« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月28日 (月)

ガザの惨状 天木直人

ガザの惨状とダボス会議

 今朝の日本のメディアはダボス会議のニュース一色だ。
 サブプライム問題で暴落した世界同時株安をどうするかが大問題だという。しかしそれは、世界経済を論じる振りをしながら、株取引で一攫千金をもくろむ金持ち連中の、欲の張り合いに過ぎない。
 日本がやおら環境先進国のごとく振舞っているらしい。しかしそれは洞爺湖サミットを乗り切って政権を維持したい福田首相の政治的ジェスチャーだ。心から出た提案ではない。だから演説を棒読みし、言葉につまり、拍手も起こらない。
 日本のメディアが報じるそんなダボス会議の最終日に、もう一つのニュースが世界を駆け巡った。パレスチナ自治区のガザで、イスラエルが閉鎖したの国境壁が爆破され、ガザの住民がエジプト国境へ買出しになだれをうったのだ。
 何故こんな事が起きたのか。それはイスラエルに国境を封鎖され、生きて行くための最低限の食料や、命をつなぐ薬さえも入手できないパレスチナ人が、最後のエネルギーを振り絞って立ち上がったという事だ。親米エジプト政府も、さすがにこれを容認せざるを得なかった。同胞アラブ人を見殺しには出来ないのだ。
 06年1月、米国の民主化の要求に従ってパレスチナで選挙が行われた。その結果パレスチナ人は圧倒的多数で、反米、反イスラエルの抵抗組織ハマスを選んだ。そのとたんに米国はハマスのパレスチナを兵糧攻めにして圧殺しようとした。ハマスの指導者ハニヤ首相がその時言った言葉を思い出す。
 我々はこの暴挙に屈しない。どんな苦しみにも耐えていける。我々には塩とオリーブがある!
 なんという爽快な言葉であろう。見事な反骨魂である。
 私は単純な人間だ。勧善懲悪ものが大好きだ。学生だった頃、高倉健のやくざ映画をよく見に行った。我慢に我慢を続けた末に、敢然と巨悪に向かって一人で殴りこみに行く。なんだか自分が強くなったような気がして、暗闇の映画館から出て真昼の街を歩く時の後ろめたさを隠すかのように、しばらくは肩で風を切るように歩いた事を思い出す。
 「塩とオリーブがあれば生きていける!」
 パレスチナ抵抗の歴史に残るこの名言は、しかし嘘だ。まもなくガザの住民は生きていけなくなり、ハニヤ首相は譲歩を迫られる。しかしどんなにハマスが譲歩を繰り返しても、イスラエルに屈従しない限りイスラエルはガザの包囲を緩めようとしない。一方において軍事攻撃を続け、他方において人と物の出入りをとめてガザを巨大な牢獄とする、そのようなイスラエルの政策が続いてきた。ダボス会議の出席者にとっては、そんなガザの窮状は見えないのだ。存在しないのだ。
  インタビューに答えて少年はこう叫んでいた、「オリーブ油がなくなった」と。インタビューに答えてオルメルト・イスラエルはこう言いはなったった。「ガザの連中に普通の生活をさせろという声は受け入れられない」と。
  どちらの声に耳を傾けるべきか。答えは自明である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月27日 (日)

石川和夫氏講演会 その2

石川和夫氏講演会その2

片岡運転手には、1年4ヶ月という執行猶予なしの実刑判決が、高知地裁でも高松高裁でも下されました。その理由としてあげている、裁判官の判断が、法律には素人の市民が考えても、なんともおかしいのです。

事故当時の目撃者は、バスに乗っていた20数名の生徒や教師はもとより、仁淀町には関係ないたまたま現場に居合わせて、事故を目撃した第三者の目撃証言もたくさんある。もちろん、バスは停止していたというものである。しかし、裁判官はこれらを、「第三者だからといって必ずしも信用できるとは限らない」という理由で、全てを却下したのである。

ではなにを信用したか。当時、事故をおこした白バイ隊員と反対車線を走っていてすれ違った別の白バイ隊員の言葉、スピードは50ないし60キロ程度で走行していた、と言う証言を「隊員は日頃から目測などの訓練をしていて、これは信用できる」と、ただこの白バイ隊員の証言のみを取り上げたのである。

30名以上の市民の目と身体で体感した証言すべてを一顧も顧みることなく、警察という組織の人間だからというだけの理由で信じるというのである。(後日、KSBの取材班が、現地で60キロのバイクを走らせ、このスピードだと衝突することなく、安全に停止できることを検証している)30対1のこの証言の違い。30名の市民は全員が嘘をついてい
ると?裁判所は、個々の市民より警察という組織を信用するというのだ。市民は裁判所に愚弄されているのだ。こんな裁判官を、市民の税金で雇っているという現実!
同じ警察の白バイ隊員の証言は、身内であるから信用できるとは限らないというのであれば、まだ話がわかるというもの。

裁判官はまだ言う。ブレーキ痕は一部、不合理な点があるものの、それがブレーキ痕自体の存在を否定するものではないと。存在するものに疑問点があれば、それを考えるのが裁判所の仕事ではないか。民間のテレビ局がいくつも実験しているにもかかわらず、裁判所はこの事故の検証をなにひとつ行うことなく、判決を出したのである。
検察庁が提出した警察調書を100%正しいとするために、調書に合わないものは全部却下したのだ。そんなことなら、高い税金払って生きた裁判官を何人も置く必要はない。法廷には、黒服の人形でも並べておけばよいのだ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月25日 (金)

石川和夫氏講演会その1

石川和夫氏講演会その1

200名ほどの参加者がありました。交通鑑定士の石川さんの解析と梶原弁護士の話で、高知県警と裁判所の異常さが、次々と明らかになりました。

ブレーキ痕がつかないことは、2回にわたる、実際にバスを走行させての検証で明らかになりました。
捏造されたブレーキ痕は、1、清涼飲料水で20秒もあれば即、作れる。2、前輪のブレーキ痕は2つとも同じ方向に向いていなければならないはずなのに、角度がズレている。3、ブレーキ痕は前輪よりも後輪に強く残るはずなのに、後輪の分はどこにも出されてない。
白バイ運転手の死因は、大動脈破裂で即死状態。もし、バスが引きずっていたのであれば、当然に身体の左側の損傷によるものであるはずである。
バスの損傷具合は、前の角が壊れ、バンパーがくの字型になって前に大きく、くびれており、これは引きずってできるものではなく、衝突によるものである。

片岡運転手は、実況見分に立ち会うこともなく、その場で手錠をかけられ土佐署へ連行。1時間後に現場に戻されるが、パトカーから降ろされることもなく、ただ、半開きの窓から指さして「ここで」と説明を許されただけであった。なんとすでにバスも白バイも片付けられた後であったのだ。もちろん、ブレーキ痕の確認なども全くない。この後、8ヶ月たって初めて、検察庁でブレーキ痕の写真を見せられたのである。違うと激しく抗議しても全く取り合ってもらえず、ここにきてようやく、「ハメラレル」と権力をもったものの怖さに気づき、弁護士のところへ飛び込んだのである。

県警が撮った写真には、摩訶不思議なものが何枚かある。ひとつの写真の中に写った、車や物や人の影の映りかたが、方向がバラバラであったり濃淡があったりするのである。当日の日没までの時間、陽の方向から考えて、おかしいのである。少なくとも、時間はさておいても、影の方向は、車でも人でも一定のはずである。心霊写真か、はたまた合成写真かと思うようなものなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月21日 (月)

ガソリンだけで 天木直人

「ガソリン」だけでよい

 1月18日の朝日新聞の社説は、その日から始まった通常国会が「ガソリン国会」と異名がついた事を揶揄しながら、「ガソリン」だけじゃない、という見出しをつけて、それ以外の問題も論じ合って政権選択の判断材料を国民に与えろと力説している。
 そうではない。ガソリンが4月1日から25円安くなるかどうか。それができる政権はどっちか、それが最大の政権選択の判断材料であるのだ。
 田中政権の時に導入された暫定税金が、既得権として道路建設業界にばら撒かれてきた。そんな事は今度の参院における与野党逆転でも起こらない限り永久に国民は知る事が無かったであろう。マスコミは報道しなかったであろう。そのような異常なことが一党永久政権の下でどれほど繰り返されてきたことか、容易に想像できる。
  暫定税率をなくせばその穴埋めの財源をどうするかと自民党は言う。ふざけるな。その為に税金で給料を払って官僚を雇っているのだ。それを考えるのが官僚の仕事であり、その官僚が国民優先の政策を作れるかどうかを監視するのが政治家の仕事なのだ。政治家と官僚が結託して自らの利権を守ってきたから国民生活が苦しくなったのだ。
 野党もそんな自民党の議論に応じて官僚的な言い訳をする必要はない。財源などは、特別会計の無駄をなくせばすぐ出てくる、不必要な独立行政法人をなくすだけで膨大な予算が国民の手元に返ってくる、それをやってから物を言え、と真実を訴え続けるだけでいいのだ。
 これまで政治は保守か革新か、右か左かなどとイデオロギー対立のごとく安易に色わけされてきた。そして自民党は反対党をすぐに左翼だと決め付けイメージ毀損に走った。しかし今や一般大衆の大半は日々の生活で精一杯だ。一般大衆の喫緊の課題は自らの暮らしの安心である。それに反する政治家や官僚の暴政を抑止してくれる新しい政治勢力を心から望んでいる。
 19日の朝日新聞に30代の政治論客が増えてきたという記事があった。そしてその背景に、「『左』の崩壊が『右』の崩壊も引き起こし、従来のスタイルで語る論客は退場した結果、『政治を語るうさんくささや拒否反応が薄らいだ』(佐藤俊樹・東大准教授)という指摘があった。
 そういえばある月刊誌に、共産党を離れたイデオロギストで人生の大半を終えてしみじみ次のごとく述懐していた。
 「・・・ずっと後になって気がついたことだが、日本の左翼は、ソ連・中国・北朝鮮などに依存して生きてきた没主体的な集団であったと思う。いっぽう、右翼も米国に依存してきたことはあきらかだ。日本における思想運動は、左右両極とも他力本願であったのではないか・・・」
 そろそろ我々は自力本願で日本を再生する原点に立ち戻るべきではないか。その時の唯一のイデオロギーは一般国民の、一般国民による、一般国民の為の政治を実現することである。その試金石こそガソリン引き下げが出来る政権ができるかどうかであるのだ。「ガソリン」だけでよい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年1月19日 (土)

片岡晴彦さんに支援を!

白バイとスクールバス衝突事故 
「事実と解析」事故捜査の数々の疑問点

石川和夫氏講演会(交通事故鑑定士)

日時  1月24日(木) 午後6時30分

場所  県民文化ホール(グリーン)

入場 無料

主催 片岡晴彦さんを支援する会

平成18年3月、高知市春野町の国道で、高知県警の白バイと仁淀町スクールバ
スの衝突事故がありました。止まっていたスクールバスに白バイが衝突してきた
のです。
しかし、運転手の片岡晴彦さんには、地裁、高裁とも禁固1年4ヶ月の実刑判決
が下されました。バスは動いていて、白バイを引きずった、とする調書を作り、
裁判官はなんら考えることもなく、目撃証言さえも無視して、調書鵜呑みの判決
です。
あらぬ罪を着せられた、この冤罪事件は、地元大手マスコミはさておき、テレ
ビ、インターネット、種々の雑誌にも取り上げられ、全国的な関心を集めています。

saron.kinyoubi@ymail.plala.or.jp 「サロン金曜日」
テレビ局が、現地を取材し、実際にバスを走行させ検証して放映されたものがDVDになっています。見てくださる方は、「サロン金曜日」まで連絡ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月16日 (水)

岩国市長選 天木直人

2月10日の岩国市長選に希望の光を

 14日の日経新聞が2月10日に迫っている岩国市長選挙の事を報じていた。この記事を読んであらためてこの選挙の重要性を思い返した。
 なぜかテレビではほとんど岩国の市長選挙の事を報じない。だから全国的な話題にはならない。しかしこの選挙こそ日本の政治の未来を占う重要な選挙なのだ。
 岩国市長選挙に至る経緯は次の通りである。すなわち、米軍再編に協力するために日本政府は、何があっても米空母艦載機を厚木から岩国へ移駐させようとする。これ以上の負担を住民に強いる事はできないと井原岩国市長は反対する。日米軍事同盟を最優先する日本政府は、テロ給油継続と同様に強硬姿勢一点張りだ。「補助金打ち切り」という兵糧攻めで井原市長に圧力をかける。自公系が多数の岩国市議会も政府に同調し、井原岩国市長を解任に追い込んでいる。進退窮まった井原市長は、ついに昨年12月26日、辞職・出直し選挙に訴えた。こうして住民の信を問う選挙が行われる事になった。
 政府の横暴は目に余るものがある。あらゆる意味で井原市長に正義がある。しかし正義が常に勝つとは限らない。人は暴政の前に屈服する。理想よりも現実生活を優先する。この選挙で井原市長が勝つことは容易ではない。それでも井原市長に勝ってもらいたい。そう願って私は井原市長を応援する。
 大げさに言えば、この選挙で岩国市長が勝つか、自公の候補者が勝つかに、この国の未来がかかっている。この国が、為政者のゴリ押しを許して一億総保守化の国になるのか、それとも、権力の暴政に抗って正義を貫く国として踏みとどまることができるか、その試金石となる選挙である。
 私はこの選挙のポイントは三つあると考えている。
 一つはこの選挙を、左右イデオロギーの対立選挙にしてはならないということである。この選挙が我々に問いかけるものは何か。それは勿論米国の言いなりになって在日米軍を永久固定化しようとする政府の誤りである。それは日本の未来を危うくする。だから米軍再編に協力してはならないのだ。
 しかし私のこのような訴えは、左右のイデオロー対立にすり替えられるおそれがある。イデオロギー対立に辟易している一般市民の腰を引かせることになる。政府側はこの点をついて来るに違いない。
 おりしも14日の毎日新聞に、自民党の大田誠一衆院議員が福岡市内で行われた新春の集いで、福島瑞穂社民党党首を「極左」呼ばわりし、極左とテロを結びつける発言をしたという記事があった。政府側にしてみれば、元労働官僚の井原市長も今や共産党の如くであり、イラク戦争批判を声高に叫ぶ元外務官僚の私はさしずめテロリストに洗脳された過激派ということになる。
 しかし岩国市長選挙は決してイデオロギー対立の選挙ではない。それは、強者による弱者いじめ、国家権力による地方自治の弾圧、国民より米国政府を大切にする国民生活無視の政策に反対する、岩国市民、日本国民の闘いなのである。
 二つは、岩国市民が、そして日本国民が、国家(お上)と対決し続ける事にどこまで耐えられるか、それが問われる選挙であるということだ。
 06年3月に空母艦載機移駐の是非を問う住民投票が行われた時も、そしてその翌月に合併に伴う新岩国市長選挙が行われた時も、住民は井原市長を支持した。
 しかし今回は騒音被害が最も激しい基地周辺の自治会も「現実的対応」を市長に促すようになったという。「反対しても米軍は来る。だったら条件交渉を」という声が強まりつつあるというのだ。自らの手で主権を手にした事のない日本国民の悲しいまでの従順さである。
 果たして岩国住民は分断され、支配されていくのか。それとも筋を貫けるのか。全国の国民は岩国住民の苦しみを自分の苦しみとして受け止め、権力と闘う岩国住民を応援する声が高まるのか。
 三つは、移駐容認派が対抗馬として擁立した候補者福田良彦氏(37)が「小泉チルドレン」の一人であるという事である。米軍再編への協力を国民に説明することなくブッシュ大統領に公約したのは小泉元首相であった。その小泉元首相の郵政選挙で政治家になった福田氏は、今度の総選挙では勝てないと白旗をあげ、ならば市長に「再就職」しようと早々と手を上げたという。そんな候補者を岩国住民がおめおめと選ぶ事になるのだろうか。
 自公側にも福田氏の出馬を疑問視する声があるという。「市長選、補選に連敗したら目も当てられない」という危機感があるという。井原氏が市長を辞職した昨年12月26日、福田康夫首相は記者団に「困った」と述べたという(14日付日経新聞)。自公政権も追い込まれているのだ。
 2月10日の岩国市長選から目が離せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月12日 (土)

辺野古・アセス方法書

名護市辺野古への新基地建設にともなう国の環境影響評価方法書について、法律に基づいて専門家が審議する審査会が11日に開かれました。

県の諮問を受けたこの審査会では2007年12月に、すでに国の方法書の県条例の対象となる飛行場建設部分について「不備な点が多く手続きをやり直すべきだ」との答申をまとめています。11日に開かれた審査会では、環境アセス法の対象となる埋め立て部分の審議が行われ、沖縄防衛局の担当者が埋め立ての工法や埋め立てに当たって東京ドームおよそ14個分にあたる1700万立方メートルの海砂を県内で調達する予定であることなどを説明しました。

これに対し審査会の委員からは、相変わらず不明な部分が多く審議するに足らないという意見や、大量の海砂を採取すると環境に与える影響が大きいといった厳しい意見が上がっていました。

2008.1.11  琉球朝日放送

*****

沖縄の自然は、そこに生きる人々とたくさんの生き物たちの生存の場である。決して、米軍のものではない。まして、この工事で大もうけをしようと落札をねらっているゼネコンのものでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

米国の安全保障政策  天木直人

米国の安全保障政策にこだわり続けよう

 私は軍事専門家ではない。しかし軍事問題というのは、装備の詳細に精通したり、軍事戦略を考える事が中心ではない。軍事の本質は外交であり、政治である。誰もが常識を働かして軍事問題を考え、論評できるものなのだ。
 国民の最大の関心は年金問題や消費税問題、医療問題である。軍事問題については殆ど関心を示さない。軍事や安全保障問題はむつかしく、現実の生活には関係がない。そう思い込んでいるからだ。
 そうではない。防衛政策の基本は決してむつかしくはない。それどころかこよなく我々の暮らしに大きな影響を与えているのだ。
 我々はもっと米国の安全保障政策にこだわり続ける必要がある。その米国との軍事同盟を強化しようとしている政府の政策について、我々はもっと監視と関与を強めていかなければならないと思う。
 もう一度繰り返す。軍事の本質は外交であり、外交は政治の延長である。その政治の主役は、かつては専制君主や王族の独占物であった。それが西欧の民主革命により一般大衆の手にわたった。
 日本でも、敗戦による米国占領によって民主主義が導入された。それは借り物の民主主義ではあったが、それでも多くの国民の犠牲と引き換えに少ずつ根づいていった。
 日本の戦後政治は、確かに、不毛なイデオロギー対立の政治が一般国民の政治への参加を妨げ、そのイデオロギー対立が左派の消滅で終わったとたん、今度は新自由主義という名の強者による「民主主義」が日本を席巻しつつある。その意味で、本物の民主主義の実現には程遠い観がする。メディアが権力と一緒になって国民を監視、誘導するようになり、むしろ逆行しつつあるとも言われる。
 しかし決してそうではない。昨日の党首会談とそれを批評するメディアの報道を見るがよい。二大政党の党首会談があの体たらくなのだ。避けに避けてきた党首会談であった。問題が山積する中での党首会談であった。政権交代を賭けた党首討論であった。双方とも十分準備をして臨んだ党首討論であった。その党首討論が、「座布団を飛ばしたい」(1月10日朝日新聞社説)と言われるほどお粗末だった。権力を握る指導者がこの程度なのだ、という事が全国に知れ渡った。それをメディアが公然と報じる世の中になったのだ。
 間違いなく国民が政治を動かす時代になりつつある。だからこそ国民は民主主義の担い手としての自覚を持ち、自らを高めていかなければならない。その自覚を読者に期待して私はブログを書き続ける。
 いつものように前置きがながくなった。今日のブログの本題は「米国の安全保障政策にこだわり続けよう」という事である。
 1月10日の朝日新聞「地球24時」欄に、「指揮権移管、米、韓国に延期拒否」という見出しの小さな記事を見つけた。これは大きな意味を持っている。もっと大きな記事にすべきである。報道関係者はその背景の詳細を調べ、その意味するところを考えて、正しく国民に伝えるべきである。
 私の考えはこうだ。昨年米韓両国は朝鮮半島有事の際の作戦統制権(指揮権)を2012年4月に移管する事で合意した。これはノムヒョン政権下での対米自主防衛政策、対北朝鮮太陽政策に基づいた対米交渉の結果と受け止められた。平時における指揮権はかなり前に韓国に移管されているが、ついに有事の際の指揮権までも米国は韓国に引き渡した。
 この事について当時私はブログの中でこう書いた。
 「これは米国が韓国に譲歩したのでは決してない。米国の安全保障政策の変更がそうさせたのだ。もはや米国はテロとの戦いを最優先に海外の米軍基地を再編成しつつある。韓国に指揮権を委ねたと言うことは、もはやアジアの有事を想定していないということだ。中国や北朝鮮は米国にとって脅威ではないのだ。
 その一方で米国は米軍の指揮権を日本に移動させ、自衛隊を自らの安全保障政策に組み込もうとしている。これは、極東の有事に備えて日本を守るのではなく、日本をテロとの戦いにおけるアジアの拠点としようとしているからだ」と。
 私は、今日の朝日新聞の小さな記事から、この考えを更に強くした。昨年末の大統領選挙の結果、4月から韓国では李明博保守政権が誕生する。その次期政権側が米国に対し、指揮権の移管を先延ばしするよう求めていた事はすでに報じられていた。
 それに対し米国防省は8日までに、「応じられない」と返答したと言うのだ。韓国への指揮権の移譲は韓国の要請に米国が譲歩したのではなく、米国側の都合でそうしたのだ。
 その一方で日本に対してはどんどんと米国の指揮・命令を強めていく。それに対し日本政府は財政負担まで強いられている。おかしいと思わなくては行けない。米国の本心がどこにあるかを見極めなければならない。
 「韓国と違ってやはり米国は日本を重視している。日米友好関係の証である」などと日本政府や官僚たちが本気で喜んでいるとしたらお笑いだ。国民を欺こうとしているのなら売国的だ。
 米国の安全保障政策に我々はこだわり続けなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 8日 (火)

パンドラの箱  天木直人

米国のイラク攻撃―もう一つのパンドラの箱

 米国が嘘までついてイラクを攻撃した最大の理由は、石油欲しさでも、軍需産業の要請でもなく、イラクを、アラブの反米、反イスラエル武装抵抗組織と戦う軍事的拠点(民主化と言う名のイラクの親米化)にするためであった。この認識はもはや国際的に一致するところである。米国のイラク戦争は、こよなくパレスチナ問題なのである。
 しかしそのような米国の軍事的攻撃が、イラクを民主化するどころか分裂、崩壊させてしまった。それを世界中が今や目撃している。
 その分裂、混乱、崩壊は、しかし、決してイスラム教シーア派とスンニ派の対立の為だけで起こったのではない。イラクを取り巻くシーア派のイラン、スンニ派の石油湾岸諸国(サウディアラビア、ア首長国連邦など)を巻き込んだ覇権争いから来ているだけではない。
 祖国なき最大の民(川上洋一著 クルド人 もう一つの中東問題 集英社新書)と言われる、推定2500万人のクルド人の分離独立の動きと、国内に最大のクルド人口を抱えるトルコのクルド人攻撃こそ、イラク情勢の混乱が最後にたどり着く最悪のシナリオであったのだ。
 そしてその最悪の事態が昨年12月1日に始まった。ついにトルコ軍がイラク領内を越境して北部イラクの武装組織クルド労働者党を爆撃したのだ(07年12月3日朝日ほか)。こうして米国のイラク攻撃がもたらしたもう一つのパンドラの箱が開かれた。
 この大事件は日本ではほとんど報道されることはない。しかしトルコのイラク攻撃はその後も断続的に続き、昨年12月18日には数百人規模の地上部隊がイラク領内に侵攻するという事態に発展した(07年12月19日読売)。
 1月6日の朝日新聞は、「空爆 限りなき痛み」という見出しの下に、多くのクルド民間人の犠牲者とともに、2000人以上のクルド住民が避難生活を強いられていると報じている。そして、米国が、クルド労働者党は「テロ」であり、トルコと米国の共通の敵であるとして、トルコの攻撃を容認するどころか、支援していると報じている。
 イラクはもはや崩壊した国家である。あまりにも不正義で、無責任な米国の中東政策によって、引きちぎられた国となってしまったのだ。誰かがその米国の横暴を止めなければならない。傲慢な米国の軍事力行使に鉄槌が下らなければならない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 4日 (金)

近衛文麿  天木直人

近衛文麿を再評価する

 正月休みが明けるまでは世間はお屠蘇気分である。活動はしばし休止し、世の中の動きを伝えるメディアも休んでいる。
 そういう時こそ、年末に興味深く読んだ諸君!2月号の「気骨の宰相・近衛文麿に、いまこそ再評価を」という記事について書いてみたい。
 私は歴史に不勉強で、近衛文麿という日米開戦直前に首相を務めた人物について殆ど知らない。知っている事と言えば、日米交渉が失敗すると内閣を「投げ出し」た無責任な首相だとか、貴族的性格の弱さがあったお公家さんであるとか、戦犯容疑で巣鴨へ出頭を命じられ服毒自殺をしたというくらいだ。
 しかしこの私の評価は、たとえば北岡伸一東大教授でさえも、安倍首相が退陣表明した翌日の07年9月13日付読売新聞に、「安倍さんを歴代の首相に例えるなら、近衛文麿に似ている。近衛は第三次内閣で、日米交渉で局面を打開できなくなって辞めた。安倍首相も近衛首相も、辞めればなんとかなるはずだ、というだけではないのか」、と書いていた程だから、多くの日本人はそう思っているのだろう。
 しかし歴史的人物の評価については、よほど詳しく史実を知らない限り正しく評価できない。それを教えてくれたのが諸君!の記事である。
 「近衛は不当に貶められている。いまこそ再評価されるべきだ」と主張する鳥居民氏(近現代史研究家)と工藤美代子氏(ノンフィクション作家・われ巣鴨に出頭せず(日本経済新聞社)の著者)の対談は、私にあらためて歴史を正しく知る事の重要性を教えてくれた。
 近衛文麿にほれ込んだ二人の語る近衛再評価論である。ほかの歴史家から見れば異論があるかもしれない。しかし少なくとも私には、あの日米開戦をめぐる天皇陛下の御聖断の背景や、戦後マッカーサーに新憲法起草を頼まれた近衛が一転して戦犯にさせられた経緯の真相を垣間見た気がする。

  鳥居と工藤が熱く語る近衛再評価の対談の要旨は次のごとくである。

1.近衛の名誉のために言っておくと(安倍首相の場合はどうかしらないが)、北岡教授が軽々しく言うような、「辞めれば何とかなる」とは、近衛は決して思っていなかった。むしろ近衛は最後まで日米開戦を回避しようと努力をした。
2.そもそも近衛批判を繰り返す歴史家たちは、戦前の内閣では首相に現憲法ほど権限はなく、閣僚の一人でも反対すれば「閣内不一致」となり、その閣僚が辞めないと頑張ったら、首相は辞職するしかないという事実を忘れている。 近衛の失態というよりも明治憲法の大きな欠陥によるところが大きい。
 中国撤兵によって米国との交渉の打開を図ろうとした近衛に対し、陸軍大臣東条英機は自己保身のためにどうしても賛成しなかった。再三にわたって説得を試みた近衛に対し、最後に東条は、「これは性格の相違ですなあ」と突き放した。中国との戦いを広げてきた東条の面子があった。
3.近衛には周りが言えない事でも率先して言う強い責任感があった。中国撤兵によって日米開戦を回避しようとしたり、天皇に退位を願って皇室を守ろうとする、この発想とそれを実行する勇気は、近衛以外誰も持ち得なかった。5摂家筆頭という名門の家紋を背負い、資産もあった彼には、地位や名誉・財産を求める必要はない。私欲を捨てて日本の為に働ける数少ない一人だった。
4.近衛はまた、世界的視野で物事を見ていた。帝国主義、対外膨張主義真っ盛りの時代状況において、「富というのはどの国にも均等に配分されなければならない。列強は植民地経営をやめて、独立を認めるべきだ」などと真っ当な感覚を持っていた。「歴代最悪の首相」はどう見ても不当な評価だ。
5.なぜ近衛の評価が歪められたのか。これこそが歴史の盲点である。その背景には、内大臣として天皇陛下の傍らに仕えていた木戸幸一の保身と嫉妬があった。GHQ対敵諜報部分析課長ハーバート・ノーマンの近衛排斥の工作があった。
 すなわち学生時代から近衛と親しかった木戸は、家柄も風貌も国民的人気もかなわない近衛に次第に嫉妬心を抱くようになる。そしてその近衛が中国撤兵を唱えだし、天皇陛下の退位を進言するようになった時点で、自分に責任が及ぶことを恐れ近衛の対米和平交渉をつぶそうと動く。軍部でさえも対米開戦にためらいがあることを、天皇に正しく伝えなかった責任を隠そうとする保身も働いた。 
6 GHQ対敵諜報部分析課長ハーバート・ノーマンも近衛の復活を望まなかった。戦後の日本における共産主義勢力の台頭をおそれるマッカーサーは近衛を信頼し、自由主義勢力を結集して、新憲法起案に取り組んでもらいたいと近衛に依頼する。それに危機感を感じた共産主義者のノーマンは、猛烈な宣伝攻勢を始める。新聞や世論などで急速に近衛批判が高まると、マッカーサーは一転して「近衛の憲法改定にはGHQは関与しない」と声明を出して近衛を切り捨てた。復活したかに見えた近衛の政治生命はこれで閉ざされることになる。

   以上が対談のあらましである。工藤と鳥居は最後に次の言葉で対談を締めくくっている。

   工藤  ・・・近衛は最後まで逮捕について多くを語ろうとしませんでした。さらに近衛はノーマンと都留(註 都留重人、経済学者・後の一橋大学学長。木戸の姪の夫で、ノーマンの親友でもあった。都留からノーマンにわたった近衛の情報はすべて木戸幸一から出ていたと考えられる)が、木戸のために策をめぐらし、自分を貶めていた事をまったく知らなかったと思われます。
  もしそうであったなら、実はあなたの知らないうちにこういう事が起こっていたのですよ、と彼の墓前に報告したい・・・
   鳥居  近衛は自殺する前日、次男に「我の心は知る人ぞ知る」と遺言します。近衛はアメリカとの戦争を回避しようと懸命に努力しました。戦いになってしまってからは、戦いを終わらせようと努力を重ねました。今こそ、木戸やノーマンによって歪められた近衛像ではなく、かれの本当の「志」を知るべき時だと思います・・・

  繰り返し述べるが、上記の対談で述べられた近衛の再評価に異を唱える歴史学者もいることだろう。史実は自分の都合の良いところだけを見て、それを強調して書かれるからだ。
  しかし少なくとも我々は、一つでも多くの情報、一つでも新しい知識を見出だそうとする努力の重要性を知らなければならない。同じ情報と知識の閉鎖性の中で、ただひたすらに自説を繰り返しているだけでは、独断に陥る危険性がある事に気づかなければならない。その事を教えてくれた対談であった。
  新年にふさわしく、あらたな気持ちで謙虚に歴史を振り返る、そういう柔軟な姿勢を忘れないでおきたい、そういう気持ちでこのブログをお届けする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 2日 (水)

沖縄民権の会

抗  議  文

防衛省・防衛大臣 石破茂殿

 私たちは、アフガニスタン侵略戦争のための「対テロ給油新法案」の成立を絶対に許さない。自衛隊の

石油補給はアフガニスタン作戦にとどまらず、イラク攻撃にも使われていた。給油量もごまかしていた。

再び自衛隊艦船をインド洋に派兵してはならない。

 前防衛事務次官・守屋武昌と山田洋行元専務の増収賄事件は、防衛省トップと武器商人(死の商人)の

黒い癒着である。防衛省ぐるみ巨大な不正にまみれている。米軍再編、自衛隊の装備更新、海外派兵と訓

練激化などのすべてにわたって、利権をめぐる不正が蔓延している。グアムへの米軍移転に伴う工事で何

千億円という不正な取引が行われているではないか。防衛省は自らか解体し、その一切の軍事的・経済的

活動を停止せよ!

 一方では、米軍基地従業員の賃金を削減しようとしている。これに対して全駐労は沖縄を始め全国でス

トライキに立ち上がった。われわれはこの労働者の決起を断固支持する。

 守屋が最も力を入れて進めてきたのが沖縄県辺野古の新基地建設の攻撃である。この腐敗しきった守屋

が推進してきた新基地建設計画の一切を白紙撤回せよ!

 この問題をめぐる沖縄県当局と政府とは意見の違いが言われているが、沖縄県民を始め人民の要求は、

「V字案か沖合移動か」ではなく、辺野古への一切の新基地建設反対である。環境アセスメントの手続き

を終えたと称して本工事を強行するな!

 東村高江でのヘリパッド建設、嘉手納基地でのパラシュート降下訓練、普天間基地での3年前の墜落機

と同型ヘリによる訓練、さらにはまた、自衛隊によるキャンプ・ハンセンでの日米共同使用。これらの戦

争のための基地強化・演習激化は、まったく許せないものである。沖縄基地強化につながる一切のものを

即時中止せよ!

 沖縄県民は9月29日、検定意見撤回を求める県民大会を11万6000人で開催した。この沖縄の島

ぐるみの闘いは、軍隊と戦争に対する人民の根源的な批判と怒りに貫かれたものである。それは過去の戦

争に対する反省にとどまらず、今日と未来の戦争、そして戦争につながる一切のものに反対するという鮮

明な意思表示である。文部科学省に対する怒りは同時に、米軍再編・沖縄基地強化を進める防衛省が5月

18,19日に、辺野古の調査のために自衛隊艦船を出動させたことに対する怒りでもある。

 そもそも今日の防衛省と自衛隊は、旧日本軍の体質を継承して戦後の膨張を遂げた。住民を虐殺し、

「集団自決」を強制した日本軍のあり方をまったく反省していない。

 沖縄戦の史実をゆがめ「沖縄県民は国のために自ら命を投げ出し崇高な犠牲を払った」とする価値観の

逆転を図る文部科学省と同様、防衛省も沖縄県民に再び犠牲を強いる攻撃を続けているのだ。われわれは

このような防衛省を弾劾し、憲法改悪と戦争への道に断固として反対し、闘い続けることを宣言する。

2007年12月3日               沖縄民権の会

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »