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2008年5月31日 (土)

社民党にエール 天木直人

航空自衛隊機の中国派遣にたった一人反対した社民党にエールを送りたい

 私は憲法9条護憲論者である。そのことをはっきりさせておいた上でこのブログを書く。憲法9条改憲論者にとっては、このブログは無意味であるからだ。

 中国大震災の救援活動のために航空自衛隊の輸送機が救援物資を運ぶかどうかが迷走している。

 これほど不透明な報道はない。何がなんだかさっぱりわからない。

 報道によれば中国側の要請によって空自のC-130輸送機が救援物資を運ぶ事になったという。

 それが29日の各紙に大きく報道された。

 ところが一夜明けて、中国世論の反発を考慮して取りやめになるという。民間機で運ぶという。

 この顛末をメディアは検証して国民に説明しなくてはならない。

 日本政府が発表しているように、中国政府が本当に進んで自衛隊機の輸送を日本に要請し、それが中国国民の反発を買って取りやめになったのなら、すべての責任は中国にある。

 中国国民と中国政府の間に、認識の大きな食い違いがあり、中国政府が国民の声を読み間違って、国民の声に耳を傾けざるを得なかった、という事になる。

 これは共産党中国の歴史上、大きな事件である。

 しかし、そんなことはまず考えられない。

 そうだとすると、これは日本外交の下手な工作が失敗したという事ではないのか。

 震災援助という名目で自衛隊を使うことを中国が反対しない事を逆手にとって、中国政府の反日政策が変わった、日中関係は福田政権でここまで劇的に好転した、という事を、政府は日本国民に宣伝しようとしたのではないか。

 メディアがその情報操作に加担したのではなかったのか。

 それが、中国国民の反応を見て、これはやばいと日本政府が政策を急転させたのではないのか。

 それにしても30日の朝日新聞の社説には失望させられた。

 「日本の防衛力に警戒心を隠さなかった中国が、日本の救援振りを称賛し、そのために自衛隊機が飛来しても反発は小さいと判断して要請したのであれば、これを対日不信の解消につなげたい、日中関係改善の成果だ」と絶賛しているのである。

 福田政権や外務省が泣いて喜ぶ社説である。

 しかし、この社説を書きあげた後で、日本政府は、中国国民の反応をみて自衛隊機派遣を断念した。朝日新聞は翌日の社説でどう書くつもりなのか。

 いつものとおり前置きが長くなったが、私がこのブログで書きたい事は他にある。

 それは、日本共産党の志位委員長が29日の記者会見で、「自衛隊が救援、救出活動をすることは否定するものではない」と述べていた事についてである。

 私は知らなかったのだが、日本共産党は、「きわめて大きな自然災害が起きたときは自衛隊が海外でも救援活動することを否定するものではない」と態度表明してきたというのだ。「(その方針は)今でも変わりはない」(30日産経新聞)と、29日の記者会見で述べたというのだ。

 私は平和憲法9条を何よりも重視する立場の一人として、この日本共産党の方針に大きな違和感を覚える。

 自衛隊は対外的にはまぎれもない軍隊だ。

 軍隊が他国に進出、滞在する事に対する国民の反発がいかに強いものであるかは、中東をはじめとして多くの国で私は感じてきた。

 当然である。軍隊が他国に進出、滞在するという事は、軍隊の基本的性格上あってはならないことなのだ。

 自衛隊機のほかに選択の余地が無いというのなら話は別だが、テントを輸送するぐらいならば民間機でも十分である。

 それを、「災害救助ならば自衛隊の海外派遣を否定するものではない」、と軽々しく言ってしまう日本共産党は、果たして憲法9条をどこまで本気で守ろうとしているのだろうか。

 30日の産経新聞は、共産党までもが賛成しているのに、社民党だけが反対した、と書いている。

 いいじゃないか、社民党。

 「中国の国民感情も考慮し、反対だ」と28日の記者会見で反発した社民党福島瑞穂党首の言葉が、いま、まさに輝いている。

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2008年5月29日 (木)

原油高の放置 天木直人

異常な原油高がなぜ放置されるのか

   ここにきて原油の高騰が異常なスピードで加速している。

   その背景には、一方において中国をはじめとした新興国や米国の需要増加があり、他方において、サブプライムローン問題で行き場のなくなった投機マネーが流れ込んだという説がもっぱらだ。

   しかし、理由はどうであれ、原油の高騰は世界経済に打撃を与える。特に開発途上国や中小企業、消費者など、いわゆる弱者に与える打撃は大きい。

   なぜ、主要国の指導者は一致団結して対策を講じようとしないのか。対策を講じようにも、どうしていいか誰も分からないのか。それとも今の原油高で潤っているものたちが、意図的に原油高を図っているのか。

   この点こそ追及し、真相を突き止め、情報公開されなければならない。誰かがそれを行わなければならない。

   しかしながら、政府も、メディアも、有識者も、まるでひとごとのような受け身の姿勢に終始している。

   政府は様子見を決め込み、企業は原油高を前提とした対策を講じざるを得ないという。メディアに至っては「省エネで活路を見出せ」と書く始末だ(23日読売社説)。

   それと好対照なのが73年の第一次オイルショックの時の主要国の対応である。

   当時は開発途上国の資源ナショナリズムが燃え盛り、産油国が結束して石油価格を1バレル3ドルから12ドルに急騰させた。

   それにあわてた先進主要国は結束して対決姿勢を打ち出した。それがサミットが設立された本当の理由だったのだ。

   時を同じくして主要消費国は国際エネルギー機関(IEA)を作って、節約・備蓄、相互融通スキームの作成、新エネルギーの開発を三本柱にして産油国と対決姿勢を示した。

   主要国が本気でギャングアップすれば産油国のカルテルなどひとたまりもない。

   その効果はてきめんにあらわれ、やがて石油がだぶつき一時は40ドル近くまで高騰した価格は15ドルぐらいまで下落し、低迷した。

   その後78年には第二オイルショックがおきて再び原油は高騰したが、それでも、原油価格は変動を重ね、少なくとも2007年はじめの時点では1バレル50ドルを割り込んでいた。

   それがわずか1年あまりで130ドルだ。やがて150ドルに届く。これは異常だ。

   いくら投機であるといっても、いや投機であるからこそ、健全な経済活動の回復のためにも、そして世界の弱者救済のためにも、世界の指導者は結束して手を打つべきではないのか。

   そうならないのは、それを望まない力が働いているからだ。原油高騰でぼろもうけしている勢力があるからだ。

   サブプライムローン問題で明らかになったように、いまや世界の富は、金融工学と言う詐欺まがいの錬金術によって一極に集中し、その金が世界を動かすようになっている。

   人の命もモラルも戦争も、なにもかも、巨大な富に目がくらんだ限りない人間の欲望に支配されようとしている。

   誰かがそれに待ったをかけなければならない。弱者のために立ち上がる強者が現れなくてはならない。本当の事を人々に教え、大衆を正しく導く指導者が現れなければならない。
 

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金明孟宗竹 JANJAN 成川順

かぐや姫はどこかな?ー高知・日高村に金明孟宗竹をたずねて』

 http://www.news.janjan.jp/area/0805/0805257873/1.php 

成川順さんが、めずらしい金明孟宗竹を取材して記事にしています。

美しい写真と共にユニークな文章を載せています。高知県民でも知らない人が多いのではないかと思います。ぜひ、ごらんください。

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2008年5月27日 (火)

沖縄問題 天木直人

沖縄問題が解決しないのは、本当の事が知らされていないからだ

  「知らぬが仏」という言葉がある。英語にも同じような言葉がある。「無知は幸いなり」(ignorance is a bliss)である。

  古今東西を問わずこの言葉には真理がある。知らなければ怒ったり、悩んだりしなくて済むからだ。知ったところでどうすることも出来ないのならば、いっそ知らないほうが楽である。

  しかし、国民がそのような受身に終始してしまえば、世の中はいつまでたっても変わらない。為政者の悪は、それをいいことに増長していく。

  だから、つらくても真実を直視しなければならない。自分に直接関係がなくても、無関心でいることは危険な事なのである。いずれ自分の身にも悪政の結果が及んでくる。

  25日の朝日新聞に学ぶところがあった。私が知らなかった沖縄問題の本質を発見した。

  沖縄問題がいつまでたっても解決しないのは、我々が本当の事を知らないからだ。

  朝日新聞編集委員の片岡秀俊氏が、仲井真弘多、稲嶺恵一、大田昌秀の歴代沖縄三知事にインタビューをして、その言葉を紹介していた。

  復帰36年たっても米軍基地の75%が集中する沖縄の現状が変わらず、日米合意から12年過ぎても普天間基地返還は一向に進まない。

  この現状をどう見るか、という質問に、これら三知事がどう答えていたか。

  いずれの知事も沖縄の負担軽減を望む点では一致する。それは沖縄県の知事としては当然である。

  しかしそのような一般論を一歩進め、普天間基地の移転問題をどうするか、という各論になると、問題の本質が俄然浮き彫りになる。

  仲井真知事は、県内移転はやむを得ないが、問題は「沖縄県や地元も合意した普天間の代替案(辺野古沖合案)を、稲嶺知事の頭越しに政府が勝手に変更したため」であると、あくまでも地元の了解と納得を強調する。

  その稲嶺知事は、「代替施設の固定化は絶対避けたい」との思いで「代替施設使用期限15年」を主張し、「その実現に力を尽くした」事を強調する。しかし「県と市町村、漁協まで一致した沖合案が変更になり、難しくなった」と、政府の進め方が問題だったと答えている。
  基地の固定化には反対だとしている点で仲井真知事より沖縄県の負担軽減を強く訴えてはいるが、その姿勢は同じだ。基本的には政府との条件闘争に過ぎない。

 これに対し、大田知事の発言は、沖縄問題に関する本質論を、次のように私に教えてくれた。

 ・・・県内移設にノーといったのには、二つの理由がある。
   一つは今回の代替施設(案)が、米軍が60年代に作った計画によく似ていた(からだ。すなわち米国は)本土復帰で沖縄に安保条約が適用される前に、嘉手納以南の基地を辺野古周辺に集約する計画だった・・・これは米軍が望む基地強化にほかならない。
 もう一つは米会計検査院の報告が、日米政府の言い分と異なっていた点だ。米会計検査院によると代替施設は運用40年、耐久200年の設計だという。これは基地の永続化である・・・

  大田知事のこの指摘が正しければ、日米両政府は示し合わせて、沖縄県民、日本国民の無知につけ込んで、基地の機能強化、固定化を図ろうとしていたと言うことである。しかもその経費の多くを負担させられる形で。

  日米軍事同盟が重要だと考える人がいてもいい。
 
  政府がそれを国民に説得するのもいい。

  しかし堂々と真実を述べてから国民にその是非を問うべきである。

  決して小泉元首相のように「負担軽減と抑止力の確保」の両立だ、などという矛盾したワンフレーズでごまかせばいいというものではない。沖縄問題はもっと深刻な日本国民全体の深刻な選択の問題なのである。

 ちなみに沖縄問題に関しては、00年7月16日の琉球新報が、68年11月の沖縄知事選(主席公選)において、自民党候補者を勝たせるためにCIAが選挙資金を援助するという裏工作をしていた、と報じていたという。

 週刊文春の02年8月15・22合併号は、CIA工作費2、000万円の授受を担当していたのは若かりし頃の小泉元首相であるという関係者の証言を掲載していたという。

 これらの報道が、一過性の単なる報道であると見過ごされてはならない。沖縄問題を考える上で、その史実は是非とも明らかにされなければならないのだ。

 真実を知れば知るほど日米軍事協力の裏にはおかしい事が行われていたとなれば、それはやはりおかしいのである。間違っているのである。

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2008年5月26日 (月)

宇宙基本法 天木直人

宇宙基本法の成立に思う

 消費者庁設立の素案が一斉に大きく報じられた22日の各紙において、もう一つ一斉に報じられた法案があった。しかもそれは素案ではなく、成立した法律として。

 それは宇宙の軍事競争を解禁する宇宙基本法である。

 「宇宙の平和的利用」については、私には個人的な思い入れがある。

 法学部の学生の時、始めて手にした田畑茂二郎の「国際法」の教科書の中に、これまでの国際法の対象は国家と領土であったが、これからは個人と宇宙も対象となっていく、というくだりがあった。

 その中でも、宇宙について触れたくだりでは、宇宙は南極と同様に領土という概念が凍結され、すべての国家に平和的に開放されなければならなくなる、と書かれていた。

 正確な記述はあらかた忘れたが、宇宙という無限の広がりと、その宇宙を平和と結びつけるこの考え方に、漠然としたロマンを感じたものであった。

 それから40年以上たった今日、平和憲法9条を誇る日本が、宇宙を軍事目的で利用する法律を堂々と成立させるようになったのだ。残念でならない。

  この宇宙基本法の是非について、ここで論ずるつもりはない。しかし、次の点だけは強調しておきたい。

 まず、この宇宙基本法の成立は重大な憲法違反の法律であるという点だ。
 すべての法律がそうであるように、字面を読む限りでは本当の事は何も分からない。第一条に「憲法の平和主義の理念を踏まえて」と謳っているから問題はないと強弁はできる。実際のところ、直嶋民主党政調会長などは、「憲法の平和理念に基づき取り組む事(が法案に入った事)も民主党の要請だ(22日読売)と成果を強調している。
 しかし、これは言い逃れだ。高度に攻撃的なミサイル兵器を宇宙に配備する事を認めるこの基本法は、専守防衛の憲法原則に正面から反する。

 次に、このように明確な憲法違反の法律が、衆参両院合わせてたった4時間の国会審議で成立したという事実である。
 この国の国会は、そして護憲政治家たちは一体何をやっていたのか。
 たしかに、平和や護憲を叫ぶ共産党や社民党は票決に反対した。国会審議でも反対の意見を述べていたに違いない。
 しかし、どこまで本気になってこの法律の成立阻止を国民に見える形で訴えてきたかの疑問は残る。その訴えはまったく国民の目には見えないのだ。

 加えて、メディアがこの基本法の危険性を殆ど報道しなかった。今回の法律成立にさしても、わずかに22日の朝日新聞がその社説で違憲性を指摘し、宇宙にまでミサイル防衛システムを広げることへの経済負担の大きさを書いているだけだ。
 それどころか、メディアは、これ以上宇宙における世界的軍需拡大競争に遅れてはならない、とする日本企業の論理ばかりを強調している。

 私は憂える。平和を願う護憲的な市民運動の動きとは裏腹に、政府の憲法9条否定の政策が静かに、しかし着実に推し進められている事を。

 それを防ぎとめるためにも、護憲政党、政治家に期待される責任は大きい。護憲政党と護憲市民の一致団結が望まれる。

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2008年5月25日 (日)

キューバ紀行 その13

キューバ紀行⑬

【 アレイダ・ゲバラ 】     下司孝之

偉大な父を持つと、ゲバラの名前の下で息が出来にくくて困るかもしれない、子供たちは自分自身の座る椅子を探せたのだろうか。

キューバの海岸レストランに食事に入ったとき、ゲバラの長女であるアレイダ・ゲバラに日本訪問の相談に今から行くという。

私も手を挙げたけれど、3人だけというので参加できなかった。3ヶ月経って5月22日、神戸で小児科医・アレイダ・ゲバラの話を聞いた。

キューバが医療大国であることは知られていない。
今この段階でも万余の医師を世界各国に派遣し、数十カ国からの医学生2万人を受け入れて無償で養成している。

日本では大都市周辺の都市でも医師の不足がひどく、「医療崩壊」といわれるほどにもなっている。

下司病院でも深刻な医師不足の解決方法なのだが、ゲバラ医師は言う。
『情報、ローテーション、最後に愛です』

だと。
『予防医療や地域医療の何が大切かとの情報をもっと入れて、ゼネラル医の面白さと意義を理解してもらう。日本の現況は情報が不足をしているかもしれないという指摘だ。
医師ばかりではなく誰しもいい生活は欲しいが、初期研修体制に診療所や農村での研修を必須にして地域に入っていく心構えを獲得させてゆく必要があるとのロ-テーション組み込みの指摘。
最後の愛というのは傑作で、若い人が地元に入っていって恋愛をし、結婚をすれば残りますからね、』

というものだった。

さすがに現場を踏んでいるだけあって、実際的だ。

アレイダは父の出来なかった臨床医としての地歩を固めている。

指導医がいる病院各科を短期間でローテーションする日本の新しい研修医制度ではなく、2年間を診療所などで地域医療に携わり、まず一般医として研修を積みそれから専門医に向かうか、一般医として地域医療に携わるかを決めてゆくというのがキューバの研修医制度で田舎に若いドクターをつなぎとめている政策が成功している。

なにしろ、医師の給料が3000円とか、熟練労働者の半分ぐらいのお国柄、給与で釣るわけではない。

診療所の上の階に医師住宅を持ってきて住民との日常的なふれ合いの中で、地域医療が成立している、そしてポリクリニコという後方支援の急性期に対応できる小病院を配置し、そこへ研修に行ったり指導医が降りてきたりするのだという。

日本の研修医制度は医局支配の配給によって、医師の供給が病院になされていた。

それが小泉改革によって急激に医師自らの個人選択性に移行をしていった。

いわば、医局封建制から一足飛びにアメリカ式の規制緩和「新自由主義」に移行したところに大混乱の原因がある。

医師が商品として流通が加速される中で、大都会集中が起こり、地域医療が崩壊に至ったというわけだ。

大急ぎで立て直しを図っても10年かかることではあるが、キューバの研修医制度などを参考に論議を進めてゆくときだ。

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2008年5月24日 (土)

オカーン抗議文 ブッシュ大統領へ

21日の抗議集会で採択した抗議文は2通でした。
中西清二宿毛市長宛てのものは、
集会終了後に、歓迎式典に出席している市長に手渡すため、
代表が「オカーン」に出向き渡しました。
(もちろん、直接は渡せるわけはなく、宿毛市企画課の大内さんに渡しました。)

もう一通のブッシュ大統領とオカーン艦長宛ての抗議文は、
英訳が完了しましたので、メールにてホワイトハウスにおくりました。
ホワイトハウスからは受領した旨のリターンメール(もちろん自動です)を
うけとったので、確実にホワイトハウス担当部局には届いたと思います。

艦長には、面会ができないので(その努力はしてませんが)、
街に出ている水兵たちを経由してわたせないものか、
英訳と日本語のチラシをつくって、現地で活動している人たちに渡しました。
米国太平洋艦隊のメールアドレスはわかりません。

幡多地区実行委員会より

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映画「靖国」を見る

映画「靖国 YASUKUNI」を見た。
2時間。靖国神社の境内を訪れる、さまざまな人々の姿を撮っている。その断片を繋ぐのが、靖国の軍刀を作ってきた、老刀匠の作業風景と監督が行う刀匠へのインタビューである。

全体の半分以上を、天皇や日本のお国のために戦って死んでいった人たちの英霊を祭っているのだから胸を張るべきだと主張する人々の姿で占めている。日の丸や海軍の旗はもとよりであるが、旧日本軍の軍服姿(陸軍)で来てパフォーマンスを行う人もめずらしくないようだ。
後半になってようやく、靖国神社に抗議する人たちの姿がいくつか入る。台湾の遺族が肉親を靖国神社に祭られるのはいやだ、自分の国へ連れて帰りたいと激しく抗議する場面、日本の青年がアジアへの侵略戦争を訴えて、血だらけの暴力を受けながら、なぜか、中国へ帰れと執拗に迫られる場面、寺の住職でありながら兵隊として召集されていった理不尽さを語る息子の場面などがある。
最後の方では、軍刀で100人切りを競う当時の新聞記事や写真なども出てくる。

刀匠が刀を作り上げ、試し切りをするシーンがある。人間の骨に見立てて藁の中に竹を入れていると言う。ぞわっとした恐怖が背中を走った。刀は、まさに人を切るためのものなのだと。当たり前のことだというべきなのだが、恐ろしい実感をともなって、このとき私の身に迫ってきたのだ。

ナレーションは何もないので、映画を見る人の視点がどこにあるかによって、監督の意図を計ることになるだろう。私にとっては、いささか意味不明とでもいうべきか・・・
境内を舞台にした客観的場面構成といえなくもないが、比重としては、やはり靖国神社の側に立った主張が多いと感じた。全体が表層的に流れていて、靖国神社とはいったい何なのかを深く問うているようにも思えなかったのである。
それ故、何かを考えさせられる、あるいは深く心に残るというものが今ひとつで、ああ、終わったね、とでもいうような印象であった。

誰がどのような映画を作り、何を表現し、主張していくのか、個々さまざまなものがあり、それらを自由に発信していくことは、思想信条の自由を守る上で、大切に尊重されなければならない。決して、権力や暴力でもって脅したり、圧力をかけたりすることを許してはならない。映画の評価はさておき、上映中止や自粛に追い込もうとした動きに、黙って流されていたくはないと思う。その延長線上を見たとき、やがて遠からず、平凡な一市民のわが身の上にも覆いかぶさってくることだと思ったのである。そのような意味もこめて、「靖国 YASUKUNI」を見てみることには意義があることではないだろうか。

mm記

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2008年5月21日 (水)

オカーン宿毛港抗議行動

米駆逐艦「オカーン」宿毛寄港抗議行動には180人が参加いただきました。
前回をうわまわる規模となりました。
また集会では22922円のカンパが集まりました。
ありがとうございました。

米駆逐艦「オカーン」は、岸壁使用を21日午前8時からとしていながら、
午前7時には宿毛湾に姿をみせ、
午前7時半には岸壁に接岸しました。
明らかにルール違反です。

ところが、洋上、陸上、空中にいた高知県警機動隊は
米軍の横暴に何らの措置をとらずに黙認したままでした。
それにたいしてデモ隊に対しては、
「立ちどまるな」「歩道に入るな」と細かなことまで規制し、
参加者の怒りを買っていました。

米軍の傲慢さと警察の米軍よりの姿勢が
うきぼりになった一日でした。

26日(月)の追い出し行動にも
声をかけあってご参加をお願いします。
午前8時宇須々木港集合です。

イージス駆逐艦「オカーン」寄港に抗議する幡多地区実行委員会

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大きすぎる小さな記事 天木直人

誰も気づかずに見すごされてしまうには大きすぎる小さな記事

 貴重な情報は、何も高度の機密情報だけから得られるものではない。誰もが目にする小さな公開情報の中にも、気づかずに見過ごされてしまうには大き過ぎる情報がある。

 週刊実話の5月29日号に、先般来日した中国の胡錦涛主席が創価学会の池田大作名誉会長を持ち上げて、彼は立派な政治家だ、などと繰り返し発言した、これに、あわてた創価学会関係者は、外務省と一緒になって、この発言が広まらないように奔走した、という趣旨の記事があった。
 胡錦涛主席のこの言葉は大手新聞やテレビでは一切報道されていない。
 いうまでもなく、政教分離は憲法20条で原則禁止されている。創価学会は日蓮正宗系の宗教団体だ。その一方で創価学会は連立政権党である公明党の支持母体である事は周知の事実だ。だから、これは政教分離の原則にもとることにならないか、という問題は、これまで折に触れて取りざたされてきた。そんな中で、中国の元首が、創価学会の名誉会長は政治家だと言ったという。これが事実ならば、やはり外部の人間が客観的にそのように受け止めているのか、と言うことになる。政教分離問題が再び問題視されかねない。
 週刊実話の記事は、見過ごされてしまうには大きすぎる小さな記事だ。

 18日の朝日新聞に「議定書の裏に密約」という記事があった。
 すなわち、温室効果ガスの削減目標を定めた京都議定書を日本が批准する02年に、経済産業省と経団連(現・日本経団連)との間で、「日本政府としては京都議定書は批准するが、国内排出量取引制度をはじめとする強制的措置は産業界に課さない」という確認があったという。
 この確認は外部に公にはされず、文書にも残されていない。
 しかしその密約が、来る環境サミットで指導力を発揮しようとする福田首相の足かせとなっているという。
 密約とは、外務省が米国との間で取り交わしているものと相場が決まっていた。しかし、その実は、政府の至るところで行われているということだ。
 この朝日新聞の記事は、見過ごされてしまうには大きすぎる小さな記事だ。
 
 20日の朝日新聞に、防衛省が、暴行した米兵が被害者に支払うべき賠償金を、日本の予算で肩代わりしていた、という記事があった。
 その記事によれば、02年に横須賀市で起きた米海軍兵によるオーストラリア人女性暴行事件に関し、民事訴訟の結果、裁判所は米兵に賠償金を支払うよう命じたが、米兵はすでに帰国。米政府側も支払いを拒んだため、日本政府が見舞金としてそのオーストラリア人の女性に、300万円支払ったというのだ。
 こんな馬鹿げた事が国民に知らされることなく勝手に行われていたのだ。何に基づいてこのような肩代わりが許されるのか。国民の税金が使われる話だ。政府の裁量権の濫用ではないのか。
 この朝日新聞の記事は、見過ごされてしまうには大きすぎる小さな記事だ。

 20日の読売新聞で、自民党の与謝野馨前官房長官が19日に都内で講演した記事があった。その講演の中で与謝野氏は、自分が前原誠司民主党副代表と某出版社の対談で話した際、前原氏が次のように自分の前で小沢民主党代表を批判したと、ばらした。
 「(民主党の国会運営は)間違っている。国民のために一つずつ物事を決めないといけない。小沢代表が悪い。政策に興味が無く、政局にしか興味が無い」
 こんな事をばらされた以上、前原氏はその真偽を自ら明らかにしなければならないであろう。
 副代表である前原氏が代表の小沢氏をここまで批判したのなら、もはや民主党にとどまるべきではないのではないか。
 この読売新聞の記事は、見過ごされてしまうには大きすぎる小さな記事だ。
 
 

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2008年5月19日 (月)

キューバ紀行 その12

キューバ紀行⑫

【 軍事力の安全性 】     下司孝之

キューバにも日本の評価を、アメリカにたてついた勇敢な国と見ている人がいます。

小さな島国がアメリカに攻め込んだのは勇気があるということなのですが、勿論キューバの共産党が言っているのではなくて、あくまでも庶民の中での思いつきの感想です。

現在のアメリカへの属国ぶりには恥ずかしい次第ですが、かつて軍国主義が引き起こした戦争への褒め方は間違っています。

対米戦争に踏み切ったのは日本のアジアへの侵略戦争が行き詰る中で、植民地争奪戦の様相もあるからです。本当にアジアで「強きを挫き弱きを助け」の国だったのなら、キューバに行って大威張りなのですが。

地政学的には、大陸の端に引っ付いている島国ということでは似ている。カリブの戦略要地、かたや極東の戦略要地と似ています。

イギリスと日本の類似点とはまた違った位置関係です。

圧倒的な世界唯一の覇権国家アメリカのすぐ側で、キューバのような社会主義国家が生息するには軍事力の安心に頼るだけでは国の安全は保たれるはずが有りません。軍事だけでは有り得ようがないものが何故に存在しているかを知ることは日本にとって有効です。

平和憲法に沿って、日米安全保障条約を廃棄し、単独講話による同盟から中立の道を辿ろうとするとき、特に中ロ韓朝に対して平和を担保できるものを考える必要があります。

それには、アジアに対して不可侵の強いメッセージと、その表れとしての具体策が必要です。

憲法の平和条項を考えるとき、決して国内のみの憲法ではなく、戦後アジアへの申し開きとして憲法9条の不戦の誓いはありました。

それをもう少し、押し広げると何を持って国際協力とするのかということです。

キューバの外交戦略や、国際協調をみると、どうすれば日本の安全を保障し、世界に貢献できることが浮かび上がってきます。

キューバもかつてはアンゴラに出兵していましたが、今は2万人にも上る医師を世界各国に医療援助隊として派遣をしています。

同じく教師達が教育援助に出向いています。

医師不足の日本から見るとキューバはなんと医療大国でしょうか。

日本では余るからと、米を減産するように医学生の定員を減らしたりしていました。

余れば米も医師も援助に廻せますが、何故か『出兵』と軍備増強に熱心です。

憲法九条の精神に沿えばどちらが建設的か一目瞭然です。

日本がアジアの信頼を繋ぎ止めるには、軍隊よりも医療援助が断然有効です。

軍縮をしていっても、他国からの脅威を得なくて済みます。

キューバが何故、アメリカの隣で生息できるかその実践に学び、戦後に戦争への深い反省からもたらされた日本国憲法を活かせば、日本は安心大国として生きながらえることができるように思います。

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2008年5月18日 (日)

新党橋本大二郎 天木直人

衆議院選挙の前に新党を立ち上げると表明した橋本大二郎前高知県知事

  今日の新聞のビッグニュースは、なんといっても読売新聞社のインタビューに答える形で公表した、橋本大二郎前高知県知事の新党宣言である。

  読売新聞の大スクープである。

 「直近に選挙があれば無所属で出ざるを得ないが、社会が求めているのは新しい党ではないか。(衆院選まで)時間があるのなら、正しいグループ、旗作りを中心に考える。地方分権、経済政策、外交防衛、憲法などの基本スタンスを示す・・・議席が目標ではない。60歳を超えて、短期決戦、最初の選挙、その後の(政界再編の)動きで力尽きてもいい。どこかでドン・キホーテにならないといけない・・・7月1日が兄(橋本龍太郎・元首相)の三回忌。締め切りがないと仕事をしないので、(三回忌を第一の締め切りとして)6月中に自分なりに(基本政策などを)整理したい」

  こう述べる橋本大二郎に私は大いに期待する。

  私は月刊現代の4月号で、橋本大二郎と衆議院議員江田憲二が、自民も民主も駄目だと対談をしていた時から、橋本の動きを注目していた。そしてその橋本を支えるのが江田憲司である。

  江田憲司は通産官僚の頃に橋本龍太郎元首相の秘書官から政治家に転身した男だ。だからその異母弟である橋本大二郎と組むというのはわかりやすい。

  しかし江田憲司は、そこいらにいる官僚上がりの政治家ではない。文字通り無所属を貫いて当選してきた自主・自立の政治家である。しかも優秀だ。官僚の世界を知り尽くしている。

 その江田が、知名度では文句のない橋本と二人三脚で新党を立ち上げるということだ。

  私は、月刊現代の二人の対談を読んだとき、これは新しい動きになるかも知れないという予感を抱いた。

  ただし、その時は、誘いをかける江田憲司に対し、橋本は、自分は新党をつくる金も力も無い、と言って一蹴していた。

 それからわずか2,3ヶ月である。橋本に何が起きたのか。

 すくなくとも読売新聞のインタビューに答えている橋本の言葉は様変わりである。吹っ切れた覚悟が感じられる。

 何と言っても、総選挙前に新党を立ち上げると宣言したことがいい。

 そして短期決戦、政界再編の道筋をつけるまでが自分の役割だと言い切っているのがいい。

 この決意こそ、閉塞した今の政治状況に求められるものだ。誰か政治の停滞を打ち破らなくてはならないのだ。

 私はかねてから、今の日本を変えるのは、政界再編ではなく既存の政党の全否定、つまりまったく新しい新党の立ち上げである、と主張してきた。

 ところが、いまの政界にどっぷりとつかってきた政治家は、与党の政治家も野党の政治家も、新党などありえない、と自らの保身、自らの政党の党勢拡大ばかりを強調する。

 なすべきことはまず政権交代だと主張する。

 確かに小選挙区制の下では新党が生まれる余地は限りなく小さい。それよりも政権交代のほうが、自公政権の政治を改め現実的近道である。それは理解できる。私もそうだと思う。

 しかし、その一方で、既存政党の合従連衡による昨今の政界再編の動きを見るにつけても、どのような政界再編がなされようとも、うんざりするほどの、旧態依然とした政治が続くに違いないと思えてならないのだ。

 なによりもロマンがない。人の心に火をつけるような純粋さがない。

 今こそ国民は「魅力的な政党」の出現を渇望しているのではないか、と私は思っていた。そしてその思いは決して私だけのものではない。

 月刊誌リベラルタイム4月号に、CHANGE 今こそ新党をつくりませんか、という特集記事があった。

 その記事は、毎度の世論調査が示しているように、無党派が比較第一党の今こそ、わずか20-30人規模の新党でも国会のキャスティングボートを握る事が出来る。そこに気づけば、「選挙後」ではなく、「選挙前の新党結成」に乗り出さない手は無い、というものである。

 20-30人もの数は要らない。たとえ数名であっても風は起こすことが出来る。乾いた枯れ草についた火がたちまち大きな炎になる、そのような渇望感が今の日本には充満している。

 それがなぜわからないのだろうか。

 総選挙前の新党宣言をいち早くほのめかしたのは平沼新党である。

 しかしそれは成功しない。極右のごときイデオロギー政党が、幅広い国民の支持を得られるはずは無い。

 ましてやその顔ぶれが、郵政改革反対だけで集まった昔の政治家ばかりだ。颯爽とした風が起きるはずがない。

 小泉新党に至ってはほとんど冗談だ。話にもならない。

 国民が本当に待望する形での新党宣言。それを宣言したものの早い者勝ちだ。そこに橋本が名乗りを上げたのだ。

 見ているがいい。この橋本の新党宣言は政界に大きな波紋を呼び起こすに違いない。橋本、江田に続く三番目の政治家が現れてくるに違いない。

 その動きは、果たしてどこまで発展していくか。

 問題は橋本と江田が6月中にも発表するという政策綱領だ。

 江田は月刊現代で、大きな政府か小さな政府か、外交ハト派かタカ派かというに二項対立に単純化して、小さな政府(改革推進)で外交ハト派の集まりを目指すといわんばかりの発言をしていた。

 それは私も基本的に賛成だ。しかしそれだけではまだ不十分だ。

 その外交は、憲法9条を世界に掲げ、日米軍事同盟の危険性を国民に訴えて行けるか。

 小さな政府が、小泉流の似非改革ではなく、官僚支配を否定した国民優先の真の改革を目指すものであるのか、その一方で競争に取り残される弱者への思いやりのある政策(セーフティネット)を確保しようとするものであるのか。

 橋本新党が、既存の保守政党の政界再編の一つに終わるか、日本の政治に今度こそ新しい風を起こす事になるのか。

 その結論は、6月末に発表される政策綱領で明らかになる。

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2008年5月16日 (金)

国会の幕引きが 天木直人

中国地震報道の洪水の裏で着々と進む「ねじれ国会」の幕引き

  さすがに天変地異までは自公政権も操作できないであろう。だからあの地震が自公政権の手によってもたらされたと言うつもりはない。

  しかし、不幸な中国の地震は、福田政権にとっては幸いであったに違いない。

  連日洪水のように流される報道の前に、本来であればもっと報道されるはずの国内政治の諸問題が、完全にかき消されている。

  国民の目が中国地震ニュースに釘付けされている間に、窮地に立たされている福田政権が国会を幕引きし、態勢を立て直そうとしている。

  国会が6月15日に、会期延長なく終わる、と報道されはじめた。それを知っている政治記者は、もはや一月足らずの国会は消化試合だ、などと言い出している。

  そういうことなのだろう。

  あれほど騒いだ年金問題も、道路財源問題も、後期高齢者医療制度問題も、そして天下り官僚の税金の無駄遣い問題も、どれ一つとして解決されないままだ。

 格差問題も、公務員改革問題も、地方分権問題も、何もかも、解決に向けて進む気配は感じられない。

 政治家たちは、国民の窮状を救う政策の実現の事よりも、選挙に生き残ること、政権にしがみつくこと、政権に近づくこと、そのためにどのような政界再編を行うかということ、そればかりである。

 そんな、「国民から乖離した政治」を象徴したニュースが16日に流された。

 ボーリング振興議員連盟会長の武部勤が小泉、森元首相を誘い、猪口邦子ら小泉チルドレン約20名と都内のホテルでボーリングに興じた、というニュースである。

 一ゲーム目は91のスコアだったが二ゲーム目は161を出し、「普段は報道陣の問いに無言を貫く小泉氏だったが、この日ばかりは上機嫌だった」という。「解散・総選挙は来年のサミット後だ」と檄をとばしたという。

 この顔ぶれをみよ。この軽さ、緩みぶりを、目を凝らして直視せよ。

 生活に追われている国民を前に、問題山積の終盤国会にもかかわらず、政策に汗を流すわけではなく、政策を語るでもない。

 現職を離れた政治家たちが、政治家として、なお生き残り、あわよくば復権を、とうつつを抜かして恬として恥じない姿が、そこにある。

 政治家という職業を私物化して楽しんでいる姿がそこにある

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5.21オカーン抗議集会 宿毛港

21日は午前7時半から、抗議集会を始めることにしました(時刻注意!)。
また、26日午前8時からも追い出し行動を行ないます。
宇須々木港(新港のとなり)に集合です。

抗議行動(横断幕、デモ申請など)を成功させるための
カンパも呼びかけることにしました。

場所:宿毛港湾緑地公園(宿毛新港)

日時:5月21日(水) 午前7時半~

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2008年5月14日 (水)

5.16「オカーン抗議集会」 市役所前 18時

>米海軍イージス艦宿毛湾港寄港に反対する5・16集会抗議 <

高知市役所前広場で 2008.5.16(金) 18時より開催

主催は社共系の市民団体です。

高知県平和運動センター
高知県平和委員会

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2008年5月12日 (月)

「オカーン」抗議 幡多地区実行委員会

イージス駆逐艦「オカーン」寄港に抗議する幡多地区実行委員会
を結成しました(日本共産党、社会民主党、民主党も参加 )。

そして抗議集会を
5月21日(水)午前8時から、宿毛新港にある
宿毛湾港緑地公園(前回とおなじ)でひらき、デモ行進することを決めました。

前回の「ラッセル」のときにくらべて、急なとりくみになりますが
宿毛市での動きは前回より機敏で、
中西市長への申し入れを明日、日本共産党と社会民主党の市議が行なう予定や、
15日午後6時には四国西南平和委員会の結成(芳奈、幡多ゼミナール館)が予定されるなど、
フットワークは軽くなっています。

前回を上回る抗議行動で迎えよう、
そして軍港化の危険が強まったのだから、
こんかいだけにとどめず、恒常的な組織づくりもめざそうということを申し合わせました

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2008年5月10日 (土)

チェ・ゲバラの娘 アレイダ氏来日

2月のキューバ旅行中、彼女の招聘が行れました。 本決まりとなった日程を転載します。(げし たかゆき)

チェ・ゲバラ生誕80周年 キューバの医療現場に立つ娘・アレイダ氏が全国講演

国境や国籍を超えた平等主義を掲げ、キューバ革命の成功を導きながらも、志半ばの39歳という若さで生涯を閉じたラテンアメリカの先導者、チェ・ゲバラ。その生誕80年、そして革命50周年を記念して、ゲバラの娘でありキューバの医師として活動する、アレイダ・ゲバラ氏がこのたび5月に初来日する。
7歳にして父・チェを亡くしながらも、親ゆずりの行動力でキューバ親善大使を務めながら、父と同じ医師としてラテンアメリカやアフリカを飛び回り、子供たちの医療活動に当たっているアレイダ氏。
ジャーナリストとしても活躍する彼女が寄稿する、医療先進国と言われるキューバの人々の生活を綴った「小さな国の大きな奇蹟 キューバ人はなぜこんなに豊かに暮らしているのか」(吉田沙由里著 WAVE出版/1,600円<税込>)が5月14日(水)に発売される。
そして、同日行われる本書の出版記念イベントを皮切りに、東京から広島、大阪、神戸、沖縄まで7日間にわたってアレイダ氏による講演会が開催。同18日(日)に東京・JICA地球ひろばにて行われる講演会では、チェ・ゲバラの同志、フィデロ・カストロの知られざる素顔にオリヴァー・ストーン監督が迫った『コマンダンテ』が上映されることも決定した。

アレイダ氏の口から語られるキューバの実態、そして父チェ・ゲバラの素顔とは――。日本でも問題視されている医療の現場に立つ彼女ならではの証言が聞けるこの貴重な機会に、ぜひ足を運んでみては?

<アレイダ・ゲバラ全国講演スケジュール>

5月14日(水)「小さな国の大きな奇蹟」出版記念イベント&パーティ(東京・赤坂)

5月15日(木)「小さな国の大きな奇蹟 キューバ~知られざる医療技術と国際人道支援~」(広島)
5月17日(土)「アレイダさんが語る 父チェ・ゲバラのこと キューバ医療のこと 阿部知子さんと語る『子どもたちの未来』」(東京・神田)
5月18日(日)「ピースローカル★Revolution 小さな国の大きな奇蹟」(東京・広尾)

5月20日(火)「VIVA!CUBA×JAPAN FIESTA ~キューバと日本に平和の橋をかけよう~」(大阪)
5月22日(木)「キューバの医療を神戸で聞く会」(神戸)
5月24日(土)「アレイダ・ゲバラさん講演会 医療先進国キューバ」(沖縄)

チケットの申し込み方法
メールにてinfo@atenajapan.comまで、講演日・お名前・枚数・連絡先を明記してお送り下さい。折り返し予約完了のメールをお送りします。

詳細はアテナ・ジャパン公式サイトまで。
http://www.atenajapan.com/

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憲法9条世界会議 天木直人

メディアから無視された憲法9条世界会議

  5月9日の朝日新聞に、「9条に世界からエール、幕張・世界会議に2万人」という囲み記事があった。

  この憲法9条世界会議については、これまでも新聞で二、三度見かけた記憶があるが、いずれも目立たないものだった。テレビに至っては、この会議の映像を流した局を見た記憶はない。

  9日のこの朝日新聞の囲み記事で、私ははじめて詳しく知る事ができた。

  「世界がもし100人の村だったら」という本の著者である池田香代子さんらが中心となり、井上ひさしさん、ピーコさんら、約90人が呼びかけて始まった会議であるという事を。

  31の国と地域から、ノーベル平和賞受賞者や大学教授や、イラク戦争経験者ら、150人あまりがやってきたという事を。

  そして、彼らが、「憲法9条を世界に広めるために来た」、「憲法9条を見習うべきだ」、「憲法9条は日本だけのものではない」、などと口々に語ったという事を。

  娯楽や芸能ニュースばかりがもてはやされるご時世で、平和集会に2万人を超える観客が集まるという催しは、それ自体が一大ニュースであるはずだ。

  しかしそれがほとんどニュースにならなかった。

  そういえば同様の会議は大阪でも一万人を超える参加者を得て開催されたけれど、やはりニュースにならなかったという。

  あまりにも不自然だ。作為的だ。

  報道されないということは、当事者や関係者以外の一般の国民にとっては存在しない事と同じだ。

  どれほどこの会議が熱気につつまれたものであっても、国民の間に広がっていかない。一過性で終わってしまう。そうさせたい力が働いているかの如くだ。

  日米軍事同盟を推し進めるために、国民の中に護憲の動きが広がる事を恐れる権力側の、作為的な報道抑制があるに違いない。さもなければ、権力に従順な昨今のメディアの報道自粛があるに違いない。

  もしそうであるならば、それに抵抗して行こうではないか。

  私は、この素晴らしい「憲法9条世界会議」を呼びかけ、主催した関係者に敬意を表するとともに、お願いをしたい。

  どうかこれをスタートとして、「憲法9条世界会議」を継続・発展させて行って欲しい。そして政府やメディアが無視できない程の大きな国民的動きにつなげて行って欲しい。

  それこそが、既存の護憲政党が決してなしえる事のできなかった、憲法9条の下の平和勢力の結集である。既存の護憲政党の党利・党略を超越した、あらたな政治的動きである。

  平和を願う普通の国民が待ち望んでいる動きである。

  今の日本を救うのは、そのような新しい動きしかない。
  

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2008年5月 8日 (木)

米イージス艦 宿毛港へ

米イージス駆逐艦「オカーン」の宿毛湾入港についての情報
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5月21日入港、26日出港の予定で、米海軍駆逐艦「オカーン」(USS O'Kane,
DDG-77)が宿毛湾に入港する予定です。
5月1日に高知県に連絡があり、港湾管理者は宿毛市であることから、県として
は必要な書類を準備して宿毛市に提供する段階とのことです。
宿毛湾への米海軍艦艇の入港は、2006年5月のイージス駆逐艦「ラッセル」
につづいて2度目。

米海軍駆逐艦「オカーン」(USS O'Kane, DDG-77)のデータ。
アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦で、「ラッセル」と基本形は同じだが、タイ
プⅡに属する。1999年10月に竣工。母港はハワイ真珠湾。

【主要装備】
全長:154メートル(505.25フィート)
幅:20.4メートル(67フィート)
高さ:9.3メートル(30.5フィート)
重量:8300トン
速度:30ノット
乗組員:幹部23名、下士官兵291名、チーフぺティ24名
航空機:ランプ着陸デッキ装備/ASWヘリ
武装:2つのミサイルランチャー×2(MK41VLS標準ミサイル、トマホー
ク・ハプーン発射可能)
MK45(5インチ)軽量銃×1
ファランクスCIWS×2

【戦歴】
2001年7月から2002年1月19日まで、空母「カールビンソン」の戦闘
グループに属し、「不朽の自由」作戦を支援。
2002年6月-7月にリムパックに参加。
2003年、ウエストパックに参加。
2003年1月-2005年7月、空母「カールビンソン」の戦闘グループに属
し、「イラクの自由」作戦を支援。
2006年6月-7月、リムパックに参加。

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2008年5月 7日 (水)

9条世界会議 報告(分科会)

シンポジウム1:世界の紛争と非暴力『9条世界会議』二日目最初のこのシンポでは、世界各地で今なおをも進行する紛争や暴力に対する、非暴力による紛争解決のアプローチについて、各界の専門家を招いて討論が行われました。

(ボスニア)ヤスナ・バスティッチ女史討論はまず、ボスニア出身のジャーナリストであるヤスナ・バスティッチ(Jasna Bastic)女史の問題提起に始まりました。それは、「人類はいったいいつになったら学習するのか」という問いかけでした。バスティッチ女史は旧ユーゴスラビアのボスニア紛争で得た経験から、次の教訓を学んだと話しました。

1. 平和は容易に維持できるものではない。
2. 将来の紛争を予防できなければ平和は持続しない。
3. 平和に対する無関心(パシヴィズム)が紛争を永続させる。

討論はこの問題提起を受けて、各パネリストやコメンテーターが発言する形で進行しました。討論のトップバッターは、アフリカのケニアで「ナイロビ平和イニシアチブ・アフリカ」(Nairobi Peace Initiatvie-Africa)の事務局長を務めるフロレンス・ンパエイ(Florence Mpayei)女史でした。

(ケニア)フロレンス・ンパエイ女史ンパエイ女史は昨年12月の大統領選挙以降に生じたケニアでの混乱について、その混乱の中でいかに民衆の無関心や不満・怒りと闘い、ケニアの安定化に務めてきたかをその経験から語りました。ナイロビ平和イニシアチブの戦略は以下のような三層構造になっており、これが効果的に緊張状態の緩和と和解の促進に繋がったというのが女史の説明でした。つまり、市民社会(CSO:Civil Society Orgqanization)は紛争の解決や緊張の緩和という課題において、大きな役割を果たすことができるというのが女史の主張でした。


紛争の再発予防と和解促進の為のプログラム 1. 対メディア戦略─メディアを啓蒙し、偏向報道による紛争の助長を防止する。
2. 国内対話の促進─各当事者間の対話を促進するためのフォーラムを設ける。
3. 国際仲裁の要請─大陸内の影響ある人物を呼んで仲裁を呼びかける。

(日本)伊勢崎賢治氏次に発言したのは、日本の東京外国語大学教授であり、紛争予防の専門家でもある伊勢崎賢治氏でした。伊勢崎氏は、紛争予防の観点から、アフガニスタンで自らが陣頭指揮をとった武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)プログラムの功罪について話し、米国の戦略に乗った安易な選択がいかに現在の紛争を助長してしまったかを淡々と語りました。

伊勢崎氏によれば、日本は「哀しき共犯者」(Petty Accomplice)として米国の世界戦略に協力し、その結果として旧国軍の大規模な武装解除を実施したため「力の空白」が生じてしまい、現在に至るタリバンの台頭を許し事態をさらに混迷させたということでした。つまり、大規模な武装解除の成功があったのは事実だが、その結果として全体の構想が崩れてしまったということでした。(日本の功罪の詳細については本ブログ記事でも紹介)

次に伊勢崎氏は、かつてアフリカのシエラレオネの国連ミッションで行ったDDR事業についても触れ、そこでも生じた安易な紛争解決の問題点について言及しました。それは、不当な恩赦などが伴う迅速な紛争解決よりも紛争の再発、将来の紛争の勃発を防止することが肝心であるということでした。ここで伊勢崎氏は「Responsibility to Prevent(予防する責任)」を説き、この責任を全うすることがいかに大変で覚悟を要されるかを指摘しました。つまり、あらゆる紛争解決の戦略には、紛争予防の視点が不可欠であるということでした。

この伊勢崎氏のプレゼンについて、自身も活動家であり日本国際ボランティアセンター(JVC)の代表でもある、シンポ1の進行役を務める谷山博史氏から次のような指摘があがりました。

(日本)谷山博史氏谷山氏は、軍事的介入が必要になってしまうのは、紛争が起きている過程、あるいは起ころうとしている過程で、国際社会も含む当事者たち、あるいは地域の住民、などが「見過ごしていたからではないのかと問題を指摘。ボスニアのバスディッチ女史が言うように、紛争の勃発には、「周囲の無関心」(パシヴィズム)が深く関わっているとう指摘を補足するコメントでした。また、えてしてこうした無関心は、軍事的介入を行うために政治的に利用されることがあり、紛争勃発後に力による解決が行われる土壌がそこで作られてしまうことがそもそもの問題なのではないかという主張でした。

質疑応答質疑応答になると、このパシヴィズム(無関心)について質問が集中しました。曰く、①「紛争というものが人為的なものであるならば、周囲の無関心にはどう対応すればいいのか」②「ジェンダー(女性)の動員にはどのようなアプローチがあるのか」そして、9条の関連については③「予防する責任と9条との関連性」「9条は予防する責任を発揮するうえでどのくらい有効なのか」など、9条の実効性について疑問を投げかける問いが集中しました。

これらの問いに対し、各参加者が質問を割り当て答えました。答えの内容はだいたい次の通りでした。


アフリカ・ンパエイ女史、①② 紛争により自らが迷惑や損害を被るという現実感が、パシヴィズムをなくす近道となります。たとえば女性は、自分の子どもたちが紛争に駆り出されたりするのであれば、その紛争を防ごうと必死になる。事実、ケニアではそうした女性たちの力により和解が実現した例がいくつもありました。肝心なのは、個々の紛争が持つ特異性ではなく、共通点、普遍性を当事者や傍観者たちにわからせることです。


ボスニア・バスティッチ女史、① 市民社会組織(CSO)は、紛争勃発前かれも常に活動し続けているのが大半です。そうしたCSOが蓄積した情報がインターネットなどにも溢れています。これらの情報を有効に活用すれば、国際レベルでも、地域レベルでも、また当事者レベルでも紛争の予防は可能です。またそのために、既存のメディアに頼らない想像力豊かな表現手段を持つ青少年たちの活躍が重要になるでしょう。


日本・伊勢崎賢治氏、①、③ 無関心をなくすことはそんなに難しいことではありません。加害者(一般の日本人も含みます)に、自らが被ることの実感を持たせればいいのです。9条については、まず軍事を理解することが必要です。たとえばテロ特措法については、政府は実にトンチンカンなロジックで再派遣を決めましたがこのロジックのトンチンカンさに国民は気付いていません。政治家(野党)も気付いていません。軍事を理解していないからです。9条を語る上でも、軍事を理解しなければ平和は語れません。まずは自らが「加害者」であるという意識のもと軍事を正しく理解し軍事を正しく運用する術を学ぶことです。であれば、9条を正しく運用できるようになるでしょう。

最後に、コメンテーターとして参加していた法学者でもあるセネガルのエル・ハル・ムボッチ(El Hadj Mbodj)氏から、法学的見地から総括のコメントが述べられました。

ムボッチ氏は、日本の憲法9条が、アフリカなどで紛争に明け暮れる国にとって、平和が実現できることに対する希望を持たせるものだとして、9条を維持してほしいと訴えました。また、9条は決して空想の産物でもただの理想でもなく、現実に根ざした法なのであると、その実効性をも褒め称えました。それは、9条が憲法の前文に書かれた理念ではなく、国をつくる憲法の具体的な条項であるということ、そして、その条項に基づいて細かく国内法が規定されているということ、さらに実際に過去半世紀に渡って日本とその周辺国の平和を維持してきたという実績があるからということでした。

最後に、ムボッチ氏をはじめとする参加者全員が一言ずつコメントを残してシンポは閉会しました。


セネガル・ムボッチ氏 9条に対するいかなる改正にも抵抗してほしい。憲法9条は日本の最高の輸出品。
人類共通の遺産(common heritage of mankind)なのです。


ボスニア・バスティッチ女史 物事を知り、物事について聞くのは私たち個人個人の務めです。
(9条を守るかどうかを)決めるのは貴方がたです。


アフリカ・ンパエイ女史 9条は紛争のない社会に生きることができることを実証する世界のモデルです。
是非9条を固持してください。


日本・伊勢崎氏 9条がなくなったらシャレになりません。世論調査はアテになりませんから、もっと戦略的に考えるべきです。たとえば護憲的改憲派(条文の文言の修正によって9条の理念や精神を強化すべという考え方)との和解を進め、味方に引き入れる必要があります。自衛隊が違憲だの、あらゆる軍事を否定するなど、護憲の間で立場を割っている場合ではありません。

またもや、「9条の世界化」現象の証をまざまざと見せつけられた最初のセッションでした。
最後の谷山進行役によりまとめが、これからの具体的な方向性を示したといえます。


日本・谷山氏(まとめ) 平和を希求するだけでなく、現実を理解し、軍事を理解して現実的に予防を考えることが重要だということだと思います。そのために早期警戒や早期対応が可能な仕組みを作ることが重要であるとともに、軍事的介入には厳格な条件付けが必要であることがわかってきました。非暴力的なアプローチは依然として、紛争後の社会で暴力を抑制する働きを果たすものであり有効な手段といえます。憲法9条を平和実現のモデルとしたい各国の期待に日本は具体的に応えなければいけません。

「国際刑事裁判所(ICC)と日本」より転載

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2008年5月 6日 (火)

9条世界会議 報告(初日編)

日本史上初の、憲法9条に関する国際的な会議、『9条世界会議』(正式名称『戦争を廃止するための9条世界会議』)の初日が幕を閉じました。

初日の今日は、北アイルランド紛争解決の功労者や、アメリカのハーグ平和アピール国際会議の提唱者、アフリカの市民社会の代表や、元GHQ憲法起草者、韓国の人権活動家、コスタリカの元法務局長、さらに元米陸軍幹部、イラクの現地人道支援関係者、米軍イラク帰還兵など、多種多様な立場の人々が世界から集まり、9条の世界化や支持を訴える基調講演やスピーチを行いました。

日本側からは、国連の提唱で設立された紛争予防国際ネットワークGPPACの国際運営委員や、『世界がもし100人の村だったら』で知られる著者、元日弁連会長や、イラク支援ボランティア、社会派作家、そして数々のアマチュア・プロフェッショナルアーチストが集まり、同様に九条の必要性、9条を守るために必要な行動、国際社会における九条の影響と価値についてスピーチや国際討論を行いました。(詳細)

午後1時に始まり、夜11時に終わった、1万2,000人を超える世界の人々による約9時間に及ぶセッションは、「9条の世界化」という現象について確かな印象を私の中に残しました。たとえば、冒頭の基調講演を行った元北アイルランドの女性紛争活動家は、9条の精神を反映した行動が必要であると主張し、このように述べました。

「あらゆる紛争の原因をなくすことが必要です。
そのために、まず、私たちの心の中から始めなければならない。」

また、ハーグ平和アピール国際会議を提唱したアメリカの活動家は、近年南米のボリビアで憲法九条の理念の一つである戦争放棄の条文を取り入れた新憲法の制定作業が進んでおり、国民投票が間近であることを報告しました。この活動家はまた、環境、開発、発展、ジェンダー、教育、若者など多様な視点から、それらすべてにおいて憲法9条の掲げる戦争放棄と平和主義の理念が生かされるべきであると主張し、さらにこのような踏み込んだ提案を行いました。

「この会場にいるすべての人々に、ある提案を行いたいと思います。それは、一人一人が『9条親善大使』となって、各国の市民社会や国会議員、地方自治体に向け、日本の憲法九条に似た条文を各国の憲法にも取れ入れるよう要請するということです」

元GHQ憲法起草者であり、女性の権利を定めた憲法24条の生みの親でもあるアメリカの女性は、当時民政局にいた頃にいかに短期間で起草作業に携わりかつ当時の日本の市民社会の支援を受けて、平和憲法が起草されたか、その軌跡を克明に綴ってくれました。そして、日本語でこう断言されました。

「日本の憲法には色々な国の歴史的英知が入っています」

そして、よくいわれる、憲法がアメリカの押し付けであったという主張に対して、こう反論しました。

「自分の国(アメリカ)より良い憲法を押し付けたがりますか?そんなわけないでしょう!」

平和憲法の起草者であり生き証人である彼女のこの言葉に、会場は大いに沸きました。しかし興奮はここでは収まりません。まだまだ、日本憲法9条の保持を支持する言葉が相次いだからです。次は隣国韓国の法律家からの言葉でした。

「9条は平和の保証書のようなものです。日本はこの9条を守るために必要な、その鍵となるものは何かを模索すべき時期に来ています」

コスタリカの元法務局長は、9条の掲げる4つの原則がアジアの平和を守る鍵になったと語り、さらに踏み込んで「九条の世界化」を次のように訴えました。

「憲法9条は、紛争を武力の行使や威嚇によって解決してはならないという原則の基礎となるものであり、国際社会はこの原則に基づいて大いなる合意に達することで新たな協定を生みだすことができる」

アメリカの元陸軍幹部は過去7年、日本が辿ってきた軌跡を振り返り、今の日本の現状が「9条を守れ」という警告に他ならないと断言しました。また、9条がもたらした効果について、次のようにも述べました。

9条があったから、日本はアメリカの戦争に積極的に協力することなく、またこれからも協力する必要がない。このような形で、9条はアメリカの軍国主義の歯止めになっているとすらいえるかもしれない」

このように、世界の多種多様な立場の人々が、9条の持つ価値を理解し、尊重し、そしてそれを高め、広める必要性について力強いメッセージを日本の聴衆に向けて発信したのです。これは、「9条の世界化」という現実をまざまざと私に見せつけました。

まさに、この世界会議のキャッチコピーどおり、

「世界が9条を選び始めた」ことを印象づけることに成功した一日目だったといえるでしょう。

明日は、国内外の専門家による6つのシンポジウムと3つのフォーラムからなる分科会です。
明日の会議の後に、私は何を確信するでしょうか。深夜2時を回った今も、興奮冷めやらない面持ちでいます。

「国際刑事裁判所(ICC)と日本」より転載

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独立系メーデー

各地で「独立系メーデー」格差・貧困の解消訴え

動画(ユニオンチューブ)
http://video.labornetjp.org/Members/akira/videos/0503.wmv

 派遣やフリーターなど低収入で不安定な生活を送る労働者たちが、各地で既

存の労組にとらわれない「独立系メーデー」を繰り広げている。東京都内では

3日、「自由と生存のメーデー08」があり、約1000人がデモ行進した。

「生存を貶(おとし)めるな
を合言葉に若者たちがつながり始めている。
「安心して生きさせろ」「使い捨てにするな」「貧困で食えない層が増えている」「幸せに生きさせろ」
それぞれの思いを込め