« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月27日 (金)

東ティモール 性奴隷被害者

東ティモールの日本軍性奴隷制被害者に関する要請書

 2009年2月20日をもって東ティモールは第二次大戦時の日本軍侵攻から67年目を迎える。日本軍は全土でリウライ(伝統的な首長)や村長などに命じ女性たちを差し出させ、駐屯地の周囲に「慰安所」を建設した。これは占領政策の一環としての性奴隷制であり、非人道的な犯罪行為であった。この問題に関する実態調査は、1975 年から同国を軍事占領したインドネシアの撤退後(国連暫定行政期)に開始され、国家独立による正義ある解決が切望された。しかし、日本政府は今日に至るまで被害者救済のための何の手だても講じようとしなかった。つまり、日本政府は敗戦から66年以上も当時のポルトガル領ティモールに対する戦争責任を放置しており、その態度に私たちは強く抗議する。 

 私たちはこれまで日本政府に対し様々な形で被害者の苦しみ伝えてきたが、本要請書では、新たに判明した被害の様態を紹介する。それは昨年11月に東京で開催された〈第9回「慰安婦」問題アジア連帯会議〉で来日したエスペランサ・アメリア・フェルナンデスさんに関するものである。エスペランサさんは東ティモール東部のウアトカラバウで日本軍将校に占有された時、まだ生理もない少女だった。彼女の食糧(イモ類)は両親が運び、その軍人とは食事を共にしたこともなかった。その軍人が話す日本語で彼女が憶えているのは「コラッ」という言葉のみである。しかし戦後、彼女は「慰安婦」にされた他の女性たちとともに復帰したポルトガル政庁によって日本軍協力者として捕えられた。彼女はまずイリオマールで3ヶ月拘禁され、そこからラウテンとバウカウに連行されて取り調べを受けた。ラウテンでは飲み水がなく、地面にたまった水を這いつくばって犬のようにすすった。泣けば殴られた。結局彼女は日本軍から「服をもらっていなかった」ため放免されたが、その屈辱に深く傷ついた。

 東ティモールでは、2006年に被害者のエスメラルダ・ボエさんが、2007年にはマルタ・アブ・ベレさんとクレメンティーナ・カルドゾさんが、そして2008年にはマリアナ・デ・ソウザ・フレイタスさんが亡くなられた。みな日本政府が彼女たちに目を向けることを待ち続けた。エスペランサさんは最後にこう語った。「自分たちの性は馬や牛のように扱われた。兵士たちは自分勝手に東ティモールに来たわけではない。国家が送ったのだ。だから国家が始末をつ けなければならない」と。

 私たちは、日本政府が昨年11月の国連人権委員会の勧告を受け入れ、一刻も早く、自らの責任において、東ティモールの日本軍性奴隷制被害者に対して謝罪と補償を行なうことをここに要請する。

 2009年2月20日 
 
 東ティモール全国協議会    

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

高知白バイ事件 再び不起訴に

高知白バイ事件 運転手の訴えは再び不起訴に
- 2009.02.25 17:01

高知白バイ事件で、服役中のバス運転手の訴えが再び不起訴とされ、一部で反響を呼んでいる。

2006年に高知県春野町(現高知市)で、スクールバスと県警の白バイが衝突。警察官が死亡した事故で、高知地検は23日、元バス運転手が主張し高知検察審査会が不起訴不当を議決したバスのスリップ痕捏造の告訴を再び「嫌疑なし」で不起訴とした。

この事件は、バス乗客らによる多数の証言と証拠に矛盾が見られるなど、冤罪が強く疑われることがマスコミからも報道されている有名な事件。ネットでも以前から反響があり、今回の不起訴に対しても「(捏造の嫌疑をどこまで伝えるか)今後の地元マスコミ報道に注目」「国家権力の怖さを感じる」など、運転手を支援するような書き込み、あるいは権力機関の在り方を問うコメントが目立っている。

検察審査会の議決に、まるで聞く耳をもたないかのような高知地検。国民の司法への信頼を揺るがす大きな問題となりそうだ。

(秋井貴彦)

■参考サイト
KSBニュース
高知白バイ事件=片岡晴彦収監中
そっと××
片岡晴彦さんを支援する会HP

■関連記事
「高知白バイ事件」番組に大きな反響

「ココログニュースより転載」

*****

予想されていたこととはいえ、あらためて怒りがこみ上げる。

唯一、市民の声を反映した、検察審査会の声も無視された。私たち国民の税金を使って運営されている検察庁が、市民の声を握りつぶし、自らの捜査の未熟さを省みようともしないのだ。税金が国民のために使われず、権力機構を守るためだけのものとなっている現実に、市民はどう立ち向かうか・・・

目前に迫った裁判員制度も、「疑わしきは罰せず」というよりも、むしろ権力を補完するものに使われることにならないか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガザ 西岸の子ども達から

件名: あなたの夢はわたしたちの夢です」  西岸の子ども達から愛をこめて
差出人: どすのメッキー
送信日時: 2009/02/22 15:47

 どすのメッキーです

 「貧しい者だけが君にパンを与えるだろう」

 わずか2か月余ではあったが、世界史上初めて労働者と市民の政府を実現したパリ・コンミューンを描いたブレヒトの劇「コンミューンの日々」の終幕で歌われる、林光さんの劇中歌「すべてか無か」の一節です。

 18歳でこの歌を歌う機会に恵まれて衝撃を受けてから、この言葉への確信は一度も揺らいだことはありません。

 そして今、対テロ戦争が開始されてから、未曾有の殺戮にさらされてきたアフガニスタン、イラク、パレスチナの人々に、殺す側の人々と対照的な「貧しい者」の輝きを見るのです。

 少し古い(2月9日)ですが、UNRWAのサイトから、子ども達の奮闘
を伝える記事を紹介します。

**************************************************
■ガザへ愛をこめて
【To Gaza with Love】
http://www.un.org/unrwa/refugees/stories/2009/ToGazaWithLove_feb09.html
(9/Feb.2009, WEST BANK, UNRWA)

 イスラエルの3週間の攻撃によってガザに惹き起こされた深刻な人道危機の衝撃的な映像を見たり、報告を聞いたりして心を動かされなかった人はほとんどいません。ベイト・ハニナにあるロザリー・スクールの生徒達を突き動かしたのも、これらの映像でした。すべてを失った人もいるガザの人々の苦しみを和らげようと、ある女子校の生徒達が、ガザに足りない最も基本的な物資を集めようと考えました。

 このアイディアは、他の生徒や教員達からも熱い支持を集めました。実現のための具体的な問題が解決されると、基本的な物資すべてを保証できるように、クラスそれぞれに、毛布、小麦粉、缶詰など、決められた物資を集める仕事が割り当てられました。UNRWAも学校から協力を求められ、救援物資の輸送と配布をとりしきることに同意しました。

 率先的な取り組みが広がるにつれ、エルサレムやヨルダン川西岸地区のほかの学校も人道支援にぜひ加わりたいと申し出ました。

 西岸地区じゅうの学校は、寄付された物資を仕分けし、UNRWAのト
ラックに積み込むのを助けるために小学生やその両親、そして他のボランティア達が集まる寄付センターに変わりました。そして、生徒達はついにトラック9台分の物資を集めたのです。

 ガザへの支援物資を集めるに奔走したのは学校だけではありません。孤児院から女性の訓練センターまで広範な団体と社会的ネットワークが同じように物資を集めたのです。シュア・ファット難民キャンプで生活する人々はトラック4台分の物資を寄付しました。

 集められた物資は、命を繋ぐための物理的な栄養と温かさ以上のものを、受け取る人々に伝えます。これらの物資は、強い連帯と共感のあらわれに他なりません。

 食糧や毛布に添えて、ロザリー・スクールの生徒達は、ガザの人々に手紙を託しました。手紙には、愛、夢を分かち合うこと、そして統一への願いが綴られています。

「わたしの手紙があなたの傷を癒すことはできません。それでも、せめて、わたしの魂はいつもあなたと一緒にいるのです」一人の生徒は、こう書いています。

「あなたの夢はわたしたちの夢です。一緒に希望を築いていきましょう」一言そう書いた生徒もありました。

 ガザ回廊に住む市民は、イスラエルの攻撃が終わっても、深刻な人道危機に苦しみ続けています。20か月に及ぶ封鎖は今も継続され、最低限のニーズを満たすための人道支援さえ厳しく妨害されています。包囲されたガザ地区に入るすべての検問所が開かれなければ、危機に適切に対応できるはずはありません。

 こうした厳しい状況にかかわらず、分離された西岸の生徒達からガザの同胞へのこうした寄付やメッセージに見られる連帯と共感の行動は、実用的な意味でニーズに応えたと言うだけではなく、封鎖によるガザの孤立と絶望をはねかえす力になっているのです。

(仮訳どすのメッキー 22/Feb./2009)
**************************************************

 今日本でできる支援先の例を以下にあげます。もちろん、これだけではあ
りませんので、ぜひネット等で検索してみてください。

■パレスチナ子供のキャンペーン ガザ緊急支援活動ご協力のお願い
 http://ccp-ngo.jp/bokin-gaza.html

■JVC 「爆撃を受けたパレスチナ・ガザ地区への緊急医療支援を開始し
ます」
 http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html

■ユニセフ ガザ人道支援緊急募金
 http://www.unicef.or.jp/kinkyu/gaza/2009.htm

感謝と尊敬をこめて。

22/Feb./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes a little hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

ガザより 攻撃は終わっていない!

件名: [AML 24526] ガザより 攻撃は終わっていない!
差出人: OKA Mari
送信日時: 2009/02/19 20:17

【転送歓迎】

ガザのアブデルワーヘド教授より、本日、ガザの状況をルポするメールが立て続けに2通、来ました。

教授のメールをここしばらくお送りしていなかったために、複数の方からお問いあわせをいただきました。
ご心配おかけいたしましたが、一方的停戦になったあと、教授からのメールの回数が減りました。
来ても、教授自身のメールではなく、情報の転送メールであったため、しばらくお送りしていませんでした。

今日、ひさびさ、教授自身のメールが届きました。

破壊された街にさらにミサイルが撃ち込まれています。
ただ、住民を脅かすために?
住民の恐怖を弄ぶために?

攻撃は終わっていません。
人の命を奪いさえしなければ、すべてが許されるわけではありません。
そして、封鎖されたガザで、薬も血液も底を尽いています。

ベイルートより、
おか まり

*********************

2009年2月19日(木) 7:37

ガザへの攻撃は終わっていない!

昨夜、イスラエルの攻撃用ヘリコプターが私たちのいるテル・アル=ハワー地区の頭上を飛んでいた;ヘリは私たちの地区のどこかにミサイルを一発、発射した! さらに、ハーン・ユーニスとラファの二ヶ所がF16戦闘機の標的となった。さらに昨晩、ほとんど深夜だったが、F16がガザ市北部の3ヶ所を標的にして攻撃した! 彼らが今、標的にしている場所の多くは戦争中に何度も攻撃されたところだ。つまり、彼らは、すでに破壊されたと場所を攻撃しているのだ! 問題は、これらの攻撃は放送されていないということだ!ニュースでも報じられない。まるで、これが当たり前の日常行為になってしまったかのように!

2009年2月19日(木) 11:27

献血の要請

ガザの保健省は市民に対し緊急に何型でも良いから(おもにRHマイナス)の献血を要請している。すべての病院と血液銀行でRHマイナスのすべてのタイプの血液が底をついたのだ! 保健省は人々に何型でも良いから可能なかぎり献血するよう求めている! 加えて、91種類の薬がガザではもはや完全に入手不能だ。ゼロになってしまったのだ! これらの薬について、私たちはどうすることもできない!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

ガザの家族への取材

件名: ガザの家族への取材 「忘れるなんてできない」
差出人: どすのメッキー
送信日時: 2009/02/22 19:49

ガザの子ども達のトラウマが国連でも問題にされるようになりました。

 戦争がもたらす被害、攻撃している間の人命の損失や物理的な破壊に留まりません。特に子どものときに体験した恐ろしいできごとから受けた心の傷を癒すのは、容易なことではありません。

 家を失い避難所となった学校で生活する家族の生の声を、UNRWAが「ガザの声」で紹介しています。そして、ここで紹介されているぞっとする体験は、おそらく氷山の一角にすぎないものです。

**************************************************
■「忘れるなんてできない。いつでも頭の中に甦ってくるんだ」
【I can not forget them, they are in my head all the time"】
http://www.un.org/unrwa/refugees/stories/2009/voices_from_gaza/testimonies01_feb09.html
(09/Feb./2009 UNRWA "VOICE OF GAZA")

~ El Fakhoura校に避難した家族へのインタビュー ~

========================================

 Yusra Ragheb Al Talah(43歳)は、16歳から、まだ15か月まで8人の子どもの母親です。夫は西岸地区にいます。インタビューの最中、彼女はほとんど話さず、とても消耗しているようでした。

「わたしの家は、ベイト・ラヒアのアラタトラにありました。攻撃は18時ちょうどから始まり、戦車や飛行機から砲撃され、とても大規模なものでした。子ども達と家にいた時怖くてしかたありませんでした。

 わたし達は安全な場所を求めて部屋から部屋へ動き回り、とうとう1.5平方メートルの小さなトイレに身を寄せました。朝までそこにいましたが、隣の家をF16のミサイルが攻撃した時、私達の家は崩れて屋根が頭に落ちてきました。わたし達は皆、叫び声を上げ、もう死んだと思いました。近所の人が助けに来て、子ども達を別の家に連れて行ってくれるまでまで、わたし達はそこから動けませんでした。そこにいた3日間、食べ物はなく、子どもにパンをいくらかやっただけでした。わたし達を避難させてほしいと、藁にもすがる思いで赤新月社に電話をかけましたが、救援は来ませんでした。
イスラエルがそれを妨害したのだと言われています。彼らがしてくれることと言えば、白旗を掲げて自分で出てくるよう通告することだけです。

 わたし達は、泣き叫んでいる15か月の娘も含め、皆白旗を掲げて出て行きました。わたしはその娘を抱いて歩いていましたが、戦車に近づいたときつまづいて幼い彼女を落としてしまったのです。わたしは彼女を助けあげることができませんでした。道路は完全に破壊され、歩くことができませんでした。わたしはたいへん落ち込んで、気が遠くなりそうでした。近所の人達が、わたしに手を貸し、子どもを連れて行きました。

 戦車はわたし達への砲撃をやめなかったため、西の合流地点に着き、AlFakhora校に避難するまで、歩きながらずっと脅えていました。」

 しかし、学校では更に悲劇が待っていたのです。

「わたしは、子ども達にサンドウィッチを作っていました。その時、ミサイ
ルが学校のすぐ近くに着弾したのです。わたしは、とても脅えている子ども達を傍に集めました。わたしは、子ども達を抱いて、再び砲撃が始まったことを感じました。窓の外を見ると、通りには殺された人の遺体が横たわっていました。

 攻撃がやんだと聞いてから、わたしは自分の家を診に行きました。すべてが燃え尽きて、何も残っていないのを見て、ショックを受けました。イスラエル軍は、わたしに何ひとつ残してくれませんでした。それ以来、わたしはほとんど口を利けなくなってしまいました。

 子ども達は、とても落ち着かず、小さな物音にもじっとしていられなくなります。子ども達は、父親と別れ、住む家も部屋も、読む本も失くしました。これまでの生活いっさいを失くしたのです。しかも彼らはまだほんの子どもです。このような扱いをされるべきではありません。もう子ども達はずっと年をとってしまったかに感じます。

 子ども達も家を見に行きました。わたし達は、これほどの損害だとは予想していませんでした。わたし達は皆ショックを受けました。子ども達が大事にしていた本や服を持ってこれると期待していたのに、何一つ残っていませんでした。すべて燃え尽きていたのです。子ども達もそれ以来、あまりしゃべらなくなりました。

 まだ7歳や5歳の子どもが自分の家が燃え尽きたのを見た時、どんな風に思うか想像できますか?」

========================================

Abdallah El Najar(8歳)は裸足で遊んでいました。わたしは廊下で彼と
会いました。彼は困惑しながら話してくれました。

「僕の家は完全に壊されてしまった。お母さんが僕達のお昼ご飯を作っていたときだった。僕たちは、靴もはかないで全力で走ったよ。大声叫びながら。

 僕は、あのときのことを絶対忘れない。家を見に戻ったのに、何もないんだ。すごく悲しかった。僕の服、ベッド、毛布、かばん、本、靴、すべて持ってくるつもりだったんだ。でも、ひとつも残っていなかった。」

========================================

Yasser Mohammed El Najar(37歳)は、11人の父親で、UNRWAのア
シスタントを引き受けていました。

「わたしの家がF16のミサイルで木っ端微塵になったのは、イスラエルの作戦が始まって2日目のことでした。子どもと一緒に命からがら逃げました、そして、すべてを失いました。

 わたしは、私達の家族に割り当てられた学校に来て、教室で他の家族と一緒になりました。大人の男は、他の家族が寝る場所をつくるために、夜はよく外で寝たものです。ひとつの部屋に115人が同居していたのですからね。

 わたし達はそこが安全だと思っていましたが、隠れる場所はどこにもありませんでした。3個のミサイルが学校の近くに着弾した時、わたしの子ども達は遊び場で遊んでいたのです。目の前で人々が殺された体験を思い出すのは、大人の男にとってもとても辛いことなので、わたしは何も思い出せません。とても辛いのです。わたしは今あなたと話をしていますが、自分がまだ生きていることさえ信じられません。ミサイルが着弾したとき、わたしは子ども達を捜しに駆け下りて、遺体を見渡して、そう手足や他の肉片を、わたしの子ども達の誰かだと特定できる焼け焦げた遺体を探したのです」

========================================

Ahmed Yasser El Najarは、10歳で、小学3年生でした。

「ミサイルが学校の横に落ちて、僕は怪我をしました。榴霰弾で足をやられたんだ。死体を見て怖くなって泣きました。彼らを忘れることなんてできない。いつでも僕の頭の中に甦ってくるんだ」

(仮訳どすのメッキー 22/Feb./2009)
**************************************************

感謝と尊敬をこめて。

22/Feb./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes a little hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

パレスチナ農業救済委員会(最終)

緩衝地帯について ―― 懸念とおそれと憂慮
─────────────────────

PARCは、イスラエル軍がガザに侵入してきたことに対し、深い懸念と憂慮を表明する。10年前、イスラエル人は 50~100メートルの国境緩衝地帯を設定した。今、イスラエル人はそれを、ガザ地区の東部で 1000メートルに、北部国境地帯で 2000メートルに拡張した。PARCは、イスラエル人が軍事地帯を東部で 2000メートルかそれ以上、北部で 3000メートルに拡張し、それを既成事実として固定化しないかと恐れている。かくして、すでに狭いガザ地区の農業地帯はさらに縮小されることになる(ガザの耕作可能面積は 175000ドゥナム[175平方キロメートル]。50000ドゥナム[50平方キロメートル]が侵攻前にすでにイスラエル軍の制圧下にあった。今やほとんど 50パーセントの耕作可能地がイスラエル軍によって制圧されている)。したがって、50パーセントの農民が
財産を失った。何千人もの農民とその家族とが生産者からホームレスの失業者へとなり果て、[地域]経済に負担をかける羽目になった! 国境地域はガザ地区の中でもっとも肥沃な土地だ。PARCは、ガザ地区の食料庫である農地[の現状]について、強い憤りを覚える。それは、周辺全域の人々にとって、食糧安全保障を担うものである。農民が普通の生活に、土地に、水源に、そして自宅に戻れるようにならなければならない。我らの農業部門は、世界のNGOと政権による強力なロビー活動と支持とを必要とする。

─────────────────────
最新情報
─────────────────────

この報告を発表する直前に、我々は PARCの本部とゼイトゥーン地区西部にある主要事務所を訪れた。そこで見たものは衝撃だった。イスラエル軍は建物を攻撃し、被害を与えていた。そのあと、イスラエル軍は軍用駐屯所として使うため、建物を占拠した。イスラエル軍は、全てのコンピューター、テーブル、事務机、棚を破壊した。無傷な家具は一つもない。PARCの書類は破られ、建物から外へと投げ捨てられ、あたり一面に散乱しているありさまだった。また、イスラエル軍は、PARCのテレビ会議室を完全に破壊した。同テレビ会議室は、PARCの西岸支部と連絡をとる唯一の手段だったものだ。これらの損害は、20万[米]ドル[約2000万円]相当と見積もられる。

加えて、PARCの庭もブルドーザーで破壊された! 全ての木々、植物、温室、水源、電線、そして他のあらゆる農業設備が荒され、破壊された。PARC職員のうち 2人の自宅も攻撃を受けた。ひとつは、PARCのガザ副支部長のアブドゥルカリーム・アシュールのガザの家で、イスラエルの砲撃で焼けた。もうひとつは、農学者のマスウード・キシュタのラファの家で、やはり粉々にされた。

これらの損失と悲惨な状況にもかかわらず、この朝、あるだけのものでできるだけの仕事を再開すべく、PARCはガザ市内のアパートの一室を借りた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
原文: The Agricultural Relief Committees (PARC) 発信の文書。
Prof. Abdelwahed から送られてきたもの。
※全文をつける限りにおいて、御自由に転送・転載なさって下さい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
TUP速報
配信担当 古藤加奈
電子メール: TUP-Bulletin-owner@yahoogroups.jp
TUP速報の申し込みは:
 http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/
■TUPアンソロジー『世界は変えられる』(七つ森書館)
 JCJ市民メディア賞受賞!!
 http://www.pen.co.jp/syoseki/syakai/0480.html
■『世界は変えられるII』も好評発売中!!
 http://www.pen.co.jp/syoseki/syakai/0375.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

パレスチナ農業救済委員会(5)

PARCによる他の緊急計画の中には、主要病院の炊事場に基本的な
食料品を供給することも含まれる(入手できる限りだが!)。というのも、ガザの全ての病院は食料品と飲料水の不足に苦しんでいるからだ。この計画は、クウェイトのアラブ財源組織の協力で実行される。PARCは、新鮮な食料品ひとかごを配布していく計画、名付けて「貧乏農家から貧乏家庭へ」を今後とも続けていくつもりである。この計画は、傷ついたり家を追われた家族への支援だ。イスラエル軍が耕作地を広範囲にわたり破壊したため、新鮮な果物や野菜を見つけるのは困難ではある。しかし、PARCは全力を尽くしてできるかぎりのものを入手していく所存だ。この計画は、クリスチャン・エイド[英国の民間組織]と協力して実行していく予定だ。なおこれは恒久的計画であり、都市近郊の 3割の農民を支えるものだ。

また、PARCは、ガザ地区の避難民や家を追われた家族に冷凍食品や乾燥食品のかごを届けることも計画している。UNRWAが、食料品関係の輸送経路を確保することを協力してくれる。他の将来計画では、家を追われた家族に新鮮な飲料水を供給することも考えている。加えて、PARCの任務には、荒廃した灌漑網、農道、畜産資産、温室、農業への投入資本などを復興することも含まれている。たとえば、種苗、肥料、灌漑用具、ホース、ビニールシートなどを供給することだ。

PARCの処置計画は、たかだか数千人の人々に供するに留まる。
PARCは活動において、一切の努力を惜しまず、尽くし、可能な限り援助の対象を広げていく所存だ。しかし、PARCの能力も使える資金も限られている。ガザの壊滅的状況は、世界の NGO人道組織と寄贈者の方々の揺らぎない援助を必要としている。そのため、PARCは、この状況の改善のため、一歩踏みだしてきて支援下さるよう、全ての人道組織に要請する。

2009年1月16日金曜日、ガザ市の PARC本部は攻撃を受けて、被害
を被った。主要事務所のあるビルには、通常、30人ほどの職員と数十人のボランティアが働いている。

控え目に言っても、ガザのどこでも、子どもたち、女性、高齢者への、長期にわたる精神的また社会的な復帰支援計画を必要としている。また、病院と学校の再建は緊急の課題だ。環境、農村部と都市郊外の農業、畜産業のすべての面での復興も緊急の課題だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月18日 (水)

パレスチナ農業救済委員会(4)

憂鬱になる話の一つに、ガザ市東部に家族とともに 30年以上在住しているパレスチナ人の農民、フサイン・アル=アイディ氏の話がある。軍がやってくるや、氏の家を 2回砲撃した。氏と妻と子どもたちは、かろうじて隣の兄弟の家に逃げ出せた。家族のうち6人(女 3人と子ども 3人)が、初日の攻撃の爆風で負傷した。58歳のフサイン、82歳の母、父の 2番目の母 80歳、そして他に 27人の人が一緒にいた。フサイン氏の子どもたちと、氏の二人の兄弟の子どもたちだ。家族は、石と硬い岩との間に閉じ込められることになった。周辺全域はイスラエル軍の戦車と装甲車によって制圧されていた。フサイン氏と兄弟の家々は、ガザ市から 3キロ離れた場所にある。全てを残していくという条件のもと、フサイン氏らは家を離れてイスラエル軍制圧下の地を通っていくことを許された。そこで、一同は白旗を掲げ、3キロの道のりをイスラエルの戦車の中を横切って通り、市内の相対的に安全な場所まで着くことができた。そして一同ホームレスとなった! 氏らは力なくUNRWAの学校で寝泊まりしている! 昨日フサイン・アル=アイディ氏は、自宅および母と 2人の兄弟の 3軒の家が、家具の上にただの瓦礫となっているのを見届けた! 全てを失ったのだ!

ごく控え目に言っても、ガザの全ては、長期にわたる復興・復帰支援計画が必要だ。それは子どもたちや女性、高齢者に対するものから、病院、学校、住宅、環境、農村部や都市郊外の農業・畜産業に対するものと多岐にわたる。物質的損害は、20億[米]ドル[約2千億円]と推定されていて、その半分は農業に関するものだ!

そこで、これら異常でおそろしい、憂鬱な、耐え難い非人道的状況と血生臭い事件の数々を鑑みて、[パレスチナ]農業救済委員会(PARC) は支援活動のための緊急部隊を編成した。それぞれの部隊は各々の地域で招集され、草の根の組織と連帯していく。最初の必須の段階として、PARCは即時実行するための緊急支援計画を出し、次期のための計画も考案した。PARCが緊急に実行した最初の計画は、UNRWAの学校やほかの点在する場所に避難してきたり家を追われてきた人々へ援助物資(食料品以外)を提供することだった。40の UNRWAの学校が、避難民と家を追われてきた人々への避難所となっている。それぞれの学校は、一家族の人数によって違うが、80~100の家族を収容している。PARCの計画は、使える財源や資源に限りがあるため、限られたものになる。だから、PARCはそれらの全ての学校を援助することはできない。この実行された計画の一つは、洗剤、衛生用品、子どもの社会心理的側面を支援する用具、幼児を含めた子ども用服、スカーフ、タオルを寄贈することだった。この早期処置は、1000家族を目標とした。
SDC[The Swiss Agency for Development and Cooperation; 「ス
イス開発協力庁」――パレスチナ援助を目的としたスイスの公的
組織]の協力もあり、計画は完遂された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

パレスチナ農業救済委員会(3)

攻撃の結果として、何千人もの人々が自宅から逃げ出すことになった。そういった人々は、空襲や砲撃、爆撃で家を失ったか、命からがらすぐ隣のそれまた戦闘地域に逃げ出したか、あるいはイスラエル軍に自宅から避難するように命令されたかだった!
何千人かの人々は、市内や町内で相対的に安全だと思われる地域の親戚や友人を頼って、そのもとへ逃げ出せた。しかし、そんな頼れる親戚がいない人々には、隠れる場所はひとつしかなかった。
つまり、UNRWAの学校にすし詰めになった。ところが不幸にして、それら学校のうち 3校がイスラエル軍の標的にされた。ジャバリーヤのUNRWAの学校は、戦車により 3発の砲撃を被った。その攻撃で 67人の避難民が死亡し、40人以上が負傷した。攻撃にあった
三つ目の UNRWAの学校はベイト・ラヒア村にあって、少なくとも10人が死亡し、何十人かが負傷した。現時点で UNRWAの 40の学校が、戦争から逃げてきたパレスチナ人をかくまっている。それぞれの学校に 120家族がいて、UNRWAが提供する毛布と一日 3度の食事にたよって、生き延びている。[パレスチナ]農業救済委員会(PARC)も含めて地元の複数の NGOも救援活動に貢献している。

戦闘と間断ない空襲のさなかには、環境破壊に目を向けるものはいない。しかし、軍事作戦がやむと、間をおかずその危機が宣言されるだろう。環境問題の中で最小のものは、街角に積もったゴミの山だ。また爆撃された家々から出る黒煙の厚い雲も健康上有害だ。それを吸いこもうものなら、鼻がブロックされ、胸に痛みを覚えることになる。地区にいて、その匂いをかぐことになる人なら誰でも、それは現実問題だ。さらに深く憂慮すべき心配な問題は、火薬や爆弾の負の副作用だ。白燐弾については言うまでもない。白燐弾は人体、建物、木々に被害を与える。
いや、白燐弾は、人間であれ、家、病院、木々、そして他の何であれ、狙ったもの全てを破壊し、焼き尽くす。大気汚染をはじめとした環境汚染や人糞はいたるところに見られ、逃げ出すことは不可能だ。誰もそれらから安全ではいられない。それから、農業は混乱の極みに追いやられてしまった。何千台もの戦車や軍用車が畑を走り回り、イスラエル軍が作戦展開したいところは好き放題、どこもかしこも軍事用ブルドーザーが植物を踏み潰し木々を根こそぎにした! 一方で、イスラエル軍は国境近くに点在する農家に極めて厳しい姿勢を示した。イスラエル軍は国境近くに住むものは誰かれ問わず罰したのだ。そこに住むのは誰あろう、農地や(もし所有していれば)家畜の面倒を見ながら、質素な生活
を営む小農家に過ぎないのに! 兵士らは農民を殴り倒し、しかも多くの場合には、服を脱がせ目隠しをし背中に回した手に手錠をかけ、全家族を一緒にして非人道的な状況でひと部屋に長時間閉じ込めたうえで、そのまま立ち去った! 農業関係でもっとも悲愴で重大な襲撃木々、収穫物、井戸、電線、温室も含めて全ての農業用地が破壊されたことだ。農業地域が軍事基地や軍用道へと転用されたのも頷ける。くわえて、一例に過ぎないが、ガザ市の東部の約10000ドゥナム[10平方キロメートルに相当;ドゥナムはイスラエルで使われる土地面積単位]の土地が軍用ブルドーザーで意図的に破壊され、不毛で荒れた土地に変わり果てた!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

パレスチナ農業救済委員会(2)

また、侵攻第2週には、外科医をはじめとした各国からの医師が、病院で支援するためにガザに入ることを許された。一方、シファー病院の外科で何日も働いていたノルウェーの医療チーム(外科医 2名)はガザを去って帰国した。エジプト、ヨルダン、アルジェリア、サウジアラビア、ギリシャ、スーダンからも医師が駆けつけている。スーダンの医療団はまだ到着していないが、スーダンの人々が献血してくれた血液バッグをもってガザに向かっている途中だ。

食料品や生活必需品や燃料といった何千トンもの寄付の品々がラファを通ってガザに運ばれるよう、手はずが整えられた。そうして運ばれた物資は、UNRWA[国連パレスチナ難民救済事業機関]により、ガザ市内の UNRWA本部構内に保管されていた。ところが予想外のことに、1月15日に突然、全世界が驚き衝撃を受けることになった。イスラエルの航空機の攻撃により倉庫が燃やされたのだ。倉庫全体が炎に包まれた! 誰もが攻撃を非難した! この攻撃の結果、家を追われたり避難してきた何千人ものガザ地区の人々が人道の危機に見舞われることになった。

控え目に言っても、毎日、新たな日が訪れるたびに、死者の数も負傷者の数も家を追われた人の数も、破壊被害の数々も、都市部、農村部の両方で増加の一途をたどっている。夜が訪れるたびに、何千人もの子どもたち、女性とその一家がよくない夢、悪夢にうなされている! ガザの通りひとつひとつに痛ましい物語があり、家族ひとつひとつに痛ましい物語がある、そういう状況を想像して頂きたい。すべてが大災害、混乱、地獄と破壊に覆われている。
そのうえ、病院をはじめ多くの場所にも知られざる物語と痛ましい情景とがある! タル・エル=ハワー地区では、イスラエル陸軍は、アル=クドゥス病院の一棟から有無を言わせず患者を避難させ、戦車で砲撃した。およそ 10台の救急車もイスラエルの戦車で破壊された。イスラエルは 3台の救急車を破壊したうえで、タル・エル=ハワーで軍事用バリケードとしてそれらを使ったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知白バイ事件 検察審査会 JANJAN

高知白バイ事件・一条の光・検察審査会の議決
http://www.news.janjan.jp/area/0902/0902147432/1.php
小倉文三記者が、片岡運転手の訴えを、(ブレーキ痕は捏造されたと訴えたことに対し、高知検察庁が不起訴にしたことを、不当だと決議した)、検察審議会が再度、調査するよう求めたことを記事にしています。
この間のことを時系列にして、分かりやすく書いています。ぜひ、ご覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

パレスチナ農業救済委員会(1)

件名: [TUP-Bulletin] 速報814号 パレスチナ農業救済委員会(PARC)の報告書
差出人: tup@live.jp
送信日時: 2009/02/12 23:58

◎イスラエルの攻撃が残す災禍、ガザの環境破壊を憂う
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「戦争は最悪の環境破壊である」としばしば言われます。今回のイスラエルのガザ侵攻もその例外ではありませんでした。実際、イスラエルの戦略において、ブルドーザーが大きな役割を果たしているのは、今回の侵略に限ったことでもありません。農地、緑地地帯を破壊するのはいとも簡単なことなのに対し、厳しい中東の気候の中、その回復にはどれほどの忍耐、努力、コストが必要になるか、考えただけでも気が遠くなりそうです。

以下、パレスチナ農業救済委員会による、主に戦争の環境被害について述べた報告書の邦訳です。ガザのアブデルワーヘド教授が送って下さったものです。
〔共訳: 坂野正明(前文とも)・岡真理/TUP〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※凡例: (原注) [訳注]
───────────

────────────────────────────
戦火のガザ
―― 人々は殺され、生活は打ちのめされ、土地は占領される

[パレスチナ]農業救済委員会 (PARC)
────────────────────────────

2008年12月27日土曜日正午、イスラエル空軍はガザ地区の何箇所か、なかでもガザ市の複数の箇所を中心に、攻撃を開始した。
そして攻撃初日からイスラエル軍はすべての幹線舗装道を避けて農地の中に進軍した。そしてその農業用地に軍事基地を建設した。そしてその農地の上に新たに軍用道を築いた。これらは主に、ガザ市東部、あるいはガザ市北方にあるベイト・ラヒア村とジャバリーヤ村の付近の話である。実用的には、イスラエル軍は保安緩衝地帯の幅をもとの 50~100メートルから 3000メートルに拡げた。場所によってはそれよりもさらに広い、つまり、時には軍用地はそれよりもさらに広くなった。そういった仕事が済んだあと、無人偵察機、ヘリ、F16戦闘爆撃機の支援のもと、イスラエル軍は重戦車、軍用車、ジープ、大砲に軍艦までも動員
して大規模な地上攻撃を開始した! 結果、住宅地に甚大な損害が
でて、何千人もの民間人が死に、負傷し、精神的に深い強烈な
傷を負い、困惑し、あるいは住み家を失った。

現在まで 22日間昼夜にわたり、ヘリコプターや F16 戦闘爆撃機や戦艦による監視行動と爆撃とに、前日あるいは前夜から何らかの変化があったことは一度もなかった。イスラエルが民家や子供の遊び場や公園を狙ったあと、その地でひっくり返らなかった小石一つ残らない。たとえば、アル=ナーセル地区では夕べ、少なくとも 9軒の家が F16に攻撃された! いずれも高層ビルのアパートだった。1月14日水曜日には、F16のミサイルがシュイフ・ラドワーン墓地に着弾し、17個の墓を破壊し、[そこに埋められていた]死体を掘り起こした! こういう行動を見ていると、イスラエルはあとどこを攻撃するのだろうという疑問が出てくるし、軍指揮官は他にどこを破壊しようと考えているのかと訝ることになるだろう。ガザ市の医療当局は、死者数 1300でうち子供が420人、女 118人、高齢者 118人で、それに加えて 5500人が負傷したと発表した。イスラエルの侵略により精神的外傷を負ったり恐慌を来した人の数は当然含まれていない。助けの手も救助する人もなく瓦礫の下や農地のただ中で死んだ人々の数も当然含まれていない! 医者の言葉によると、何百人もの負傷者は二度と回復することもなければ、ふつうの暮らしに戻ることも
ないという! 何百人もが身体障碍者として生きることになる。
マスコミや衛星テレビはシファー病院からの報告として、一本のヴィデオの映像を流した。そこに写っていたのは、両脚をひざの上から切断された 15歳の少女、片脚しか残っていない少女、両目を失った少年、そしてほかの人々……。[病院の]外科手術室の数は限られ、使える設備も貧弱な中、住民の健康状況はどんどん悪化している。パレスチナ人の外科医を支援しにアラブ諸国といくつかのヨーロッパの国々から駆けつけた 60~70人の医師が助けになってくれているが、しかしそれでもなお、ガザにはいかなる治療も受けることができないでいる負傷者がいる。
……また、13人の救急医療隊員が、勤務中に命を落とした。何台もの救急車が、負傷者を救出し遺体を運ぼうとしている最中に撃たれているのだ! ガザ地区で何が起きているのか語ろうとするとき、すべて感嘆符つきになる!

第2週、イスラエルの攻撃ヘリコプターは、すべての人権と国際協定を公然と無視して、白燐弾を使った攻撃を開始した! イスラエルは国際社会のことなど何一つ気にしていない。これらの爆弾は負傷者に火傷を負わせる。実際、それによって多くの負傷者が命を落とした! マッツ・ギルバットという名のノルウェーの外科医がガザに数日間滞在し、シファー病院の救急部で外科手術を執刀した。ギルバット医師は 2009年1月12日に発って帰国した。
同医師は次のように語った。「ガザで負傷したり死亡した民間人の数は、イスラエルが住民全体を計画的に攻撃していることを証明る。……(中略)……病院は能力の限界に達している。
すべての医者が昼夜なく手術を行なっていて、しかもまだ何千人もの人が治療を受けられずにいる。……(中略)……これは、ガザ地区のパレスチナ民間人に対する全面的戦争だ。……(中略)……檻の中の 150万人の人々を爆撃している。」この証言は、同医師へのスカイ・ニューズ[英国のニュース局]によるインタビューと
して以下から参照できる。
http://www.youtube.com/watch?v=Ev6ojm62qwA&eurl=

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月14日 (土)

低レベル放射性廃棄物 大月町 JANJAN

低レベル放射性廃棄物もお断り(高知県大月町)
http://www.news.janjan.jp/area/0902/0902117249/1.php
小倉文三記者が、大月町の学習会に参加し、記事を載せています。
大変わかりやすく、会の様子もよく伝わってきます。ぜひ、ごらんください。
核廃棄物処分場など、とんでもないことだと拒否し続けることが大切だと思います。日本全国どこもいやなのだと、反対することで、核の危険性を考え、これ以上、負の遺産を増やさないことにつながっていくと思います。
よく、電気を使う以上、どこかが引き受けなければいけないのだという話を聞きます。これは、すでに核を容認した上での論理です。
私たちは、核そのものの危険性を問い続けていかなくてはならないのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

広島 反貧困ネットワーク設立

民営化、規制緩和といった新自由主義のグローバリゼーション、そしてアメリカ合州国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機、世界同時不況によって、日本国内でも「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」ということが言われるようになり、貧困や経済的な格差の問題が「途上国」「第三世界」のことだけではなくなってきました。「平和都市」とも言われるこの広島でも、マツダが「派遣切り」を行ない、寒空の下で路頭に迷う人たちが出ているのです。

 戦争が不在ではあるけれども、貧困や経済的な格差という構造的暴力のある状態は、消極的平和ではあっても、積極的平和、すなわち真の意味での平和とは言えないのではないでしょうか?

 64年前に核兵器の惨禍を体験した街であるヒロシマから、ただ単戦争が不在というだけではなく、貧困や経済的な格差という構造的な力のない積極的平和、真の意味での平和をつくり出すために、垣根を越えてつながりましょう!

 2月7日(土)に行われた反貧困ネットワーク広島設立総会の集会ピールや写真集などを紹介します。

↓反貧困ネットワーク広島のホームページより

設立総会 式次第
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/sokai-sikisidai.html

設立総会 集会アピール
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/opening-appeal.html

設立総会写真集1
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/opening-photos1.html

設立総会写真集2
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/opening-photos2.html

設立総会写真集3
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/opening-photos3.html

↓反貧困ネットワーク広島への入会関連のURLです。

入会申込書
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/join.pdf

入会申し込みメールフォーム
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/contact.html#mail-form

↓ウェブログおよびホームページには反貧困関連の取り組みの最新情報がUPされていま
す。

反貧困ネットワーク広島のブログ
http://hinky.exblog.jp/

反貧困ネットワーク広島のホームページ
http://www.geocities.jp/hinky_hiroshima/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

高知白バイ事件 検察審査会

KSBが高知検察審査会「不起訴不当」決議を報道をしました

  もちろん、高知地検・小野正弘次席検事のコメントも報道されています。

  詳細は→「KSB映像はこちらから」http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7

  検察について鳩山前法務大臣が国会で、詰まりながらもコメントをしてる映像が流れています

  必見です
*証拠隠滅罪の時効は3年。再捜査まで、あと1月しかない。
 審査会に、強制力はない・・・これまで、再捜査に至ったものは1割。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガザ ひと月前には

件名:【転送転載歓迎】母親の遺体とともに見つかったガザの子ども達
差出人:どすのメッキー
送信日時:2009/01/09/22:43

どすのメッキーです。

 世界で最も勇敢な組織は、国際赤十字委員会(と赤新月社)、と国境なき医師団だとよく言われます。彼らは、誰よりも早く戦場や被災地に駆けつけ、一番最後に撤退する、と。

 しかし、イスラエルは、ガザ地区への赤十字(と赤新月社)の立ち入り
も、ジャーナリストの立ち入りも妨害し続けています。

 国連の赤坂清隆広報局長は8日、イスラエルの大使へ書簡を渡「客観的で事実に基づいた情報を得ることはどんな時でも不可欠な重要性があり、今のような緊急事態では特に重要な役割がある」とし、国際メディアがガザに速やかに入ることを保証するよう、イスラエル政府に要請しました。赤坂氏は、国際メディアがガザに立ち入ることを許されていない、という海外報道協会からの訴えを受け、事実を知ることは世界人権宣言第19条でも明記された基本的権利だ、と強調しました。

 人道に十分配慮していると言い張るイスラエル軍が、報道に目隠しをした新しいゲットー(ベネズエラのチャベス大統領は、新しいホロコーストであり、イスラエルとアメリカは国際法廷で裁かれるべきだ、と述べました)で何をしているのか、NYタイムズのこの記事を読んだだけでも、戦慄を覚えます。中立をモットーとする国際赤十字委員会が紛争の一方の当事者をこれほど明確に非難するのは、極めて異例です。

 日本のメディアでも一部報道されていますが、詳しい記事を全訳で紹介します。

************************************************************
■母親の遺体とともに見つかったガザの子ども達
【Gaza Children Found With Mothers’ Corpses】
 http://www.nytimes.com/2009/01/09/world/middleeast/09redcross.html
(8/Jan./2009 by ALAN COWELL NY Times)

 国際赤十字委員会は、木曜日に「衝撃的な」場面に出会ったと述ました。赤十字委員会の代表が、イスラエルの砲弾で打ち壊されたガザの一部に初めて足を踏み入れたとき、小さな子ども達が母親の遺体に寄り添っているのを。赤十字委員会は、戦闘地域において負傷した人を保護する義務に違反しているとイスラエルを非難しました。

 この非難に対し、イスラエル軍は直接のコメントを控えています。イスラエルは声明で故意に「パレスチナの民間人を人間の盾として」利用しているとして、ガザの敵対者ハマスを非難しています。そして、イスラエルの陸軍は「戦闘中でも、市民が支援を受け取れるように、国際救援組織と密接に協力して働いている」と述べました。

 イスラエル軍は、声明で「決して故意に民間人を狙ったりはしないし作戦を中断してでも民間人の命を救い、無実の市民を支援するために負傷の危険まで冒す意欲を見せている」と述べ、「いかなる深刻な申し立ても、いったん正式にそのような苦情を受ければ、現在の軍事行動の制約の中で、適正に調査される必要がある」と断言しました。

 ジュネーブにある国際赤十字委員会本部は、ガザ西部のZeitounの被害を受けた地域に立ち入ることを土曜日から求め続けていたのに、イスラエル当局が許可したのは水曜日、まさに人道的見地からガザに対する3時間の攻撃中止を受け容れた初日だけだった、と例を見ない厳しさで批判しました。

 声明によれば、水曜日、赤十字が同行したパレスチナ赤新月委員会の4台の救急車が、Zeitounに向かったところ、そこの家々のひとつで「4人の幼い子ども達が亡くなった彼らの母親に寄り添っているのを見つけました。子ども達はあまりに衰弱していたので、立ち上がることもできなかったのです。また、成人の男性一人が生きてはいるもののやはりたつこともできないくらい衰弱していました。マットレスの上には少なくとも12人の遺体が横たわっていました」

 救援隊の声明は続きます。「別の家では、負傷者を含む15人の生存者を見つけました。また別の家では、さらに3人の遺体を見つけまた。この家からおよそ80m離れた地点で任務についていたイスラエル兵は、その場所は立ち入り禁止だと救援隊に立ち退くよう命令しました。他のいくつかの場所でも、2台の戦車とイスラエル国防軍が近くにいました」

 イスラエル軍が塹壕を掘ったため救急車が目的地に入ることができず、「子どもや負傷者を救急車まで補助カートで運ばなければなりませんでした」と声明は述べました。

 声明は、事態を「衝撃的」と表現したの国際赤十字委員会のイスラエルとパレスチナ地域代表Pierre Wettach氏の言葉を引用しました。

「イスラエル軍が状況に気付いていたのは間違いありませんが、彼らは負傷者を放置しました。イスラエル軍は、わたし達にもパレスチナ赤新月社にも負傷者の救助を認めませんでした」

 国際赤十字委員会は声明で「この場合、イスラエル軍は負傷者を保護して避難させる国際人道法下の義務を果たさなかったと考えます。救助の遅れは決して許されません」と述べました。

(仮訳 どすのメッキー 9/Jan./2009)
************************************************************

 国境なき医師団は設備も電力もままならない現地で、24時間体制で、すべてをなげうった努力を続けています。しかし、イスラエル軍の攻撃と封鎖が、これ以上続けば、彼らにも限界がきます。

 http://www.msf.or.jp/news/2009/01/1567.php

 UNRWAも一時撤退を余儀なくされた今、即時停戦の声は一瞬も緩めることができない状態になっています。

この記事を投稿した直後、ザイトゥンの死者が、明らかに民間人を狙った大量虐殺によるものだと国連機関が発表したというニュースを目にしました。

「国連人道問題調整事務所(OCHA)は9日、パレスチナ自治区ガザ地区のガザ市近郊のザイトゥン地区で5日、イスラエル軍が約110人のパレスチナ人市民を1軒の住宅に集めた上でそこに複数回砲撃をい、子供を含む約30人が死亡したと発表した。」
(毎日 9/Jan./2009)
http://mainichi.jp/select/today/news/20090110k0000m030062000c.html

 ソンミ事件を連想させるような酷い仕打ちです。これはもう一般的に紛争と呼べる状況ではなく、ましてやハマスの武装組織を目標にしたものでさえなく、最初からパレスチナ人全体を対象にした虐殺にほかなりません。選挙後与党であり続けたいために、ここまで人間はここまで残酷で罪を恐れぬこ
とができるのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

ガザから帰国 志葉玲

ガザに入っていたジャーナリスト志葉玲さんが、帰ってこられました。
帰国第一声が志葉さんのウェブサイト http://reishiva.jp/news/?id=4139
に出ていますので送ります。このサイトからも目が離せません。

転送・転載歓迎。

~~~~ 以下 http://reishiva.jp/news/?id=4139 より転載 ~~~~

REI SHIVA Official Report Web Site

NEWS

   ガザより帰国しました。

                    2009年02月08日 20:26:00

 ご心配おかけしましたが、昨日、パレスチナ自治区・ガザでの取材より、無事帰国いたしました。今回の取材は、私としては全く遅まきながらで、恥を忍んでの現地入りでしたが、それでも、やはりガザに行って良かったと思いました。親を目の前で殺された子ども達、徹底的な破壊の中で、全てを失った人々、そして、まるでジュネーブ条約などないものように、多用された非人道兵器・・・。日本の人々に伝えるべきことは、あまりに多いと感じます。

 メディアの移り変わりの速い日本では、人々のガザへの関心ももう薄れているかもしれません。ただ、現地では家を失った人々が、現在もなお、水や食料、テントや毛布もロクにないまま、破壊され尽した瓦礫の山の中で過ごしています。本来ならば、もっと大規模な人道援助がなされるべきですが、イスラエル側の意向で、物資の搬入や医療チームの現地入りすら、はかどらないのが現状です。何より、1300人を超える人々が国際社会の眼前でムザムザと殺されていったことは、そう簡単に忘れるべきことではないでしょう。今回、宿泊できるホテルがなく、パレスチナ人のご家庭にホームステイさせてもらいました。帰国の際、その家のお母さんは「いつでも来ていいのよ。あなたは家族みたいなものだから」と涙をこぼし、その家の三女は「ここに残ってほしい」と言ってくれました。理不尽に殺され、苦しめられているのは、多くがこの家族の様な普通の人々です。

 このような殺戮が仮に北朝鮮やイランによるものだとしたら、先進国と呼ばれる国々の対応は果たしてどういうものだったでしょうか?大国やその同盟国であれば、何をやっても許されるという、この絶望的なまでの不平等、欺瞞、そして偽善こそは、自由と民主主義、人権という近代国家の理想を根本から揺るがすものでしょう。これは決してイスラエルとパレスチナだけの問題ではありません。私達の社会の根幹が問われているのだと痛感します。

 私としましても、微力ながらジャーナリズムの果たすべき役割を果たそうと思います。今発売中のFRIDAYに私の撮った写真とコメントが掲載されておりますが、これからも各媒体で取材成果を発表、各地での報告会をしていくつもりですので、もし本HP・ブログ等でご確認いただければ幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

AVAAZ 米国メディアに

オバマ新大統領が、ガザ「紛争」に対し、ここまで公正な対応をとってい
ないのは、彼自身の問題もありますが、大メディアの偏った報道で、公正な対応が世論の多数派になっていないためでもあります。

 ガザの停戦署名を集めてきたAVAAZが23日、そのようなメディアを
改善する具体的なプランを発表し、カンパを呼びかけています。

************************************************************
【Help Obama Help Gaza】
https://secure.avaaz.org/en/gaza_media_balance/?cl=176063744&v=2750
(23/Jan./2009 AVAAZ)
(添付動画は著名なコメディアン、ジョン・スチュアート。アメリカの政治
家・メディアの一方的なイスラエル支持を「メビウスの輪」と批判し、議論
を呼んだ)

 米国メディアが極めて偏った姿勢をとり続ける限り、オバマ大統領が中東で公正な仲介をすることができません。平和のためにバランスのとれた報道を米国メディアの意思決定者に求めるAVAAZの取組にあなたの資金援助をお願いします。

 ヘルプ、ナウ!

 1400人以上が殺され、5000人以上が負傷して、ガザの紛争は一時停戦になりました。しかし、遺恨が積み重なったパレスチナ紛争の根本原因の解決に直ぐ取り掛からなければ、ひどい暴力が再び拡大するでしょう。

 平和を築く大きな希望のひとつは、オバマ大統領が率いるアメリカが公正で責任ある仲介の役割を果たすことです。しかし、米国メディアの強い偏見が最も大きな障害になります。パレスチナが軍事占領下にあると報道するメディアはわずか4%に過ぎません。紛争の当事者両方に共感できる米国人は25%に届きません。国内世論の圧力を考えれば、オバマ大統領でさえ、この問題に対して公正であるのは困難です。

 わたし達は、イスラエルとパレスチナの問題に関して、オバマ大統領が今すぐ歴史的な選択に挑戦すべきだと考えます。チェンジの風は米国メディアを席巻しています。この好機を活かす最善の方法は、じゅうぶん信頼できる個人に小規模の資金を提供し、この問題に一流のジャーナリストと編集者を関わらせ、パレスチナ人とイスラエル人の双方に、事実、情報、平和に関して率直な意見を聞く機会を提供することだ、とメディアの専門家がわたし達に言いました。この取り組みを支持する人を雇用するため、最初に4万ドルあれば十分です。そして、ガザとイスラエルで偏見を取り除くための世論調査を実施し米国メディアが公表するために1万5千ドルが支払われます。さらに、5万ドルをかけて、ガザ、イスラエル、ワシントンD.C.に「平和の壁」をつくり、お互いに、あるいはメディアに対してメッセージを投稿できるようにします。

 陳情に署名した人が2ドル(1.5ユーロ)ずつ提供してくれれば、100万ドルを集められるでしょう。これは、効果的な取り組みを始めるのにじゅうぶんな資金となります。オバマ大統領の任期は、この根深い紛争を終わらせる好機です。しかし、大統領もわたし達の支持なしではそれを遂行できません。わたし達誰もがこの問題を真剣に考え、協力して行動し始める時が来たのです。

 さらに、わたし達は、パレスチナ人とイスラエル人双方が平和のために率直で普通の声を米国メディアに届けられるような行動を公然と強力に推し進めます。どちらの側にも偏らず、わたし達の努力は、親平和が同時に親イスラエルでもあり、親パレスチナでもあることを示すでしょう。なぜなら、それは、双方の人々の持続的な安全と正義を擁護するからです。

 長い間、米国メディアは、バランスの取れた見解をほとんど欠いていました。石を投げるパレスチナの子ども達は、不法で抑圧的な軍事占領へのささやかな抵抗者ではなく、むしろ危険な暴徒のように描かれてきました。イスラエルが続けている占領の壊滅的な本質、すなわち、多くのパレスチナ人が打ちのめされそして殺され、わずかな運動や抵抗も厳しく制限された一種の巨大な刑務所の中で暮らさざるを得ないパレスチナ人の生活について、米国メディアはほとんど伝えてきませんでした。その一方で、同じメディアは、暴力の犠牲になった罪のないイスラエル人について、個人的な生い立ちにまで深く踏み込んで、アメリカ人の同情を誘う報道にどれだけ力を注いできたでしょう。この紛争に関して米国メディアが圧倒的な偏見にとらわれていることを確かめるため、以下いくつかのサイトをリンクしたので見てください。(【訳註】非常に多数のページを紹介しており、動画も多いので、代表的なものに絞り、役者コメントを添えて文末に紹介する)米国メディアがどちらの側にも同じように心を砕いて報道をしない限り、誰が大統領になっても公正な平和を仲介することはできないでしょう。

 チャンスがやってきたのです。長年のブッシュ政権のトラウマの後に、アメリカの民主主義とメディアに新しい風が吹きました。責任の新しい強調、揺ぎ無いジャーナリズム、そして、メディア専門家達がもっと公正であってほしいという本物の願望。他方では、1年あたり何千万ドルをつぎ込んで、米国メディアに戦争を支持する立場にたたせるための、いくつかの強力な組織が確立した大規模な宣伝のインフラがあります。これは、厳しいたたかいですが、これを避けた楽な方法などないのです。わたし達は、偏見ではなく公正を追求し続け、ジャーナリスト達が怠けずに、するべき仕事を行うのを支援します。オバマ大統領は、この地域に対する彼のアプローチとして、「公正」を約束しました。彼が約束どおり「公正」をもたらすことを政治的に可能にさせましょう。

 以下をクリックしてください。
 https://secure.avaaz.org/en/gaza_media_balance/?cl=176063744&v=2750

【訳註】この陳情は、名前を連ねる署名ではなく、取組の基金集めのためのものなので、賛同してお金を提供してもよい、と思われる方のみ、ページ下のフォームに従い、申し込んでください。基本的に、クレジットカード決済となります。
「2.Choose currency and amount」の「Currency」メニューで通貨単位を選択でき、日本の円も選べます。画面に表示されている以外の金額で寄付する場合は「Other (Numbers only)」の左をチェックの上、具体的な数字を入力してください。

(仮訳どすのメッキー 24/Jan./2009)
************************************************************

 陳情にリンクされたページで代表的なものを以下紹介します。
(コメントはどすのメッキー)

【The Blame Game in Gaza】
 http://www.fair.org/index.php?page=3667
(6/Jan./2009, FAIR)
 *ハマスのみを一方的に非難し、イスラエルの犯罪には触れない大手メディアの記事リスト。

【International Law Seldom Newsworthy in Gaza War】
(13/jan./2009, FAIR)
 http://www.fair.org/index.php?page=3672
*ガザの報道に関して国際法が軽んじられていることの記事リスト。

【The Dairy Show with John Stewart】
 http://www.thedailyshow.com/video/index.jhtml?videoId=213380t=Strip-Maul
 *ジョン・スチュアートの風刺番組のアーカイヴ

【If Americans Knew - A US project helping to convey alternative
perspectives to Americans】
 http://www.ifamericansknew.org
 *超推薦!パレスチナ紛争がいかに均衡を欠いているか、2000年9月29日以降の犠牲者数や国連決議数などで比較した資料。こは、国内での運動、特にメディアや政治家へのはたらきかけに使えます。
 例えば、殺された子どもの数、パレスチナ対イスラエルで1050対
123、拘束された政治犯の数は、10756対1、失業率は23%対7.
3%、壊された家は18147対0!
 一方で、国連決議の対象は0対65!!!

************************************************************

 呼びかけ団体のAVAAZは、国際市民団体 Res Publica と、インター
ネットでの市民運動の先駆者である米国の Moveon.org により共同設立されたネット運動体で、世界の様々な団体と連携して、英語等ヨーロッパ系言語のほか、日本語、中国語、ウルドゥー語、トルコ語、ネパール語、ダリー語イラク)等、数多くの言語で、政治を市民の手に取り戻す呼びかけを行っています。

感謝と尊敬をこめて。

24/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

イスラエルとナチス

Subject: [eforum:01640] ◆イスラエルがガザでしたことは、ナチスが欧州
でしたことと同じ。日本独占スクープ写真
From: "aoyama"
Date: 2009/02/08 12:55

みなさま

 青山貞一です。

 中東の知人から40数枚の写真が「独立系メディア」編集部に送られてきました。

 これを見ると、イスラエルがガザでしたことは、まさにナチスがポーランドなど欧州でしたことと同じです。

 以下をご覧下さい。
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm

*イスラエルとナチスの写真が、対で掲示されています。

ガザに隔離壁を作り、経済封鎖をして極限状態に追い込めた後、爆撃し地上軍を送り込んで市民を射殺していく構図。ナチスと同じ手法をとっても、それがユダヤのためであれば正義となる・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パレスチナ難民の子ども

【転載・転送歓迎】

みなさま、

京都のおかです。

今日、パレスチナの子どもの里親運動(JCCP)から手紙が来ました。
新しい里子が決まったという連絡です。

JCCPは、レバノンのパレスチナ難民の子どもたちの支援活動をして
いる団体です。

1982年のサブラー・シャティーラ両キャンプの虐殺で親(とくに一家の
働き手である父親)をなくした子どもたちを経済的に支援するために、
1984年、広河隆一さんが中心になって始めました。

里親と言っても、子どもをひきとるわけではなく、レバノンの難民キャンプに暮らしているパレスチナ難民の子どもに毎月、支援金を送ります
(5500円/月)。

いま、全国で約300人の方が里親になっています。

わたくしは、80年代半ばに里親になって、今回の里子で5人目です。
1997年生まれのアブドゥルラフマーン・ジャーベルくんという12歳の男の子、5人兄弟の3番目です。

そのプロフィールを読んで、胸が塞がれる思いです。

家族はナハル・エル=バーレド・キャンプという、レバノン北部の難民キャンプに暮らしていました。でも、2年前の夏、レバノン国軍の攻撃を受け、キャンプは徹底的に破壊されました。

キャンプの人々は、バッダーウィー・キャンプという、近くにある別のキャンプに避難しました。
バッダーウィー・キャンプの人口は1万5000人。すでに過密なキャンプに、ナハル・エル=バーレドから3万人の住民が避難したのです。

いま、アブドゥルラフマーンの家族は、父親の親戚といっしょに、ガレージを借りて、そこに暮らしているそうです。

お父さんは病気で仕事はありません。
家族は、さまざまな人道支援団体の援助で生活していますが、じゅうぶんではありません。家族は、お父さんの治療代も払わなければなりません。

18歳になる長男(無職)は精神をわずらい、治療を受けているそうす。14歳になる次男も「無職」とありますから、学校をすでに中退しているのでしょう。

アブデルラフマンもまだ12歳ですが、進級試験に何度も落ち、学校を中退しました。でも、専門的な技術を身につけようと思っても、12歳では幼すぎます。しかも、小学校4年生程度の教育しかないのです。いまはなんとか、自動車整備の訓練を受けているそうです。

狭いガレージで10人以上の家族が暮らしています。勉強だってままならないでしょう。進級できなくて当然です。

生まれてからずっと、そんな暮らしです。学校も続けることができず、手に職もなく、仕事もなく、未来に希望もなく、お兄さんが精神を病んでしまうのも当然かもしれません。

その家族を31歳のお母さんが一人で支えています。

これまで支援してきた里子のなかで最悪の状況に生きている子です。
でも、この家族よりもさらに悲惨な状況を生きている家族も無数にいるのでしょう・・・。

添えられた顔写真には、聡明そうで、腕白そうな、かわいい男の顔が写っています。

この子にはいったい、どんな未来があるのでしょうか?
長男の姿は、6年後のこの子の姿なのでしょうか?

学歴もなく、専門的な技術もなければ、レバノンを出て、どこかヨーロッパの国で未来を切り開く可能性もありません。

27年前、サブラーとシャティーラの両キャンプに閉じ込められた住民たち2000名以上が虐殺されたように、2年前の夏、ナハル・エル=バーレドキャンプが砲撃され、破壊され、難民として生まれ育った彼らが、再び新たな難民となってしまったように、未来の彼を待っているのは、新たな虐殺、新たな難民化なのでしょうか?

このエンドレス・フィルムはいったい、いつ終わるのでしょうか?

彼らの生活を支援し、彼らが生きていくのを支えることはぜったいに必要です。でも、それだけでは、難民キャンプという牢獄の無期懲役から
アブドゥルラフマーンも、彼の未来の子どもたちも決して解放されません。

これは、ガザの場合も同じです。

破壊されたガザの復興のために支援をするのはぜったいに必要なことです。でも、それだけでは、問題はなにも解決しません。

私たちが、そして、国際社会が、ほんとうにしなければならないのは、レバノンの難民キャンプにいるアブドゥルラフマーンが、そして、ガザにも無数にいるアブドゥルラフマーンが、難民キャンプで難民として、国際社会の善意によって経済的に支えられながら生きて、人生を終えるの援けることではなく、彼らが、私たちと同じような、自由な市民として、尊厳をもって、生きていけるようにすることだと思います。

そのためには、彼らが「今」を生き延びるのを支えながら、同時に、イスラエルによるガザと西岸の占領が終結すること(国連安保理決議242号)、イスラエルが、パレスチナ難民の帰還権を認めること(国連総会決議194号)、これらの実現のために、わたしたちが努力することがなによりも大切だと思います。

アブドゥルラフマンの「今」を私たちが支えるのは、彼が何十年後かに、難民のまま、難民キャンプで死ぬためではありません。何年後かに彼の子どもが難民キャンプで殺されるためでもありません。

ガザの復興を私たちが支援するのは、ガザの人々が、ガザに閉じ込められたまま、一生を送るためではありません。

1982年の秋にレバノンの難民キャンプで起きたことが、2008~2009年の冬、ガザで起きたように、この冬、ガザで起きたことは、何年かのちに、レバノンのアブドゥルラフマーンの身に起こること、かもしれません。

このエンドレス・フィルムに、私たちの手で、「ジ・エンド」の文字を
刻みましょう。
できるだけ、はやく。

それが実現するまで、レバノンにいる無数のアブドゥルラフマーンのことも、どうか、忘れないでください。

パレスチナの子どもの里親運動HP
http://www5e.biglobe.ne.jp/~JCCP/

賛助会員の制度もあります(1万2000円/年)。

おか まり

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

ガザ おかまりさんの講演

岡真理さんの講演1
http://jp.youtube.com/watch?v=M7uaAnDEYYw
岡真理さんの講演2
http://jp.youtube.com/watch?v=MYF65zNz-UA
岡真理さんの講演3
http://jp.youtube.com/watch?v=lGjQlEgFLdE
岡真理さんの講演4
http://jp.youtube.com/watch?v=l2wW4hcapyQ
岡真理さんの講演5
http://jp.youtube.com/watch?v=CICI1XMm8J8
岡真理さんの講演6
http://jp.youtube.com/watch?v=5EL6grhOJ4g
岡真理さんの講演7
http://jp.youtube.com/watch?v=UCA1Nog77bQ

アブデルワーヘルド教授のメールを訳してくれている、おかまりさんの講演を、ユーチューブで見ることができます。おかさんは、各地の抗議集会で講演を続けています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガザをめぐるラビの対話

どすのメッキーです。

 以下のブログと、ジョン・スチュアートの話は、知人から教えていただい
たものです。

 アメリカ在住のラビ(ユダヤ教の聖職者)のブログの記事をご紹介します。

 彼は、イスラエルの行動を批判してきましたが、イスラエルに住む同胞か
ら、現実を知らないからだ、と反論されたようです。それに対する彼の真摯
な返信です。

 こういう対話が世界中で無数に起き、実を結ぶことを願わずにいられません。

************************************************************
■批判しているわたしは何者なのか?
【Who am I to criticize?】
http://rabbibrant.com/2009/01/11/who-am-i-to-criticize/
(11/Jan./2009 by Rabbi Brant Rosen)

 『あなたは、ここで暮らすことがどういうことなのか、全く分かっていいのです。毎日何を強いられているか理解していません。わたし達はこの戦争の結果を受け容れなければなりません。わたし達を批判するあなたは一体誰なのですか?』

 もちろん、言われたことに間違いはない。わたしは何度もイスラエルを訪れ、そこで貴重な時間を過ごしました。心身ともに、敵との戦争に明け暮れる国で、どうやって暮らし、働き、子どもを育て、家をつくるのか、わたしには分かりません。

 そして、まさに今起こっている危機の最中、南部イスラエルで生活することがどんな様子なのか思い描くことさえできません。ミサイルが飛んでくるまさにそのときであることをあなたと家族に知らせる空襲警報が鳴ったら、いつでも逃げ出さなくてはならないことを当たり前のように知っている生活を送ってみることが。

 それは事実であり、わたしも認めなければなりません。アメリカに住むユダヤ人は、この紛争の心に傷を残すような現実を理解できません。わたし達の遠く離れた安全な家から見るガザの戦争と、国境を接したわずか数キロメートルの場所から感じる戦争はまったく違います。そこで暮らすことがどういうことか、今も将来もわたしが決して理解できないことを、イスラエルの友人達に対し認めます。

 けれども、その人生の大半をイスラエル人と同一視して送った者、イスラエルの大切な友人と家族がいる者として、わたしは、精一杯の誠意と尊敬を込めて書きます。わたしが、実際にそこに暮らしていないら、と言う理由でイスラエルの行動に口を挟むべきでないという提案をわたしは受け容れられません。

 批判しているわたしは何者なのでしょうか? わたしは、ユダヤ人家が建設されるまで離散した数百万のユダヤ人の一人です。シオニストの公式な物語によると、イスラエルは、わがユダヤ人が受け継いだものであり、わがユダヤ民族の家です。イスラエル国外で暮らしているユダヤ人として、わたしはそこに移住したいと決断さえすれば、すぐに市民権を得ることができます。(一方、その家族が数世代にわたってその土地に住んでいるパレスチナ人は恩恵を受けられません)それ故、イスラエルがわたしに関わりを持つことを意味するなら、ユダヤ国家がわたしの同胞の名において行っている行動に対する議論の発言権を持てないのでしょうか?

 批判しているわたしは何者なのでしょうか? わたしはアメリカ人です。莫大な経済力と軍事力でイスラエルを支援する世界唯一の超大国の市民です。その結果、現実問題として、わたしが払った税金はイスラエルの政策決定に大きく関係することになります。少なくとも、武力行使をするかどうかにおいては。また、わたしは、平和をつくることとは正反対としか思えない、例えば、パレスチナ領土の収用、家々の破壊、不公正な軍事裁判、占領したパレスチナ領土で定住するための大規模ビル建設など、多くの施策を事実上白紙小切手としてイスラエルに与えた政府を持つ国の市民です。

 以前の投稿で書いたように、わたしは、ハマスのミサイル攻撃に対するイスラエルの反撃が均衡を欠き、常軌を逸していると思います。ガザの人達に集団的な懲罰と深刻な人道危機を課している限り、イスラエルの安全を更に危機に晒すだけだと信じています。まったく、スデロトの市民に何が起きているに違いないかを理解できないのと同じように、この瞬間もガザの市民に何が起きているのか想像さえできません。空襲が繰り返される下で、水も電気もなく、食糧も欠乏して、病院は怪人でいっぱいになり、遺体は、救護員が立ち入れないために腐敗するまま通りに放置されている、そういう状態を。

 この危機において、パレスチナ人に非難を甘んじて受けろと言うのですか? そんなことはありません。陳腐な言い方ですが、非難は必ず自分に戻ってくるのです。しかし、アメリカに住むユダヤ人のひとりとして、わたしもイスラエルの行動に無関係ではありません。わたし達ユダヤ人とアメリカ人は、この危機の責任を分担して負わなければなりません。解決に貢献するために、わたし達はまだどれくらい努力しなければならないのでしょうか。

 まだお済みでないなら、JSTREET(【訳註】親イスラエルであり、
かつパレスチナ和平を目指すアメリカの団体、"http://www.jstreet.org/ ")の陳情に署名するよう奨めます。「すべての軍事作戦を終わらせ、イスラエルへのロケット攻撃も終わらせ、さらにガザの封鎖も解除して、イスラエル、パレスチナそしてアメリカに最大限の利益をもたらす有意義な停戦を実現するために」

(仮訳どすのメッキー 12/Jan./2009)
************************************************************

 また、たいへん著名なユダヤ系コメディアン、ジョン・スチュアートが、
"The Daily Show"という人気の諷刺番組で、ガザ情勢を取り上げ、アメリカの政治家、メディアの一方的なイスラエル支持を「メビウスの輪」と批判したそうです。

 スチュアートほどの芸人の発言は影響力もありますから、反論、攻撃を覚悟の上での発言だと思います。彼の発言に賛同するサイトも立ち上げられたようです。

 http://www.thankyoujonstewart.com/

12/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"
http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

ガザ・いま  石川逸子

ガザ・いま                   石川逸子
                         
ガザ いま 通学途上の子どもたちは 瓦礫の下敷きに
ガザ いま 窓ガラスを破られた暗いアパートで ひとびとは凍え
ガザ いま イスラーム大学の校舎は崩れ落ち 病院もねらわれ
ガザ いま 消防署が国連事務所が 難民キャンプの警察署が 爆撃され
ガザ いま 救急車も炎上し 野菜市場は空爆され 

ガザ そのひとたちはなにをした
(先祖伝来の土地を追われ 逃れてきただけ)
ガザ そのひとたちはなにをした
 (入植者に四〇%の土地も奪われ ひしめき暮らしているだけ)
ガザ そのひとたちはなにをした
 (出口・入口をふさがれ 袋のネズミにされているだけ)
ガザ そのひとたちはなにをした
 (道路もおりおり封鎖され 仕事にも学校にも行けないだけ)

ガザ いま その地に イスラエル機は無差別爆撃をおこない
ガザ いま その地に イスラエル戦艦はたえまなく砲撃をくわえ
ガザ いま その地に イスラエル戦車はわがもの顔に進撃し
ガザ いま アメリカ議会は そのイスラエルを支持し

ガザ いま その地で 夜もひとびとは逃げまどい
ガザ いま その地で もがきながら息絶えた ひとびと
ガザ いま その地で 両腕をもがれた 子どもたち
ガザ いま その地で 葬列はたえまなく

ガザ ガザ ガザ・・
ガザ その地はいま 水も電気も絶えかけ 食糧も危うく
ガザ その地でいま ながれ ながれつづける 無辜の血
ガザ・・・ガザ・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 3日 (火)

ガザ 映画「レインボー」シェハーダ監督

Subject: [AML 23950] ガザ 「レインボー」監督からのメッセージ
From: "OKA Mari"
Date: 2009/02/03 11:27

京都のおかです。

日本で映画「レインボー」の自主上映の動きが広がっていることを受けて、シェハーダ監督から、観客の皆さんに宛てたメッセージが寄せられました。

1月18日の町田の上映会でファクス・コピーで紹介され、1月29日の同志社大学での上映会で、主催者の方がデータの形に再入力してくださいまし
た。(板垣さん、ありがとうございます!)

以下、その内容です。

終わりのない、エンドレスで再生されるフィルムの中に生きているようだ、という言葉が胸に迫ります。

アースビジョンのHPにも追ってアップされる予定です。
上映会主催者におかれましては、ぜひ、観客のみなさんにご紹介いただければ幸いです。

おか まり

********* 転送・転載可 *********

シャハダ監督からのメッセージ

(日本語訳)

私の作品をご覧いただく方々に

私たちは、パレスチナ人として、自らの歴史が世代を超えて繰り返れてきたのを見てきました。私たちは、自らのアイデンティティを考えるとき、もはや占領に束縛されていることと切り離すことができません。国家としての地位と自由の実現に向けた不断の苦闘によってもたらされた、被害者の自己イメージと切り離すこともできません。私たちは、現実のなかでも、映画のなかでも、エンドレスで再生されるフィルムのなかに生きています。私たちは、破壊された家、戦車、F16戦闘機、薬莢、ロケット弾といった同じ舞台装置を使い続けています。主役と敵役とを区別することもできないまま、被害者の立場を強いられているのです。

 「レインボー」は、私が2004年に制作した映画ですが、これと同じ物語を反復しています。私たちは今2009年に生きています。私は、皆さんがこの映画を、またリハーサルを何度も繰り返すように見なければならないことを残念に思います。しかも今回は、より進歩した兵器によって、わが民衆とわが街を実験台にしながら繰り返されているのです。この困難なときにあって、私は皆さんに映画を託します。そのメッセージを理解するために、見ていただきたいのです。

アブドゥッサラーム・シャハダ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガザ トラウマを負った子どもたち

メールその41】
日時:2009年1月27日(火) 7:29
件名:トラウマを負った子どもたち

家族を失いトラウマを負ったパレスチナ人の子どもたちは、心理セラピーや特別のケアを必要としている! 誰がこの子たちの世話をするのだ? ほんとうに疑問だ! 地元にも心理セラピーのための団体はいくつかあるが、諸般の事情で事態に対処できない。とはいえ、ここでその理由を説明しているわけにはいかない。子どもたちはなお、悪い思い出にうなされている;今なお、恐い夜や悪夢について語っている。
みじめさ、語られていない物語、ストレス、抑鬱の一連の姿が目の前で
繰り広げられているようだ!

そんなさなかに、おととい、悪夢のような日々の記憶がよみがえった。
PFLPが2発のロケットをイスラエルに向けて発射し、それに対してイスラエルが報復するという噂が流れたのだ。中央郵便局をはじめ政府の建物の多くから、そしてガザ市内の学校の多くから、みなが緊急避難した! だが、生徒たちは学校から走って逃げたものの、どこへ行けばよいか分からなかった;下校時間ではなかったので、スクールバスもなかったのだ! 海外メディアの特派員たちも事態の新たな展開ないし混迷化を恐れて、あわててガザを離れた!

きのうは、アメリカ製のF16戦闘爆撃機が頭上を飛んでいたのだがすわ空襲すると見せかけて、音速の壁を破って、すさまじい爆音をとどろかせたのだった! ガザ市内の誰もが恐怖におののいた。
どこかで爆発があったと思ったのだ!

イスラエルは依然、なんだろうとおかまいなく恐怖をあおり続けている!
それなのに、国際社会は真剣な顔で、ガザへの武器密輸について議論しているのだ! いったい何の武器がガザに密輸されているというのだ。
実際問題、侵攻が証明したのは、イスラエルのいかなる種類の航空機
であれヘリコプターであれ、困らせることのできる武器など、パレスチナ人は何一つ持ってなどいないということではないか。彼らは、対空砲火ひとつ受けずに飛来し攻撃したではないか!

彼らの戦車は、軍事用ブルドーザーがガザの農地の60%を破壊すのを護衛し、また、ジャバリーヤのエズベト・アーベドラッボと、ガザ市北部にあるアタートラのパレスチナ人の住宅を破壊するときもブルドーザーを保護した! 現場に到着したメディアの記者たちはその目を疑った。
土地全体がすっかり変わり果てていたからだ。

人々の精神状態さえすっかり変わってしまった。まるで地震か何かに
襲われたかのようだ。これらはみな、市民の住まいだ! 何千人もの人々が難民となって、UNRWAの学校で生活したり、〔今は変わり果ててしまった〕かつて自分たちの住まいであったものから離れて、どこかの親族のもとに身を寄せている! 今のガザのようすがどんなか、とても言葉では言い表せない!
ホロコーストよりおぞましい! 450人もの幼児や子どもがハマースのメンバーや支援者だったなどとはついぞ知らなかった!

みなさんはどうかご自愛ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 2日 (月)

低レベル放射性廃棄物処分場:大月町学習会

低レベル放射性廃棄物処分場:大月町議会が勉強会開催へ /高知
 ◇「誘致」に警戒の動き
 研究用原子炉などから出る低レベル放射性廃棄物の処分場について、大月町議会は町民有志からの誘致陳情を受け、今月中にも初めての勉強会を開く。国は全国の原発老朽化とともに廃炉解体時に大量に出る低レベル放射性廃棄物を処分する仕組みづくりを急ピッチで進めているが、受け入れ先の公募はもちろん、設置計画の策定や、受け入れと引き換えの地域振興策などの制度もまだ未整備。同町議会は誘致について「具体的な話ではない」というが、町内外からは警戒の動きも広がっている。【服部陽】

 ◇陳情を付託
 陳情は先月、町民6人から出された。陳情書には「町が赤字再建団体に近づき、再建団体になれば町民の生活に多大なる負担が求められる。これを防ぐ対策は処分場の誘致しか他に策はない」と勉強会の設置や町民の意見を聞くことを求めている。町議会は「住民の声は無視できない」として受理し、産業建設委員会に付託した。

 産建委では「廃棄物のイロハ」から国の原子力政策などを学ぶ方針で、3月議会をめどに結論を出す予定。市原泰議長は「風評被害が想定され、まだ具体的な話ではない。初歩から勉強し、住民への説明責任を果たしたい」と話している。

 一方、県内からは反対の動きも出てきており、近く組織が発足する見通しで、来月には大学教授を招いた学習会も予定。付託に反対した町議の一人は「処分場は観光や環境をモットーにする町政にはそぐわない」と話している。

 ◇ドラム缶55万本
 低レベル放射性廃棄物とは、原子力発電所の使用済み核燃料を再処理する際に出る「高レベル放射性廃棄物」以外の核のごみを表す総称。一般の原発から出るものは青森県六ケ所村で処分されるが、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)や廃炉解体中の新型転換炉「ふげん」(同)、茨城県東海村の再処理工場など研究用の原発や原子力関連施設、放射性物質を取り扱う医療機関や研究所から出るものは処分先が決まっていない。

 文部科学省によると、そうした廃棄物は全国の事業所約2500カ所で発生。現在の総量は200リットルドラム缶で約55万本。その8割はもんじゅやふげん、再処理工場などを持つ「日本原子力研究開発機構」(原子力機構)のものが占めている。

 国の構想では、セメントなどで固めてドラム缶に詰め、地下数メートル程度に放射能レベルに応じて鉄筋コンクリート製の施設などで処分する予定。処分場は敷地1平方キロを確保し、約40年間でドラム缶約50万本を埋設し、最長300年間管理。総事業費は約2000億円の見込みという。

 ◇制度は未整備
 行き場のない低レベル放射性廃棄物は「あと数年で満杯になる事業所もある」(文科省放射性廃棄物企画室)というが、法制度など処分に向けた仕組み作りは後追い。昨年、原子力機構が処分の実施主体となることが決まったばかりだ。

 国は先月、「埋設処分業務の実施に関する基本方針」を公表。処分場の選定は「当該地域の属する地方自治体(市区町村及び都道府県)の了解を得るものとする」としているが、受け入れ自治体に落ちる交付金などの地域振興策はまだ未定。同室は「立地は簡単にいかないと考える。施設との共生策を検討し、処分の事業内容や安全性などの説明を尽くし、理解を広めていきたい」と話している。

 だが、処分場の行方は、原発廃炉の先進事例として解体が始まったばかりのふげんから出る推定約5万トンの低レベル放射性廃棄物などの受け入れ先の問題も絡み、注目されている。原子力機構は今後、処分の実施計画を策定した上で、処分場の選定などを進めていく方針で、国は今後10年以内の処分場操業開始を目指している。

 ◇相次ぐ核ごみ問題
 県内では、これまでも核ごみの処分場誘致話が幾度も浮上しては消えている。

 低レベル放射性廃棄物処分場を巡っては06年に香美市内で原子力機構が関係する財団法人が説明会を開いたが、門脇槙夫市長が「受け入れるつもりはない」と表明し、沈静化した。また、高レベル放射性廃棄物処分場では、07年に東洋町が候補地選定に向けた調査に全国で初めて応募したが、町長選で推進派が負け、撤回している。

毎日新聞 2009年1月11日 地方版

*****
大月町で来年2月7日(土)午後2時~
放射性廃棄物問題の学習会を行うことが決まりました。
会場は大月町農村環境改善センター多目的ホール。
講師は小出裕章さん(京都大学原子炉実験所)。 人と自然がふれあう町民の会(仮称)と黒潮実感センターの共催です。

大西正祐
高知県四万十市
佐岡1047-2
HP:090-2784-6588
BLOG:http://jcphatazone.blog100.fc2.com/

*参加される方がいましたら連絡を。高知市から車で行く人もいますので、便乗できます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

チョムスキー オバマについて語る

イスラエル、イラク、経済危機に対しオバマが明らかにした政策
【Obama's Emerging Policies on Israel, Iraq and the Economic Crisis
 An Interview with Press TV By NOAM CHOMSKY】
 http://www.counterpunch.com/chomsky01282009.html
(28/Jan./2009 COUNTERPUNCH)

PT(プレスTV):チョムスキー教授、パキスタンのことからうかがいましょう。無人機によるアフガニスタンからパキスタンへの越境攻撃で人を殺害したことについて、ホワイトハウスはコメントを控えています。オバマは、この問題を解決するために、あなたがユーゴスラビアの件で触れていたリチャード・ホルブルック【訳註1】を選びました。

CH(N.チョムスキー):米国がパキスタンを自由に爆撃でき、重大な問題を何度も起こしてきたブッシュ・ドクトリンをオバマは明らかに引き継いでいます。例えば、アフガニスタンに近い、バジャール州では、たいへんな混乱と戦闘が続いています。部族指導者やそこの住民の調査によると、マドラサ【訳註2】への爆撃によって、80人から95人の人々が殺されたことが分かりました。米国の新聞では報道されてないと思いますが、パキスタンの新聞ではもちろん報道されています。

 報告を書いた著名な原子物理学者パルヴェーズ・フードバーイー【訳註3】は同時に、この種の虐殺がパキスタンと言う国家を脅かすほの、恐怖と報復を生み出すことを指摘しました。それは今実際に起こっており、わたし達はそれ以上のものを見ているのです。

 パキスタン政府は、この地域の作戦を指揮していた米国のデヴィット・ペトラエアス将軍【訳註4】に対し、最初のメッセージでパキスタンにもう爆撃をしないよう求めました。実に、アフガニスタンのカルザイ大統領からオバマ新政権への最初のメッセージも同じ内容、もう爆撃は望まない、ということでした。カルザイ大統領はまた、米国軍や他の国をはじめ、外国軍がアフガニスタンから撤退するタイムテーブルを要求しました。もちろん無視されましたけれどね。

--------------------------------------------------

PT:中東特使に任命されたジョージ・ミッチェルに楽観的な期待を持っている人々がいます。リチャード・ホルブルックにも。わたし達は、いわゆるスレブニツアの大虐殺【訳註5】で役割を果たせたかもしれないと思われるボスニア担当の元特使と話をしたことがあります。そして、デニス・ロス【訳註6】がイラン特使と噂されています。

CH:ホルブルックには、ユーゴスラビアでの経歴ほどではありませんが、それ以前にもきわめてひどい経歴があります。たとえば、東ティモールのインドネシア人の虐殺において、ホルブルックは、[米国の東アジア政策局長として]様々な任務を担当していた[が、東ティモールに対する軍事攻撃を支援し、インドネシアの虐殺隠蔽に貢献した。]ジョージ・ミッチェルは、もっと好ましい、まあそう言っておきましょう。彼には非常に好ましい経歴がある。北アイルランドで彼は何がしかを達成しましたが、この場合、目標がありました。

 目標は、イギリス人がIRAのテロに暴力に訴えて報復するのを終わら
せ、テロの根源である正当な不満に気を配ることでした。彼はそれに取り組み、イギリス人は不平に耳を傾けるようになり、テロは止まりました。これは成功でした。しかし、中東においてそのような見通しがありません。特にイスラエルとパレスチナの問題においては。わたしが言いたいのは、解決策がある、イギリスの場合と同じように非常に単純で率直な解決策があるということです。イスラエルは、占領地で米国に後押しされた犯罪を止めることができたはずですし、おそらく彼らへの反撃も止められたでしょう。しかし、それは検討されていません。

 事実、ちょうどオバマ大統領は記者会見を持ちましたが、その点で非常に興味深いものでした。彼は放物線のような平和のイニシアティヴ、アラブ連盟によって承認されたサウジアラビアのイニシアティヴを賞賛して、そこには建設的な要素があったと述べました。それは、イスラエルとの関係正常化を求めており、オバマ大統領は、アラブ諸国に、こうした「建設的な要素」、すなわち関係正常化を促進するよう求めました。

 しかしながら、それはアラブ連盟の運動のとんでもない歪曲です。アラブ連盟の運動は、長年国際合意となっている二国間国境の解決を受け容れるよう求めており、その実現を条件に、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化がはかれると言っているのです。オバマは、要求の前半部分、とても重要で、問題解決の鍵となる部分を読み飛ばしています。なぜなら、それは米国に重要な義務を課すからです。30年以上、米国はこの国際合意を妨害する立場に単独で立ち続けてきました。【訳註7】そして、それが米国とイスラエルを孤立させる結果となったのです。

 ヨーロッパ、そして今では他の多くの国家がそれを受け容れました。パレスチナ政府はもちろん、ハマスもずっとそれを受け容れています。アラブ連盟もずっと受け容れてきました。アメリカとイスラエルは、言動だけでなく、行動においてもずっとそれを拒否しています。ガザ地区をはじめ、占領地では、毎日のように残虐行為が起こっています。ですから、オバマ大統領がアラブ連盟の要求の前半を無視したのは、意図的なものです。外交的解決を実効あるものにしようと模索する世界の動きに加わらない米国の政策を継承するのが事実なら、ミッチェルの任務は意味がありません。

--------------------------------------------------

PT:オバマは、国境が開かれるべきだといいました。これによって何か政策の変化を期待できますか?

CH:そうは言いましたが、それが他の多くの文脈の中にあったという事実について言及していません。イスラエルもこう言うでしょう。国境は開かれるべきだが、例えばハマスのようにパレスチナ人によって選ばれた政府と対話するのは拒否し続けるでしょう。この点が、ミッチェルが関わった北アイルランドの場合とは全く異なります。それは、パレスチナ人が自由に投票したことを理由に罰せられなければならないことを意味しています。そして、オバマは、エジプト人を封じ込めるため[イスラエル外相]ツィッピ・リヴニと協定を結んだコンドリーザ・ライスのガザ政策を支持しました。これは、まさに帝国の傲慢さを示す行為です。それは彼らの国境ではありません。実際、エジプトはそれに強く反対しました。しかし、オバマは続けました。彼は、トンネルを通して兵器がガザ地区に密輸されるのを確実に防がなければならないと言います。一方彼は、はるかに莫大で致命的なイスラエルの兵器が運び込まれることについては不問でした。事実、ちょうどガザが攻撃されている最中の12月31日、ペンタゴンは、ドイツの船に3000トンの軍事物資をイスラエルまで輸送するよう命じていたことを発表しました。ギリシャ政府がそれを防いだため、それは上手くいきませんでした。【訳註8】しかし、ギリシャを通らなくても、他のどこかを通ることもできたでしょう。これは、ガザ攻撃の最中の出来事なのです。

 実際には、非常にわずかな報告と質問がありました。ペンタゴンは、面白い方法でこれに対応したのです。彼らは、この物資はガザへの攻撃に使われるものではない、と言いました。事実、彼らはイスラエルがオバマ就任の前に攻撃を停止するのを知っていました。オバマが[就任演説で]ガザ攻撃のとに触れなくて済むように。それでも、ペンタゴンは、この物資が米軍の陣地を確保するために使われていると言いました。言い換えれば、長い間行われていることですが、イスラエルは、世界の重要な産油地域の周縁に配置された米軍基地としての役割を拡大し、補強しているということです。何故と聞かれるたび彼らは、防衛や、安定のためと答えるでしょうが、それは更に攻撃的な行動の準備に他ならないのです。

--------------------------------------------------

PT:ロバート・ゲーツ【訳註9】とアドミラル・マイク・マレン【訳註10】は、16か月のイラクからの撤退期限は、選択のひとつにすぎず、オバマが宣伝で話していることに前政権と大きな差はないと話しています。そ
して、ヒラリー・クリントンが、イランのすべてを跡形もなく破壊し、7000万人を抹殺する準備ができていると語ったことは良く知られています。【訳註11】イラクとイランにおいて、何か変化があると思われますか?

CH:イラクで起こったことは、きわめて興味深く、また、重要です。現地を体験し何がしかの真実を知っている通信員はほとんどいません。パトリック・コックバーン、ジョナサン・スティール、あと一人か二人でしょう。重要なのは、顕著な非暴力の抵抗運動があったということです。その運動は、アメリカがその計画と目標から一歩ずつ後退するよう追い詰めていました。
彼らは、アメリカが実施を望まずあらゆる手段を使って回避しようとした選挙を、アメリカ占領軍に実施させました。そして、そこからついに彼らは、オバマ政権が誕生するなら、アメリカは[イラクにおいて]戦争目的の大部分を放棄するという強制力のある協定を受け容れさせました。これによって、アメリカがイラクで建設した巨大な軍事基地は使用できなくなるでしょう。これは、石油資源にどのようにアクセスし、使用するかアメリカが自由に決定できないことを意味します。そして、実際にあらゆる戦争目的は無くなります。

 もちろん、アメリカが約束どおりそれを履行するかどうか疑問はありま
す。また、あなたが報告していることは、アメリカ政府が履行をうまくれようとしている深刻な懸念を示しています。しかし、イラクで起こったこと
はとても重要で、これまで悲惨を舐めていたイラクの人々に対し深い信頼を持っています。わたしは、こう言いたいのです。イラクという国は完全なまでに破壊されしまいました。それでもイラクの人々は、アメリカを、その主要な戦争目的から、なんとか正式に追いやったのだと。

 イランの場合、オバマは[ヒラリー・]クリントンほど挑発的ではありせんが、両者の立場はほとんど同じようなものです。オバマは、すべての選択肢を排除しない、と言いました。さて、その選択肢にはどんなことが含まれているでしょうか。ご承知のように、おそらく核戦争を含んでいます。それは選択肢の一つです。アメリカ人が望む段階的な方法を彼がとる徴候はありません。アメリカ人の圧倒的多数は、事実上原子力エネルギーを開発するために、イランを核拡散防止条約の署名に加えさせるべきだという、非同盟運動を長年支持し賛成しています。それは、核兵器を開発する権利を認めることであってはなりませんし、更に興味深いことに、同じくらい、そう75%から80%の割合で、この地域、すなわちイラン、イスラエル、そして駐留アメリカ軍を含めた範囲で、あらゆる種類の検証を行い、非核地帯を確立することを要求すべきです。

 こうした努力が、おそらく紛争の主要な要因のひとつを排除できるかもしれません。しかし、オバマ政権には、こうした取り組みを検討しようとする兆しがないのです。

--------------------------------------------------

PT:チョムスキー教授、最後におうかがいします。今ニュースはアメリカ経済の問題でいっぱいであり、すべてのアメリカ人の生活、ひいては世界中の人々に影響を与えています。8250億ドルのパッケージ【訳註12】があります。オバマ政権は、これをどのように使うとお考えですか?

CH:本当のところ、誰も分かりません。経済で今なにが起こっているのか、よく分かっていないからです。それは、非常に不透明な金融操作で惹き起こされており、それを解明するのは困難です。おおまかなプロセスが把握できても、8000億ドル、あるいは多分もっと大規模になるのでしょうが、政府の経済刺激策がこの危機を克服できるかどうか、分かりません。

 すでに、いわゆる部分的な企業救済のために、350億ドルを使っていますが、それらは銀行のポケットに入っただけでした。制限を設けない融資に使われると思われていましたが、銀行がそうしないと決めました。彼らは私腹を肥やして、彼ら自身の資産を回復し、他の銀行を合併買収するほうがましだと考えたのです。次の刺激策に効果があるかどうかは、それがどう扱われるか、対策が建設的な目的に使われるかどうか監視されるかどうかにかかっています。また、この経済危機がどれくらい深いのか、といったようなまだ知られていない要素にも左右されるでしょう。

 それは、世界的な危機であり、しかもたいへん深刻な危機です。西側諸国が危機に対処している方法が、危機に対して第三世界に実施されるべきモデルと完全に矛盾していることは衝撃的です。そのため、インドネシア、アルゼンチン、そのほかの国々で経済危機が起こった場の対策は、金利を高く上げて、経済を民営化し、公共支出を手控えるといった方法になります。西側諸国では、全く正反対です。金利をゼロ水準まで下げ、必要なら産業を国有化し、莫大な借金をしてでも市場経済に資金を注ぎ込みます。それは、第三世界がどうやって債務を返済するかと正反対です。この矛盾について言及されない状況が顕著に見えます。

(仮訳どすのメッキー 1/Feb./2009)
**************************************************

【訳註】

1:リチャード・ホルブルック:クリントン政権でオルブライト後任の国連
大使、ボスニア和平に関わった。オバマ政権ではアフガニスタン・パキスタン特使。ヒラリーの外交政策は彼の影響を強く受けていると言われる。

2:マドラサ:アラビア語で「学校」を意味し、現在はイスラム世界におけ
る宗教教育機関。モスクと併設される場合も多く、一般に寄進財産で運営。

3:パルヴェーズ・フードバーイー:2001年7月、同じパキスタンの物
理学者ジヤー・ミヤーンとともに、ドキュメンタリー映画「核の影に覆われたパキスタンとインド」を完成。

4:デヴィット・ペトラエアス将軍:イラク戦線の総司令官。

5:ボスニア紛争末期の1995年7月11日、国連安保理が設けた「安全地域」のスレブニツアをセルビア人勢力が総攻撃し、約1週間でイスラム系住民7000人以上を殺害した。

6:デニス・ロス:ブッシュ(父)、クリントン両大統領政権で中東特使。
ネオコンかつシオニストで、オバマ政権ではヒラリー国務長官の上級アドバイザーという重要な役割を与えられている。

7:オバマ大統領は、大統領選挙中の2008年7月、イスラエルのスデロトを訪れた際、エルサレムの帰属問題で国際合意がなされていないのを無視して、エルサレムが永遠にイスラエルの首都だと発言している。

8:米軍海上輸送司令部の情報をアムネスティ・インターナショナルが調査した報告によると、ギリシャのアスタコスからイスラエルのアシドッドに送られる予定だった物資の中には当初白燐弾が含まれていたが、取り消されたという。米国防総省は、イスラエルにおける米の備蓄庫に軍需品を送るための他の手段を検討している。

9:ロバート・ゲーツ:米国国防長官。ブッシュ政権からの留任。

10:アドミラル・マイク・マレン:米国統合参謀本部委員長。

11:2008年4月22日、大統領指名候補を争うヒラリーは、大統領に
就任した場合の政策に関するインタビューで「イランがイスラエルを撃し
たら、イランに報復攻撃をし、全滅させる」と発言し、さらに「(こうした
警告が)無謀で愚かで悲劇的な行為を思いとどまらせるだろう」と付け加えた。イラン国連代表部は「挑発的で不当であり、無責任な発言だ」と書簡を国連に送付した。

12:2009年1月28日、米下院は8250億ドル(約80兆円)規模の景気対策法案を、賛成244、反対188で可決した。法案には、オバマ大統領が求めていた緊急支出と減税が盛り込まれている。上院での審議は2月1日の週から始まる予定だが、上院は27日の銀行住宅都市委員会と歳出委員会で、8870億ドルの景気対策を可決したことから、最終的に上院に提出される予算案は、8250億ドルを大幅に上回る見通しとなっている。

**************************************************

感謝と尊敬をこめて。

1/Feb./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes a little hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガザ ジャーナリスト(補足)

件名:【転送・転載歓迎】ガザでジャーナリストは再び過ちを犯した(後
編)>補足
差出人: どすのメッキー
送信日時: 2009/01/29 22:57

 どすのメッキーです

 さきほどの記事中の

「ジミー・カーターは、紛争を防ぐため彼とカーター・センターが行ってい
る努力について、ワシントン・ポストに特別解説記事を書いた。」

に関する関連です。

 ジミー・カーター元アメリカ大統領は、水曜日(28日)アルジャジーラ
の取材に答え、将来イスラエルとパレスチナの間で結ばれるいかなる恒久的な協定にも、ガザを統治するパレスチナ人の運動体としてハマスを参加させるべきだと述べました。

 カーター氏は、ハマスとファタハの和解が米国とイスラエルの工作で妨害されたと指摘し、2007年の民主的選挙で選ばれたハマスに率いられた統一政府をアッバスが略奪したとの見解を示しました。

 その上で、ハマスは、政権奪取後イスラエルに対する攻撃をやめ、停戦協定をほぼ守っていたとも語り、ハマスを除外して中東に平和を保つことはできないと強調しました。また、オバマ政権が中東特使に任命したミッチェル元上院議員の働きに期待を表明しました。

感謝と尊敬をこめて。

29/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes a little hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »