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2007年8月26日 (日)

残留孤児 Sさんその6

弟と2人きりになって、とても淋しかったです。ソ連軍兵隊が入って来て、女の人を見たら引っ張っていくので、女は皆、頭の髪を切ってずるぼうずにしました。私も恐ろしくて髪を切りました。寒くて食べ物もなく、困っていたところへ1人の中国人が来て、小どもご飯が食べられるが家に行かないか、と言ったので弟と2人で行きました。2日ぐらいして、私を三輪車に乗せて、別の老夫婦の家に行きました。私にこの2人の世話をさせるために連れて行ったと思います。私は栄養失調で病気になり、人の世話をするどころか自分の事を様々していました。3日めに、私を連れて来た人が来て3人で話をしてから、私に帰ろうと言って外に出たのです。今度は何にも乗らずに歩いて帰るので、その人は歩くのがとても早くて、私は追いつかなくて捨てられたのです。私は老夫婦の世話もできなかったので、お金にならず捨てられたのです。私は道も知らない、弟の所も分からなくて、只一人歩いていたのです。それからは、弟とも連絡が取れなくなりました。

歩いているうちに、お腹がすいてどうしようもなくなり、仕方なく中国人の家を廻り「めしめし、しんじょう、めしめし、しんじょう」と言って乞食のように食べ物をもらっていました。優しい人は何かと持ってきて、食べなさいと言って下さいました。私は嬉しくて頂きました。「行け行け、まぎる、あっち行け」と言って、戸を閉める人もおりました。私は悲しかったです。

夜は人の家の軒下や庭先に入らせてもらって、床下で寝たりしているうちに、1人の婦人に出会い、小さな子供がいたので、私は子供の守をするというような意味を片言の中国語と手振りで言いました。その人は家で一晩泊めて下さいました。翌日、別の家に連れていきました。お婆さんが3人の孫をと一緒に生活していました。お婆さんは、婦人の母親でした。3人の子供は、前の主人の子供で、母親に預けて再婚し2人の子供が生まれ、別に住んでいました。私を連れて行った目的は、長男の嫁にするつもりだったようです。長男は17歳ぐらいで、少し遠い所で働いているようで、1週間に1度ぐらいしか帰ってきません。私のことを話したのでしょう、帰ってくるとお婆さんと喧嘩ばかりしていました。言葉もわからないし、病気で何もできないから早く帰せと、お婆さんに怒っていたようです。

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