボランティアセンター(JVC)
〒110-8605 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル6F
TEL 03-3834-2388/FAX 03-3835-0519
info@ngo-jvc.net
http://www.ngo-jvc.net

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2009年6月27日 (土)

ピースウェイブ2009 in高知

ピースウェイブ2009in高知のプログラムです。★ 【6月28日~8月23日 平和の波に乗りに行こ ピースウェイブ2009in高知 プログラム】
ピースウェイブ2009 in高知

「日本も戦争をしたんだね。でも、もうしないよね」
 主催:ピースウェイブ2009in高知実行委員会 事務局:高知市升形9-11 平和資料館・草の家 E-mail:GRH@ma1.seikyou.ne.jp
 電話:088-875-1275
 ファクス:088-821-0586
 後援団体:高知市/高知市教育委員会/(財)高知市文化振興事業団/高知新聞社/朝日新聞高知総局/毎日新聞高知支局/読売新聞高知支局/NHK高知放送局/RKC高知放送/KUTVテレビ高知/KSS高知さんさんテレビ

 ●6月28日(日)
 ピースウェイブスタートの集い
 時間/午後8時~
 場所/高知市の京町路上 内容/午後6時から
 京町・新京橋の商店街に平和七夕まつりの折鶴をつるした後、ピースウェイブの始まりを宣言します。テープカットと音楽の集い。 ● 6月28日(日)~7月31日(金)
 第27回平和七夕まつり 場所/高知市京町・新京橋
 共催/京町・新京橋商店街
 平和の願いを込めた100万羽の折鶴が飛びかいます (飾った折鶴を降ろすのは、7月31日午後6時~です)
 ●7月3日(金)~9日(木)
 第31回戦争と平和を考える資料展
 時間/午前9時半~午後5時(最終日 午後4時まで)
 場所/高知市立自由民権記念館(桟橋通4-14-3)
 内容
 高知空襲被災者が描いた絵・戦争に反対した人々と治安維持法・中国に行って確かめた大日本帝国の爪跡・高知の風船爆弾工場の少女たち・戦死した父や兄や弟たち・在日アメリカ軍と自衛隊は何をしようとしているのか・お国ことばで日本国憲法前文、イスラエルとパレスチナはどうなっているか。 入場料/無料
 
 ● 7月4日(土)
 高知市平和祈念式追悼集会(高知市主催)
 時間/午前10時~
 場所/「高知市平和祈念の碑」前(大原町の龍馬スタジアム入口)
 高知市空襲犠牲者追悼会 時間/午後1時 草の家出発
 場所/筆山嘆きの森(小雨決行)

 ● 7月4日(土)
 第15回アジアの人々が連帯する集い~盧溝橋事件72周年~ 私たちはなぜ祖国へ帰れなかったか?-「中国残留孤児」と呼ばれて
 時間/午後1時半~4時 場所/高知市立自由民権記念館研修室
 資料代/500円

 ● 7月5日(日)
 第26回反核平和コンサート2009
 時間/午後1時半~4時 場所/高知県立県民文化ホールグリーンホール(高知市本町4-3-30)
 内容/15団体が多彩な歌声、ダンスを
 入場料/一般800円、小中高校生500円

 ● 7月14日(火)~19日(日)
 第26回平和美術展
 時間/午前9時~午後5時(最終日 午後4時まで) 場所 場所/高知県立美術館県民ギャラリー(高知市高須353-2)
 内容/平和の思いを絵画、書、写真、彫塑などの作品に込めて
 主催/高知平和美術会、高知県革新懇

 ●7月20日(月・祝) 平和演劇祭 前進座の「銃口」
 時間/午後2時開演 
 場所/高知市文化プラザかるぽーと)
 内容/三浦綾子・原作。綴り方教育に熱心な教師が特高に逮捕されて…
 入場料/一般4500円、大学生以下2000円(当日500円増)

 ● 7月25日(土)
 ピースアクション・ユニセフのつどいinこうち
 時間/午後1時~3時半 内容
 (午後1時~) 高知市中央公園 ピースイベント(バトントワリング、太鼓) ユニセフの企画と展示などもあります
 (午後2時~) 高知市中央公園から商店街をピースウオーク
 主催/こうち生協

 ● 7月25日(土)・26日(日)
 第26回平和映画祭 「草の実」
 時間/①午前10時半②午後1時③3時半④6時
 場所/高知市立自由民権記念館民権ホール
 内容/長編ドキュメンタリー。戦争の時代、教壇を追われる230人の教師たち…
 入場料/1000円(当日1300円) 中学生以下無料

 ● 8月15日(土)
 8・15 戦争を語りつぐつどい
 時間/午後1時半~
 場所/高新文化ホール (高知市本町3-2-15、高知新聞放送会館7階)
 内容
 記念講演「向山(南国市)など戦争遺跡から見える高知平野の太平洋戦争」講師:出原恵三さん 
 報告・消滅させられた香美郡三島村、地図から消された広島県・大久野島の話など
 文化行事・平和のうた
 参加費/500円

 ● 8月22日(土)
 第3回掩体コンサート
 時間/午後6時~8時
 場所/南国市大湊小学校体育館
 午後5時から6時まで、旧高知海軍航空隊の格納庫を見学
 主催/掩体壕を文化財に推進する会など

 ● 8月23日(日)
 小夏の映画会「樺太1945年夏 氷雪の門」
 時間/時間/①午前10時②午後0時半③3時半④6時
 場所/場所/高知市立龍馬の生まれたまち記念館2階視聴覚室 (上町2-6-33)
 内容/内容/樺太にソ連が侵攻、10万人が終戦後に死亡しました‥‥
 入場料/カンパ
************************平和資料館・草の家
780-0861 高知市升形9-11

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2009年6月25日 (木)

アフガン取材を振り返って

今回の旅を振り返ってみる。まずアフガンへは8年ぶりだったので、まずは優秀な通訳とドライバー、安心して宿泊できるホテルを探さねばならなかった。旅の最後に、そうしたスタッフを確保できたのは、収穫だった。

カブールには入れるだろうと感じていたが、バーミヤンまで行けたのはラッキーだった。バーミヤンは治安が安定していて、むしろカブールのほうが危ないことが分かった。
カブール郊外のモジリーン避難民キャンプで出会った避難民たちの話によれば、米軍はかなりの頻度で空爆を行っている。村人たちは米軍の空爆と、それに反撃するタリバンの攻撃にさらされ、家を奪われ、家族を殺され続けている。

おそらくあの避難民キャンプから「ニュータリバン」が出てくるだろう。父や息子を殺され、人生に絶望したとき、最後に爆弾を体に巻きつけて、ISAFやアフガン軍に突っ込む人々が現れても不思議ではない。

タリバンとは何か? アルカイダの実態がつかめないように、今やタリバンはかつて01年までアフガンを実行していたタリバンではなく、戦闘にさらされた無数の村から、出現し始めている「武装集団」が、「ニュータリバン」だ。

イラクでもそうだったが、「テロとの戦い」は、新たな、それも以前より多数のテロリストを生み出してしまう。「テロリストが村に紛れ込んだ」「テロリストは小学校に隠れている」などの情報があれば、米軍は周辺を容赦なく爆撃していく。これでは1人のテロリストを殺すのに、10人の民間人が巻き添えになる。やがて巻き添えになった10人の家族の中から新たなテロリストが生まれる…。

テロ行為に対しては、警察力で臨むべきである。ブッシュのように無謀な戦争をすれば、それは武器を大量に消費するだけで、テロリストを根絶させることはできない。

オバマ大統領は「イスラムとの対話」を言う。現在のイランにも基本的に冷静に対応していると思う。ブッシュとは違い、その点は評価できる。
しかし同じ人物が、アフガンでは「テロとの戦い」を続けていくのだ。いや、続けるというより「より強行に戦う」つもりのようだ。

北風と太陽。イラク&イランには太陽で、アフガン・パキスタンへは北風。この矛盾をどう見る?

残念ながらここではまだ結論は出ない。ただ日米欧はいまや未曾有の経済危機である。「仕事があるなら軍需工場でも働かざるを得ない」「武器であろうが、宇宙兵器であろうが、輸出して経済を活性化させれば良い」などの意見も出てくるだろう。
日本のように格差が広がると、自衛隊が魅力ある職場に見えてくる。年金、健保、ボーナス完備。
米国の軍産複合体と、その株式を操る金融資本にとって、やはり「テロとの戦い」は続けていかねばならない。

オバマ大統領の評価は難しい。マイノリティである黒人、イラク戦争に反対する姿勢、原爆使用の責任を認める…。それでいて現在の戦争は続けていく。
オバマではなく「オバマ政権」として見ると、ヒラリーは軍産複合体から献金をもらっているし、ゲーツ国防長官はブッシュ時代からの横滑り。ガイトナー財務長官は、もっとも「サブプライムをあおった男」なのだ。

またアフガンの将来を展望することも、やはり難しい。8月に行われる大統領選挙では、おそらくカルザイが再選される。再選されてもイランのように混乱はしないだろう。選挙結果では混乱しないが、戦争は続く。

やはりたった2回のアフガン入りでは、まだまだ見えてこないものが多い。できるだけ早い機会に、またカブールを訪れることにしよう。モジリーン避難民キャンプが、そのときどうなっているか?イラクではようやく難民たちがバグダッドなどへ戻り始めている。さてアフガンはどうなるのだろうか?

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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カブール難民キャンプ

6月19日(金)、今日はカブール郊外の難民キャンプを再訪する。今日からの通訳はアブドッラーに交代。先日までの通訳オスマンの英語が分かりにくく、正確を期すためにアブドッラーを採用。彼はカブールに住んでいたが1990年代の内戦でカブールは戦場と化し、パキスタンに逃げた。イスラマバードで英語を覚え、カナダ系企業で働いてきた人物。カブールに来て10日目にしてようやく優秀な通訳に巡り会った。

アブドッラーの運転で「モジュリーン避難民キャンプ」へ。
先日訪問しているので、多くの人々が私を覚えていて、「金をくれ」と迫ってくる。
「まぁ待て待て、もう少し生活の様子を見せてくれ」とテントや泥でできた家を回っていく。地面にパンくずが落ちていて、そのパンくずにハエがたかっている。子どもがそのパンくずを集めて食べるまねをする。
「この子たちは今日の昼食もない。あのパンを食べるしかないんだ」。アブドッラーは淡々と語る。小さなテントがある。テントの前で男性がなにやら訴える。「このテントに14人寝ているそうだ」。たたみ8畳ほどの小さなテント。地面に一枚絨毯が敷いてあるだけ。ここに14人寝ているとは…。

電気はなく、水は井戸から。「トイレは?トイレはどうしているの?」。
「このキャンプにトイレはない。トイレはあそこだ」。アブドッラーが指差したのは、国道を挟んだ山腹。その山では羊が草を食べている。人間のウンチも羊たちが処理するのだろうか?アフガンでは女性は人前で顔をさらすことすら恥らう。女性が外で用を足すのは、(どこの国でもそうだが)非常に恥ずかしいことに違いない。「女性が用を足すときは、子どもたちが一緒についていって人垣を作り、女性たちはその中で用を足すんだ」。

取材を続けていくと、私たちの周りに大勢の人々が集まってきて、「金をくれ」「食べ物を恵んでくれ」と、パニックになりかける。
「分かった、分かった。金ではなく、食料を配るからここで待っていてくれ」。とその場を逃げ出す。お金は少数の人々にしか行渡らないし、そのお金をめぐってまた争うのは目に見えている。ここはいったん町へ出て、パンや米を買ってこよう。

カブールの下町で米、パン、食用油、野菜、お茶の葉、砂糖を買い出す。軽トラックに食料をつめ込み、再度キャンプに舞い戻る。
「おーっ、食料が来た」。どんどん集まってくる難民たち。またもや食料の分配をめぐってパニックになりかけるが、アブドッラーが必死の形相で整列させる。
「サンキュー、ジャパン!」子どもたちが笑顔でお礼を言ってくれる。まずは良かった。明日は世界難民の日。このキャンプの難民たちには国際援助はおろか、アフガン政府からの援助もない。世界にはこのような人々がたくさんいる。
このブログを書いているのは現地時間の午後8時半。今頃、あのテントの中で、パンや野菜を食べながら家族で団欒してくれているだろうか…。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月23日 (火)

バーミヤン大仏跡

6月17日午後2時、地雷撤去作業を取材後、いよいよ大仏跡に向かう。まずは西大仏、ビッグブッダから。西大仏の足元から頭上を見上げる。その高さ55メートル。もちろん世界一背の高い仏像だ。「すごいなー」と感心して見上げているとすぐに首が痛くなる。

2001年にタリバンがこの大仏を爆破したので、今は右足と左足の一部が残るのみ。かつては「大仏の体や頭」だったものが瓦礫になり、アフガン情報文化省がその「瓦礫」を保存している。

西大仏の足元には、いくつかの洞窟があって、その洞窟一つ一つに仏像が彫り刻まれ、美しい壁画が残されていた。ご丁寧にもタリバンは、洞窟の仏像をことごとく破壊し、壁画を消し去っている。
スンニ派イスラムでは「偶像崇拝」を禁止している。したがってキリストの壁画や仏像は存在するが、「アッラーの像」や「預言者ムハンマドの肖像画」は基本的に存在しない。タリバンは、そうした「偶像崇拝の禁止」思想で、こうした貴重な文化遺産をことごとく破壊したのだろう。「過激なイスラム原理主義」によって人類の宝物とでもいうべき貴重な文化遺産が破壊しつくされたのは返す返すも残念だ。

西大仏から東へ約800メートルほど歩くと、スモールブッダ、東大仏跡が現れる。この東大仏跡は今、足場が組まれ、これ以上崩れ落ちないように補強作業中。
東大仏の足元には狭い階段があって、上部に登れるようになっている。
狭くて急な階段を上る。階段を10数段上ると、踊り場が現れ、踊り場と大小さまざまな洞窟がつながっている。洞窟にはやはり仏像後と壁画跡。ご丁寧にもことごとく破壊している。

階段を上ること20分、やっと東大仏の頭上に出た。高さ38メートル。ビデオカメラを回しながら、頭上の狭い通路を歩く。高所恐怖症の人でなくても、かなり恐ろしい状況。
東大仏の目の辺りからバーミヤン渓谷を見下ろす。アフガンでは珍しく、緑にあふれ、農作業する人々が点のような存在。大仏様は何千年も、こうした人々の営みを見つめ続けていたのだ。

「『タリバンが破壊した』と報道されているが、破壊したのは『パキスタン・タリバン』だ。アフガン人は全て、このバーミヤンの遺跡を愛していた。パキスタンはアフガンが平和になって、強国になっていくのを阻止したいので、アフガンの象徴のような、この大仏を破壊させたんだ」とは、通訳のシャムスディーン。「タリバンの名を騙って」。シャムスディーンは世界の報道と現実は違うんだと主張。

いずれにせよ、貴重な仏像は失われたが、バーミヤン渓谷にそびえるこの遺跡群は一見の価値あり。早くアフガンが平和になって、多くの観光客が戻ってきてほしいものだ。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月22日 (月)

バーミヤンの地雷

本日無事バーミヤンからカブールに帰ってきた。カブールは2日前よりも警備が厳戒になっている様子。こちらではテロが結構起こっているので、軍と警察の姿が目立つ。 で、以下はバーミヤンの取材を簡単にまとめたもの。

6月17日午前7時、地雷撤去センターの職員、シャムスディーンが迎えに来る。目指すのは世界遺産の一つ「シャーリ・ゴルゴラ」。12世紀中ごろに、シルクロードの中間点であるこの町は栄え、バーミヤン渓谷を見渡せる小高い山に首都が置かれた。しかし、その首都はチンギス・ハーンの部隊に皆殺しにされてしまう。シャーリ・ゴルゴラは「嘆きの町」という意味だ。
小高い山のあちこちに洞窟が点在する。古代から中世にかけて、人々はこの洞窟で生活していたという。洞窟は山の内部でつながっていて、内部には部屋があり、人の生活跡が在るという。1979年旧ソ連軍がアフガンに侵攻。全土は旧ソ連軍対アフガンゲリラ(ムジャヒディーン)との戦場と化した。旧ソ連軍との10年にわたる戦争で、このシャーリ・ゴルゴラは地雷原となった。そして戦闘中に多くの不発弾が残された。
旧ソ連軍が去った後、1990年代はタリバン対北部同盟の内戦になった。この時もここは激戦地となり、双方が地雷を埋め、不発弾が地中に眠った。したがって今はシャーロゴルゴラに点在する洞窟の中に入るのは厳禁。洞窟内には地雷と不発弾がゴロゴロ転がっている。

「今年4月から、ここで地雷&不発弾撤去が始まった。俺たちは2ヶ月で約800個の地雷&不発弾を撤去した」。シャムスディーンが誇らしげに語る。
撤去作業員は、ここだけで60人いて、6つのチームに分かれて作業している。

防弾スーツとフルフェースのヘルメットをかぶり、撤去現場を取材する。
シャーリ・ゴルゴラの山の中腹で、地雷探知機がキーンと鳴る。金属が埋まっている。作業員は、慎重に石を取り除き、赤のペンキでマーキングする。全て手作業。めちゃくちゃ危険で勇気のいる作業だ。聞けば月給は約5千アフガニー程度(1万円)。命を張った危険な作業にしては不当に低いサラリーだ。この地雷撤去作業はユネスコが所管し、ATCというアフガン人NGOが実際の作業を行う。予算の約30%以上を日本政府が拠出している。インド洋で米軍に給油するのではなく、もっとこのような人道支援に予算を使ってほしいものだ。
「気をつけろ、地雷ベルトだ」。シャーリ・ゴルゴラの山の頂には軍事基地があって、その軍事基地に至る道に多くの地雷が埋まっている。バーミヤンは寒いので11月に入ると雪に覆われ作業できない。10月までにこの「地雷ベルト」から全ての地雷&不発弾を撤去する計画だ。ちなみにATCではこれまで22人が爆発に会い、8人が死亡している。10月までに全員無事で作業を終了できればいいが…。

「不発弾が見つかった。場所は…」シャムスディーンの無線に連絡が入る。30分後、現場に到着。現場はランドクルーザーでしか入れないような悪路を突っ切ったところにある普通の村の山腹。
不発弾は旧ソ連製の戦車砲か、RPG肩掛けロケット砲だった。作業員が慎重にダイナマイトを仕掛け、銅線コードを山のふもとまで伸ばす。「400メートル離れろ」作業監督が指示。監督はハンドマイクで叫ぶ。「みなさん、今から不発弾を爆破します」。羊飼いなどが近づいてきたら大変だ。
3、2、1。ドッカーン。大音響とともに煙が舞い上がり、無事撤去終了。こうした作業を毎日毎日、10月末まで繰り返すのだ。気の遠くなるような作業である。

ちなみにバーミヤンの大仏跡は、2005年に彼らによって完全に撤去された。
「日本のみなさん、バーミヤンの大仏は安全ですよ。どうぞ観光に来てください」。シャムスディーンがウインク。「1970年代までは約1万人の日本人がバーミヤンに来てくれた。日本に帰れば、バーミヤンは安全だ、と宣伝してくれ」。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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サロン金曜日の寺子屋

日時:6月27日 午後6時~7時10分

   場所:高知市中の橋通り・ダイヤパレス2階 208号室
       <よつばカウンセリング研究所の看板あり>

   テーマ:肉食禁止令を中心に牛のはなし

   講師:上田 孝道さん(1938年春野町生まれ)
       スローフード高知 会長
       (元高知県畜産試験場場長・獣医師)
       著作:肉牛の絵本(農文協)、和牛のノシバ放牧 など
       日常生活の中で見かけることのなくなった「牛」についての
       興味深いはなしが聞けます

*****

「サロン金曜日」は毎週、金曜日にサロンを開いて、戦争と平和を基調テーマにしながら、自由に語り合い、情報交換などをしています。好きな時にフラリと立ち寄って顔をのぞかせてみる、そんな人たちの集まりです。

今回、毎週のサロンに加えて、月1回のミニ学習会を行っていくことになりました。「サロン金曜日の寺子屋」です。県内の幅広い分野の方々を講師に迎え、生活文化や自然、政治、経済等いろいろなテーマで開いていきます。どなたでも、ご自由にご参加ください。

問い合わせ先  088-875-7571  まつお

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2009年6月20日 (土)

NHKBS1 負の遺産を越えて

科学技術の飛躍的進歩で明るい未来が開けていると20世紀が始まったころは
そう考えられていました。しかし、実際に起こったことは2度に渡る世界大戦で
あり、科学技術を応用した大量殺戮でした。
 
 その負の遺産を見つめる番組がNHKBSで放送されます。
 
 NHKBS1
 
 シリーズ 20世紀 負の遺産を越えて
 
 「セミパラチンスク 18年後の現実 ~カザフスタン核実験場跡~」
 6月22日  月曜深夜[火曜午前]  0:10~1:00
 
 カザフスタン共和国にある旧ソビエトのセミパラチンスク核実験場は、1991年の閉鎖から18年が経ちましたが、今も深刻な放射能汚染にさらされています。実験場から45キロの位置にあるサルジャール村を中心に、放射能被害をとらえ、なぜこの地で核実験が行われたのかを検証します。
 
 「ポル・ポト政権 大量虐殺の真相 ~元幹部・兵士たちの証言~ 前編」
 6月23日  火曜深夜[水曜午前]  0:10~1:00
 
 「ポル・ポト政権 大量虐殺の真相 ~元幹部・兵士たちの証言~ 後編」
 6月24日  水曜深夜[木曜午前]  0:10~1:00
 
 ベトナム戦争が隣国カンボジアまで拡大し、ベトナムよりも酷かったと言われる戦闘が繰り広げられました。1975年、アメリカの傀儡であったロン・ノル政権は、シハヌーク殿下とポル・ポト(サロト・サル)らが率いるクメール・ルージュ軍によって打倒されました。その直後、シハヌーク殿下を幽閉したポル・ポトは、都市の無人化、貨幣の廃止、家族の解体、知識人の抹殺といったた無茶苦茶な政策を実施し、水路の開削と新田開発でカンボジアの民衆を強制労働に駆り
たてました。そして多くの人々虫けらのように処刑しました。米の大増産を掲げたこの強制労働は、多くの人々を餓死に追いやりました。そして、隣国ベトナムと国境紛争を繰り返したあげく、1979年、ベトナム軍の侵攻によりポル・ポト政権は崩壊しました。
 身の毛のよだつような虐殺はなぜ起こったのか、それはどのようにして行われたのかをポル・ポト政権の元幹部や兵士たちが証言します。
 
 「アンゴラからの手紙」
 6月25日  木曜深夜[金曜午前]  0:10~1:00
 
 日本が一番最初に接したヨーロッパの国であるポルトガルは、最後まで植民地を手放そうとはしなかった国でした。ヨーロッパ諸国の中で一番貧しい国であったにもかかわらず、アフリカのアンゴラ、ギニアビサウ、カーボベルデ、モザンビーク、ゴア、東チモールなどを植民地として支配し続けました。その植民地支配に対して、アンゴラ、ギニアビサウ、カーボベルデ、モザンビークの人々は武器を持って戦いを始めました。激しい戦いが続き、この正義のない植民地支配のための戦争に疲れたポルトガルは、左翼軍人のクーデターで植民地を放棄しました。これによりアンゴラなどは独立を達成したものの、米ソ冷戦やアパルトヘイ
ト体制の南アフリカの干渉で政情不安と内戦が続きました。
 アンゴラは2003年まで27年間にわたって内戦が続きました。米ソ冷戦と南アフリカの干渉のためです。アンゴラの民衆はきわめて貧しくなりました。内戦終結から約3年を経たアンゴラを訪ねる番組です。

「アフリカ リベリア “女の内閣” 」
6月26日  金曜深夜[土曜午前]  0:10~1:00

アフリカ西部にあるリベリアは、エチオピアと並んで、ヨーロッパの植民地支配を受けなかった輝かしい歴史を持つ国です。しかし、その内実はアメリカから「帰国」した元奴隷の子孫が、先住の人々を支配する歪んだ政治体制でした。
両者の対立は1989年から内戦になり、多くの武装勢力が離合集散を繰り返して果てしない戦いを繰り広げました。多くの幼い子どもたちが武器を持たされて戦いを強制されました。大問題となった子ども兵士です。単なる権力争いでしかなかった内戦がやっと集結した2005年、女性大統領、女性警察長官、女性閣僚と女性がほとんどの内閣が誕生しました。内戦で男性の多くが死亡したことと、権力争いばかりを繰り返してきた男性に対する失望からです。瓦礫の山となったリベリアの再建に取り組む人々のの姿を追います。

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NHKBS2 ザ・ベストテレビ 

明日(6月21日)、NHKBSで、3つの見逃せない番組が一挙に放送され
ます。

NHKBS2
 
「ザ・ベストテレビ - 第3部 -」
(1:08)いのちの記憶~小林多喜二
(2:40) NHKスペシャル・米軍カメラマンが見たNAGASAKI
(3:45) HV特集・認罪~中国戦犯管理所

放送日  :6月21日(日)
放送時間 午後1:00~午後6:00(

http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=501&date=2009-06-21&ch=12&eid=5740

「蟹工船」の小林多喜二、原爆投下直後の長崎を撮影したアメリカ人カメラマン、
戦争犯罪を認識させる奇蹟を起こした撫順戦犯管理所を描く番組です。

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2009年6月19日 (金)

バーミヤン

6月16日(火)、カブールよりバーミヤンへ飛ぶ。午前11時半、国連機が離陸。乗客は国連職員と私のような「どこぞの馬の骨ジャーナリスト」で合計15人ほど。
カブール~バーミヤンはわずか30分と聞いていたので、機内ですぐに撮影の準備。バーミヤンに着陸するところをビデオカメラに収めるためだ。

離陸して30分、ヒンズークシュ山脈を越える。山頂には雪、ほとんど木が生えていない山肌に枯れ谷が峡谷を作っている。
行けども行けども同じ景色。やがて1時間経過。まだ着かない。「おかしいな、こんなに遠かった?」と感じ始めた頃、やがて機体は着陸態勢に入り、無事外の景色をカメラに収める。

着陸したが、何かおかしい。何人かは降りていったのだが、何人かは機内に残る。スチュワーデスに「ここ、バーミヤンでしょ?」と尋ねると、「ヘラートよ」。
ヘラートとはイラン国境に近いアフガン第3の都市。長い距離を飛んでいたはずだ。国連機はものすごい遠回りをして、バーミヤンにいくのだ。
気を取り直して(気を取り直しているのは私だけだが)ヘラートからバーミヤンを目指す。約1時間半のフライトで、ようやくバーミヤンに到着。

空港とは名ばかりの、何もない広場。滑走路は「地道」である。国連機といっても小さなプロペラ機であるが、このような悪路を無事着陸してくれる「けなげなヤツ」だ。

「空港」で、MACCA(アフガン・国連地雷撤去センター)のスタッフが待ってくれている。
車に乗ってしばらく行くと、「おーっ!バーミヤンや!」と思わず叫び声。
正確に言うと「バーミヤンの大仏跡」であるが、私にとっては、あのタリバンに破壊された大仏像が、「バーミヤンそのもの」なので、「バーミヤンや!」と叫んでしまったのである。
これだけ巨大な仏像を、3千年ほど前に作ったというのだから、にわかには信じがたい。西遊記でおなじみの三蔵法師がこの大仏を紹介して世界に知られるところとなった。
孫悟空や沙悟浄、猪八戒が出てきそうなロケーション。

大仏は2体あって、西大仏(ビッグブッダ)と東大仏(スモールブッダ)の間にも様々な仏像が彫られていたのだが、全てタリバンが破壊してしまった。
夕日に沈む大仏跡が美しい。アフガンの空はどこまでも青いので、その青がオレンジに変わり、「ブッダたち」が漆黒の闇へと消えていく。カンボジアのアンコールワットを見たとき以来の感動。

素晴らしい遺跡に囲まれた「世界の宝物」とでもいうべきバーミヤンだが、周囲は地雷原なのだ。明日は、その地雷撤去活動を取材する。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月17日 (水)

カブール赤十字

6月14日(日)、カブールは本日が週明け。事前にアポを取っていた、赤十字が運営する病院へ。この病院は1988年に「戦争被害者のための総合病院」としてオープンしたのだが、95年に戦争被害者だけでなく、全ての障害者、患者に向けて、治療&リハビリテーションを行う病院となった。
病院の敷地に入ると、「片足の男たちの群れ」が列をなして治療を待っている。地雷、戦闘、その他の病気…。病院内には、義足や車椅子を作る作業場、片足の人々が松葉杖で歩くリハビリセンター、病棟などがあり、それぞれ男女別に二つずつ作られている。
スタッフも障害者である場合が多い。地雷などで手足を失った人々に、わずかながらも職業に就けるようにしているのだ。
体のリハビリだけではなく、心、つまり精神的なケアにも力を入れているという。地雷などで障害を負ってしまうと、やはり家にこもりがちになるそうで、そんな希望を失いかけた人々を勇気付けるカウンセラーなども行っている。
アフガンでは女性にカメラを向けるのは非常に難しいのであるが、交渉してOKが出た。
2001年、9・11事件後の米軍による空爆で、片足を失った女性がいる。アフガン北部の村で農作業中の出来事だった。ブッシュ大統領が「テロとの戦い」を声高に叫び、テロリストにつくのか、正義につくのか、を迫った戦争で、普通の農民が死傷した。
以後8年間、彼女は不自由な体で子どもを育て、家事を続けている。

旧ソ連軍の地雷を踏んだ18歳の女性がいる。地雷を踏んだのは2歳のとき。学校にも行かずに、ずっと村の中で育った。リハビリのためにこの病院へ来た。
やはり地雷で片足になった36歳の女性。結婚後、娘ができた直後に踏んでしまった。夫と娘はドイツに亡命した。彼女は1人アフガンに残された。以後一人で生活しているという。

カブール市内で片足の人をよく見かけるが、ほとんど全てが男性である。昨日遭遇した「障害者の怒りのデモ」は全て男性だった。当然のことながら、女性も傷ついているはずである。健常者の女性でもあまり外へ出ないアフガンで、障害を負った女性はさらに社会参加が難しいようだ。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月16日 (火)

カブール旧市街

6月15日(月)、本日はバーミヤンまでの航空チケットを確保するため、国連オフィスへ。カブール~バーミヤンは陸路で9時間、空路で30分。最初、ランドクルーザーをチャーターして、陸で行こうと考えていたのだが、道中、とてつもない悪路で、運転手は行きたがらない。「タイヤパンクしたら150ドル追加だよ」「車体に傷が入ったら…」など条件がうるさい。途中で故障したら、おそらく誰も助けてくれない。
スケジュールに余裕があれば、地元民たちと「乗り合いバス」もいいのだが、道中が少し危険。9時間対30分という圧倒的な時間の差も考え、飛行機で行くことに。

往復で500ドル。ドバイ~カブールの往復チケットは、たったの250ドル。つまりわずか30分の国内便が、片道2時間半かけた国際便の倍の値段。「国連、ボッタクリや」と感じるのは私だけか?

チケットを買い、カブールの「デストロイドエリア」へ。破壊の街、カブール旧市街。この一角はことごとく破壊され、瓦礫の街となっている。
1989年、ゴルバチョフ大統領の登場とともに、旧ソ連軍が撤退。10年に及んだ旧ソ連軍とムジャヒディーン(アフガンゲリラ)の戦いに終止符が打たれる。誰もがこれでアフガンは平和になった、と感じたのも束の間、ムジャヒディーンたちはソ連の傀儡であるナジブラ政権にも攻撃を仕掛けた。ナジブラ政権が倒れ、今度こそ真の独立を勝ち取ったはずのアフガンで、今度はそのムジャヒディーンたちの間で内戦が始まった。
ラバニ、ヘクマティヤル、ドスタム、マスード。4つのグループがバトルロイヤルのようにカブールで戦闘。その結果、この街区はことごとく破壊されてしまった。
ちなみに、この果てしなく、かつ無慈悲な内戦を終わらせたのが、タリバンである。

破壊の街は、徐々にではあるが復活しつつあった。瓦礫と化した街ではあるが、ところどころ人の住んでいる気配がする。

その中の一軒にお邪魔した。この家が空爆されたのは12年前。一家はカブール郊外の村に逃げていたが、最近になって戻ってきた。壁のペンキを塗り替え、部屋を整理し、少しずつ修復している。現在は3家族15人がこの家に住んでいるという。
写真のご主人は、タクシー運転手として生計を支えているが、生活は苦しい。しかし何はともあれ、ふるさとの町カブール旧市街に戻ってくることができた。復興への道は険しく遠いが、希望の光も見えてきたようだ。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月15日 (月)

三菱重工道徳工場

前大戦末期に、国民学校(現在の小学校)を出たばかり、13歳、14歳の長選の少女たちを、日本に行けば女学校に上げてあげる、お腹いっぱい食べさせてあげる、給料もあげる、などと言って先生や校長を通じて勧誘し、名古屋には300人ほどのこのような朝鮮少女たちが連れて来られ、寮に入れられて三菱重工の道徳工場で軍用機の生産に従事させられました。

来て見ると誘われた時の言葉とは全く逆、給料はもらえず、女学校に上げてもらえるどころか、朝鮮人差別の中ですきっ腹を抱えての労働に明け暮れる毎日でした。敗戦前年12月に名古屋を襲って東海大地震で工場が倒壊し、6人の少女たちが命を落としました。

敗戦後、着のみ着のままで親元に帰されました。その際「給料は後から送るから」と言われましたが、未だに送られてきていません。

親元に帰っても、「勤労挺身隊は従軍慰安婦だ」という誤った認識が韓国では信じられていたので、勤労挺身隊として日本に行っていたことをまわりに言えず、結婚もままならず、結婚後夫に勤労挺身隊で日本に行っていたことが知られて家庭が破壊された方もいます。彼女たちの被害は戦時中にとどまらず、現在に至るまで、従軍慰安婦の皆さんと同じ苦しみを味わわされ続けています。

やっと1999年3月になって、国と三菱重工に謝罪と補償を求めて名古屋地裁に提訴しました。一審では被害事実を認めながらも。日韓請求権協定で個人の請求権は放棄されている、として敗訴。名古屋高裁の控訴審でも同様に敗訴しましたが、判決の中で、彼女たちの受けた被害は、強制連行という不法行為、強制労働という不法行為の結果であったこと、被告にはこのような不法行為の道義的責任は免れない、と判示されました。

最高裁に控訴しましたが、昨年11月11日に控訴棄却になり、名古屋高裁の判決が確定しました。

私たちは「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」を作って支援活動を続けています。最高裁に提訴してから、一昨年の夏以来、三菱重工本社のある品川で、毎週金曜日に抗議行動を行っています。東京および東京近辺の会員、名古屋からも毎回何人かが東京にやってきて、金曜行動に参加しています。品川駅港南口で午前8時半から10時までハンドマイクでの情宣とチラシ撒き、11時から12時まで、三菱重工本社入り口前で横断幕を広げてスタンディングを行っています。6月12日で90回になりました。

ソウルの日本大使館前で元軍慰安婦の皆さんが毎週行っている水曜デモに倣っての行動です。水曜デモは6月17日で870回になる筈です。金曜行動も韓国の支援者たちがソウルの三菱重工支店前で、日本と同じ時間に抗議行動をするようになり、一段と広がりができてきました。

残念ながら6月8日付けで三菱重工から「和解には応じない」との総務部長名のメモがとどき、怒りに燃えています。6月25日(木)には三菱重工の株主総会に向けて情宣活動、午後、国会議員さんにできるだけ来てもらっての院内集会、夜は市民集会を行い、今後の方向など模索しているところです。

原告の皆さんはもう80歳になるところで、入院されている方、車椅子の生活を余儀なくされている方など、一刻も早く解決しなければならないのに、三菱の冷酷な対応にはあきれるばかりです。三菱重工は社是に「誠実をもって旨とする」とし、企業の社会的責任(SCR)を果たすと日頃
公言していながら、どうしてこんな非人間的な回答が出せるのか、全く理解できません。

支援する会のホームページは
http://www.geocities.jp/teisintainagoya/
にあります。最終更新日2008年11月12日で、更新が
滞っていて申し訳ありませんが、よかったら覗いてみて下さい。

TRAO

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2009年6月14日 (日)

カブールでデモ

6月13日(土)本日は、ISAFの本部へ行き、ISAFの記者カードを申請する予定。うまくいけば従軍取材ができるかもしれない。
ホテルからISAF本部までは、カブール川をはさんで20分程度。タクシーを降りて、本部へと向かう。
「アラーアクバル」(神は偉大なり)。大音響とともにISAF本部の方向から、デモ隊が現れた。デモ隊は警官ともみ合いながらこちらへ向かってくる。

「これは撮影せねばならない」。すぐにカメラを回す。一瞬デモ隊に近づきすぎて射殺された長井さんのことを思い浮かべるが、そんなことは一瞬に吹き飛ぶ。片足の男たちが怒りの形相で迫ってくる。
後で聞いたが参加者は約130名。全てが戦争被害者とその家族である。銃を構えた警官たちの制止を振り切って、デモ隊は進んでいく。ダリ語なので何を言っているのかは分からないが、「仕事をよこせ」「軍隊はカブールから出て行け」などと叫んでいるのだ、と後でオスマンが解説してくれた。

アフガンの旗がはためき、時おりコーランの一説を唱和する。「ラーイラーハ、イッラーラー」(アラー以外に神はなし)。「アシュハド、アン、ムハンマド、ラスールッラー」(モハンマドは神の使いなり)などは理解できる。日本でいえば「麻生は退陣せよ」などのシュプレヒコールの合間に「南無阿弥陀仏」と唱えるようなものか?
しかし日本のデモと全然違うのは、その迫力。片足の男たち、車椅子の男たちが、こぶしを上げながら、時おり、警察が路上に置いたカラーコーンを松葉杖で蹴飛ばしながら、鬼のような形相で「障害者にも仕事を与えろ!」と叫ぶのだ。私たち日本人が忘れかけている「抗議行動の原点」がここにあった。

デモ終了後、幾人かにインタビュー。その中の1人、ハザラ人のホスマンドさんは一見すると、中国人のようである。
「20年前に地雷を踏んだ。俺は47歳、家族を養わねばならない。地雷?おそらく旧ソ連軍が仕掛けていったんだろう。俺の村は地雷原になったよ。政府は月に700アフガニー(約1500円)の手当てをくれるだけだ。これでどうやって生活できる?日本人に言いたいこと?そうだね、軍隊に援助せず、俺たちのような住民を助けてほしいよ」。
日本がインド洋で米軍に給油していることは、ほとんど全てのアフガン人に「ばれてしまって」いる。米軍に給油する金があるなら、俺たちに回してくれ!という切実な声。
20年間、義足なしで生活してきた彼の手のひらには、松葉杖を使い続けたための「タコ」ができている。30年近く続いてきた戦争。
ホスマンドさんの赤く固まった手のひらが、その苦難の歴史を物語っている。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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アフガン カブール

カブール郊外 避難民キャンプを訪問
2009年6月11日 21:41 nishitani

6月11日、記者証をゲットしたので、軍・警察関係以外のところには、大抵取材できるようになった。在アフガン・日本大使館に感謝である。
さて、まず訪れたのがカブール郊外の「モジュリーン避難民キャンプ」。カブール北西、数キロのところ、国道沿いに薄汚れたテントと泥でできた家が広がっている。その数150張以上。一つのテントに一家族。小さな子どもが多く、一家族に10人以上いるらしいので、避難民の数は1500人以上になる。
「ユニセフ」と大書されたテントがあるので、大家族が住んでいるのかな、と思ったら、なんとそのテントは学校だった。ここアフガンは厳格なイスラムなので、テントも男子小学生、女子小学生用に分かれている。
ノートを持った子どもがいる。「名前かけるか?」と尋ねたら、小さな手でたどたどしく自分の名前を書いてくれた。

そんな取材を進めていたら、「俺が案内する」と、エネルギッシュな男性。彼はウルズガン州から逃げてきた。
「なぜ逃げてきたの?」。アメリーキー、アメリーキーと叫ぶ。「2年前、アメリカ軍の空爆で村が壊滅した」。通訳のオスマンが説明する。「なぜアメリカはあなたの村を襲ったの?」「村はタリバンに支配されている、という理由だ。でも村にはタリバンはいない。俺たちは普通の農民だ」。
彼によるとアメリカの空爆は3~4年前から執拗に繰り返され、2年前の空爆がひどかったので、村を捨ててここへ逃げてきたとのことだ。

テントと泥でできた難民の家を縫うようにして進む。大きな穴を掘っている男性がいる。
「何で穴を?」「井戸を掘っているんだ」。手掘りで井戸を掘る男性。きれいな水が不足しているのだが、いまどき手掘りで水脈までたどり着けるのだろうか?
泥をこねて家を作っている男性たちがいる。たくさんの人々が逃げてくるので、「新避難民」にはテント、そして「旧避難民」にはテントより少し居心地のよい泥の家に昇格するようだ。
「これを見ろ!こんなパサパサのパンをこうして毎日食べているんだ」。男性は干からびたパンに水をかけ、「浮やかして」食べる様子を再現する。テントの外にはビニールゴミが散乱する。「これはゴミではない。このビニールを燃やして調理している」。ゴミと思ったのは「燃料」だった。バグダッドのゴミ処分場に住みつく難民たちも、同じように生ゴミを燃やして調理していたなぁ。
「このテントは昨日建てた。この家族は昨日ここに逃げてきたばかりだ」。テントの中には女性がいて、撮影不可。アフガンでは女性にカメラを向けることができない。

この避難民キャンプができてすでに2年が経過している。国連からも政府からも何の援助もない、と避難民たちは言う。「でもUNHCRと書いてあるテントがあるやん?」と聞けば、あのテントやビニールシートは、別の難民キャンプからの横流し品だ、と言う。「ノーフード、ノーヘルプ」。唯一の援助は、近隣住民からのイスラム的な寄付だけ。学校は誰が運営しているのか?なぜ政府やNGOの援助が届かないのか?そういったことを取材しようとしていたときだった。

バリバリバリ。耳をつんざく音がして、軍用ヘリがこの避難民キャンプをめがけて低空飛行してきた。「危ない!撃たれる!」。
慌ててキャンプから逃げ出す。ヘリは低空で旋回した後、またカブールの方向へ飛び去っていった。「アフガン政府のヘリだ」とオスマン。なぜヘリが?と聞くも、「分からない」。
避難民の中にタリバンがいると考えているのだろうか…。

私にとっては意味不明の「威嚇行為」だが、こうしたことは日常茶飯事なのか、避難民たちはまた普通の生活に戻っている。「俺たちは普通の農民だ」という避難民。そして「こいつらはタリバンの疑いがある」とキャンプを威嚇する政府のヘリ。いったいどちらが正しいのだろう。私には彼らは「普通の農民」に見えた。しかし長年アメリカの空爆が続いたので、「普通の農民」たちの中に、「報復の炎」が燃え上がっているのも、また事実なのだ。
「テロとの戦い」。米軍が行う「無差別爆撃」によって、新たなテロリストが生まれている。こんなことを繰り返すのは、いわば「無限地獄」なのである。

オバマ大統領は、「イスラムとの対話」を言い出した。これは正解である。対話こそが解決の道。しかし現実にカブール郊外で行われているのは、対話ではなく、「威嚇」である。
オバマ大統領には二つの顔がある。ジキルとハイド。「核兵器をなくすべき」と演説する彼が、「テロとの戦い」を進める。なんというダブルスタンダードなのだろうか。

西谷文和「イラクの子どもを救う会」より転載

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2009年6月11日 (木)

ポーランドの20年

私が小学生だったころ見たテレビのスピーカーからは、「れんたい」とか「ぽーらんど」、「われさ」という言葉がよく聞こえました。画面には、たくさんの人たちが集まって叫んでいる様子が写しだされていました。
 
 1980年、悪化する生活と政府の抑圧に耐えかねたポーランドの労働者たちが、御用労働組合とは別の自主的労働組合「連帯」を結成し、ストライキを行いました。東欧民主化革命の口火が切られました。
 
 1989年、政府の弾圧に耐えて政治組織となった「連帯」は自由選挙で圧勝し、政権の座に就きました。しかし、それから20年間のポーランドは、脱社会主義化による混乱と失業増、インフレ、NATO加盟、イラク戦争、EU加盟に揺れ続けました。今は金融危機で揺れています。
 
 民主化されても苦難の連続だった20年間のポーランドを描くドキュメンタリー番組はNHKBSで放送されます。
 
 NHKBS1
 
 「ポーランド 大国支配からの脱出 ~“連帯”勝利より20年~」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090613.html
 
 6月13日  土曜日  午後11:10~翌0:00
 
坂井貴司

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2009年6月10日 (水)

日米同盟の正体 迷走する安全保障

驚愕の本がまたひとつ出た。元駐イラン大使であり現防衛大学校教授の孫崎享氏の手による「日米同盟の正体 迷走する安全保障」(講談社現代新書)という近刊書である。

 この本の何が驚愕なのか。それは、日本を守ってくれているはずの日米安保体制(日米同盟)が、国民の知らない間に、完全に米国の戦争協力の道具に変えられてしまっている現実を白日の下にさらしたからだ。

 この本の何が驚愕なのか。それは、国会承認条約である日米安保条約が、2005年10月29日の「日米同盟:未来のための変革と再編」という一片の行政合意で、いとも簡単に否定されてしまった事を国民に教えたからだ。法秩序の下克上だ。

 この本の何が驚愕なのか。それはもはや米国にとっての唯一、最大の脅威は、中東の「テロ」であり、これからの日米同盟とは、米国の「テロ」との戦いに日本がどうやって協力させられていくかという事でしかない、その事を明らかにしたからだ。
 
 この本を書いた孫崎氏はキャリア外交官として任期をまっとうした元外交官だ。国際情報局長という幹部職を経歴し、駐イラン大使を最後に退官した後は、防衛大学校へ天下って今日に至っている人物である。その経歴を考えるとまさしく権力側に身を置いて、権力側について飯を食ってきた要人である。日本政府の安全保障政策を担ってきた一
人である。その彼が、日本の国是である日米安保体制の正体を明らかにし、もはや日米同盟は空洞化していると公に宣言したのだ。これを驚愕と言わずして何と言うのか。

「天木直人のブログ」より

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2009年6月 8日 (月)

憲法99条の存在

日本国憲法 第10章 最高法規

99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。

憲法は国政に関わる人々に対し、前文および98条まで書かれた日本国憲法を守る義務を負うという倫理規定を、最後の99条で明文化しています。

日本国憲法は、主権が国民に存することを宣言し、国政は国民の信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その福利は国民が享受すると明記されています。さらに、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認しています。

 平和のうちに生存するために、戦争の放棄を定め、国民に保障する基本的人権は侵すことのできない永久の権利として国民に与えられています。すべての国民が健康で文化的な生活を営む権利を有することを憲法が保障しています。

 しかし、現実の国民の生活は、憲法が明記しているものとは大きな隔たりがあります。軍備は増強され続け戦争への不安をかきたてられています。いつでも首きりができる派遣労働のシステムで、労働する権利さえ奪われています。教育を受ける権利は、貧困家庭では保障されず、教育現場ではたくさんの不登校があります。医療・福祉の予算は削減され続けて、国民の命がけずられています。

 憲法に掲げられた崇高な理想と目的を達成することをめざして、私たちは国会議員や政府に国政を信託してきました。憲法を守って行動することを前提とし自明のこととして、国政を担うことを認めてきたのです。国家は、一人ひとりの国民に向かい合った時には、膨大な権力をもつが故に、国民の権利を侵害しないよう、国の最高法規である憲法で、その規範を定めました。そこには、旧帝国憲法に対する深い反省がこめられています。
 しかるに、99条に書かれている、憲法を尊重し擁護する義務を負った人たちは、日本国憲法が制定されて以降、どこまでその義務を果たしててきたのでしょうか。国民に対し、誠意をもって憲法を尊重し擁護してきたのであれば、現在のようなあまりにも大きすぎる格差社会で、生存さえも脅かされるような状況にはなっていないはずです。

 今こそ、私たち国民は、憲法99条を前面に打ち出して、憲法を守る義務を負ってきた人々に対し、その責任を問わなくてはならないと思います。そして、その言葉と行動から目をそらさず、憲法を尊重しようとしない者に権利を与えることのないよう見守っていかなくてはならないと考えます。国政は、国民の信託によるものであって、その権威は国民にあることを、私たち国民一人ひとりが胸に刻み続けることを確認しあいたいと思います。

mm記

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NHKBS「戦の内傷跡」

NHKBSで、「戦の内傷跡」シリーズが放送されます。
 
 「外国の軍隊に殺されるよりも、自国の軍隊に殺される数が多い」内戦の傷跡をパレスチナ、旧ユーゴスラビア、ルワンダ、スーダンで取材した番組です。
 
 NHKBS1
 
 シリーズ 内戦の傷あと
 
 「ガザに死す~英国人カメラマン 最後の映像~」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090608.html
 6月8日 月曜深夜[火曜午前] 0:10~1:00
 
 2003年5月、パレスチナのガザでイスラエル軍に射殺されたイギリス人カメラマンのジェームズ・ミラーが撮影した3人のパレスチナ人の子供のルポです。
 
 「引き裂かれたイレブン ~旧ユーゴのサッカー選手たち~」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090609.html
 6月9日  火曜深夜[水曜午前]  0:10~1:00
  
 1999年、サッカーのヨーロッパ最強国を決める大会「ユーロ2000」の予選で、ユーゴスラビアとクロアチアの代表チームが内戦後、初めて対戦しました。試合には、かつて「黄金世代」と呼ばれた旧ユーゴスラビア最後の代表チームのメンバーだった選手たちが、敵同士となって出場しました。ユーゴ内戦で引き裂かれたサッカー選手たちの姿をとらえた番組です。
 サッカー日本代表の監督をつとめたイビツァ・オシムも出演します。
 
 「裁かれる戦争犯罪 ~旧ユーゴ国際戦犯法廷~」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090610.html
 6月10日  水曜深夜[木曜午前]  0:10~1:00
 
 1999年、旧ユーゴスラビア内戦で行われた民族浄化の最高責任者とされた旧ユーゴ連邦の元大統領、スロボダン・ミロシェビッチを、旧ユーゴ国際戦争犯罪法廷(ICTY)が起訴し、裁判にかけました。
 歴代検察官、裁判官たちのインタビューを通じて、ユーゴ内戦の戦争犯罪を裁くことの意義を描きます。
 
 「元PKO部隊司令官が語るルワンダ虐殺」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090611.html
 6月11日  木曜深夜[金曜午前]  0:10~1:00
 
 ルワンダ大虐殺の最中、1000人の難民を救出した高級ホテルの支配人を描いた映画「ホテル・ルワンダ」の中で、国連PKO部隊のカナダ人司令官が登場します。
そのモデルになった人物が、国連ルワンダ支援団のロメオ・ダレール司令官でした。「80万人が虐殺されるのを傍観するしかなかった」と語るダレールは、虐殺から10年後、ルワンダを再訪し、殺戮の舞台になった場所を歩きます。

 「潜入ルポ ダルフール 隠された真実」
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/080519.html
 6月12日  金曜深夜[土曜午前]  0:10~1:00
 
 史上最悪の人権侵害とされるスーダン南部ダルフール地方の虐殺を、フランスの取材班が、危険を冒して現地に入って記録したルポです。
 スーダン政府軍とアラブ系武装組織ジャンジャウィードが一体となって、アフリカ系住民を虐殺し、追放している実態を暴きました。そして、スーダン南部の石油利権獲得を狙う中国が、武器供与と資金援助でこの殺戮を支援している事実も明らかにしています。

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2009年6月 6日 (土)

元イスラエル軍将校

他人の痛み感じる心を/元イスラエル軍将校 県内戦跡巡り/加害行為を内部告発

 「フェンスで隔てられた米軍と沖縄は、分離壁で隔てられたイスラエルとパレスチナのようだ」。元イスラエル軍将校としてパレスチナ占領政策にかかわったノアム・ハユットさん(30)が、日本各地を巡る旅の最後に沖縄を訪れた。(平島夏実)

 ハユットさんも出演したドキュメンタリー映画「沈黙を破る」の土井敏邦監督(56)から「広島・長崎もいいがぜひ沖縄を」と勧められ来沖した。土井さんは「被害国としての日本よりも、沖縄を犠牲にして成り立つ加害国としての日本を見てほしかった」と理由を語る。

 ハユットさんは19歳でイスラエル軍に入隊。パレスチナ人が数十年かけて育てたオリーブの大木を、ブルドーザーで次々になぎ倒した。号泣する老人をみて初めて、イスラエルの「治安維持」政策がパレスチナ人の生活そのものを破壊することだと気づいたという。

 ただ、その後は「何も感じず何も考えないように」ひたすら命令を実行した。将校として部下を従えパレスチナ人の民家を占拠するなど、約5年間、軍隊生活を送った。

 退役後は「怪物だった自分」と向き合うため、占領地での加害行為を内部告発する元イスラエル軍の将兵グループに参加。大学で生物学を学ぶ傍ら写真展や講演会を開き、占領政策の実態を国内外に発信してきた。

 ハユットさん一行は4日、読谷村のチビチリガマや糸満市摩文仁の平和祈念資料館を訪れた。一般住民が日本軍により「集団自決(強制集団死)」に追い込まれたことや、戦後の安保体制のなかで沖縄に米軍基地が集中していったことの説明を受けた。「安全保障」を名目に人権が無視される怖さを実感したという。

 ハユットさんは「ネバー・アゲインという気持ちはユダヤ人のホロコースト記念館も同じだが、イスラエルでは学校教育の段階でパレスチナ人への視点が抜けている」と指摘。土井さんと二人で「平和の礎に刻まれた約24万人も、ひとりひとりが家族を持つ個人。他人の痛みに想像力を持つことが大切」と話し合った。

 ハユットさんら多くの青年退役兵の告白をつづった映画「沈黙を破る」の県内公開は、7月18日から那覇市の桜坂劇場で。

「沖縄タイムス」6月6日

*****

沖縄での24万人の死。あまりにも多すぎる数字の前で、人間一人ひとりの死が見えなくなる。

先日、ドキュメンタリー映画「ひめゆり」を見た。沖縄戦の全容の一端を知った。かろうじて、生きることのできたひめゆり学園の語り部を通して、戦時における人間の生と死の現実が迫ってくるものであった。そこでは、まさに、人間ひとりひとりの心と体のはげしい痛み、断末魔の苦しみが私の中で立ち上がってきたのだ。

戦争を知らない私たちは、この映画をどうしても見なくてはならないと思う。なぜ、沖縄戦に至ったのかを問い、ひどすぎる地上戦の延長上に、現在の米軍基地に囲まれた沖縄がある現実を見なくてならない。ブルドーザでなぎ倒された畑地と沖縄人の涙の上に成り立っている米軍基地である。

破壊と殺戮を生業とする職業軍人たちは、仕事と命令の名のもと、人を殺してもその責任を問われることはない。それどころか、人を殺してまだその上に給料までもらうのだ。軍人といえども、良心ある者は平和な日常にたち戻ったときには、自らの行いのおぞましさに気づくことになる。自分の人間性にも他者の人間性にもフタをしなければ、生ていけない軍隊というものの存在を、私は決して認めることはできない。

mm記

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サロン金曜日の寺子屋

日時:6月27日 午後6時~7時10分

   場所:高知市中の橋通り・ダイヤパレス2階 208号室
       <よつばカウンセリング研究所の看板あり>

   テーマ:肉食禁止令を中心に牛のはなし

   講師:上田 孝道さん(1938年春野町生まれ)
       スローフード高知 会長
       (元高知県畜産試験場場長・獣医師)
       著作:肉牛の絵本(農文協)、和牛のノシバ放牧 など
       日常生活の中で見かけることのなくなった「牛」についての
       興味深いはなしが聞けます

*****

「サロン金曜日」は毎週、金曜日にサロンを開いて、戦争と平和を基調テーマにしながら、自由に語り合い、情報交換などをしています。好きな時にフラリと立ち寄って顔をのぞかせてみる、そんな人たちの集まりです。

今回、毎週のサロンに加えて、月1回のミニ学習会を行っていくことになりました。「サロン金曜日の寺子屋」です。県内の幅広い分野の方々を講師に迎え、生活文化や自然、政治、経済等いろいろなテーマで開いていきます。どなたでも、ご自由にご参加ください。

問い合わせ先  088-875-7571  まつお

saron.kinyoubi@ymail.plala.or.jp

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2009年6月 4日 (木)

憲法審査会

緊急のお願い:憲法審査会の始動に反対するFAX(与党理事・
委員への抗議と野党理事・委員への激励)を

憲法審査会始動の動きが衆院議院運営委員会で重大局面を迎えて
おります。この間、国会内外の力で食い止められてきた憲法審査会の「規程」制定問題について、2日の衆院議院運営委員会理事会で自民党は、9日の同委員会で自由討議、11日の本会議で規程案を採決という提案をしました。野党は同調せず、協議継続になっていますが、自民党は与党単独でも強行する姿勢です。国会会期は延長されたとはいえ、いつ解散になるか分かりません。与党は早期に議決したいとしています。
憲法審査会が始動すれば、改憲案を議論することが可能になります。
以下に、本日の「赤旗」紙の「自民党/憲法審査会始動狙う/規案、
11日採決を提案」という記事を紹介致します。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-06-03/2009060301_04_1.html
事態は緊急です。与党の議員運営委員に抗議のFAXを。野党の委員には激励のFAXを、緊急にお願いします。
なお、9日(火)12:00から、この問題と海賊新法で国会デモを行います(日比谷公園霞門集合)。転送・転載にご協力下さい。

   1. 国民が改憲を望んでいない下で強行採決した改憲手続き法は抜本的に再検討されなくてはならない。
   2. 憲法問題を強行採決するという憲法審査特別委員会での与党の姿勢は重大な反省が必要だ。
   3. 18項目もの付帯決議が付いた改憲手続き法は欠陥立法だ。出直せ。
   4. 与野党の合意がない下で、いま、憲法審査会を始動する緊急性は全くない。
 5.憲法の改正に関わる重大問題を与党だけで強行採決するのは間違いだ。

などが私たちの主張です。

衆院議院運営委員会名簿 (FAX)
委員長 小坂 憲次 自民 03-3502―5120
理事 今井 宏 自民   03-3508-8966
理事 小此木 八郎 自民  03-3593-1774
理事 小野寺 五典 自民  03-3508-3912
理事 高木 毅 自民    03-3508-3506
理事 平沢 勝栄 自民   03-3508-3527
理事 渡辺 博道 自民   03-3597-2728
理事(筆頭) 玄葉 光一郎 民主  03-3591-2635
理事 渡辺 周 民主    03-3508-3767
理事 遠藤 乙彦 公明   03-3508-3415
委員 あかま 二郎 自民  03-3508-3236
委員 井脇 ノブ子 自民  03-3508-3061
委員 大塚 高司 自民   03-3508-3615
委員 奥野 信亮 自民   03-3502-5002
委員 亀岡 偉民 自民   03-3508-3941
委員 清水 清一朗 自民  03-3508-3828
委員 谷 公一 自民    03-3502-5048
委員 藤井 勇治 自民   03-3508-3534
委員 若宮 健嗣 自民   03-3508-3916
委員 近藤 洋介 民主   03-3508-3985
委員 高山 智司 民主   03-3508-3836
委員 伊藤 渉 公明    03-3508-3818
委員 佐々木 憲昭 共産  03-3508-7280

委員 保坂 展人 社民   03-5511-7877
委員 糸川 正晃 国民   03-3508―3839

-----------------------------------------------------------
許すな!憲法改悪・市民連絡会
高田 健 <kenpou@annie.ne.jp>
東京都千代田区三崎町2-21-6-301
03-3221-4668 Fax03-3221-2558
http://www.annie.ne.jp/~kenpou/

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2009年6月 3日 (水)

北朝鮮の核実験

■「愚挙」の意味ーー北朝鮮の核実験のこと

 日本のメディアは、北朝鮮の核実験のことをそろって「愚挙」と呼び、制裁強化を支持する内容だった。こういうのばかり読むと、何かいらいらするが、その正体がわからない、こういう時に、人の理解力というものが試されるのだろうと思う。

 核兵器を持つことは、どの国であっても悪いことのはずだ。良いことだと言える人がいるだろうか? 北朝鮮が核実験をしたことは、そういう意味で「愚挙」だ。

 それなら、私たちは、アメリカ、ロシア、中国その他の核に対して「愚挙」だと指摘することになるだろう。NPT体制の重要性を説く立場に立つのなら、イスラエルの核保有は「愚挙」で、日本政府としては経済制裁をかけなければならないことになる。

 手始めに入植地の水で作ったスウィーティーを禁輸にし、ヨルダン渓谷開発計画を凍結してはどうだろう。( http://palestine-heiwa.org/feature/oda/ )

 チェチェンその他、大国で抑圧されている少数民族の立場からすれば、NPT体制は、彼らに対する虐殺の「権利」を保証するものでしかない。過渡期的な手だてとしての意味まで否定することはできないけれども、人類が本質的に核と共存することができないのは、チェルノブイリ原発事故の時にわかっていたのではないだろうか。

 アジアの軍拡競争を憂慮する立場に立つなら、日本に持ち込まれていた核兵器を、もしかしたら今もある核兵器を撤去させなければ、北朝鮮の核保有に反対する理由はないだろうし、日本で核武装論が強まるのを黙認したり、在韓・在日米軍をはじめとする圧倒的な軍事力を削減しないのなら、

 必要なのは『アジアの平和』ではなく『我々の優位』だけ。

 となり、これも国際的に通用しにくい話になる。さて、どんな意味で私たちは「愚挙」という言葉を使うのだろう。

 私は、人間には人間が作り出したものを管理する力があると信じたいけれども、それは一度作ったものを解体する勇気があればの話だ。冷戦終結までの間、一度も核戦争が起こらなかったことを「安全」と呼ぶのは、危うい偶然をたまたまくぐり抜けてきた私たちの世界だけで通用する結果論にすぎない。

 北朝鮮の核実験に対して、「愚挙」という言葉はぴったりなのかも知れないけれども、その意味によって、言おうとすることは180度違ってくる。

 平壌宣言のあと、訪日した拉致被害者を、約束に反して日本に拘束し、六ヶ国協議で約束した重油20万トンの引き渡しも勝手にやめた。日本政府とメディアは一体になって経済制裁と北朝鮮バッシングに走った結果、相手の間違いは指摘できても、自分たちの間違いには目を背け、忘却に努めるしかないみたいである。

 外からみればこういう感じだと思う。本来、アメリカと交渉して平和条約を結びたい北朝鮮にとっては、こういう日本は交渉相手としてあまり意味がない。
今はむしろ、その忘却=歴史を私たち自身が掘り起こさなければ、対等の立場にはつけないのではないだろうか。

 私たちが北朝鮮以下かって? たぶんそうだ。

「チェチェンニュース」より

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2009年6月 2日 (火)

チェチェン

■戦闘と誘拐の続く、BBCニュースで見る現地の様子

 最近のチェチェンの動きを、ざっと紹介したい。

 あいかわらず散発的な戦闘というか、ゲリラ活動が続いていて、ロシア側の報道でも、道路に仕掛けられていた遠隔操作地雷のようなものが、ロシア軍の車列の通過をめがけて爆発し、兵士一人が死亡する事故があった。イングーシでも、ブービートラップで4人のチェチェン人警官が死亡する事件。こういう報道は、毎日のようにRIAノーボスチが流している。

  http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090527/1243434168

 そして、チェチェン独立派側の情報では、傀儡大統領ラムザン・カディロフの自宅に対して、ロケット弾や小銃での攻撃もあって、多少建物を壊したという。そういうことがあっても不思議ではない。

  http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090528/1243510671

 イングーシでは、治安機関の職員らしき人々、これもおそらく迷彩服なんかを着て拳銃をぶらさげた、あきらかにそのすじの人々にちがいないが、それが民家に突然あらわれて19歳の若者を拉致していった。若者が武装勢力に加わっていたかどうか、それともよくある強制失踪、つまり誘拐なのかは、わからない。

  http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090528/1243470037

●チェチェンの「復興」

 ひさしぶりにチェチェン関係の情報を読んでいて、何も変わらないなあ、と思う。今のチェチェンの様子を見ることができるビデオBBCにあったので、紹介したい。サイトにテキストがあるので、得意な人は翻訳をおねがいします。
とりあえず映像だけ見ていると、グロズヌイの中心部に作られた壮麗なモスクや、そこに集う人々の姿があって、これもまたチェチェンの「今」なんだと感じた。

  http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/8060624.stm (映像あり)

 この記事には、ラムザン・カディロフの周辺には金があるが、チェチェン全体では失業率が75%にのぼることや、チェチェンの若者は銃しか持ったことがないからか、建設労働者もサービス業も、アゼルバイジャンやタジキスタンなどの旧ソ連圏からの出稼ぎで成り立っているような気配が伝わってくる。

 独立派に参加した者の家族は、カディロフの手の者に脅迫され、誘拐される。家も焼かれる。これがチェチェン戦争の「チェチェン化」と呼ばれるものだ。家を焼かれた人がインタビューに答えた。

「若いやつらの怒りに油を注ぐばかりだ」

 未来のチェチェンは、この言葉の延長線上にあるのかもしれない。こういった報道では決して語られていない言葉や、姿を見せない人々がいるのを感じずにはいられない。それは真面目に報道に関わる人なら、誰でも感じているチェチェンの「影」のようなものだ。その影が再び表に出てくるときに、またチェチェンが動き出すはずだ。

●ザカーエフ暗殺未遂事件

 ところ変わってロンドンでは、大衆紙ミラーが「チェチェン独立派の野戦司令官をロシアが暗殺未遂、わがMI6が阻止」というような記事を掲載した。

  http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090528/1243508393

●トルコでロシアに対する抗議集会

 次は、少し元気なニュース。トルコのイスタンブールにあるロシア領事館の前で大きな街頭アピールが開かれた。トルコにいるコーカサス系の住民は、祖先がロシアから追い出されたという歴史があるので、支援運動も根強く、迫力がある。詳しくは下記の記事を。

  http://d.hatena.ne.jp/chechen/20090528/1243516092 (日本語と画像)
  http://tinyurl.com/nmxb7l (トルコ語。映像あり)

 『チェルケスに自由を! コーカサスに自由を! 5月21日は抵抗の日だ!
 人道に対する罪を、決して忘れてはならない! ロシアはコーカサスから出ていけ! ロシアの殺人者はチェチェンから出ていけ! 
 ーーそれが、私たちの叫んだ要求だ』

「チェチェンニュース」より

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2009年6月 1日 (月)

核持ち込み密約

核持ち込み密約、外務次官ら管理  首相、外相の一部に伝達
 1960年の日米安全保障条約改定に際し、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した「核持ち込み」に関する密約は、外務事務次官ら外務省の中枢官僚が引き継いで管理し、官僚側の判断で橋本龍太郎氏、小渕恵三氏ら一部の首相、外相だけに伝えていたことが31日分かった。

 4人の次官経験者が共同通信に明らかにした。

 政府は一貫して「密約はない」と主張しており、密約が組織的に管理され、一部の首相、外相も認識していたと当事者の次官経験者が認めたのは初めて。政府の長年の説明を覆す事実で、真相の説明が迫られそうだ。

 次官経験者によると、核の「持ち込み(イントロダクション)」について、米側は安保改定時、陸上配備のみに該当し、核を積んだ艦船や航空機が日本の港や飛行場に入る場合は、日米間の「事前協議」が必要な「持ち込み」に相当しないとの解釈を採用。当時の岸信介政権中枢も黙認した。

 しかし改定後に登場した池田勇人内閣は核搭載艦船の寄港も「持ち込み」に当たり、条約で定めた「事前協議」の対象になると国会で答弁した。

 密約がほごになると懸念した当時のライシャワー駐日大使は63年4月、大平正芳外相(後に首相)と会談し「核を積んだ艦船と飛行機の立ち寄りは『持ち込み』でない」との解釈の確認を要求。大平氏は初めて密約の存在を知り、了承した。こうした経緯や解釈は日本語の内部文書に明記され、外務省の北米局と条約局(現国際法局)で管理されてきたという。

2009/05/31 16:58   【共同通信】

*****

日本政府は、アメリカの核を日本に持ち込んでおきながら、、北朝鮮の核実験を声高に非難することができるだろうか。大国の身勝手な論理に追随しているだけではないか。

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海外派兵に反対する緊急アピール

【海外派兵に反対する全国のみなさんへの緊急アピール】

 「麻生政権と自民・公明両党に対し、『海賊対処法案』の撤回を求め、
ソマリア沖とインド洋・アラビア海から自衛隊を撤退させることを
要求する市民の共同声明」にご賛同をお願いします!!

 呼びかけ人  石川逸子(東京都) 井上澄夫(埼玉県) 浦島悦子
(沖縄) 大谷正穂(山口県) 奥田恭子(愛媛県)  加賀谷いそみ
(秋田県) 梶原得三郎(大分県) 木村眞昭(福岡県) 辻子 実
(東京都) 寺中正樹(山口県) 花村健一(東京都) 廣橋隆一
(山口県) 渡辺ひろ子(福岡県) 〔50音順、5月31日現在〕                  
                  2009年5月31日

 東アフリカ・ソマリア沖のアデン湾で、3月30日から、海上
自衛隊の艦隊による「海賊対処」が続いています。それに加え、
海自のP3C対潜哨戒機2機が派遣されました。さらに関連物資
輸送のため、航空自衛隊のC130輸送機が動員されました。
それら海空自衛隊機が利用するのはアデン湾に面するジブチ
共和国のジブチ国際空港です。同空港に作られる海自の駐機場を
警護するためとして、海外派兵のために新設された「中央即応連隊」
約50人もジブチに送り込まれました。海外派兵における
「三軍統合運用」が始まったのです。

 しかも憲法9条2項の「国の交戦権の否認」に明らかに違反する
「危害射撃」の容認を含む「海賊対処法案」は、現在、参院で
審議中です。同法案はまた海自による護衛の対象を日本関係船舶
だけではなく、すべての外国船舶に広げています。海上自衛隊は
世界のどこででも「海賊行為に対処」できるようになるのです。
 この法案はすでに衆院を通過しており、同法案を参院が否決すれば、
衆院決議が国会の決議とされてしまいます。このままでは、法案の
6月中の成立は必至と報道されています。

 しかし、ここであきらめるわけにはいきません。政府・与党に対し
最後まで「海賊派兵法案」を撤回し廃案にすることを強く要求
しようではありませんか。

 事態は非常に切迫しています。下の「市民の共同声明」に無数の
個人や団体が賛同して下さるよう、心から訴えます。また、本メールを
転載・転送してどんどん広めて下さるよう、ご協力を切にお願いします。

◆【ご賛同について】 賛同は、個人・団体を問いません。個人の
場合は氏名(フルネーム)、団体の場合は正式名称をお知らせ下さい。

◆【声明のあて先と提出の仕方】
 「市民の共同声明」は、麻生首相、浜田防衛相、中曽根外相と自民・
公明両党に送られます。事態が急迫しているので、個人・団体の賛同
件数が数十に達したら「第○次集約分」として、順次、麻生首相・
浜田防衛相・中曽根外相と自民・公明両党に送ります。
 賛同を募るアピールをネット上で何度か繰り返しますが、第2回以降、
それまでの賛同件数を報告します。むろん、この共同声明運動が終了
しましたら、最終的な結果をまとめて報告します。

◆【ご賛同の期限について】  当面、締めきりは設けません。事態が
非常に流動的で予断を許さないからです。

◆【賛同表明の通知先】  下のメールアドレスにご送信下さい。この
共同声明への賛同表明の集約を目的とした専用メルアドです。論争用
ではありません。
  ■  haheisosi@mbn.nifty.com
 
 以下、声明です。

● 麻生政権と自民・公明両党に対し、「海賊対処法案」の撤回を求め、
  ソマリア沖とインド洋・アラビア海から自衛隊を撤退
     させることを要求する市民の共同声明 ●

 東アフリカ・ソマリア沖に派遣された海上自衛隊の艦隊は去る3月
30日、ソマリア沖アデン湾で「海賊対処」を始めた。以来、海自
艦隊による活動が続いているが、それに加えて、海自のP3C対潜
哨戒機2機が海自隊員約100人とともにアデン湾に面するジブチに
派遣された。しかも関連装備品輸送のためとして航空自衛隊のC130
輸送機が派遣され、ジブチ国際空港内に設けられる駐機場警備を口実に、
海外活動のために新設された陸上自衛隊「中央即応連隊」約50人が
送り込まれた。
  このような海・陸・空自衛隊の活動は「三軍統合運用」であり、
自衛隊の海外活動がいよいよ本格的な段階に踏み込むことを示すものだ。
海自のP3C派遣は海外での実任務としては初めてであり、「中央即応
連隊」は創設後初の実任務を負う。また空自のC130輸送機派遣は
昨年末終了したイラクでの活動以来初めてである。
 そもそも海自艦隊のソマリア沖派遣自体、自衛隊法82条が規定する
「海上警備行動」を恣意的に拡大解釈することで強行されたのであり、
それ自体容認できないが、政府・防衛省が今回の「三軍統合運用」に
よってめざすものは、「海賊対処」を口実に海外に自衛隊基地を
確保しつつ、「国益防衛」を海外派兵の大義として押し出すことである。

 麻生政権による「海賊対処」は、明らかに日米同盟に基づく米国の
「対テロ戦争」支援作戦の一環である。オバマ政権はイラクからの
撤兵についても足踏み状態であり、アフガニスタンへの米軍増派で同国を
主戦場にしつつ、パキスタンに戦火を拡大している。
 国会で審議中の「海賊対処法(案)」(「海賊行為の処罰及び海賊行為
への対処に関する法律案」)は、海自の活動に「海賊対処」を加える
だけではなく、海自に大幅な武器使用の緩和を認めている。これは
先制的な「危害射撃」によって人を殺しても罪にならないと規定しており、
「国の交戦権の否認」を定めた憲法9条2項に明らかに違反する。「海賊
対処法」は自衛隊の随時出動を許す恒久法(一般法)であり、政府・
防衛省は同法案の成立を踏み台に「海外派兵恒久法」を制定しようと
している。

 それゆえ私たちは、麻生政権と与党である自民・公明両党に以下の
ことを要求する。
 ○ ソマリア沖海域から海上自衛隊艦隊を即時帰還させること
 ○ 海自のP3Cと陸自「中央即応連隊」をただちに帰還させ、空自
C130輸送機による輸送活動を止めること
 ○ アフガニスタン侵略を続ける米軍を支援するためのインド洋・
アラビア海での海自の給油活動を停止し、補給艦隊を帰還させること
 ○ 国会で審議中の「海賊対処法案」を撤回すること
 ○ 「海外派兵恒久法(一般法)」を制定しないこと

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