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2008年4月26日 (土)

4月25日

4月25日(金)

映画「アレクセイと泉」を見る。チェルノブイリ事故地から180キロメートル離れたブジシチェ村。立ち退きを勧告され、住民が去った後にも、55人の老人と1人の青年が残っている。彼らの命を支えているのは、村にあるひとつの泉。滾々と湧き出て止まない清水。地上の至るところ、高い放射能の値が。しかし、この泉からは放射能は検出されない。

私の手元に、20年余り前の1本のビデオ。「チェルノブイリクライシス」。1986年4月26日の朝、チェルノブイリ原発の黒鉛炉が暴発した。大気中に放出し続ける大量の放射能に対し、打つ手はなかった。最後の手段として、コンクリートを流し込み、この4号炉全体を巨大な石棺とすることとなった。その作業風景を撮ったものである。
祖国の危機に、ソビエト全土から、志高くたくさんの人々がこの労働に参加した。しかし、強烈な放射能を放ち続けるこの現場で、人々は、ガスマスクひとつ着けず、防護服に身を包むこともなく、日常生活そのままの服装で、何日間も作業を行っていたのだ。放射能は目にも見えず、匂いもなく、手にすることもできない。だが、確実に人体に入り込むのだ。
10年後、画面に映っているこの人たちの何割が生きているだろうか、後遺症は?癌の発生率は?と、暗澹たる気持ちで、私はその当時、見ていたことを忘れられない。映画を撮った監督は、この撮影の3ヶ月後に亡くなっている。

映画を見て帰宅。今日の高知新聞。伊方原発3号機で使用するMOX燃料の製造を開始したという。フランスのメロックス社で製造。2010年までに3号機の燃料157体のうち、40体を上限に、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX燃料)に切り替えるという。通常の原発をプルサーマルにするのだ。
ひとたび事故が起これば、私たちに、逃げ場はどこにもない。伊方原発からは、わずか80キロメートルである。

mm記

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