« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月29日 (水)

激戦地モスルへ 西谷文和

激戦地 モスルをめざす
2008年10月19日 00:44 nishitani |
「このカラシニコフで奴を撃つんだ。さぁ、早くしろ」民兵に促されて、銃を構える。ファインダーには飲み仲間のS君の顔。こいつを、俺は撃ち殺さねばならないのか…。引き金を引こうとするが、指が凍りつく。「だめだ、できません」。カラシニコフ銃を民兵に返そうとすると、「裏切りやがったな。死ぬべきはお前だ!」叫んだかと思うと、銃弾が私の下腹部に。「やられた!」崩れ落ちる私の体を民兵が担ぎ上げ、穴の中に投げ入れる。あぁ、俺はこの穴の底で白骨になってしまうのか…。

悪い夢を見た。時計を見れば午前4時。シャツは寝汗でびっしょりと濡れている。やはり緊張しているのか。
本日は10月15日。今日から激戦地モスルへ潜入する。モスルは今やバグダッドより危険な街で、米軍の空爆が連続的に行われているし、アルカイダもモスルに集まってきている。人口300万人の、イラク第3の大都市であるが、市内中心部は100メートルごとにチェックポイントがあり、地元住民もめったなことでは出歩かない「ゴーストタウン」と化した街である。
スレイマニアからタクシーでアルビルという街に入り、そこからモスルを目指す。アルビル~モスルの「国境」を越えれば、注意が必要だ。アルビル側は治安が安定しているが、モスル側は何が起こっても不思議ではない。
「国境」ではサファーンが待っている。彼は「モスル子ども病院」で働くエンジニアで、がんの子どもや両親を失った子どもの支援活動を続けている。何とか「国境」を越えてサファーンに会わないと、恐ろしくてモスルには入れない。

スレイマニアで拾ったタクシーの運転手は、英語は話せるがアラビア語はしゃべれない。ここクルドでは年配の人はアラビア語をしゃべるが、若者はしゃべれない。フセイン時代までは「アラブ化政策」で、アラビア語が必修であったが、湾岸戦争後はクルド語が公用語になり、若者たちはアラビア語を話す必要がなくなったからだ。一方サファーンはアラブ人なのでクルド語がしゃべれない。「国境」のどのあたりで待つのか、「国境」まではどのようにしていくのか、私の携帯電話を使って、互いに不自由な英語でやりとり。
スレイマニアからキルクークまでが約80キロで一時間。キルクークからアルビルまでが約100キロで、道路も悪くて一時間半。そしてアルビルから「国境」まではわずか30分。

「国境」が見えてきた。同じ国だがパスポートチェックなどが行われている。「国境」のゲートは、私には「地獄への門」に見える。30分ほどで「国境」を通過。無事サファーンと再会。サファーンはアラブ人なのでアルビルには入れない。クルドの首都アルビルは、アラブ人の「入国」を厳しく制限している。
「奴らはアラブ人すべてがテロリストだと思っているのさ」サファーンが苦笑する。サファーンの車でハムダニーヤという街へ。ここはイラクでは珍しいキリスト教徒の町。

10月10日からモスルでは「キリスト教徒の虐殺」が始まって、多くのクリスチャンがこの町に逃げ込んでいる。ハムダニーヤの小学校へ。モスルほどではないが、この町にも数キロ毎にチェックポイントが。検問しているのはクルドの「ペシャマルガ兵」だ。バグダッドほどではないが、町の様子は車内から隠し撮りしなければならない。

小学校にはイラクの国旗とクルドの国旗が並んではためいている。アラブとクルドが「領土争い」をしているのだ。ハムダニーヤはモスルから東へ30キロ。住民はアラブ系が多数だが、03年のフセイン崩壊後、クルド人が流入して、今度は逆に「クルド化」させようとしている。ハムダニーヤはそんな「微妙な位置」に存在する。
さて小学校に入ってみよう。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

片岡晴彦さん監獄へ JANJAN

http://www.news.janjan.jp/living/0810/0810240103/1.php

小倉文三さんが、10月23日、検察庁へ出頭する片岡晴彦さんの様子を記事にしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

バグダッド4 西谷文和

バグダッドより 速報 ④
2008年10月17日 16:00 nishitani |

午後7時、「アル・マンスールホテル」を抜け出し、繁華街のカラダ地区へと向かう。暗くなり、車内に座る私の顔が日本人だとばれにくくなったので、思い切って外へ出ることにした。途中、フセイン像が倒されたあの有名なフィーロードス広場を通る。この広場から世界中のマスコミが宿泊していたパレスティナホテルと、PMCが入っていたシェラトンホテルが見渡せるが、どちらのホテルも大規模なロケット弾攻撃に遭い、恐ろしくて今は誰も泊まらなくなっている。大通りに面したホテルは危ないのだ。

カラダ地区の「アル・ガディーヤホテル」の前を通る。2003年、04年にイラク入りしたとき、私が宿泊したホテルだ。「アル・ガディーヤホテル」はつぶれていた。このホテルも大通りに面しており、誰も泊まらなくなった。さらに経営者はキリスト教徒だったので、イスラム原理主義者に殺害されてしまった。

04年4月、日本人が拘束され、アメリカ人、フランス人、韓国人…と次々に「身柄拘束」されていった頃、その経営者が「(ホテルが攻撃されそうなので)本当は外国人を泊めたくないんだ」と語っていたのを思い出す。
カラダ地区の裏通りにしゃれたレストランがあるのでそこで夕食。大通りは壁に囲まれて異様な雰囲気だが、一筋街中に入ると、普段どおりの市民生活が存在する。
おそらく戦時中の日本もそうだったのではないか?「OO地区が空爆された」という情報が流れても、逃げるところがないので、粛々と日常生活を続けるしかない。

翌朝、ホテルの窓からチグリス川を眺めていると、やはり飛行船が不気味に飛んでいる。飛行船を撮影していると、「バタバタバタ」という轟音とともに2機のヘリ。昨日の爆破テロがあった辺りを旋回している。4年前は米軍が戦車で現地確認していたのだが、いまは戦車ではなく、ヘリで上空から行うしか方法がないようだ。

オマルにバグダッドでの日常生活をたずねていると、またまた「バン!」という乾いた爆発音。あわてて窓から外を確認するが、窓とは逆方向で爆発があった模様。
「ユージュアル(普通のことだ)」とオマル。ウー、ウーとパトカーのサイレン音が聞こえるが、ホテルの従業員も宿泊客も誰も驚いていない。

オマルと街へ出る。ビデオカメラを隠しながら撮影の機会をうかがうが、難しい。テロで破壊されたビルを車内から撮影。外へ出て撮影したいのだが、壊れたビルの前には数人の警官がいて、オマルが許可を求めるが、「外へ出ての撮影」は許可されなかった。

PUKのバグダッド本部へ。この建物の中に入っているときだけ、少し安心する。ここであらかじめ連絡を取っておいた、イサーム・ラシードと面会。
イサームはイラク人ジャーナリストで、私のDVD「戦場からの告発」「ジャーハダ」に、彼の撮影した映像を一部使用している。
「ニシさん、よく来たね」「イサーム、会いたかった」しばし抱擁。

イサームから日本へのメッセージを撮影する。彼は日本の支援者への感謝を口にするとともに、最後に「まいど、おおきに」。ちなみに「イラクの子どもを救う会」からの募金で、毛布などを配るときには、彼は袋に「MYDO OKINI」と書いて配布する。高遠さんらのグループからの募金で配布するときには「ARIKATO」である。ちゃんと方言を使い分けているのだ。

スレイマニアに帰る時間が迫ってきた。市内から空港まで後部座席で身をかがめるようにして突っ走る。かなりの数のチェックポイントをクリアし、空港へのだだっ広い国道に入る。「注意!この道で駐停車すれば、テロリストに襲われる危険」との赤い看板。「テロリストではなくて、米軍に襲われる」やろ、と思わず苦笑い。実際米軍は不審者に対してためらわず発砲してくる。一番恐ろしいのは米軍なのだ。

10箇所以上の検問を無事通過し、空港へ。これで一安心。この空港には非常口ではなく「シェルター」なる看板がある。武装勢力の攻撃を想定して「シェルター」を備えている空港は、世界でここだけではないだろうか?
ということで、一泊二日のバグダッド行きは、無事に終了した。まだまだ治安は安定していないが、何とか潜入取材が可能だということが分かった。次回再訪するときは、さらに治安が安定していることを望む。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

片岡晴彦さん 刑務所へ

23日午後1時、検察庁へ。高知白バイ事件の片岡晴彦さんが、とうとう刑務所へ入れられてしまいました。当面は、高知刑務所のようです。

覚悟していたこととはいえ、片岡さんの心中はいかにと思います。自宅で見送る、泣きはらした奥さんの姿が痛々しいです。

今日の様子を、「スーパーモーニング 24日朝8時30分」で放送されるかもしれません。時間があれば見てください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月23日 (木)

バグダッド3 西谷文和

バグダッドより 速報 ③
2008年10月17日 05:42 nishitani | 
バグダッドで宿泊したのは「アル・マンスールホテル」。このホテルは大通りからかなり離れた場所に位置していて、ホテルに入るまでに、数箇所のチェックポイントを通らねばならない。ホテルの受付でオマールと初対面。

彼とはメールでやり取りしていて、バグダッドでの取材&セキュリティーを委託していた人物である。彼は2004年から、バグダッドで両親を失った子どもたちを支援するプロジェクトを開始している。そして彼は米軍の通訳として働いた経験を持つ。米軍にも顔が利くし、イラク市民の信頼もある程度集めている人物なのである。

バグダッドで「オマル」という名前を名乗るのは非常に危険なのだ。なぜなら「オマル」という名前は100%スンニ派で、IDカード(身分証明書)に「オマル」と書いてあるだけで、シーアの民兵に虐殺される可能性があるのだ。普通の「オマル」さんは、IDカードを偽装し、「アリー」や「ムハンマド」に名前を変えて、バグダッドの街で生活している。

「なぜ、オマルという名前で通しているの?」「確かにオマルを名乗るのは危険だ。しかし俺には、スンニ派、シーア派、米軍のネットワークがあって、それぞれが俺の事業を信頼してくれている。だから危険だけれど、殺されないと思って、オリジナルな名前を名乗っている」とのこと。

ホテルの部屋で、そんな話をしているときだった、突然、ドーンという爆発音。「まさか!やったのか!」とあわてて窓から外を見る。私の部屋はチグリス川に面した5階だったので遠くの景色まで一望できる。
ベランダに出てチグリス川対岸を見ると、モクモクと煙が上がっている。米軍ヘリが2機、慌てて旋回している。「あそこはパレスティナ通りだ。テロリストが爆破したようだ」とオマル。私たちのベランダに向かって米軍ヘリが飛んでくる。(ように見えた)「カメラを隠せ!やつらはレーザーで監視している。ビデオカメラで撮影しているのがばれたら、容赦なく撃ってくるぞ」。
まるで映画の一場面のような光景だが、バグダッドでは日常茶飯事。

「怖くないのかって?そりゃ怖いよ。でもどうすればいいんだい?俺たち市民はなすすべなく、見守るだけさ」とオマル。
翌日のニュースで知ったのだが、この爆発で27人の市民が殺された。犯人はまだ捕まっていない。バグダッドは約600万人の人口を抱える。毎日のようにこの手の爆発が繰り返されている。600万人分の27。大阪で例えるなら、今日は梅田で、明日は心斎橋、明後日は…。といった状況だ。人々は粛々と、その日の暮らしを終えていく。

誰がバグダッドをこのような街にしてしまったのか?
間違いなく米軍である。サダムを倒して、治安を改善させるべき米軍が、あえて人々を殺害して、激怒させ、そして無政府状態にしてしまった。一般市民からすれば、「いい迷惑」なのだろう。少なくともサダムの時代は、アルカイダはいなかった。スンニであるかシーアであるかで、人々は争うわなかった。「治安を守るために占領した」米軍の姿は、街のどこにも見えない。米軍は基地の中に閉じこもっている。街にでてくるのは監視用の飛行船と、テロ直後の偵察ヘリだけだ。

バグダッドを「殺人の街」にしたのは、間違いなく米軍だ。だれがこの責任を取るのだろうか…。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月22日 (水)

「いのちの作法」上映会 10.26

無料上映会10月26日(日)

戦後、長野県の佐久で行なわれた予防検診活動は若月医師の佐久病院の取り組みとして知られています。
この映画も岩手県の全国に名を知られる取り組みです。
高知県でも野市町などや駐在保健婦制度など全国に名を知られる取り組みがありました。
『シッコ』で稼いだお金で出来る映画会です、
地域医療の原型、ぜひご覧になってください。

「いのちの作法」の上映会

この映画は日本で最初に乳児・老人医療費を無料にして、
保健・医療・福祉の先進地となり、
乳児死亡率のゼロを達成した岩手県の旧沢内村(現西和賀町)を取り上げています。
後期高齢者医療制度が大問題になっているだけに、高齢者のことを考えるよいきっかけになると思います。

    ①14:00から16:00まで

    高知市立自由民権館1階民権ホール (高知市桟橋通り4-14-3 電話831-3336)

    主催;高知保険医協会

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月21日 (火)

バグダッド2 西谷文和

バグダッドより速報 その2
2008年10月16日 23:17 nishitani | 
バグダッドのPUK本部で、幹部職員にインタビュー。バグダッドの治安は安定に向かっているものの、まだ外国人にとっては危険な状況。ちなみに、ファルージャやラマーディーには、かなりの注意が必要で、「行かないほうがいい」と忠告を受けたが、イラク南部、すなわちサマワやバスラには訪問可能とのこと。今回は日程が詰まっているので、サマワにはいけないが、次回は行けそうだ。

幹部インタビューを続けていると、ハッサンアボッドがやってきた。ハッサンとは携帯電話で連絡を取り合って、本日バグダッド入りすることを伝えてあった。ハッサンアボッドは、私の通訳であり、友人。大阪に3回招待し、そのうち2回は裁判で法廷に立った。

彼は大阪の「イラク派兵差し止め訴訟」の原告なのだ。ハッサンは私の事務所に寝泊りした経験を持つ。そのハッサンとこうしてバグダッドで再会しているのが不思議だ。
みなさんご存知の通り、この「イラク派兵差し止め訴訟」は全国で行われて、名古屋高裁で「イラク派兵は9条1項違反」という画期的な判決が出た。ハッサンはこの裁判の貢献者である。
「ニシタニさん、良かったね。裁判で勝ったんだね」ハッサンも結果を聞いて喜んでいる。しばらくPUKのメンバーたちに私たちの関係を説明し、ハッサンとはここでお別れ。「ニシタニさん、気をつけて。決して無理してはいけないよ」。ハッサンも私の身の安全を心配してくれる。

PUKバグダッド本部を出て、ラシード通りの下町を行く。ラシード通りも壁で囲まれているが、商店街は普通に営業を続けている。その様子を車内から撮影していると、ピーッと笛が鳴り、警官が駆け寄ってくる。
「今、ビデオ撮影していただろ?」。しまった!見つかってしまった。こんなときは慌ててはいけない。「日本から来ている。『イラクの子どもを救う会』というNGOの者だ。悪気はない。軍や警察を撮影したのではない。ただ商店街の様子を撮っただけだ」。
私の身分証明書を見ながら、警官たちはなにやらアラビア語でしゃべっている。
「ここは撮影禁止だ。次回からは気をつけろ」と、「釈放」してくれた。下手をすればカメラ没収のところだった。危ない、危ない。

バグダッド・クルド人街の下町に、PUKの「母子センター」がある。
「日本人が来る」というので、多くの母子が集まっている。夫を殺された未亡人が多い。私が到着すると、「うちの子どもを見てくれ」「助けてくれ」と、ビデオカメラの前に母親たちが殺到してくる。
頭が膨れ上がった子どもがいる。3歳にして「水頭症」だ。母親は2回妊娠したが、上の子どもは死産だった。そしてこの子は生まれながらの「水頭症」。「劣化ウラン弾によるものとみて間違いないと思う」とは、PUKの女性スタッフ。

「俺の子どもの頭を見てくれ」と2人の兄弟を連れてきた父親。頭蓋骨の一部が削り取られていて、頭皮が露出している。指で触ると、そこは柔らかくて、脳内に指が入っていく感覚。米軍の空爆の破片が、頭蓋骨を削り取っていった。その結果、この男の子は普通に歩けなくなってしまった。歩行神経がやられてしまったのだ。不自由に歩く姿を撮影。本来なら傷ついた頭蓋をセラミックか何かで補強すべきなのだろうが、ここはバグダッドである。そんな手術は期待できない。空爆の際、一番恐ろしいのは、爆弾そのものより、周囲に飛び散る破片だ。目に当たれば失明するし、胸に当たれば死んでしまう。この子の場合は頭蓋をかすったのかもしれないが、若くして障害を抱えてしまった。
米軍がボタン一つで発射するミサイル。撃たれた側は生涯その痛みを引きずっていく。

ファラドーンが「この子どもたちに50ドルずつ援助しよう」と提案。急遽、名簿を作り、一家族ずつ50ドルを配っていく。
母子センターを後に、ホテルへと向かう。チグリス川沿いの「アル・マンスールホテル」。大通りから離れていて、チグリス川岸に建つ5つ星ホテルだ。ホテルに入るまでに入念なボディーチェックと荷物検査。外国人が宿泊するホテルは常に攻撃の対象となる。「日本人か!珍しいね」ホテルの警備員が驚いている。少しでもアラブ人に近づこうと、ひげを生やしていたが、やはり一目で分かるようだ(笑)。とにかく無事ホテルにチェックイン。さて明日はどうなるのだろうか?

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最後の質問も門前払い JANJAN 小倉文三

『高知白バイ事件・最後の質問も門前払い』 

http://www.news.janjan.jp/living/0810/0810189676/1.php

片岡晴彦さんが、高知県警に出した質問状に対し、なんら回答もなく、県民無視の態度です。
都合の悪いことは、スルーの県警。警察は市民のためにあるのではなく、自らの組織防衛のためのもの?公務員は法律を守らなければならないはずだが、証拠の捏造は違法行為なのでは?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月20日 (月)

「監獄都市」バグダッド 西谷文和

「監獄都市」バグダッドを行く
2008年10月14日 06:35 nishitani

茶色い大地を飛行機が滑り降りてゆく。私たちを乗せた飛行機は「普通に」着陸した。3年前の05年11月29日、バグダッド空港へは、上空からの「きりもみ着陸」だった。あの頃は武装勢力のロケット弾攻撃があるので、飛行機は上空から旋回して着陸していたのだ。今は治安が改善されたのだろう、「普通に」着陸したので、安堵とともに少し拍子抜けする。

入国審査のカウンターにはインド系労働者の群れ。民間軍事会社に雇われた戦争の「後方支援部隊」なのかイラク復興費で雇われた「建設労働者」なのか、おそらくそのどちらかだ。

3年前はこの場所で「日本人の入国は認められない」「なぜだ?」「お前たちの政府からの命令だ」とやり取りして、結局入国が認められずアンマンまで強制送還されたのだが、今回はすんなり通過。これで念願のバグダッドの地を踏むことができる。

空港を出るとPUK(クルド愛国者同盟)のメンバーが待っている。3人の兵士が護衛につく。空港を出てバグダッド市内へと向かう。いきなり異常な数の戦車と兵士がお出迎え。イラク国防軍のチェックポイントが何重にも連なる。車内から隠し撮りするが、「ここでは撮影するな!」と兵士の一喝。
「悪い悪い」と謝りつつ、この光景を撮らないと何のためにバグダッドまで来たのかわからない。兵士の注意をかいくぐって、何とか外の風景をカメラに収める。
空を見上げれば飛行船。

「あれは何だ?」と聞くと、「米軍の監視だ」。あまりにもテロが多発するので、米軍は「住民監視飛行船」を飛ばしているのだ。知らなかった。
空港を出るまでに10箇所以上のチャックポイント。そのたびに、緊張しつつビデオカメラを隠す。
空港を出て一般国道を走る。03年の空爆で破壊された「サダムタワー」が見えてくる。懐かしい。4年前はあのタワーの下で通行人にインタビューできたのだが。

バグダッドの街は、様相が一変していた。一言で言えば「コンクリートに囲まれた監獄都市」である。メーンストリートの両サイドは、高さ2メートルほどの壁で覆われている。
シルクロードの中心、2千年の歴史を持つ都が「壁の街」に変えられてしまったのが悲しい。人々は壁の前を黙々と通行する。戦車が通っても、ヘリが上空を旋回しても、パトカーがサイレンを鳴らして通過していっても、ただ黙々と歩いている。この異常事態に慣れてしまって、ただ黙々と生活を続けているその姿は、まるで修行僧のようだ。

バグダッドの交通信号はいまだに点灯していない。電力不足が一番の原因。それと信号を点灯させても、異常事態が発生するので、守る人が少なく、あまり意味がないからだとも言える。
よって信号のない交差点では渋滞するし、チャックポイントでまた渋滞。たまに米軍が通行するときは、周囲数百メートルにわたって交通規制するから、またまた渋滞。人々はあきらめきっているのか、ただ黙々と、渋滞が緩和するまで待っている。4年前よりメーンストリートの通行人が多いのは、「車で行くより歩いたほうが早い」からでもある。

私を乗せたランドクルーザーは、護衛の兵士たちが強引に道を空けさせて通行するので、渋滞の車を尻目におよそ一時間でPUKバグダッド本部。PUKバグダッド本部もまた、テロリストの襲撃を恐れてコンクリートの壁で囲われている。ランドクルーザーが本部に進入。ここで初めて兵士たちが笑顔に。「ようこそバグダッドへ、アハラン・ワ・サハランン」。
こうして08年10月11日午後12時半、何とか無事にバグダッドの街にたどり着いたのだった。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バグダッド 西谷文和

バグダッドに入る
2008年10月13日 21:36 nishitani |
しばらくこのブログを更新しなかったので、「いったいあいつは何をしているのだろうか?」と、ご心配をおかけしたかもしれない。一昨日からバグダッドに入っていたのである。
バグダッドに入るかどうか、かなり迷った。治安は改善の方向に向かっているとはいえ、連日のように自爆テロが起こっている。恐ろしいのは政治的なグループではなくて、身代金目的の誘拐、物取りなどである。

バグダッドへ飛ぶ前日、「お前の顔は一目で外国人とわかる。俺たちよりずっと危険だ。犯人たちは携帯電話で連携して襲ってくるぞ。そうなると防ぎようがないんだ」。通訳のファラドーンが、電話をかけたり、銃を構えたり、いつものようにオーバーなゼスチャーで、いかに危険かを熱弁する。かなり鬱陶しい。もっとまともな、落ち着いた通訳に換えたいなと、痛感する(笑)。

「そんなことは分かっている。問題はいかに潜り込むかだ」と熱弁をさえぎるが、ことあるごとに止めにかかる。
で、妥協の産物として、①バグダッド宿泊は一日のみ。②ピンポイントで取材し、さっとその場を立ち去る。③街の様子は車の中から撮影し、外へでない。ことを条件に、バグダッド空港から街の中まで、PUK(クルド愛国者同盟)の護衛がつくことになった。

制限された中ではあるが、私にとっては4年ぶりのバグダッドだ。10月11日早朝、スレイマニアからバグダッドへ飛ぶ。乗客は地元市民と、おそらく民間軍事会社(PMC)の傭兵っぽいグループ、そして私とファラドーン。
空港で飛行機を待っていると、ファラドーンの妻から電話がかかる。かなり心配している様子。昨日はほとんど眠れなかったとのこと。ファラドーンには1歳8か月の息子がいる。二女宝と同い年だ。「俺には3人の子どもがいる。お前にも3人いるだろ?無理をしないように頼むよ」。何の因果で俺までバグダッドに行かねばならないんだ、と悲しそうな目で、私をみつめ、ついには「今から引き返してもいいんだぜ」。

「今さら引き返せるか、アホ」と「提案」を一蹴するが、確かに油断禁物、安全第一だ。
8時半に飛ぶ飛行機がなぜか遅れて9時半のフライト。さぁ飛行機が飛ぶ。もう引き返すことはできない。バグダッドまでは1時間のフライトだ。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月19日 (日)

イラク・スレイマニア

スレイマニア近況 西谷文和

スレイマニア・カラア避難民キャンプの近況
2008年10月 9日 01:15 nishitani
イラク・スレイマニアに入ると、通訳のファラドーンが「だれそれと面談してくれ」「会わせたい人がいる」と私を振り回すので、ブログ更新がおろそかになってしまう。ご心配をおかけしているのかも。

本日はファラドーンの「お前に会わせたい人がいる攻撃」をくぐり抜けて、カラア避難民キャンプへ。驚いたことに、200以上あったテントの半数以上が撤去され、800人近かった避難民は、今や400人程度になっている。
理由として、バグダッドの治安が改善され、避難民たちが故郷に帰還したことと、イラク政府が「帰還すれば補助金を出す」と、帰還奨励政策に出ていることが挙げられる。
これはシリアに逃げた難民たちにも共通していて、まだバグダッドが危険ではあるが、家を奪われた人々が、帰り始めていることは事実だ。

しかしイラク政府の「バグダッドは安全」という情報を信じないで、まだカラアに居残る人が400人もいるのも事実。その「居残り組」に取材した。
「バグダッドが安全になった、といわれてもにわかには信じられない。俺の叔父は内戦で民兵に首をかき切られて殺されたんだ。恐ろしくて帰る気にはなれないよ」とはアドナーンさん(41)。聞けば10人も子どもがいるという。やはりアラブは多産だな、と思ったのだが、よくよく聞くと、妻が二人。隣のテントに新妻が。隣のテントへ。妻は赤ん坊を抱えている。生後4日。10番目の娘だ。このテントで出産?と聞けば、スレイマニア病院で出産したとのこと。イラクでは医療費は基本的に無料なので、丈夫な赤ちゃんを産めたようだ。

今何が一番必要か?との質問には、「これから寒くなるので毛布」とのこと。キャンプを後にして、市場で毛布とウオーターボックスを大量に(400人分)購入。
明日すべての避難民に、毛布とウォーターボックスを配ろうと思う。このキャンプでは、きれいな水が不足しているので、週に何回か配給される水を貯めておくウォーターボックスが必要だ。日本の皆さんからいただいた募金が役に立つ。ここスレイマニアは、日中はかなり気温が上がるが、そろそろ夜間は冷え込む。この冬を越すためには毛布ときれいな水が欠かせない。明日は朝から、毛布とウォーターボックスを配ることになる。

イラクの子どもを救う会へカンパいただいたみなさん、ありがとうございました。

「イラクの子どもを救う会」より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「テロとの戦い」その現実 天木直人

新テロ法案の審議をテレビで聞いていて、あまりの緊張感の無さに怒りすら覚えた。

 18日の各紙は、そんな国会審議を、解散をひかえた消化試合だ(毎日)、攻める民主党の対案が自民党から逆に追及される批判合戦だ(読売)、などと書いていた。

 その通りである。

 しかし、審議が白熱しない真の理由は、野党第一党である民主党が、その根本において「テロとの戦い」に賛成しているからである。米国との軍事同盟に賛成しているからである。

 何にもまして、政治家が、戦争というものの非人道性から目をそらしているからだ。

 18日の毎日新聞一面に衝撃的な報道写真が掲載されていた。

 栗田慎一という報道カメラマンの撮ったその写真は、およそアフガンの戦場から遠く離れた日本の国会にあって、政治屋が駆け引きで繰返す無気力な国会審議を吹っ飛ばす、そんな迫力ある写真であった。

 さる8月22日、アフガンで米軍の誤爆により住民90人が死亡したと報じられた事件があった。

 その空爆で家族14人が殺され、倒れた壁の隙間にはさまれて助かった12歳の少年が、拾い集めた家族の肉片を両手に抱えながら厳しいまなざしをカメラに向けている、そういう写真である。

 日本の政治家たちよ。

 両目をかっと見開いてこの写真を凝視せよ。

 これが米国の言う「テロとの戦い」の現実だ。

 一瞬のうちに孤児となった少年の視線に宿る憎しみこそ、米国が「テロとの戦い」に勝てない理由を物語っている。

 その悲劇は、米国が「テロとの戦い」の誤りに気づかない限り毎日のように繰返される。

 これまでがそうであったように、これからも。

 日本はそんな米国のテロとの戦いから一刻も早く決別しなければならない。

 なぜそれがわからないのか。政治家も官僚もそして彼らを支持する日本国民も。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月18日 (土)

映画「リダクテッド」

フィクションとして制作された映画が、「真実」をもっともらしく語るニュー
スやドキュメンタリーよりも真実を語る場合があります。
 
 この映画はその例です。
 
 映画「スカーフェイス」、「カジュアリティーズ」などで世界的に有名なアメ
リカのブライアン・デ・パルマ監督が、アメリカ軍兵士による少女強姦殺人事件
を軸に、イラクのアメリカ軍が何をしているかを描いた問題作です。
 
 「リダクテッド 真実の価値」ブライアン・デ・パルマ監督
 http://www.cinemacafe.net/official/redacted/
 
 10月25日から全国で上映。
 
 イラクのサマラ検問所で「テロリスト」の検問に当たるアメリカ軍兵士たち。
最初イラクに来た時にはのんびり構えていた彼らは、毎日の銃撃戦、爆弾の爆発、拉致、狙撃によって神経をすり減らし、狂気に陥っていきます。そして、「テロリスト捜索」という名目で、イラク人の家に押し入り、少女を強姦し殺害します・・・。
 
 イラクに駐留するアメリカ軍兵士が撮影したプライベートビデオ映像を中心に、ユーチューブ、各国のニュースやドキュメンタリーの映像、ネット上に流れる映像を編集し、一件ドキュメンタリー風に制作したフィクションの映画です。
 
 2007年のベネチア国際映画祭で賛否両論の嵐を巻き起こした上で銀獅子賞を受賞、アメリカでは右派メディアのFOXテレビから上映禁止を呼びかけられたという映画です。
 
 なおリダクテッドとは「削除された」という意味です。このタイトルにはデ・パルマ監督の怒りが込められています。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月17日 (金)

ハワイ先住民よりの手紙

■昨年12月の海上自衛隊イージス艦「こんごう」の発射試験に抗議するハワイ先住民の団体よりの手紙訳文
---------------------------------------------------------
2007年12月11日

 日本の兄弟・姉妹の皆さんにあいさつを送ります!

アメリカのいわゆる「ミサイル防衛」システムに日本が参加することに反対する皆さんに熱いあいさつと連帯を送ります。

 私たちは「ミサイル防衛」が嘘であるということを知っています。「ミサイル防衛」の真の戦略的目的は米軍の攻撃能力を高めることにあります。はるか上空から海底深くに到るまでの軍事的「全領域支配」を追求しようとするアメリカのあくなき姿勢は、平和と安全をもたらすものとは程遠く、地球全体を脅かす危険で新たな軍拡競争を加速させています。

 米国は、太平洋地域における帝国拡大のために、独立国であったハワイに武力侵攻し占領しました。現在、帝国の情報技術前線の拡大に伴い、米国のミサイル防衛プログラムは、ハワイの陸地や、海、空を侵しています。「こんごう」が撃ち落とす予定のミサイルは、カウアイ島ノヒリにある聖なる砂丘の上から発射されます。この場所は、ハワイの先住民族である「カナカ・マオリ」(Kanaka Maoli)が伝統的に墓地にしてきた所なのです。

 米軍による侵犯は、帝国が自らの領域を監視するための電子的な目や耳を設置しているハレアカラ山(マウイ島)やマウナケア山(ハワイ島)などの聖なる山々に広がり、強力なソナーがクジラたちを傷つけ殺しているかもしれない海中深くにまで及んでいるのです。

 さらに、米海軍は、「暫定作戦地域」を210万平方海里および空域に広げることを計画しています。これはハワイ諸島全域を完全に包含するものです。

 私たちは、私たちの大切な土地や、海、空が戦争の出撃地になることを許しませんし、戦争マシーンの工作者たちに場所を与えることも許しません!

 私たちは、ハワイ沖のミサイル防衛実験に日本が参加することに強く反対し、米国のミサイル防衛計画への日本の関与を拒否する皆さんのアクションに拍手を送ります。こうした戦争ゲームに日本が加担することは、その平和憲法を裏切ることです。

 平和と正義と非核の世界に向けて、私たちの声と行動を結集しましょう!

 連帯のもとに

DMZ(非武装地帯)ハワイ(アロハ・アイナ)
アメリカフレンズ奉仕委員会ハワイ支部
オハナ・コア(非核独立太平洋)
カウアイ平和社会正義連合
マル・アイナ非暴力教育行動センター

[翻訳協力]笠原光・山口響(アジア平和連合〈APA〉ジャパン)
-----------------------------------------------------------

■今年(2008年)もハワイの同じ場所で日米合同の発射試験が、11月に!
~ハワイの先住民の人々が泣いている!

その費用は、ナント60億円!!!(すべて私たちの収めた税金です)

■迎撃ミサイル、11月に発射試験 ハワイ沖で防衛省(日経ネット 11/16記事)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20081012AT3S1100T11102008.html/

 防衛省は日本に飛来する弾道ミサイルを海上から撃ち落とすスタンダード・ミ
サイル(SM3)の発射試験を米ハワイ沖で11月に実施する。
(中略)
 「ちょうかい」は佐世保基地(長崎県)を出港。米軍がハワイ・カウアイ島西端から撃つ模擬弾を、数百キロの沖合でSM3を一発発射して迎撃する。実施時期は11月中旬から下旬を予定している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月16日 (木)

質問状 片岡晴彦

      ** ** 殿
私は、近々「無実の罪」で刑務所に入る片岡晴彦です。平成20年9月5日、
貴殿が行った記者会見の内容について疑問があり、この質問状を出します。

 私は、支援者の協力のもと平成19年8月30日、9月22日、11月17日、平成20年9月2日
の合計4回バスの走行実験を行いました。この内、最初の3回は白バイに衝突された
実際のバスを使いました。その結果、何回実験をしてもスリップ痕は付きませんでした。

 次にどのようにすればスリップ痕が付くかを実験しました。
その結果、急発進し急ブレーキをかけるとやっと、20~30cm程度のスリップ痕が
前後輪(合計6輪)とも付く事が分かりました。

 しかし、この時乗客は、前のめりになり、怪我人が出ても不思議でないほどのショックがあります。
この模様はテレビで、何回も報道されていますので、貴殿もご覧になっていると思います。

 記者会見で、貴殿が「実際のバスは、白バイを巻き込み走行しており、状況が違う」
と発言したことを、翌日の高知新聞の記事で知り驚きと共に憤りを感じています。
 そこで、今回下記の事項について質問しますので、平成20年10月15日までに文書で
回答いやだきますようお願いいたします。
 貴殿からの回答が来るころには、私は塀の中にいるかもしれませんが、私に代わり妻が、
「質問状を出した事」および「貴殿からの回答」または「回答がない事」を
(支援する会)や(マスコミ)に発表し公開いたします。

                  記

1、「白バイを巻き込み走行した」とはどのような状態を指すのか、
   図又は写真を使い説明して下さい。

2、 通常走行から停止したのではスリップ痕は付かないが、白バイを巻き込み3m引きずると
   1m以上の痕跡がつく理由を、素人にも分かるように説明して下さい。

3、 左右の前輪には1m以上のスリップ痕が付くが、Wタイヤの後輪には
   全く付かない理由を力学的に説明して下さい。

4、 路面に付いたスリップ痕の先端の色について、最初は薄いが夜になると
   真っ黒になる理由を化学的に説明して下さい。

     平成20年9月29日            高知県********
                                       片岡晴彦

 質問状の一部原文です。今現在、私は自宅に居ます、10月10日に呼出状が届き 
 10月23日、午後1時、高知地方検察庁に、会長と共に出頭します。

 私が、在宅の間に、回答願いたいのですが、無理でしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月15日 (水)

入獄直前のカンパ 片岡晴彦さんへ

昨日、「高知白バイ事件」の被害者・片岡晴彦さんと電話で話しました。23 日に高知地方検察庁に出頭するように、という「呼び出し状」(11日)がきています。「呼び出し状」と「金」以外は持ってくるな、とのことらしいです。しかし、この3年間、警察の運転免許証没収により失職していた片岡さんはとことん金がなくなっているので、「刑務所に物を持ち込みたいが、・・・。」と電話で質問したそうです。すると、いろいろ持ってきてはいけないものを言われたそうです。たとえば、ボールペンはいけないそうです。凶器になる可能性があるからでしょうか。

地獄の沙汰も金次第。片岡さんの不条理な1年4ヶ月の禁固刑をいくらかでも負担の軽いものにするために、もし、よろしかったら、無理のない範囲で、入獄直前のカンパをお願いします。

振込先①銀行振り込み

・ 口座名   コスモス農協   仁淀支所 (ニヨドシショ) 

・ 口座名義  晴さんを支援する会 高木  幸彦   ( ハルサンヲシエンスルカイ  タカギ ユキヒコ )

・ 口座番号  普通  0004372

振込先②郵便振替

・ 口座名    ゆうちょ銀行 (旧ぱるる)

・ 口座名義  片岡晴彦さんを支援する会 (カタオカハルヒコサンヲシエンスルカイ)

・ 口座番号  普通 記号016406 番号93770           

           お問い合わせ   片岡晴彦さんを支援する会事務局(連絡先)090-3780-2081

        尚、片岡晴彦さんの了承を得て開設しております。今後、上記口座以外に開設の予定はありません

KM記

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

自立へのチャンス 天木直人

世界金融恐慌の流れが止まらない。

 世界経済は、そして日本経済は一体どうなるのだろう。

 メディアは当分この事を報じ続けるだろう。

 他のニュースがかき消されていく。

 私は、かき消されていく重要なテーマを追い続けたい。

 だから金融危機については、最初で最後のつもりで、このブログで一言書くことにする。

 経済の専門家でない私が何を言っても誰も相手にしないだろう。

 それは当然だ。それでいい。

 しかし、よく考えて見るがいい。

 今度の金融危機について自信をもって正しいことを言える者がいるというのか。

  どんな経済学者、専門家でさえも本当の事はわからないのではないか。

  政策決定権を持ついかなる政治家、官僚も、無策ではないか。

  しかし、今度の金融危機がどんなに解決困難であっても、我々は、一切の見栄や、てらいや、立場の違いを乗越えて、この問題を考え、解決策を見つけなければならない。

  なぜならば、経済が崩壊すると、最も打撃を受けるのは経済的弱者であるからだ。

  私の考えはこうだ。

  この問題には短期的対応と長期的考察を峻別しなくてはいけない。

  短期的対応とは、すなわち世界的株価暴落の連鎖を止めることである。

  この点については、これからも連日のように意見が述べられ、対策が講じられるだろう。

  どんな乱暴な政策でもいい。詐欺的な手を使ってでも株価底打ち感を人々の心に

  芽生えさせる対策が講じられなければならない。すべてはそこから始まる。

  それは投機や投資を行なっている金持ちの為ではない。

  毎日を懸命に生きている経済的弱者を守るためにである。

  私がここで書こうとするのは長期的考察についてである。

  米国発の今回の金融危機は、神が人類に与えた啓示ではないか。

   ブッシュ政権で行き着くところまで行った米国の軍事的暴力と詐欺的金融資本の暴力は、人間性を冒涜したものではなかったか。

   その事に対し、世界は、そして日本は、あまりにも追従的ではなかったか。見て見ぬ振りをしてこなかったか。

   世の中に正義というものがあるのなら、そして人間を慈しむ神の存在があるのなら、

   今回の危機はそれらが米国に与えた鉄槌に違いない。

   その米国に、意見の一つも言えずに追従した日本に対する警鐘だと思うべきだ。

   日本はこれを千載一遇の歴史的チャンスととらえ、時間をかけてでもいいから、日本の将来のあり方を変える努力を始めなければならない。

   米国の誤りが、軍事的過信と濡れ手で粟をつかむ行き過ぎた金融資本主義によってもたらされたものである以上、それから自立することこそ日本のとるべき道である。

   それは憲法9条を掲げて平和外交を推し進めることであり、実物経済に立ち返って、かつての日本の経済の強さを取り戻すべきなのだ。

   この日本経済の強さへの自覚と回帰こそ、我々がこれから目指すところでなくてはならない。

   すなわち、日本の経済、社会政策が長期的に目指すものは、金融機関のてこ入れや株式市場の再活性化などではなく、人間性を取り戻す実物経済重視の政策であり、実物経済の堅実な運営で満足な生活ができる、そのような社会政策を整備していくことである。

   高額な収入がなくても豊かな生活ができる社会資本の充実、福祉・保障政策の充実、廉価な住宅、公共サービスの提供こそ政府の目指す政策である。

   国民が安心して生活、労働できる環境をつくり、世界に歓迎される商品、サービスを提供する日本の産業の蘇生。

   その事によって、バブル経済の不安定性から脱却する強い経済力を持つ国を目指すべきだ。

   そのような国が世界に存在することを証明すれば、その日本から世界経済は蘇生していくに違いない。

   時間がかかるかもしれない。

   時間がかかってもいい。

   日本は、今こそ米国の呪縛から自立し、世界の平和と真の豊かさの発信源たる国を目指すべきである。
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月13日 (月)

呼出状 片岡晴彦

ついにこの日がやってきました。
今日、高地地方検察庁から呼出状が届きました。
内容は、  呼 出 状
                    平成20年10月10日
高知県吾川郡仁淀川町森OOO
片岡晴彦
                高地地方検察庁
                 検察官 検事 〇〇  〇〇

貴殿に対する次の刑が確定したから、受刑のため下記により出頭されたい。
出頭できないときは、その理由を通知すること。

1、罪     名      業務上過失致死

2、言渡し 裁判所      高地地方裁判所

3、言渡し  の日      平成19年6月 7日

4、確 定  の日      平成20年9月28日

5、刑名   刑期      禁固1年4か月

6、出頭すべき日時      平成20年10月23日(木)午後1時

7、出頭すべき場所      高知市丸ノ内一丁目4番1号
               高地地方検察庁 検務官室 執行担当
               (本人のみによる自動車等での出頭は不可)

8、持参すべき物       この呼出状

*なお、刑務所内で日用品等を購入する為の現金や刑務所から自宅に帰る為の
  交通費などについては、持参しても差し支えない。

このような内容で最終決定が下されました。
今後は、弁護士先生と支援の会の皆様が私になり変り再審請求に向けて、
闘って行きますので皆様方ご支援ご協力をよろしくお願いいたします。

全国の皆様の温かいお力添えを頂きましたが、私の力不足でこのような結果になったことを
残念で仕方ありません。

真相究明に向けて私なりに前向きな気持ちを持って頑張りたいと思います。

この事故の事実だけは、2度と繰り返しては行けない!その為にも解明しなくてはいけない!!!

  それが今後の私に残された課題です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 9日 (木)

マイケル・ムーアの手紙 終わり

9.【深呼吸をし、落ち着いて、恐怖に日々を支配させないことが誰にも必要だ】
テレビを消そう!今は「第二の大恐慌」などではない。天は落ちては来ない。評論家や政治家が余りにも矢継ぎ早に、おどろおどろしく嘘をついているので、我々は降りかかる恐怖の影響を免れるのが困難になっている。私でさえ、昨日、ダウ平均株価が過去最大の1日の下落を示したとのニュースを聞いて皆さんに記事を送り、その内を繰り返した。そ
れはその通りだが、7%の下げは1987年に株価が1日で23%暴落したブラックマンデーにはほど遠いものだ。80年代には3,000の銀行が閉鎖された。しかし米国は破産しなかった。
彼らは絶えず上がり下がりの波に遭いながらも結局は何とかなった。そのはずだ。金持ちは自分たちの富を粉々にしたくはないのだから!彼らは事態を沈静化させたり、再び奔流に投げ返したりすることに元々関心が深いのだ。
[事態は狂ってはいるものの]今週何万人もが自動車ローンを組んだ。何千人もが銀行で
ローンを借りて家を買った。大学に戻った学生達を15年の学生ローンに取り込んで銀行はほくほく顔だ。日々の営みが続いている。銀行預金や手形、定期預金証書の形である限り誰一人金を失わなかった。そして何より驚くべき事は米国民が恐怖キャンペーンに乗らな
かったことだ。人々はひるむどころか議会に救済法案を葬らせたのだ。それは真に印象深い出来事だった。民衆が大統領やその一味が繰り出す恐怖に満ちた警告に屈しなかったの
はなぜだろうか?そう、「サダムはその爆弾をもっている」などと何度も言えるのは人々に大嘘つきだと見破られるまでのことでしかない。長い8年のあと、国民は疲れ果ててもう我慢の限界なのだ。

10.【民衆の「国民銀行」を作ろう】
どうしても1兆ドルを印刷するとしたら、それは一握りの大金持ちに与えるのではなく我々自身に与えようではないか。フレディーとファニー(2大政府系住宅金融会社)が我々の手に落ちた今こそ、国民の銀行を作ろうではないか。自宅の購入、小規模事業の起業、通学、癌治療、或いは次の大発明のための資金を望む全ての人に低金利の融資を行う銀行である。また、米国最大の保険会社AIGも我々の手に落ちたのだから、次の段階に進んで全ての人に医療保険を提供しよう。全国民にメディケアーだ。これで長期的には大きな節約が出来るだろう。又、平均寿命が世界12位とはならないだろう。もっと長生きをして政府が保障する年金を享受し、やがて、非常な惨状をもたらした企業犯罪者達を許して出獄させ、我々の助力で市民生活に再順応させる日を生きて迎えるだろう。…素敵な家1軒と、国民銀行の援助で発明されたガソリンを使わない自動車1台を持つ市民生活にだ。

マイケル・ムーア
MMFlint@aol.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

マイケル・ムーアの手紙 その4

6.【失敗が許されないほど巨大なものは存在も許されない】
超大型合併の出現を許す一方で独占法やトラスト禁止法をないがしろにする現状によって多くの企業が合併で余りにも巨大になりすぎて、その破綻を考えるだけで一国の経済全体が破綻に至るほどになってきた。1つや2つの企業がこれほどの威力を持つことがあってはならない。いわゆる「経済的真珠湾」は、人々の資産が何千何百の企業に分散していたら起こりえないことである。自動車会社が1ダースもあれば、その1つが倒れても国家の惨事にはならない。もし町に別々の経営による3紙の新聞があれば1社だけが情報を独占することはない(分かってます、自分は何を言っているのだ?!今時誰が新聞など読んでいる?あの合併と買収の嵐で、確かに強力で自由なプレスが一つ出来て嬉しいことだ!)
企業が余りに大きく独占的になりすぎて、片目にぱちんこの一撃を受けただけで倒れて死ぬようなことがないように、企業の肥大化を防ぐ立法が必要である。又、どんな機関にも誰も理解できないような資金運用計画を作らせてはならない。2行で説明出来ないならば、どんな資金も受け取ってはならない。

7.【いかなる会社重役も、従業員の平均賃金の40倍を超える報酬を受け取ってはならず、会社のための労働への妥当な給与以外にはいかなる「落下傘」(訳注:墜落する企業から退散する時の巨額の退職金など)も受け取ってはならない】
1980年には米国の平均的な最高経営責任者は従業員の45倍を得ていた。2003年には自社従業員の254倍を稼いだ。8年のブッシュ時代が過ぎて、今では従業員の平均給与の400倍を得ている。公的な会社でこのようなことが出来る仕掛けは正気の沙汰ではない。英国では平均的な最高経営責任者は28倍稼いでいる。日本では17倍に過ぎない!最近聞いたところではトヨタの社長は東京で優雅に暮らしていたらしい。こんな少額でなぜそんな暮らしが出来ているのか?真面目な話、これは非道である。我々は頂点の連中が何百万ドルを操って信じがたいほどに膨れあがるのを許して今のような大混乱を創ったのだ。このままにし
てはならない。役員は誰もこの混乱から脱出するために受ける援助から利益を得てはならないのは勿論、会社の破綻に責任ある役員は会社が何らかの援助を受ける前に辞職しなければならない。

8.【連邦預金保険公社を強化して、国民の預貯金にとどまらず年金と住宅の保護のモデルとせよ】
昨日オバマが国民の銀行預金に対する連邦預金保険公社による保護の範囲を25万ドルにまで広げるよう提案したのは正しかった。しかしこれと同様の政府系保険で国の年金基金も保護されなければならない。国民が老後のために支払った掛け金がなくなっていないかと心配することがあってはならない。これは、従業員の年金の基金を管理する企業を政府が厳格に監督することを意味する。…或いは企業が基金とその運用を政府に委ねるのも一案だが…。国民の退職基金も保護が必要だが、基金を株式市場という博打に投資させないことを考える時かも知れない。我が国の政府は、何ぴとも年老いて赤貧に投げ込まれること
がないことを保障する厳粛な義務を負うべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

マイケル・ムーアの手紙 その3

3.【緊急救済すべきは住居を失う人々だ。8つ目の住宅を建設する連中ではない。】
現在130万軒の住宅が抵当として取り上げられている。これこそが正に問題の核心なのだ。
だから資金を銀行に贈与するのではなく、1人当たり10万ドルでこれらの住宅ローンを払いきるのだ。そして住宅の持ち主が時価に基づいてローンを返済するべく銀行と再交渉できるように要求する。この救済措置の対象は持ち主の現住住宅のみとして、家転がしで儲けを企んでいる者や投機家を確実に排除しておく。この10万ドルの返済と引替えに政府はそのローンの債権を共有して幾らかを回収できるようにする。このようにすると住宅ローンの焦げ付きを(貪欲な貸し手を巻き込まずに)その根っこで解消する費用は7千億ドルではなく千五百億ドルですむ。

さて記録は正しておこう。住宅ローンの返済不能に陥った人々は「不良リスク」などでは
ない。彼らは我々の米国民仲間であり、我々の全てが望み、殆どの人が持っているもの、即ち自分たちの家を彼らも望んだに過ぎない。しかしブッシュ時代に何百万人もがそれまでに就いていた良い職を失ったのだ。600万人が困窮し、700万人が健康保険を失った。そ
して全ての人の年収が2,000ドルも減少したのだ。つまずきの連鎖に見舞われたこれらの人々を見下す者は恥を知れ。我々が皆自分の家に住める時社会はより良く、より強く、より安全で幸せなものとなるのである。

4.【あんた達の銀行や会社が我々からの「救済金」を少しでも受け取れば、我々はあんた達の主人だ】
気の毒だがそれが世の決まりなのだ。もし我々が家を買うために銀行から資金を借りれば、全額を利子も付けて返済するまでは銀行がその家を「所有」する。ウオール街についても同じだ。もしもあんた達が良い生活を続けるために何らかの資金を必要とし、また政府があんた達を低リスクで国家のためにも必要な者だと判断したら、ローンは得られるが、我々があんた達を所有することになる。もし債務不履行があれば我々はあんた達を売却する。これはスエーデン政府が行って成功した方法なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

マイケル・ムーアの手紙 その2

1.【ウオール街で、承知の上で今回の危機到来に加担した者を犯罪者として起訴するた
め、特別検察官を任命せよ】
何らかの新たな支出をする前に、議会は責任を持って、我が国の経済の略奪に少しでも関
わった者を刑事犯として起訴することを決議すべきである。即ち、インサイダー取引き、
証券詐欺その他今回の崩壊に何らかの寄与をした者は投獄されるべきである。この事態を
出現させた全ての者と、今後も社会を欺く全ての者を精力的に追求するための特別検察官
を招聘すべきである。

2.【救済経費は富裕者が自ら負担すべきである】
彼らが住む邸宅は7軒から5軒に減るかも知れない。乗る車は13台から9台になるかも知れ
ない。飼い犬のミニテリアの世話係は変える必要もあろう。しかしそもそも、ブッシュ政
権下で世帯当たり収入を2,000ドル以上も減らされた勤労者や中流層が、彼らのもう1隻の
ヨットのために10セントでも払ってやるいわれなどありはしない。
もし彼らが必要だと言う7千億ドルが真に必要なものならば、それを簡単にまかなう方法を
提示しよう。

  a) 年収100万ドル以上の全ての夫婦と年収50万ドル以上の独身納税者は、5年間10%
の追加所得税を支払う。(これはサンダーズ上院議員の案である。彼は[訳注:ケンタッ
キーフライドチキン創業者の]カーネル・サンダーズのようだ。彼だけが正しいチキンを
揚げている。)これでも富裕層はカーター政権の時よりも税負担が少ないのだ。これで3
千億ドルが出来る。

  b) 殆どの民主主義国家のように、全ての株取引に0.25%を課税する。これで毎年2
千億ドル以上が出来る。

  c) 株主はみな愛国的米国人であるから、四半期の間配当の受領を辞退し、その分を
財務省による救済資金の足しにする。

  d) 米国の大企業の25%は現在連邦所得税を全く払っていない。企業からの連邦税収
は現在GDPの1.7%であるが、これは1950年代には5%であった。もし企業の所得税を1950
年代の水準に戻せば更に5千億ドルが出来る。

以上を組み合わせればこの惨状を十分に終わらせられるはずである。富裕層は豪邸や使用
人を持ち続けられるだろうし、我らの合衆国政府(「国が第一!」)は多少の余剰金で道
路や橋や学校の建設も出来るだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

マイケル・ムーアの手紙 その1

相模原の藤谷です。

アメリカの金融救済法案は先に下院で否決されるという異例の事態となりました。その後
修正法案が上院に続き下院の2度目の採決で可決されました。最初の否決の後、「華氏9
11」や「シッコ」の映画監督マイケル・ムーアが「ウオール街の混乱のおさめ方」とい
う一文を発表して彼のメーリングリストにも流しました。大変示唆に富む内容なので仮に
邦訳して紹介します。転載自由です。(訳文の問題点を見付けられた方はご指摘をお願い
します)

原文は↓
http://www.michaelmoore.com/words/message/index.php?messageDate=2008-10-0

皆さん、

400人のアメリカの最裕福層、そう、「たったの400人」が底辺の1億5千万人を全部合わせ
た以上の財産を持っています。最裕福400人が全国の資産の半分以上を隠匿しているのです
。総資産は正味1兆6千万ドルになります。ブッシュ政権の8年間に彼らの富は「7千億ドル
近く」膨らみました。7千億ドルはちょうど救済資金として我々に支払いを要求しているの
と同額です。彼らはなぜブッシュの下でこしらえた金で自ら救済しないのでしょうか!

勿論彼らにそんな積もりはありません。少なくとも自発的には。ジョージ・W・ブッシュ
はクリントン政権から1270億ドルの黒字を引き継ぎました。それは我々国民の金であって
自分のものではないので、裕福層が求める通りに後先も考えずに支出しました。その結果
国民は今9兆5千億ドルの負債を背負っています。そもそも我々はなぜたとえ少しでもこん
な盗人貴族に追い銭を与えねばならないでしょうか?

さて私の救済プランを提唱したいと思います。下記の私の提案は「金持ちは自分のプラチ
ナの踏み台に乗って自分を引っ張り上げるべき」という単純明快な考えから自然に導かれ
るものです。

金持ちさん、済まないがこれはお前さん達がいやと言うほど我々の頭に叩き込んだものだ
よ。タダ飯ハ食ワセナイ…。生活保護で生きる人達を憎むようにし向けてくれて有難う。
だから我々からお前さん達に施しは出来ないのだよ。

上院は今夜急遽金融救済法案を採決に持ち込もうとしています。これは阻止しなければな
りません。我々は月曜日に下院でこれを成し遂げました。今日上院でも出来るのです。

ところで、我々は徒に抗議し続けるだけではなく議会がなすべきことをきっちりと提案し
なければ埒が明かないのは明らかです。そこでフィル・グラム(共和党・ジョン・マッケ
インの参謀)より賢い人達と相談の上、「マイクの救済計画」と題してここに私の提案を
します。明快・単刀直入な10項目です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ETV特集 カメラマン小柳次一

日中戦争から太平洋戦争にかけて、5000キロの道を歩き、膨大な数の写真
を撮影した従軍カメラマンがいました。戦意高揚の写真しか許されなかったこの
時代、彼は日本軍の負傷兵や難民など、戦争に苦しむ人々の写真を数多く撮影し
ました。にも関わらず、戦後彼は戦争協力者として攻撃され、忘れさられました。
 
 この忘れられた戦場カメラマン小柳次一(1907-1994)を、ベトナム戦争を撮
影したカメラマン石川文洋さんが語る番組がNHK教育で今日(10月5日)放
送されます。
 
  
 ETV特集「戦場カメラマン小柳次一~日中・太平洋戦争従軍5千キロの記録
~」
 http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=501&date=2008-10-05&ch=33&eid=20252
 

NHK教育
放送日 10月 5日(日)
放送時間 午後10:00~午後11:00(60分) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「宗教者9条の和」 アピール

アピール

 私たち宗教者は、「輝かせたい憲法第9条」の願いのもと、「第4回シンポジ
ュームと平和巡礼」を、ここ大阪の地で開催しました。

「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」をうたう日本国憲法第9条は、今
や”日本の宝”から”世界の宝”へと、飛躍的な発展を遂げようとしています。

 その条文は、核廃絶を含む平和・軍縮を求める人びとから、貧困や格差の解消
、人権擁護など、「ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」
(日本国憲法・前文)の実現を願う人びとに至るまで、広く世界の平和な文化を
つくる指針としての役割を果たしています。そして、守り生かすために、海外で
「9条の会」の結成や9条世界会議といった国際会議の開催、ネットワークづく
りなど、国際的運動が展開されています。

 日本においても、あらたな前進がみられます。全国でこれまでに7000を超
える「9条の会」の発足がありました。また各種の世論調査では、「9条守れ」
の声が国民の多数派でありこと、そしてその声がいっそう広まりつつあることを
示しています。

 さらに、自衛隊イラク派遣は憲法9条に違反する、との画期的な判断が名古屋
高等裁判所から出されました。高裁段階で確定した初の自衛隊違憲判決です。第
9条の力が発揮された見解であり、私たちを勇気づけるものです。
 判決を学び広め、自衛隊海外派兵恒久法に反対する世論の形成に努めましょう

 日本国憲法第9条は、不殺生戒や「殺すなかれ」などの教えに生きる宗教者に
おいて、信仰の違いを超え、それぞれの宗教的理念に通じるものと確信しており
ます。第9条を守り生かす上で、宗教者にはとりわけ大きな期待が寄せられてい
ます。

 私たちは心より呼びかけます。
「輝かせたい憲法9条」の願いのもと、すべての宗教者はともに手をつなぎまし
ょう。
「輝かせたい憲法9条」の願いを、日本に、世界に広げましょう。

2008年9月27日
「宗教者9条の和」 輝かせたい憲法第9条
第4回シンポジュームと平和巡礼ⅰnおおさか 参加者一同

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

三井事件 闇のままに

検察「返り血」いまだぬぐえず 闇残した三井事件
2008.10.2 22:10

三井環・元大阪高検公安部長 逮捕から6年半。法務検察史上、特異とされる「三井事件」は“闇”を残したまま終幕を迎えようとしている。

 人事上の私怨を機に、特定の検察幹部による調査活動費流用疑惑を匿名で暴露し続け、自らの実名告発で検察の「アキレス腱(けん)」を突こうとした三井環元被告。そのインタビュー収録直前に逮捕されたため、「口封じ目的では」との憶測が検察を直撃した。

 しかし、最高裁は無罪を訴えた元被告の上告を門前払いで棄却し、「調活費問題と立件は別」との1、2審判決の判断を追認した。元被告は現職検事の身でありながら暴力団関係者と深くかかわり、飲食やデート嬢の提供まで受けた。いかに犯罪性を否定しようと説得力を欠き、その「脇の甘さ」に同情の余地はない。

 ただ、残された“闇”とは犯罪成立の有無でなく、捜査の「意図」なのだ。

 組織に致命傷を与えるであろう内部告発者に検察がどう向き合ったのか。元被告との交際の流れを記した暴力団関係者のメモを端緒に内偵を始めた大阪高検の動機は、純然たる犯罪捜査だったのか、それとも裏切り者を排除する意思が先にあったのか。さらに、調活費疑惑を刑事告発した男性が不起訴後に申し立てた検察審査会の証人として、元被告が実名申請された直後に内偵が本格化した節もある。逮捕のタイミングを含め、捜査過程は公判で十分に検証されなかった。

 元被告の裁判とは別の問題だが、過去の調活費疑惑も積み残されたままだ。「すべて裏金」という元被告の主張ほど単純なものではないとしても、公金が絡む疑惑に厳正公平であるべき検察が何の説明もしないのは疑問符が付く。検察自身も事件で浴びた「返り血」をいまだぬぐえていない。  (牧野克也)

MSNニュースより転載

*****
愛媛県警の仙波敏郎さんの裁判は、9月30日、高松高裁でも勝訴!

国民の目が届かないところで、公金が自由に使える権力を持つ場での闇は深い。
「裏金」が表に出て困る組織とは、いったい誰のためのものなのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

イラクへ 西谷文和

明日、10月2日から9度目のイラク取材に出発します。
今回はドバイからイラクに入り、現地の避難民の状況やコレラが流行しているとのことで、その実情、ラマダン明けのテロ多発状況、5年以上立った生活の大変さ、シリアへ逃げた難民の近況、などを取材する予定です。
取材の内容は、いつものように私のブログhttp://www.nowiraq.com/blog/で紹介していきます。
米国では大統領選挙が闘われ、この戦争煮の後始末をどうするのかが争点になっています。しかし亡くなった人の命は戻りません。そんな理不尽さを、少しでも切り取って帰ってこれたらいいなと考えています。
よろしければブログをご笑覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »