« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月30日 (日)

信州中川村 曽我逸郎村長

2008年11月06日 曽我逸郎

長野県戦没者遺族大会・戦没者追悼式、靖国神社

 長野県戦没者遺族大会と長野県戦没者追悼式に出席した。いろいろ考えさせられることがあった。
 最も気になったのは、たくさんの来賓の方々が挨拶をされ、追悼の言葉を述べられたが、どの言葉も、その場を耳障りよく流れていくことに気をつかうばかりで、真剣に突き詰めて考えられたものではなかったことだ。

 「戦争で亡くなった方々の尊い犠牲があって、現在日本の平和と繁栄があることを、私たちは一瞬たりとも忘れてはならない。」
 登壇したおそらくすべての人がこのようにおっしゃった。様々な戦没者追悼式で必ずといっていいほど言われる言葉だ。しかし、本当にそうだろうか。戦争の犠牲がなければ、平和と繁栄は得られなかったのか。私にはそうは思えない。もし戦争がなくて、平和のまま、犠牲になった兵士や市民が元気に活躍し、それぞれの夢や計画に邁進しておられたら、今の世の中は、もっともっとよいものになっていたのではないのか。戦死した皆さんは、戦争で犠牲となることを強いられることによってではなく、農業や得意とする技術やみずからの構想を実現することによって、日本や社会に貢献することを望んでおられた筈だ。私たちは、かけがえのない人たちを失ったのだ。破壊と殺戮が、どうして平和と繁栄に貢献するのだろうか。
 戦争による死を、「無駄ではなかった、意味があった」と信じたい遺族の方々の感情はよく分かる。しかし、「平和と繁栄のためには犠牲が必要だった」という考えは、危険な芽を孕んでいる。「今後も平和と繁栄のためには時として犠牲が必要となる。」こういう考えを誘い入れかねない。勿論、演壇に立たれた方々がこんなことを主張された訳ではない。しかし、深く考えていないために、突き詰められればこういう考えを容認することになる。
 「世界の恒久平和実現に向けて一層の努力を傾けることを、戦争の犠牲になった皆様の前でお誓い申し上げます。」
 壇上からの言葉の多くは、こういう形で締めくくられた。それと同時に、多くの方が、「今も繰り広げられるさまざまな地域紛争に心が痛む」とおっしゃった。なのに、なぜ、「テロとの戦争」に加担していることは不問に付すのか。誤爆その他で幼い子供を含む多くの一般市民が犠牲になっているにもかかわらず…。それを私たちは私たちの税金によって支援しているのに、なぜ知らないふりをするのか。戦争ができるように憲法を変えようとする動きに、なぜ何も言わないのか。
 「テロとの戦争」と誰かが名づければそれでいいのか。「自由のため」の戦争ならいいのか。「平和のため」の戦争ならいいのか。「繁栄のため」の戦争ならいいのか。「国益のため」の戦争ならいいのか。もしそういう条件付きでの「恒久平和」の希求なら、そのように言うべきだ。しかし、そんなものは恒久平和とは言えない。だから、思考を停止して、その場その場の空気の中で耳障りのいい言葉を流すだけになる。本心では戦争を否定する覚悟はない。
 愚かな政治が始めた愚かな戦争の愚かな作戦に引きずり込まれて、餓え、あるいは熱帯の熱病にうなされ、あるいは極寒の地に凍えて、家族を思い故郷を思いながら、夢を奪われて亡くなっていった方々の無念を真摯に思い致せば、耳障りのよい場当たり的な言葉で済ますことはできない筈だ。真剣に覚悟を決めて絶対的に戦争を拒絶することこそが、戦争の犠牲になった方々の心に適うことだと信ずる。

以下省略

「信州 中川村 なかがわ」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月29日 (土)

兆民記 12月13日

兆民忌
12月13日(土)は東洋のルソーといわれた中江兆民の亡くなった日です。

兆民忌プログラム
  1、民権紙芝居   演題「ふたたびあがる自由の叫び」
                語り部 馬鹿林明美氏(元民権記念館ガイド係)
  2.記念講演   「我が町内の偉人たち」
                講師 窪田充治氏(自由民権友の会事務局長)

 開催日時 2008年12月13日(土)午後6時30分~午後8時
 開催場所 来楽座 高知市菜園場町5―11
              菜園場電停北へ50m 西側かどっこ
 主催者  新堀川界隈草の根ネットワーク
 参加料  無料

http://white.ap.teacup.com/shinbori/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

米国金融資本主義 天木直人

100年に一度の世界金融危機の割には、世界の指導者が本気になって危機打開の新たな枠組みづくりに邁進しているように感じられないのは私だけだろうか。

 書店に足を運ぶと金融危機がらみの本が溢れかえっている。

 やれドル崩壊とか、米国一極支配の時代は終わったとか、そんなタイトルの本ばかりだ。

 その中で、「強欲資本主義 ウォール街の自爆」(神谷秀樹著 文春新書)という新書を購入して読みおえたばかりだ。

  住友銀行からゴールドマンサックスに転職し、今は独立してみずから投資銀行を経営しているという金融マンが書いたこの書は、米国金融資本主義の只中に在職しただけあって、「ウォール街」という言葉に象徴される米国金融資本主義の担い手たちのモラル喪失を、見事に教えてくれている。

  たとえば、ウォール街の強欲金融マンが米国政府の高官に抜擢された人事について、こんな会話を紹介している。

  ・・・「あんな欲深いヤツが政府の高官なんて、まったく政府の人事はどうなっているんだ」、
  「いい人事じゃないか。ウォール街にいる欲深い連中を監視するには、その中でも一番欲深い男を政府高官にするのがもっとも有効だろう。ジミー・カーター(信心深い良心的な元大統領)じゃ務まらないよ」
  「そりゃそうだ」・・・

  こんなエピソードから始まって、興味深い話が山ほど書かれている。それはもの凄い腐敗ぶりだ。

  金融界に生きる者にとっては目新しいことではない話でも、ウォール街の実態を知らない一般の我々にとっては、「ウォール街」がここまで犯罪的だったのか、これでは金融危機が起きるのも時間の問題だった、などと、あらためて思い知らされる。

  この書はまた、米国の行き過ぎた金融資本主義は、モノがつくれなくなった米国の行き着く先であり、それは実体のない詐欺的錬金術でしかなかった、それを「グローバル・スタンダード」という美名のもとにはやしたて日本に導入した小泉・竹中政権の対米追従政策こそ、日本国民を塗炭の苦しみに追いやったとして、つぎのように糾弾している。

 ・・・(世界金融危機を招いた)真犯人はいったい誰だったのだろうか。私は、まず真っ先に世界に過剰流動性をばら撒いた二つの国の政府を挙げる。一つはレーガノミックス以降、「財政赤字」、「貿易赤字」の「双子の赤字」を垂れ流したアメリカ政府であり、もう一つは(ゼロ金利を放置し)海外の高金利資産に投資する「円キャリー取引」を促進させた日本政府である・・・

 これも同感だ。

 今ではメディアも、小泉・竹中政権が唱えた「構造改革」が実は米国新自由主義時の手先でしかなかったという批評を遠慮がちに載せるようになった。

 せめてサブプライムローン問題が小泉・竹中政権の絶頂期に炸裂し、小泉・竹中政権を直撃していれば、日本国民ももっと早く目を醒ましたことだろう、と残念に思う。

 ここまではいい。

 ところが、読み終わってこの書を閉じたとたんに、いいようのない虚しさに襲われた。

 なぜかを考えてみた。

 著者は、経済学者下村治博士の警告を引用しながら、次のように結論づける。

 ・・・アメリカが、世界一の生産力を背景として、世界一の健全な経済を堅持してきたからこそ、アメリカのドルが世界の基軸通貨として成立しえたのであるが、もはや米国経済が世界経済の一つとして相対化され、米国経済に節度がなくなった現在においては、IMF,世銀を中心としたブレトンウッズ体制は新しい世界経済の枠組みに変わらなければならない・・・

 その通りである。

 そして、今度の金融危機を乗り切るには、これまでの世界金融システム、国際通貨システムを変える程の抜本的改革が必要である、という意見は、今ではあらゆる経済解説で見ることができる。

 ところが現実は決してそのようには動いていない。

 100年に一度の危機を乗り切ろうとする緊張感は感じられない。

 それは、単に国際政治の場において米国の覇権がいまなお衰えていない、という事だけではない。

 米国という国が決して覇権を手放さないだろうと思うからだけではない。

 IMF,世銀体制は終焉した、ドルの一極支配は終焉した、と唱えている人たちもまた、心の底では、米国の覇権主義は終わらないと思っているに違いないと思うからだ。

 そして、世界がここまで米国金融資本主義のうまみを味わった以上、各国もまたもとには戻れないと思うからだ。
 
 物欲主義、拝金主義に染め上げられた人々にとって、いまさらものづくりにはげめ、実物経済に戻れと言っても、それを素直に受け入れようとする者が多数を占めることになるだろうか。

 テレビで世界経済状況をまことしやかに語っている人々は、いずれも米国金融資本主義のおかげで高給を手にしてきた連中ではないのか。

 石川遼という少年ゴルファーの一億円プレーをメディアが騒いでいる。

 それでいいのか。

 彼には何の責任もないし、彼のプレーの素晴らしさは称賛ものである。

 しかし、未成年の少年が何億もの収入を手にする事をここまで喧伝する事自体が、拝金主義、勝ち組至上主義を煽ることではないのか。

 それが、金融危機の反省に立とうとしている時になすべきメディアの健全な姿なのか。

 派遣労働で酷使されている何百万人の若者の痛み少しでも思いを馳せる必要はないのか。

 経済番組で真っ先に報道されるのはニューヨークと東京の株式相場である。

 見ているがいい。

 もし株価がさらなる下落なしに上昇に転じていくのなら、もはや誰も金融危機の事は言わなくなるであろう。

 制度改革は遠のき、あらたなビジネスチャンスのテーマが模索されるに違いない。

 あれだけ金融危機が叫ばれても、株高が上昇し、資産価値が高まれば、それですべてが解決してしまうのだ。

 読後感に覚えた虚しさは、みなの心に潜む建前と本音の乖離を感じるからである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月27日 (木)

地層処分実規模設備整備事業 幌延

原環センターがエネ庁から受注した「地層処分実規模設備整備事業」
(地層処分のPR館)のために原子力機構の幌延深地層研究センターの
一部を使ったり共同で建設するようです。
 研究とPR施設建設の境目は完全になくなります。
 瑞浪超深地層研究所もPR坑道に電中研が加わるはずで、状況としては同じです。

原子力機構の発表
http://www.jaea.go.jp/02/press2008/p08103001/index.html

平成20年10月30日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター

地層処分実規模設備整備事業に係る契約等の締結について(お知らせ)独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡﨑俊雄、以下「原子力機構」という)と財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター(理事長 井上毅、以下「原環センター」という)は、平成20年10月30日付で「地層処分実規模設備整備事業における工学技術に関する研究」に係る共同研究契約及び施設・設備の共用に係る覚書を締結しましたのでお知らせします。

地層処分実規模設備整備事業は、本年度、原環センターが経済産業省資源エネルギー庁から委託を受けた事業であり、高レベル放射性廃棄物地層処分の国民全般との相互理解を深めるために、実規模・実物(実際の放射性廃棄物は使用しない)を基本とし、地層処分概念とその工学的な実現性等を体感できる設備を整備するもので、幌延深地層研究センターにおいて原子力機構と共同で実施するものです。

*****

北海道の幌延では、すでにボーリングが始まっているようだ。地層処分実施に向けて、具体的に動きだしたということである。幌延に関する情報を集める必要がありそうだ。

地震は地下数キロメートルの地殻変動である。たかだか、2,300メートルの深さに施設を作って、高レベル放射性廃棄物を埋め、それで終わりとは、なんと無責任な行為だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月26日 (水)

映画「0ゼロからの風」

- 高知 -
公開場所 高知市文化プラザかるぽーと  高知市九反田2-1


日程 2008年12月3日(水)「ミニメッセージ展」同時開催! 
開映時間 18:30~(開場17:30)
※鈴木共子さんの挨拶と講演会があります。

【お問合せ】高知上映委員会 (有)浜口保険事務所内 TEL:088-847-4005 

早稲田に通っていた息子さんが飲酒運転の車にひかれ、お母さんが想いでの早稲田に通って卒業した実話に基づくものです。

その鈴木共子さんに映画の後でお話を頂きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なぜここまで対米従属なのか 天木直人

私はよく質問される事がある。なぜ日本外交はここまで対米従属なのかと。

  はっきりと「こうだ」と断言できる答えを、もとより私は持ち合わせていない。

  外務官僚の出世頭はすべて対米従属者であり、日米同盟至上主義者である。逆に、外務省では米国を批判する者は中枢を歩めない。それは事実だ。

  しかし、それはあくまでも偉くなりたいための保身のなせる業であり、対米従属の理由に対する答えにはならない。

 米国に逆らうと失脚させられる、脅かされる、あるいは命まで狙われる、という話が陰謀論のごとくささやかれるが、それを確認出来ない以上、これまた「答え」として公言する事は出来ない。

  昭和天皇とマッカーサーの歴史的会談の中で、国体護持と日米安保体制(日米同盟)が、昭和天皇の強い意向により表裏一体の形で作られた、という史実を知れば、なるほど対米従属はそこから始まったのか、と思ったりするが、戦後世代にまでそれが影響を与えているとは思えない。もはや過去の歴史の一こまだ。

  日本人は米国が好きなのだ、という理由は頷けるが、しかし米国への憧憬を抱く国民はなにも日本人だけではない。そのような国民は世界中に広く存在する。

  しかし、同時にまた、それらの国民は、米国の不当な政策に対しては激しくデモや抗議をする。米国が何をやっても「仕方がない」とあきらめる従順な国民は、世界ひろしといえど日本人くらいだ。

  結局は米国の占領政策が日本で大成功したという事ではないのか。

  この事についてはCIAの対日工作がつとに有名だ。自民党に政治資金を渡したり、読売テレビを動かしたり、A級戦犯を無罪釈放して総理に就けたりした、周知の工作である。

  しかし、また一つ米国の対日工作の史実が明らかにされた。

  11月17日の朝日新聞がその書評欄で「戦後日本におけるアメリカのソフトパワー」(岩波書店)という本を取り上げていた。

  松田武大阪大学教授の手によるその本は、1951年に「講和使節団」の一員として来日したロックフェラー3世が、東大を頂点とする日本の高等教育機関の序列化を図り、研究助成金をばら撒くことによって日本の指導的知識人たちが日米摩擦について口を閉ざすように仕向けて行った事を、明らかにしている、という。

  その本は定価6,000円もする本なので購読をためらっていたら、奇しくも発売中のサンデー毎日12月7日号で、フリージャーナリストの斉藤貴男が次のように書評していた。

 ・・・戦後60年以上を経てなお重要度を増す(米国の対日占領の)深層を、第一線の研究者が米国側の膨大な一次資料を駆使して描出した、刺激的な論考だ。
   米国の対日占領政策は、日本および日本人に関する仔細な研究に基づいていた。暴力的な押し付けではなく、ロックフェラー3世の掲げた文化交流が、露骨な人種差別意識にも彩られつつ進められた・・・圧巻は東京大学と京都大学とで繰り広げられたアメリカ研究セミナーの争奪戦だ・・・エリートとしての生き残りを賭けて米国に認められようとする大学人たちの生態は、そのまま現代日本の指導者の生き方に通じてしまっている・・・研究者らしく淡々としていた記述が、終盤に近づくにつれて強い苛立ちを帯びていく・・・

  なるほど、興味をひかれる。何としてでも読んでみたい本である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アイヌ神謡集 JANJAN 小倉文三

「自然」は「カムイ(神)」にもどった~『アイヌ神謡集』

http://www.news.janjan.jp/area/0811/0811242177/1.php

日本は単一民族だとよくいわれますが、歴史をわずか100年余り遡れば、アイヌや琉球の人々がいて、独自の文化と生活がありました。彼らから見れば、日本人は和人やヤマトです。

明治以降、日本政府がとった政策は、特にアイヌに対しては、侵略と破壊と同化の強要でした。北国の自然と一体化したアイヌの文化を、理不尽にも、無残に壊していった事実を、知らなくてはいけないと思います。

他民族を尊重し異文化と共存してこなかった過去の歴史を見つめ直すことは、現在進行形の日本と世界のありようを考えていくことにもつながっていくのではないでしょうか。

JANJANに、小倉記者がアイヌの哀しみと共にアイヌ文化の根幹を伝えています。ぜひ、ごらんください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月24日 (月)

在朝被爆者「ヒロシマ・ピョンヤン」の制作

朝鮮民主主義人民共和国で暮らす植民地時代の被害者を取り上げた映画の3作目として、在朝被爆者をテーマに「ヒロシマ・ピョンヤン」を制作しています。下記はその案内です。制作委員会のホームページをぜひご覧ください。

ドキュメンタリー映画 「ヒロシマ・ピョンヤン 棄てられた被爆者」

 朝鮮民主主義人民共和国の首都・平壌(ピョンヤン)で暮す李桂先(リ・ケソン)さ
ん。彼女の両手には、指ごとに包帯が巻かれていた。「どういうわけか指の皮がしょっちゅう剥がれ、薬を塗って包帯しないと血がにじむんです」と語る。指ばかりでなく、子どもの頃から消化器の病にも苦しみ続けてきた。
 李さんが、自分の健康を蝕んできた原因を知ったのは2004年。広島から訪ねて来た母親は、病で苦しむ娘を見て広島市で被爆していることをようやく告げた。被爆から59年。それまで母親が黙っていたのには、深い理由があった。
 李さんの苦しみと怒り、日本政府に放置され続けてきた在朝被爆者たちの実態、動き始めた在朝被爆者支援・・・。この映画は、朝鮮民主主義人民共和国での何度もの撮影の積み重ねの中からそれを明らかにする。

ヒロシマ・ピョンヤン制作委員会
  連絡先  名古屋市北区大曽根4-6-60
         コリアンネットあいち気付
         Eメール iinkai@mbn.nifty.com
  振込先  郵便振替口座 00810-4-106225 ヒロシマ・ピョンヤン制作委員会
  URL  http://www.jca.apc.org/~earth/iinkai.html

「ヒロシマ・ピョンヤン 棄てられた被爆者」の制作にご協力を!

 私は現在、朝鮮民主主義人民共和国で暮らす広島・長崎での被爆者をテーマとした映画「ヒロシマ・ピョンヤン」の制作に取り組んでいます。
 在朝被爆者は1911人で、すでにその80%は亡くなられてしまいました。
日本政府は、海外で暮らす被爆者にも医療支援を実施するようになりましたが、在朝被爆者にだけは何一つしていません。
 映画では李桂先(リ・ケソン)さんを中心に、「棄てられた被爆者」である在朝被爆者の声を広く伝えたいと思っています。
 2009年の公開をめざし、すでに多くの在朝被爆者へのインタビューや、平壌市内の李さんの自宅での撮影、広島で暮らす李さんの母親の話も収録しました。さらに平壌と広島での撮影を予定しており、撮影と編集作業に多額の費用がかかることが予想されます。海外の人々にも見ていただくために、英語版制作も予定しています。ぜひとも制作費へのご協力をお願いします。
                        監督  伊藤孝司 (いと
う・たかし)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月23日 (日)

片岡晴彦さん 加古川刑務所へJANJAN

『高知白バイ事件・獄中の片岡晴彦さん』

http://www.news.janjan.jp/living/0811/0811201962/1.php

現在、片岡さんは、兵庫県加古川刑務所へ移されています。

家族に何の知らせもありません。権力の手中に入った人間は、闇の中だと思うと、本当に恐ろしくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

カーシムさんと高遠菜穂子さんIN大阪

11月15日、大和川のほとりにたつ西大和教会にカーシム・トゥルキさん、高遠菜穂子さんを招き、報告と交流のつどいを催しました(70人余り参加)。
 
沖縄在住のころ基地の現実をまのあたりにしてきた大澤牧師は挨拶のなかで、イラク侵攻にたいする日本人の加害性について指摘。私たちが「税金と意志」によって間接的に加担している責任を重く受け止めなければならないと語りました。
 
以下、報告の一部を紹介します。
 
●イラクは「二重の占領」をうけている
 
父がスンニ、母がシーアということはあたり前、クルドなどの少数民族もかかえながら、相異なるものどうしが長く共存してきたことがイラクという国の最大の特徴だった。それがアメリカ軍の侵攻によって大きく変わってしまったと、映像を示しながら高遠さんは語った。
 
米軍の侵攻がよそからの過激派勢力を引きこみ、2005年から両派が急激に引き裂かれ、イスラム教徒同士の殺し合いがはじまった。いまイラクでいったい何が起きているのか。そのことを、当のイラク人がいちばん知らないとさえいえる
状況になってしまった。イラクはダブルで占領されている。一つはアメリカ、もう一つが隣国のイランによって。現政権はシーア派至上主義者に牛耳られているからだ。
 
●米軍が行くところで対立・抗争・悲劇は起こる
 
06年、ブッシュがテロとの闘いの最大標的地としたのがカーシムさんが住むアンバール州の州都ラディ。ここでみられた米軍、イスラム同士の三つ巴の戦いは、イラクの現実の典型だといえる。
 
米軍の攻撃がはじまる。住民がつぎつぎに殺される。肉親を殺され、被害を受けた人々のなかから、米軍に対するレジスタンス勢力が台頭する。すると彼らに、国外の過激な武装集団が接近してくる。両者は手を組んで米軍と戦う。米軍の攻撃はいっそう激化する。圧倒的な兵力に追いつめられた反米勢力は完全に決裂する。レジスタンス派いわく、「国外からやって来て災いを大きくするやつらは、イスラム同胞じゃない」と。
 
アルカイダを撤退させることを目標に、一定期間米軍と手を組むことも行なわれる。また、部族長と米軍の交渉もはじまる。「空爆と市民への攻撃をやめろ。そうすれば、レジスタンスを抑えて反抗をやめさせよう。ともに協力して過激武装勢力を追い出そうではないか」と。
結果どうなったか?
たしかにラマディでの戦闘は止んだ。しかし最激戦地がラマディから別の地に移っただけの話である。いまはイラク北部の都市モスルが大変なことになっている。
 
米軍が行くところ犠牲者が出て、対米レジスタンスが生まれ、そこにさまざまな武装勢力が集ってくると。アンバールに平安がおとずれたのは米軍の撤退後、地元住民による治安部隊によってはじめて生まれた。イラクの治安のために米軍の増派が必要だというブッシュの言葉はデタラメだった。
 
●直視にたえぬ民間人殺害の映像
 
短い映画2本を上映。1本は、04年後半、シリアとの国境近くのカイムであった出来事。住民の結婚式の最中に米軍の爆撃機が飛来してきて、100発のミサイルが発射された。お祝いに集まっていた何十組もの家族がまるごと殺された、悲劇のシーンが映し出される。まだ幼い姉妹の亡骸、といっても破損がひどくよく分からない。姉の体は首から上が飛んでしまっている。もう一つ丸焦げの死体。これは5~6歳の少年だという。こんな子どもらが銃などを持っている筈はないのに!
 
2本目は、04年ファルージャ攻撃後を隠し撮りしたもの。二度目の掃討作戦は徹底的なものだった。米軍は町を完全に包囲(沖縄からも海兵隊1700人が動員された)。1週間で1万人が殺された。攻撃が終わり、ようやく町に戻るのをゆるされた市民たちが、米軍のトラックに積みこまれた遺体を引き取りにいく。タンクでひき潰され板のように薄くされた死体や、骨だけしか残っていないもの等々。
  
米軍は遺体を埋葬させてくれない。市内は遺体が発する臭いで充満した。両足を紐で括られて殺された人、義足の人、身体障害者も攻撃の対象になった。ある遺体には蛆虫がおびただしく発生し全身をおおっていた。蛆がまったくわいていない死体は、化学兵器にやられたものだという。
 
●青年たちの悲しみや怒りは〈戦争の油=燃料〉になる
 
「日本の皆さんに知ってもらいたいことの一番は、イラクでは戦争の最中より戦後のほうがもっと被害が大きく悲惨だということです」。そう語り始めたカーシム・トゥルキさん(31歳ラマディ在住)は5月の『9条世界会議』に参加、今回は今年2度目の来日となった。
 
ラマディのメインストリートが映し出される。すっかりさら地にされている。米兵が狙撃の拠点にしているためだ。建物はすべて遮蔽物だとしてとり壊された。ホテルももちろんない。「でも皆さんがラマディに来られるときは大丈夫。ぼくの家に泊まればいいから」。彼はときどきジョークをとばす。上下水道をはじめインフラもことごとく破壊されてしまった。
 
「私の主宰しているRYG(イラク再建青年グループ)には若い人が多くかかわっています。戦争でいちばん犠牲になるのは、戦争の道具にされる青年たちです」。肉親を奪われた悲しみ、怒り、憎しみ、報復の感情。それらが〈戦争の油、燃料〉になる。かつては彼もそういう感情をもつ若者の一人だった。が、今はちがう。銃をとることは周りの人たちの命を奪うことだと気づいたからだ。RYGの最大の目的は、若者たちに銃をおかせる、武器を取らせないことだ。
 
●イラクに「平和ミュージアム」をつくろう
 
彼はイラク戦争中に共和国防衛軍に所属した。そのときの軍服を大事にとっていた。「家宅捜査で見つかったらあぶない、すぐ捨てなさい」と母親にいわれたが捨てられない。つぎの世代にイラクの歴史を伝えるためだ。日本なら大丈夫と、彼はそれを高遠さんに託した。「けっして洗濯はしないで。ポケットの中のタバコの葉っぱも、砂も記念に残しておきたいから」といって(高遠さんの母親が洗濯してしまったそうだが)が)。
 
袖に赤い三角形を縫いつけた共和国防衛軍の制服。彼はそれをひろげて披露した。03年、アメリカのプロパガンダで彼らは〈犯罪集団〉とされた。だが、彼は防衛軍に誇りをもっているという。他者を攻撃するのではなく、守るために戦ったからだ。「ぼくは死んでなくなった戦友を尊敬する。彼らは犠牲者です。犯罪者などではない。過去の戦争でイラクは外に出なかった。けれど今度の戦争では、30カ国がイラクに侵攻してきた」。
 
イラク戦争以前には武装勢力や犯罪者はいなかったが、今はウヨウヨしている。人口の5人に1人が難民となり、数百万人の市民が連行され、負傷した。教育、医療のシステムもダメージをうけ、エンジニアも医者も育てられない。
1980年代は中東いちばんの教育水準にあった国なのに。
 
カーシムさんは、来日後4日間の沖縄スタディ・ツアーを行なった。
彼がオキナワの名を知ったのは04年のファルージャ攻撃のとき。
「ぼくらはオキナワから来た」。そうアメリカ兵がいっていた。オキナワは米軍基地だと理解していた。今回はじめて訪れて、美しい自然と、民間人の生活のあるところだと知った。平和的な「NO」による平和構築について学んだと。
 
伊江島では「反戦平和資料館」を訪れた。資料館のなかでフラッシュバックにみまわれた。臭いがよみがえって気分が悪くなった。人の命を政治に利用してはならない。そのために、平和ミュージアムをイラクにもつくりたい。次世代に、戦争とは、平和とはどういうものであるかを伝えたいからだ。
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月21日 (金)

金融サミット 天木直人

もともと気が短い上に、最近はますます短くなったようだ。

 文章を読むにも、何が言いたいのか、何が結論か、それを真っ先に探して、すべてを読んだことにする。

 だから読む論評も、短いほうがいい。

 その点で言えば先般の金融サミットに関する次の二つの論評はよかった。

 11月19日の毎日の「経済観測」という経済コラムの論評はこうだ。

 ・・・これからの5年は米国発の不況と混迷の5年になる。その大きな責任は米国にあるが日本もほう助責任はある。バブル崩壊に際してゼロ金利という禁じ手を長期間乱用したことである。金利ゼロという魔法のつぼから吐き出されたマネーは国内で費消されず、米住宅ローンバブルの資金源になった・・・先日の金融サミットはフランス好みの大芝居かかったショーであった・・・どだい20人の首脳がわずか3時間でどういう議論ができるのかを考えると、このサミットが儀式でしかない事は明らかだ・・・被告が議長をつとめその議長があと2ヶ月で辞めるのだから何も決められるはずもない。それでも出席者が「歴史的会合」というのなら、何が歴史的なのかが明らかでなければならない。20人の首脳が集合したことか、ドルが基軸通貨の座をどこかに譲ったのか、第二ブレトンウッズ体制をめぐる議論が誰かから提起されたのか・・・

   この論評は、その最後のところで、わずかな救いはカジノ化する金融機関に対する監督・規制が首脳宣言で「宿題」として書かれていることだ、と言っているが、要するに金融サミットはまったく無意味だった、といっているのだ。同感である。

 もう一つの論評は11月20日の産経新聞「塩爺のよく聞いてください」というコラムだ。そこで元財務大臣の塩川正十郎氏がこう書いていた。

  ・・・国際社会が金融危機対処に向けた協調の第一歩を踏み出した。世界経済が一体となって取り組むグローバル化の時代に入った事も証明された。その政治的、経済的な意義は大きい。
    しかし、結果にはいささか疑問が残る・・・
    あえて言う。日本にはやるべきことがある。国際協調体制の構築に先行し、米国の経済再建に力を尽くすことだ。麻生太郎首相が一日もはやくオバマ次期大統領に会い、「日本が同盟国のためにやったる」と言って、具体的かつドラマチックな支援策を約束すれば、どれでけ米国に励みになるか。オバマ時代の日米関係に大きくプラスに作用するに違いない・・・

  驚くべき粗雑な提案だ。粗雑であるだけでなく完全な的外れだ。ビッグ3の倒産さえ防げないような今の米国を、どうして日本が救えるというのか。その前に日本がつぶれてしまう。日本がつぶれても米国が助かればいいと言わんばかりの対米従属、日米同盟万歳の考えだ。

  そして、これが元財務大臣の論評なのである。それを産経新聞は一面にまじめな論評として堂々と掲載しているのだ。

  もっとも簡潔だから私は評価する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月19日 (水)

沖縄密約 天木直人

発売中の月刊文芸春秋12月号に、「死ぬまでに絶対読みたい本」という特集記事があって、「読書家」52人が推奨する本がリストアップされている。

 この種のアンケートを見ていつも思うのだが、読書家ではない私は、それら著名人、有識者らが勧めるそのほとんどを読んだ事がない。

 そして、根っから天邪鬼な私は、読んだことがない本であっても、人が絶対に読みたいなどと言うと、とたんに読む気にならないのだ。

 そんなムダ話をするために、このブログを書いているのではもちろんない。

 52人の読書家の中に谷内正太郎前外務事務次官の名前があった。

 その谷内前外務事務次官が、「死ぬまでに絶対読んでおけ」と勧めている本が、若泉敬氏(元京都産業大学教授)の「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(文芸春秋社)という本である。

 この事は極めて重大な意味を持つ。

 明治の外務大臣陸奥宗光の著書の中の言葉を題名に使ったという若泉氏のこの著書は、いうまでもなく、佐藤首相の密使として沖縄密約にかかわった自らの行動を告白した衝撃の書である。

 しかも、その著書が刊行された後に沖縄県民に与えた衝撃を悔いて、「責任の重さを痛感して自決する」という遺書を書き残していた事まで、のちに明らかになっている。

 その若泉敬氏の著書を、谷内前外務事務次官は次のように絶賛しているのだ。

 ・・・「永い遅疑逡巡の末」書かれた本書は、もちろん単なる回顧録ではない。有事の核持込を示唆する秘密合意議事録について、最後まで「守秘義務」を守るか、真実を明らかにして「天下の法廷の証人台」に立つか。「二つの良心」の間で揺れた結果がこの本なのである。氏は、後者の道を選択した。重大な関心を払うであろう国会が著者を証人喚問した際は、包み隠さず真情を吐露するつもりであった。
   しかし、「愚者の楽園」と化した戦後日本は、本書に対し当惑ともつかぬ奇妙な沈黙をもって答え、国会からも沙汰はなかった・・・

  そう書いた後、谷内氏は外務省に入ったばかりの若かりし頃若泉宅に居候し、驥尾に付していた事を明らかにした上で、「若泉敬、死シテ朽チズ」と氏の言動を称えているのである。

 これは凄い告白だ。

 外務官僚のトップにあった者が、沖縄密約の存在を認めたのみならず、それしか策がなかったと、若泉氏の言動を称えているのだ。

 それを国会で証言する覚悟をした若泉氏の勇気ある決断を活かさなかった国民や国会を愚者と言っているのだ。

 そうであるならば、なぜ外務事務次官の時に、沖縄密約の存在を認め、国会で堂々とその政策の正しさを主張しなかったのか。

 沖縄密約など一切なかったとして、西山太吉氏の訴えは、今もなお政府、外務省、裁判所に一蹴されたままだ。

 沖縄密約漏洩事件でその半生を失った西山さんをここまで苦しめる理由は、もはやどこにもない。

 その事を前外務事務次官は文芸春秋12月号で認めたと言う事である。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月18日 (火)

辺野古浜通信 日米合同訓練

今朝は8隻の漁船が海上に展開していますが、そのはるか先では原子力空母、原子力
潜水艦を使った大規模な日米合同訓練が行われています。

米国陸軍、海軍、空軍、海兵隊の下請けを自衛隊が行うため、わずか1ケ月の間に文官、後方部隊も含め、おそらく数万人規模の日米合同訓練、演習が行われています。

これからの『米軍再編』によって、更に確実に自衛隊の米軍化、自衛隊基地の米軍基地化、各自治体、運輸、港湾等に対する軍事的な強制的協力強化が必ず、確実に、進みます。

「『米軍再編』を含めた辺野古の問題は、子どもたちの未来へ向けての問題です。アジアに、世界中に銃口を向ける国になることを「誇り」と称する人たちの手に、自分自身を、私たちの子どもを、渡してはなりません。それぞれの場で出来ることはすべて行い、人と人との、人と自然との、豊かな関係性の中でを生きて行く道を強く持たなければならないと思います」

以下、今回見つけることのできた「合同訓練、演習」です。
他にもまだまだ多くのことが「日常的に、目に見えないカタチで…」進行しているはずです。

具体的な軍事行動は、rimpeace「追跡!在日米軍」 などご覧下さい。また、小林アツシさんの情報更新も期待しています。

■沖縄海域では、11月13日から19日まで米海軍との大規模な演習が行われています。
詳細は判りません。
(1)米海軍、参加航空機数不明、艦艇約20隻(原子力空母ジョージ・ワシントン、原子力潜水艦オハイオを含む)
(2)海上自衛隊、艦艇25隻、航空機約50機

■同時期、沖縄空域で、11月18日
(1)米海軍第5空母航空団F18、E2C

(2)航空自衛隊F15、F2
両軍隊が、空母ジョージ・ワシントンを使った訓練を行います。
※「防空戦闘訓練」と位置づけていますが、原子力空母を使用した「防空」などあり得ません。

■12月1日から14日の2週間、陸上自衛隊朝霧駐屯地にて、平成20年度日米共同方面隊
指揮所演習(日本)
「陸上自衛隊及び米陸上部隊が、それぞれの指揮系統に従い、共同して作戦を実施する場合における方面隊以下の指揮幕僚活動を演練し、その能力の維持・向上を図る。」詳細不明
(1)米海兵隊、太平洋陸軍司令部、在日米陸軍司令部、第3海兵師団等約1,200名
(2)陸上自衛隊、東部方面隊等約4,500名

■11月28日から12月17日の20日間、陸上自衛隊あいば野演習場、今津駐屯地
「陸上自衛隊及び米海兵隊の部隊が、それぞれの指揮系統に従い、共同して作戦を実施する場合における連携要領を実行動により訓練し、相互運用性の向上を図る。」ための共同訓練が行われます。すでに、この13日、14日に260名の海兵隊員が軍服姿のまま、「民間チャーター機」で中標津空港に到着しています。
(1) 米海兵隊、約220名
56mm小銃(M16/M4)、7.62mm機関銃(M240)、対戦車ロケット(AT-4・SMAW)、対人
狙撃銃(7.62mm・12.7mm)ほか
(2)陸上自衛隊、約200名
89式5.56mm小銃、5.56mm機関銃MINMI、対人狙撃銃、01式軽対戦車誘導弾、81mm迫撃
砲L-16、87式対戦車誘導弾、110mm個人携帯対戦車弾(LAM)、120mm迫撃砲RT、155mm
りゅう弾砲FH70、74式戦車、支援航空機観測ヘリコプター(OH-6D)、多用途ヘリコプ
ター(UH-1H・J)ほか

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月17日 (月)

国会前座り込みニュース

国会前座り込み
現場ニュースを転送します

2008年11月17日 第21号 確信犯田母神の弱点と言論の自由の無い自衛隊

14日に小西誠さんを講師に「田母神論文と自衛隊の現状」という内容で院内集会が開かれた。小西氏は冒頭に、自らの言論の自由の問題で免職されたのであり自衛隊内においては憲法が廃止されている、他方田母神前空幕長などは佐藤正夫参議院議員に政治献金を行い特別公務員の政治活動の制限を逸脱している、防衛省は防衛省改革と称して参事官制度を廃止し文民統制を崩そうとしている、等を明らかにした。そして、自衛隊の隊内教育の要は、「点検に次ぐ点検」の営内生活と「精神教育」にあることを明らかにした(詳細は別記)。

田母神論文はまさに、この精神教育の一環として、少なくとも2002年の統合幕僚学校長時代来、常日頃訓話し講話して来たものと同主旨のものである。

田母神前空幕長は確信をもって、懸賞論文を発表した。曰く、「論文内容は職務に関するものではなく、誰でも書けるものであり(事前報告の義務)ルール違反ではない」「私を支持する人は58%もおり、国民に不安を与えたことはない」「村山談話は、言論の自由を制約するものではない。村山談話は具体的なことにはいささかも触れてはいないので、私の論文内容はそれに抵触するものではなく、政府見解を逸脱するものではない」(以上11月11日参考人答弁)。

だがこうした彼の異常とも言える確信の裏には、今日の自衛隊という名の軍隊の存在自体を巡る危機観があるのではないか。小西さんは、先進国においては、すでに軍隊自体が成立し統合し得なくなってきていると指摘している。自衛隊がいよいよその実力部隊を海外にまで動かすということにつれて、その思想的統合に困難さを増しているのである。まさにその通りで、国民的合意を得られないままの自衛隊の出生、軍隊の意義や戦争の普遍的意味、命令1つで自らが命をかけて戦闘に赴くといったことについての普遍的意味を見出し得なくなってきているということである(三上論評)。隊内民主主義や隊内自由の封殺のもとで、私的制裁やいじめ、その他セクハラを含めた様々な不祥事が頻発していることがそれを示している。田母神による一連の講話や訓話は、自衛隊の隊内教育としての精神教育の内容を、まさに実力部隊・制服組の突出自体を強調し(文民統制の積極的無視)、旧軍のまったくデタラメな名誉回復を軸にその思想教育を再編成し、隊員に戦争への確信を強制しようとするものである。こういう方向では隊員の大部分を納得させることは到底できまい。

田母神が強調する「言論の自由」は自らに適応するものではなく、旧態依然たる閉鎖社会である隊内においてこそ実行されるべき問題であり、航空自衛隊最高幹部として、文民統制の意味をしっかり理解しつつ、隊員の無事をこそ願い、平和憲法下での自衛隊のあり方をこそ問うべきではなかったのか。

 自衛隊は長きにわたり「憲法違反」のまま存在してきているが、しかし職業として門戸が開放されている。こうしたことに自衛隊存在のねじれがある。「自衛隊は憲法違反である」と切ってすてるのは簡単なことだが、現実的問題の解決にはほど遠い。しかし、現実に合わせて「憲法を変える」というのも本末転倒である。平和憲法下での自衛隊のあり方を根本的に問うべきなのは、一人田母神の問題ではなく、われわれの問題でもある。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月14日 (金)

政治の弛緩 天木直人

日本の政治がおどろくほど弛緩している。

 政治がしまらないのは、政治家が政局に明け暮れて、政府の政策の誤りを、国会の場で、本気になって追及できないからだ。政治指導者と官僚たちに、その責任を具体的な形で取らせないからだ。

 政権交代で終わらせてはならない。

 すべての政策においてそれがいえる。

 誤った政策をしておいて、そしてその結果国民に多大の犠牲を強いておきながら、政権交代ごときで逃げられてはたまったものではない、そういう気迫を野党は持たなければならない。

 11月14日の東京新聞「本音のコラム」でノンフィクション作家の吉田司氏が、「失政」と題して次のようなコラムを書いていた。

 米国初の黒人大統領オバマ氏の誕生!というより・・・ブッシュ政権の政策は失敗したと宣言する「グッドバイブッシュ政権」の誕生だ!!って気がするね。
 すでに連邦準備制度理事会の前議長グリーンスパン氏は今回の金融危機について、「規制緩和や自由競争を推し進めた事に一部誤りがあった」と認めた。コロンビア大教授のジョセフ・スティグリッツ氏(2001年ノーベル経済学賞受賞者)も「新自由主義は終わりを迎えなければならない。規制緩和と自由化が経済効率をもたらすという見解は行き詰まった」(と断じている)。
 すると、どういうことになるのか・・・(そうだ)小泉構造改革もまた「誤り」だったことになる。
 私たちは「小泉元首相、出て来い!」の声をあげねばならない。
 さらに小泉政権で首相補佐官を務めていた岡本行夫氏が、ブッシュ政権は「やらなくていい戦争で約4千人の米兵を死なせた」(朝日新聞11月7日)と発言。
  おいおい、今ごろ何を言う。すると日本の自衛隊はやらなくていいイラク戦争に派遣・協力させられたのか?・・・

 この吉田司氏の思いは、少しは政治を考えている者であれば誰もが考えていることだ。

 なぜ国会でこの事を野党政治家は政府に厳しく詰め寄らないのか。

 いや、詰め寄っているかもしれない。

 政府の片棒を担いできたメディアの幹部らが、自らの不明を隠そうとして、あえて報じようとしていないのかもしれない。

 いまからでも遅くない。

 オバマ新大統領誕生にあやかろうとする暇があれば、野党は政府にその非を認めさせるべきだ。

 それでもなお政府が、対米追従政策は正しかったと言い張るなら、それを世界中に報じてやればいい。世界の国民から笑いものになるだろう。

 国民の思いを見事に代弁している吉田司氏のこの指摘は、コラムで終わりにしてしまうのでは、あまりにももったいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月13日 (木)

麻生さんの言語能力 JANJAN 小倉文三

麻生さんの言語能力について
麻生首相の漢字、言語能力の程度の低さは相当なものである。
日本国のリーダーとしての資質を問う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

権力の前に沈黙する風景 天木直人

11月11日の朝日新聞に次のようなエピソードが書かれていた。

 麻生首相が国会答弁で戦争責任に関する過去の政府答弁を「ふしゅう」する、という答弁を重ねているという。

 たとえば11月7日の参院本会議で、田母神論文問題を問われて、村山談話を「ふしゅう」するといい、その前の10月15日の参院予算委員会でも、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた93年の河野官房長官談話を、やはり「ふしゅう」すると答えたという。

 「踏襲(とうしゅう)」という言葉のあきらかな誤読である。

 ところが、秘書官をはじめ周りの誰も、麻生首相に間違いを指摘しないらしい。

 参院事務局は自主判断して議事録に踏襲と記録したというのだ。

 驚くべきは、麻生首相が外相だった昨年も、河野談話を「ふしゅう」と答弁していた事だ。

 その時は参院事務局が外務省に問い合わせて「踏襲」と確認して議事録に載せた。

 誰も麻生首相、麻生外相に、間違いを指摘することなく、今日に至っていたとは驚きだ。

 そういえば11月9日の毎日新聞にも、権力の前にたじろぐ政治家、官僚の姿が浮き彫りにされていた。

 田母神事件の内情をスクープして一面に報じた毎日新聞の記事の中に、辞職を迫る浜田防衛相や増田次官に対し、田母神前空幕長が、「私の考えは理解されている」と言って唐突に元首相2人の名前を挙げた事が乗っていた。

 この裏話は興味深いが、問題はこの発言に、浜田防衛相、増田次官が「身構えた」、というくだりである。

 それを解説していたテレビコメンテーターの一人は、これで追及が腰砕けになったとしたら、それが一番深刻な問題だ、と言っていた。その通りだ。

 このふたつつの新聞記事に見られるエピソードは、この国の政府関係者が、国家権力の前に沈黙する、という風景を見事に示している。

 この風景は日本人社会全体に認められる現象なのかもしれない。

 しかし、少なくとも政府関係者においては、権力者の誤りを訂正する勇気を持って欲しい。

 権力者の誤りが放置される事による国益の損失は、計り知れないからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月12日 (水)

朝鮮女子勤労挺身隊訴訟の上告棄却

最高裁は11月11日、名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟の上告を不当にも棄却しました。弁護団と支援する会は、直ちに以下の声明を発表しました。

転送・転載歓迎。

~~ 名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟弁護団・支援する会 声明 ~~

                      2008年11月11日

           名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟弁護団
           名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会

                声明

 本日、最高裁判所は、名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟について、上告人らの上告を棄却する決定を下した。

 本件は、幼い少女たちに対する強制連行・強制労働により言葉に尽くすことのできない深刻な被害を上告人らに与えたものである。今回の決定は、人権救済の最後のよりどころである最高裁判所がその責務を放棄したものと言わざるを得ず、我々は強く抗議する。

 一方、最高裁決定は、適法な上告理由に当たらないとして、形式的な理由をもって上告人らの上告を斥けたもので事案の内容にわたる判示はない。したがって、最高裁決定によって、原判決(名古屋高等裁判所2007年5月
31日判決)が判決内容も含めて確定した。原判決は、国及び三菱重工業株式会社による上告人らに対する強制連行・強制労働の事実を認め、両者の不法行為責任の成立を認めたものである。原判決が上告人らの請求を排斥したのは、日韓基本条約とともに締結された日韓請求権協定によって、訴権を失ったとする一点にある。訴訟手続きにおいいては、強制労働被害者である上告人らは、裁判所に訴えて被上告人らの責任を追及することができないとされただけであり、不法行為責任を負うとされた被上告人らが裁判外において、上告人らに対する責任を果たすことが求められていることは明らかである。
つとに最高裁も戦後補償の事件について、当事者及び関係者の訴訟外における自発的な解決を求め、国及び加害企業が、加害責任を果たすべきことを促しているところである。

 上告人らは、すでに80歳の高齢に達し、みな一様に病気を初めとする体調の不良を抱え、残された時間も限られている。

 上告人らは12歳から16歳という幼少時に、遠く日本に連行され、厳しい労働を強いられ、帰国後も60年余にわたって、厳しい差別・偏見にさらされ、人生を奪われたに等しい被害を被ってきた。上告人らが生あるうちに、その尊厳を回復する措置がとられなければならない。

 我々は今後とも、国及び三菱重工業株式会社に対して、本件強制連行・強制労働による被害に対する回復を求めて、全力を尽くす決意である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月11日 (火)

「劣化ウラン兵器」決議、国連第一委員会

速報:「劣化ウラン兵器」決議、国連第一委員会
で、昨年を上回る賛成多数で可決!】

2008年11月1日

 ニューヨークで開催中の国連第一委員会で、現地時間の10月31日午後、決議「劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響」が、昨年を上回る賛成 多数で可決されました。
ニューヨークからの速報によると、賛成126、棄権34、反対4(昨年の第一委員会では、賛成122、棄権35、反対6)。反対は、アメリカ、イギリス、イスラエル、フランス。今回は、昨年は棄権したフィンランド、ノルウェー、アイスラ
ンド、タジキスタンが賛成に、また反対していたオランダが賛成に、チェコは反対から棄権に転じました。(投票の詳細は追ってお知らせします。)特に、フィンランド、ノルウェー、オランダが賛成に転じたのは、ICBUWと連携して、これらの国々のNGOが国内でのキャンペーンを強め、自国の政府への交渉や公聴会を開くなど、粘り強い働きかけを行ったことが大きくあずかっているかと思います。

 日本政府は、昨年に引続き、賛成票を投じました。私たちは、このことを心から歓迎します。投票に先立つ10月30日(日本時間)、私たちICBUWは、賛同の市民、NGOの皆さん(「日本イラク医療支援ネットワーク」、「原水禁国民会議」から参加)と共に、外務省に「賛成票を投ずるように、そして被爆国と
して、ウラン兵器禁止に向け、より積極的な役割を果たすように」申し入れを行いました。福島みずほ議員(社民党)と秘書の石川氏、近藤昭一議員(民主党)秘書の青葉氏も、同席して下さいました。その時点で、すでに外務省・軍備管理軍縮課の森野課長からは、「決議案に変更がない限り賛成する」と
の返答がありました。外務省は、現時点で「これまでの見解を大きく変える要素はない」「ウラン兵器の影響については確定的な結論はまだ出ていない」「WHO等の国際機関の調査・研究の動向を注視する」
とのこれまでの見解を繰り返しました。しかし一方で、私たちの要請に対し、ウラン兵器の問題について「決して消極的なわけではない」とも表明しており(9月29日の「申し入れ」時)、今回の私たちの申し入れを受けて、今後もNGOとの対話の場を継続して持ち、被害国への何らかの支援(被害国の医師の日本での研修など)の可能性、NGO主催のウラン兵器問題についてのシンポジウムへの参加など、具体的にできることを検討したいとも述べました。また今年、国連事務総長に提出した「見解」についても、今後の議論の中で検討し、内容を「更新」することもあり得るとの返答でした。

 第一委員会での投票に引続き、12月初めには総会での投票が行われます。ICBUWは、世界各国のICBUWメンバー、関連NGOに対し、それぞれの国の政府へ、同決議への賛成票を投じるようにとの働きかけを早急に行うよう呼びかけてきました。そして11月の「国際共同行動デー」のキャンペーンの中でも、この問
題を訴え、総会での投票に向け、各国内からの政府への圧力をさらに強めるよう呼びかけています。

引続き、世界の仲間と連帯して、11月の「国際共同行動デー」のキャンペーンを全国各地で取組みましょう。昨年に引き続いて国連決議に賛成した日本政府に対しては、さらに、「被爆国」としてウラン
兵器禁止のためにより積極的な役割を果たすよう、具体的な施策としてそれを行うよう、強く求めてゆきましょう。

 今後とも、ご協力よろしくお願い致します。

「ウラン兵器禁止を求める国際連合」( ICBUW)運営委員:嘉指信雄/森瀧春子/振津かつみ

 決議の原文、日本語仮訳は、追ってお知らせいたします。あわせてご参照下さい。
<http://openlog.yahoo.co.jp/l?D=jpgroups/cookie=0/S=1604828415:GSBP/rand=211
414926>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

「麻生さんのお家を見にいこう」JANJAN

http://www.news.janjan.jp/living/0810/0810270277/1.php

無届デモだと言いがかりをつけ、やみくもに襲い掛かって、市民3人を連行、逮捕した事件。JANJANに、当日の経過が載せられている。

こんなことがまかり通るなら、これから先、市民は安心して道路を歩くこともできないではないか。そのうち、2人以上で歩いていたら、職務質問され、公務執行妨害だと言って、いつ連行されることになるかも・・・

市民の自由に対する権利侵害は、思いのほか日常の中に深く忍びよってきているのではないか。明日はわが身のこととなりかねない。

マスコミは、警察発表そのままのタレナガシで、事の真実を追究するこもない。市民サイドのメディアを広く持たなくてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月 9日 (日)

田母神問題 天木直人

繰り返し書いている事であるが、今回の田母神問題は極めて深刻な問題である。

 この認識が、今の与野党の政治家にはわからないらしい。

 この問題を退職金返納などという瑣末な問題に矮小化してはならない。

 麻生政権の任命責任を問うのはいいが、決して政局だけに終始してはいけない。

 麻生首相に、田母神氏の歴史認識をどう思うかと聞かなければならない。

 そうする事によって田母神氏の歴史認識の誤りを首相みずから糾弾させなければならないのだ。

 11日の参考人招致で何よりも行なわれなければならない事は二つある。

 ひとつは文民統制の重要性を国民に知らせる事である。

 もうひとつは、そしてこちらがより重要な事であるのだが、田母神氏の歴史認識の誤りを国民の前で糾す事である。

 文民統制の重要性とは何か。

 それは、かつての軍国主義の誤りを繰り返さない為に自衛隊を政治の統制下に置くことである。

 しかし、もっと重要な事は、文民統制とは軍事クーデターを起させないための制度的保障であるということだ。

 最近出版された岩波新書に、油井大三郎氏の「好戦の共和国アメリカ」という本がある。

 そのなかで、戦争大国アメリカでは文民統制が徹底しており軍部がクーデターを起せないようになっているというくだりがある。

 また、英国からの独立戦争を経験した米国には、常備軍は「君主」の「手兵」とみなし、民主制には危険な存在と受け止める歴史があったと書かれている。

 今では圧倒的な軍事力を誇る戦争大国米国さえ、常備軍の反国民性を認識していたのだ。

 田母神問題で明らかになった事のひとつは、わが国ではその文民統制という制度的保障が、いつの間にか完全に有名無実化しているという恐るべき実態であった。

 田母神論文の不適切さを認めたからこそ、防衛大臣や防衛次官ら防衛省幹部が、責任をとって給与の一部返納などの処罰を受け入れたのではなかったか。

 ところが、田母神前航空幕僚長は、その政府の命令に服する事なく、事情聴取に応じなかった。

 更迭後の言動も、政府の方針に反して何が悪いと悪びれるところがない。

 しかも、78名もの空自幹部が田母神前幕僚長に従って同様の歴史認識を競い合っていた。

 更に、海自幕僚監部の精神教育資料にも、「敗戦を契機に日本国民は愛国心を口にすることのできない賤民意識のとりこになった」、などと書かれている事実が6日の参院外交・防衛委員会で明らかになった(7日朝日)。

 政府、防衛省は、これら制服組の言動を知ってなお、それを制止できなかったのだ。

 今を生きる戦後世代の日本国民は、軍事クーデターなどあり得ないと思っているかもしれない。

 しかし、この国には、かつてまぎれもなく軍事クーデター未遂が行なわれた。

 その結果首相以下要人が軍人に暗殺されている。

 与野党の政治家は、まず、この文民統制の重要性と、その文民統制が危機に晒されている現実を、国民に知らせなければならない。

 しかし、より重要なもうひとつの使命は、田母神氏の歴史認識の誤りを、国民の前で証明することだ。

 正しい歴史認識とは何か。

 それは全体としての史実の客観性を認める事である。

 今を生きる我々が過去の史実を100%正しくとらえる事は不可能である。

 それは、歴史の全貌は、ひとりの人間がとらえるには不可能なほど膨大かつ多面的なものであるからだ。

 しかも、残される史実は権力者に都合のいいように歪曲されて後世に残る事が多いし、史実のすべてが公表されるとは限らない。隠蔽され、封印された史実にこそ真実がある事が多い。

 だからこそ、時代とともに、次々と新たな事実が発見され、それとともに歴史もまた改められていくのだ。

 今日を生きる我々は、そのような先人専門家、研究者の調査、検証、発見などの積み重ねで形作られた史実の一部を学んで、歴史を知っていると思い込んでいるに過ぎない

 膨大な史実の一部を、自分に都合よくつまみ食いして、歴史を知っていると思い込んでいる者があまりにも多い。

 しかし、自分が知りえた史実だけをすべてと思い込んで、自分は歴史を正しく認識していると考えるのは、誤りであるばかりか、思い上がりだ。

 田母神氏は私と同様戦後世代である。しかも私より若い。

 その彼が、自分の考えに都合にいい史実の一部を受け売りし、あたかも自分の歴史認識が正しいと言い張るのは、傲慢だ。

 私は彼の論文なるものの詳細を読んだ上でこのブログを書いている。

 彼の言っている事の一つ一つには、史実の一部としての正しさはある。

 同意できる部分は勿論ある。

 しかし、彼と私の最大の違いは、私には、自分が正しいと思っている歴史認識であっても、それが今日の大方の歴史家、専門家の歴史認識と異なるのであれば、自らの考えは考えとして、その大勢の歴史認識に従う、少なくとも従わなければならない、という認識があるという事だ。

 我々の知る歴史とは、先人たちが調べ、研究した努力の積み重ねの上で作り上げられた史実のほんの一部でしかない。

 そうであるならば、歴史認識とは多数の意見によって形作られた歴史認識に従わなければならないという事なのだ。

 慰安婦問題といい、沖縄自決に軍の強制があったかどうかの問題といい、さらには太平洋戦争は避けられなかった戦争であったなどという考えといい、史実の一部を強調し、歴史認識を我田引水する事は、やはり許されないと思う。

 もうひとつは、歴史認識とは歴史を形作った政治、とりわけ国際政治と不可分であるという事である。

 植民地主義が世界を支配していた帝国主義の時代にあって、日本の植民地政策のみが責められるのはおかしいと考えるのは自然である。

 東京裁判が勝者の裁判であったという主張も頷ける。

 しかし、今の国際政治は、かつての植民地政策を否定した上で成り立っている。

 日本は、東京裁判の判決を受け入れる事によって戦後の国際社会に復帰したのだ。

 負けた事が無念であるからといって、あるいは日本だけが悪いのではないからといって、国際政治に受け入れられた歴史認識に公然と異を唱えるという事は、誤りであるばかりか、国益に反する事である。

 政府の方針に絶対服従すべき立場の、制服着用を認められている自衛官が、国益に反する行為を公然と行い、悪びれる事がない、それで自衛隊はいいのか。

 11日の国会審議で与野党の政治家が成すべき事は、その事を国民の前で田母神氏に正面からただすことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 7日 (金)

対米従属政策 天木直人

れから書く事はオバマ次期大統領の責任ではない。もっぱら日本側の問題である。

 私は日本の対米従属政策は、これからもっと進んでいくと思う。

 なぜか。

 ひとつは、日本の指導者たちが米国という国をまったく理解していないからである。米国有力者との真のパイプを有している者が誰ひとりとしていないからである。
 
 日米外交の担い手は外務官僚である。ところがその外務官僚がまるで米国との間に関係を築けていないのだ。

 麻生首相のブレーンの1人が前外務次官の谷内正太郎であるらしい。しかしその谷内前外務次官がおよそ米国との関係に弱い外交官なのである。

 ともに米国研修を過ごした私は知っている。彼の対米国、対米語コンプレックスは相当なものであった。

 その後彼はワシントン勤務、ロサンジェルス総領事などを歴任しているが、米国政府や米国要人との間に太いパイプを築いたという話は聞かない。

 あわてて民主党関係者との構築を急いでいるという情けない状況がそれを物語っている。

 11月6日の日経新聞に米大統領選挙の結果についての有識者の座談会があった。

 座談会の出席者のひとりであった谷内前次官は、オバマ誕生の背景には四つのWがあると得意げに語っていた。WAR,WALL STREET,W・ブッシュ、WASHINGTON、であるという。

 米国人が語っていることを聞きかじった受け売りだ。英語(米語)コンプレックスからくる英語(米語)の多用である。
 
 そういえば谷内前外務次官といえば、かつて内閣官房副長官補の時、アーミテージ国防、国務副長官がSHOW THE FLAG という言葉を使って日本に迫ったという話を捏造して、イラク戦争に協力しなければ米国が怒りだすと日本の対米従属政策を導き出した張本人だ、と伝えられた事があった。

 私は、いかにも谷内氏がやりそうな事だと思った。

 しかし、米国との関係の希薄さは、外務官僚だけではない。

 政治家も財界も学者も有識者も、いわゆる日本の指導者の中で米国との強い人的パイプを有している者はいない。

 野党政治家や左翼主義者に至ってはなおさらそうだ。

 このことから何が導きだされるか。

 それは、米国に対して対等な立場にたって正論を語ることができない、という事である。

 この事は、オバマ次期大統領が熱狂的な支持を受けて成立したこととあいまって、オバマ米国にますます異を唱える事ができないということを意味する。

 更に言えば、日本には、ブッシュ政権の誤ったイラク攻撃に追従してしまったという負い目がある。

 オバマ次期大統領の成立は、彼の資質もさることながら、ブッシュ政権8年間のアンチテーゼであった。そうであれば日本はオバマ政権に楯突く事ができないのだ。

 さて、そろそろこのブログの結論を述べることとする。

 オバマ次期大統領は、イラクからの撤退を開始する一方でアフガンでの「テロとの戦い」を強化すると伝えられている。

 果たしてそうなるかどうかは今後のオバマ次期大統領の安保・外交姿勢を見てみないとわからない。

 しかし、日本の政府・外務省は、その事を先取りして、アフガンへの協力を進めなければ日米関係がもたない、などと言い出すに違いない。

 少なくともテロ給油を続けなければ米国からの圧力がかわせない、と言い出すに違いない。

 そして、これに対する野党の反論が封じられてしまう。

 オバマの米国に反対するのか、という言葉に、野党は、「いくらオバマでも、戦争に協力する事はできない」、と自信を持って言い返そうとしないのではないか。

 私が対米従属が更に進むと憂う理由がそこにある。

 いまこそ日本は憲法9条を掲げ、オバマ次期大統領に「テロとの戦い」の名の下に行なわれる戦争を止めるように求める必要がある。

 オバマの人気を上回ってあまりあるものは「平和」である。

 平和をすべての価値に最優先する憲法9条は、戦争に取り付かれた世界の指導者たちにとっては邪魔なものかもしれないけれど、戦争に苦しめられてきた世界の人々に対しては絶対的な価値を持っている。

 それを正面に掲げて、日本とともに平和外交の先頭に立とうではないか、と言えば、オバマといえども、いや、オバマだからこそ、反論は出来ないのだ。

 問題は、オバマがいかに平和を追求する政治家であっても、米国大統領として、そこまでの方向転換を直ちに行う事は無理があるという事である。

 それを本気で行なえばたちどころに命を失うことになる。

 せめて日本は、オバマ次期大統領が戦争協力を要請してきた時に、日本は平和外交を優先したいと言えるような国になってもらいたい、と願う。

 本気でオバマ大統領にそう言える有力な政治家が現れることを私は切に願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 5日 (水)

モスル4 西谷文和

激戦地 モスルをめざす ④
2008年10月21日 22:03 nishitani |

実は私にはモスル入りの秘策があった。「ハムダニーヤ病院」から救急車に乗り、サイレンを鳴らしながら「モスル子ども中央病院」に移送してもらうのだ。これならチェックポイントでばれないし、拉致されないだろう。

ハムダニーヤ総合病院の院長も、いったんは「救急車を用意する」と確約してくれた。しかし今回は状況が悪かった。10月10日(わずか5日前だ!)から始まった「キリスト教徒虐殺」事件で、モスルは戒厳令状態に入ってしまったのだ。

「ニシ、救急車も消防車も、すべて止められる可能性があるよ」とサファーン。外国人と分かれば、身代金目当ての誘拐犯たちが動き出す。「救急車ごと拉致」される可能性があるので、いったんは承諾してくれた院長も、「今回はやめておこう」ということになった。

「モスル子ども中央病院」は、まさにモスルの下町に建っており、地元住民でさえ、よほどの用事がない場合にしか出歩かない地区である。仕方がない、今回はあきらめよう。

モスル子ども中央病院は「壮絶な状況」になっている。毎日300人もの子どもたちが、通院してくる。米軍の空爆で片手を失った子ども、劣化ウラン弾の影響と思われるがんの子ども、クラスター爆弾の被害者…。「トゥーメニー(患者が多すぎる)」とサファーン。次回はこの「秘策」で、モスル市内入りを果たしたいものだ。
モスル市内入りをあきらめた私の元に、たくさんの患者がやって来る。

背中に大きな腫瘍があって、下半身不随の子ども。この症状は劣化ウラン弾被害に特有のもので、遺伝子異常のため、脊髄が普通に発達しなかったのだ。本来なら神経が脊髄の中をまっすぐに下半身まで通るべきところを、背中でストップし、それが腫瘍を形成している。彼の下半身は、おそらく一生動くことはない。バグダッドでも、ツワイサでも同じ症状の子どもを見た。

両足に義足をした青年。彼は羊飼いで、5年前17歳のとき草原に落ちている「不思議なもの」を見つけた。それは03年の空爆で、米軍がばら撒いたクラスター爆弾だった。「今まで見たことのなかった金属で、僕にはおもちゃに見えたんだ」。
彼と友人3人はその金属を手にとって遊んでいた。そして試しに、その金属片を地面に放り投げた時…。大爆発が起こった。他の3人は死んでしまった。彼だけが生き残ったが、両足は膝上切断。義足に松葉杖の生活が5年間続いている。

「化学兵器、劣化ウラン弾、空爆での被害。モスルには障害者が一杯だ。僕は障害者たちのリハビリセンターを作りたいんだ」サファーンが当面の目標を語る。
次回は、「秘策」を成功させ、モスル市内の人たちと会ってみたいものだ。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

モスル3 西谷文和

激戦地 モスルをめざす ③
2008年10月20日 23:46 nishitani | 
まずは新生児病棟へ。保育器に未熟児の赤ちゃんが眠っている。目の部分が包帯でぐるぐる巻かれている。この赤ちゃんは双子で、もう一方も同様に保育器に入っている。
狭い病室に保育器が6つ。母親たちは病室の床にカーペットを敷き、ここに寝泊りしている。

次に幼児たちの病棟。一つのベッドに2人、3人と入院している。劣化ウラン弾によるがん患者かと思ったのだが、そうではないようだ。衛生状態が悪いので下痢になった子どもが多い。点滴が施されているが、その点滴のチューブにハエがたかっている。
「患者たちは地元住民と、モスル市内からやってくる人々が半分半分といったところ。ご覧のように、病室もベッド数も足らないので、ベッドは共有している」。と担当医師が案内する。
幼児に母親が付き添っているのだが、「寝る場所がない」と訴える。

病棟を出て、病院の中庭を歩いていると、「俺の子どもを見てくれ」と、警備員の一人が娘を抱きかかえてやってきた。
警備員が幼女のズボンを脱がせる。「この子は生まれつき右足と左足の太さが違うんだ」。
確かに右足はガリガリに細く、左足は太くむくんでいる。左足のかかとの部分に巻かれている包帯をはずすと…。かかとの部分に大きな穴が開き、赤い肉が露出している。この症状の子どもには、03年にバグダッド子ども病院にもいた。「皮膚がん」なのか?それとも…。
「ウラン弾か化学兵器」サファーンがつぶやく。モスルにはこのような子どもがたくさんいるよ、とも。

この幼女は下半身の感覚がないので、尿意を催さない。24時間垂れ流しだ。足をつねっても痛がらない。「足の指を噛み切ってしまった子どももいるよ。痛いという感覚がないんだ」とサファーン。サファーンは「モスル中央子ども病院」でエンジニアとして働いているので、多くのケースを目撃している。

湾岸戦争、そして今回の戦争で、モスルにも大量の劣化ウラン弾をはじめ、さまざまな爆弾が打ち込まれた。ウランの放射線、爆弾の重金属汚染、そして化学兵器使用疑惑。イラクの人々は「複合汚染」にさらされている。
米軍の空爆やアルカイダの自爆テロなら、避難することもできる。しかし水を飲まないわけにはいかないし、空気を吸わないわけにもいかない。イラク戦争での死者は100万人以上といわれているが、「複合汚染でじわじわと死んでいく人」を加えれば、途方もない数字になる。ブッシュ大統領こそ、大虐殺者である。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 2日 (日)

モスル2 西谷文和

激戦地 モスルをめざす ②
2008年10月20日 11:12 nishitani 
小学校は男の子ばかり。イスラム国家では、小学校から男女別だ。平屋建ての校舎に教室が6つ。それぞれの学年にアラビア語で少しだけあいさつ。その後「この中で、戦争で両親を失った子どもがいれば、立ってください」と質問。
サファーンが質問をアラビア語に通訳して尋ねると、わらわらと子どもたちが立ち上がる。

「米軍の空爆で…」「自爆テロに巻き込まれて…」。この小学校では約60%が地元の子どもで、40%がモスル市内中心部からの避難民だ。立ち上がったのはモスルからの子どもたち。
校舎の裏でサファーンに1000ドルを手渡す。後日、サファーンはモスルから逃げてきた子どもたちに、学用品を配ってくれた。

小学校を後に、ハムダニーヤ総合病院へと向かう。病院案での道のりに、クルド軍のチェックポイント。
「なぜ日本人が乗っている?」「そのカメラで何を撮影した?」と執拗な質問攻めに。ここハムダニーヤはアラブ地域であるが、警察と軍はクルドが握っている。

実は10月10日にモスル市内で大規模な「キリスト教虐殺事件」があり12人のクリスチャンが殺されたのだが、「犯人はペシャマルガ(クルド軍)だ」という説が根強い。「日本人が何か嗅ぎまわっている」とでも考えたのだろうか?
スレイマニアやバグダッドでは、ペシャマルガに護衛してもらったのだが、ここハムダニーヤではそのパシャマルガに注意が必要だ。

何とかクルドのチェックポイントを潜り抜け、病院へ。病院の門前には警備兵が数人いて、病院内に入ってしまえば安全上の問題はない。本日はこの病院に泊まることになる。
便宜を図ってくれた院長にお礼のあいさつ。院長自身もモスル市内の病院で働いていたが、暗殺の脅しを受けて、モスルから脱出。院長もクリスチャンだったので、この町に逃げてきた。「モスルは人口300万。しかし内戦状態で医師がいない。だからこの病院に患者が殺到する。私は毎日手術して、眠る暇もないほどだ」。

実際訪れた日も、院長はインタビューを終えると、すぐに患者の元へ帰っていった。イラクでは客人が来ると、ゆっくりとお茶を飲むのが普通であるが、この人は相当忙しいのだと感じた。

では、その院長たちが奮闘する病棟を回ってみよう。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »